私自身、高齢者の問題については、

関心が高く、

今回の判例についても、

時間をかけて読んでみました。


4回に分けて記事を書いてきましたが、

私のブログにしては、

その内容はやや専門的であったかもしれません。


今回は、JRが原告ですが、

個人対個人だとどうだろうと思います。


たとえば、

認知症の高齢者が

家族の知らぬ間に転車を運転して外出し、

人にぶつけて怪我させたという事案など、

相当悩ましくなるでしょう。


本件は、判例を読み進めていくと、

妻や長男(とその妻)などが、

家族ぐるみで高齢者の介護を

丁寧にされていたことが伺われる事案でした。


高齢化社会において、

そのような真剣に介護に向き合うひとつの家族に

責任を問わなかった今回の判例には

私も賛意を表したいと思います。



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続きです。


昔は、禁治産者制度というのがあり、

「財産を治めることを禁じられた者」という表現が、

精神障がい者等を冒涜しているようにも感じられ、

評判の悪い制度でした。


それが、成年後見制度に改められ、

判断能力が不十分な人をサポートする制度、

としての意味づけがなされてきました。


成年後見人は、

本人の意思を尊重する義務があるとともに、

身上監護と財産管理の義務と権限を与えられています。


そうして、成年後見人は、

民法714条の「法定の監督義務者」になるのではないか、

という議論が従前から懸念されていました。


つまり、認知症等に罹患する高齢者が、

第三者に危害を加えた場合には、

ほとんど反論の余地なく、

成年後見人にも責任があるとされてしまうのではないか、

という懸念があったのです。


なぜなら、民法714条は、「法定の監督義務者」に、

監督を怠っていなかったといえない限りは、

責任を負わせるという規定であり、

監督を怠っていなかったという立証は、

これまでの裁判例からみても、

ほとんど無理とされてきたからです。


しかし、とくに弁護士や司法書士、

社会福祉士などの専門職後見人は、

もし「法定の監督義務者」に当たるならば、

四六時中高齢者といるわけではないので、

どうすれば免責されるのだ?

という不安がありました。


ましてや、そのように責任が強化されるとなると、

一般の方が後見人になるケースでも、

後見制度の利用が躊躇されるケース、

後見人への就任を拒絶するケースがあると思われ、

制度利用に対する萎縮効果があるとの批判がありました。


この点について、

最高裁は、

本件は後見の事案でもないにもかかわらず

明示的に言及しています。


成年後見制度の監督に関する義務規定である

民法858条は身上配慮義務に過ぎず、

「成年後見人に対し事実行為として成年被後見人の現実の介護を行うことや

成年被後見人の行動を監督することを求めるものと解することはできない」

から、

成年後見人は、「法定の監督義務者」には当たらない、

としています。


ただ、個別具体的な事情によっては、

成年後見人も、

「法定の監督義務者」に準ずるものとして、

責任が肯定される余地が残されています。


この点に懸念を表する意見も

ちらほらと聞こえてきそうです。

具体的な事案が不見当なだけに、

これからの裁判例が待たれるところです。


さて、次回にまとめを書きます。


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昨日に引き続きの記事です。

読んでくださる方は、

昨日の記事とあわせてお読みください。


さて、妻も長男も、

「法定の監督者」ではない、

と最高裁が判断したわけですが、

それでも、「法定の監督者」に準じて、

「法定の監督者」と同一の責任を負う場合があると最高裁はいっています。


それはどのような場合かと言うと、

最高裁は、

「責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らし、

第三者に対する加害行為の防止に向けて

その者が当該責任無能力者の監督を現に行い

その態様が単なる事実上の監督を越えているなどの

その監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合」

といっています。


とても分かりにくい表現ですが、

最高裁は、さらにかいつまんで以下のようにいっています。

「(監督義務があるかが問題になっている人自身の)

生活状況や心身の状況などとともに、

精神障害者との親族関係の有無・濃度

同居の有無その他の日常的な接触の程度、

精神障害者の財産管理への関与の状況など、

その者と精神障害者とのかかわりの実情、

精神障害者の心身の状況や日常生活における問題行動の有無・内容、

これらに対応して行われている監護や介護の実態」

などを考慮するというわけです。


これでも分かりにくいですが、

たとえば、

配偶者が健康で、高齢者と長年同居しており、

身の回りの世話を毎日していて、財産も管理し、

これまでも多数回、かなりの問題行動を起こしているにもかかわらず、

対策がされず十分な監護や介護を行っていなかった

というようなケースでは、

「法定の監督義務者」に準ずるとされるのではないかと思います。


一口に高齢者といっても、

介護保険制度の充実や成年後見制度の設立など、

高齢者にまつわる社会状況の変化に応じて、

家族のあり方も変わってきており、

昔ながらの家族介護もあれば、

いろいろな制度を利用しているケースもあるので、

個別具体的な事情に応じて

考えましょうと最高裁はいっているように感じました。


高齢者の、できれば家族と同居し介護を受けたいという希望と、

そうして家族の、できれば高齢者のことは自分が面倒を見たいという希望を、

この高齢者社会では考えていく必要があります。


本件では、

妻については、要介護1の身体障害があった点、

長男については、長年にわたって別居していた点

を重視して、

法定の監督者に準ずるとはいえないと判断されています。


これが、今回の最高裁の判断の骨子です。


そうして、この判決が異例なのは、

本件とは全く関係ないのに、

成年後見人が選任されている場合にも言及がある点です。

この点については、次回に書いてみます。






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責任無能力者の監督者

先日、責任無能力者の監督者責任に関する、

きわめて重要な最高裁判断が示されました。


今回の記事は、ちょっと難しいので、

法律の勉強をしている人か、

将来弁護士になりたい高校生に

読んで欲しいなと思います。


事案は、重度の認知症を患う要介護4の高齢者が、

JRの駅のフェンスを開けてホームに下りたところ、

駅に進入してきた列車ににはねられて死亡したものです。

この事故によりJRが代替輸送等の措置に費用を要して損害を被ったとして、高齢者の妻と長男に対して損害賠償請求をした

というものです。


民法714条は、

「法定の監督義務者」に該当する場合には、

義務者が監督を尽くしていたと立証しない限りは、

責任を負うという規定です。


一般の不法行為の責任については、

故意、過失について被害者が立証しなければならないとされており、

民法714条は、「法定の監督義務者」に

大きな責任を認めたものと考えられます。


これまでは、法定の監督義務者の免責は、

なかなか認められていなかったという実情があります。


高等裁判所は、

同居の妻について「法定の監督義務者」と認定し、かつ、免責を認めず、

賠償義務を肯定しています。

他方、長男については、

「法定の監督義務者」を否定して、責任を認めませんでした。


「法定の監督義務者」とは、

かいつまんでいえば、

「法律の規定により監督する義務がある人」

というくらいの意味ですが、

では、どのような人が、

「法定の監督義務者」になるのでしょうか。


高裁は、「配偶者」ということに重きをおいているようです。

つまり、配偶者は、相互に協力、扶助する義務(民法752条)があります。


他方、子である長男は、

親族として親である高齢者を扶助する義務はありますが、

その程度は配偶者ほどではなく、

たとえば金銭的に困窮した親を金銭的に援助する義務はあるものの、

第三者に損害を与えることについてまで

監督する義務ではないという判断です。


つまり、配偶者は、「法定の(民法752条の)」監督義務があるけれど、

子である長男には「法定の」監督義務がないというわけです。


これに対し、最高裁は、

民法752条の義務は、

夫婦相互間の義務であって、

第三者については及ばないとして、

民法752条で「法定の」監督義務は基礎付けられない、

としています。

もちろん、長男も「法定の」監督義務はないと判断しています。


本件は、

もちろん、夫婦だからとか子供だから、

という単純な問題ではありません。

むしろ、最高裁は、

もっとつっこんで誰がどのように高齢者にかかわっていたか、

を綿密に分析しています。


今日は長くなったのでこのくらいにしますが、

また、続きを書きます。









交通事故死者数で高齢者の割合が増加

テーマ:

昨年の全国の交通事故死者数が4117人で、

そのうち65歳以上が2247人、

割合にして54.6%であった

との発表が警察庁であったようです。


この高齢者の割合は、

年々増加しているとの報道もあり、

昨日のテレビ番組では、

カーナビの普及により、

ドライバーが、

カーナビの誘導にしたがって

高齢者が利用している生活道路を通行する機会が

増えたからではないか、

という分析がありました。


これも時代の流れですが、

人々が、

時間短縮のための近道を求めるがあまり、

ほとんどのカーナビが、

狭い道や歩車道の区別がない生活道路を

案内するというのは、

私も体感するところです。


カーナビを開発する業者は、

やみくもに生活道路を利用しないシステムを

開発すべきなのかもしれません。
たとえば、走行しやすい道路を中心に案内する

「急がば回れモード」などというのが

あってもいいかもしれません。


ところで、

ドライブレコーダーの普及により、

事故の状況が、

映像で確認できる時代にもなってきています。

動画サイトで、

「ドライブレコーダー」と検索すると、

生々しい事故や危険運転の動画が

閲覧できます。


昨日の報道番組でも言っていましたが、

そういう動画を見て、

交通安全意識を高めるというのも必要かもしれません。



前に私のブログで、

検索サイトで、

「遺族 手記」

と検索してみてください、

と書いたことがあります。


各警察署のサイトで、

交通事故被害者遺族の手記が

公表されています。


運転をされる方は、

そういった被害者の声を聞く機会を、
持ち、安全に対する意識を高めるのも

重要だと思います。