休日相談について


当事務所は、基本的に平日での法律相談をみなさんにお願いしており、
休日ご希望の方については、
個別に対応できる時には対応させていただいておりました。

しかし、個別の対応には限界があると感じており、
お断りさせていただくことも多く、
大変ご不便をおかけしておりました。

そこで、今後は、
特定の日を休日相談日とさせていただきたく存じます。

当面の休日相談日は、
以下のとおりです。
時間はいずれも午前10時から午後4時までの間です。
ご予約の上、ご来所ください。

7月30日(土)
8月28日(日)
10月15日(土)
12月3日(土)

ただし、
お急ぎの場合には、これまで通り、
個別に対応させていただけるときもありますので、
詳細については、
当事務所までお問い合わせください。
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ファウルボール訴訟の高等裁判所の判断

テーマ:

日本ハムの試合を観戦中の女性にファウルボールが直撃し、
失明をした事件で、
このたび、高等裁判所の判断が確定し、
紛争が終結したというニュースがありました。

この件は、一プロ野球ファンとして、
私も関心が高く、
どうなることかと案じていたのですが、
高等裁判所の判断は、
まるで大岡裁きのようです。

さて、訴訟の経過としては、
地裁では、球場施設の安全性を欠いていたとしてと判断しました。
最近の球場は、
スポーツ観戦の醍醐味を味わえるように、
バックネットが狭くなるなどの工夫がされています。
そのため、日ハムは、
他球場への影響が看過できないとして、
控訴したのです。

しかし、この女性は失明というきわめて、
重篤な被害を受けています。
被害救済の観点も忘れてはなりません。

さて、高等裁判所が、どう判断したのかというと、
報道によれば、
球場施設の安全性は問題なかったとしているようです。
つまり、日ハムの主張を認めたのです。

しかし、日ハムに対して賠償義務自体は認めています。
その理由として、
この女性は、球団招待の児童の保護者として観戦していたところ、
球団は、この女性に対して、
野球観戦の危険性を十分認識していないことは予見できたのだから、
事前に注意喚起すべきだった
と裁判所は判断しているようです。

つまり、球団が招待した児童、保護者という関係に着目し、
この女性は自ら野球観戦をしに来たのではなく、
付き添いだったのだから、
野球観戦の危険性について知らずに受傷してしまった。
球団は、自ら児童を招待して、その保護者にも来てもらったという特別な関係があった以上、
安全性に関するフォローもすべきだった、
というわけです。

地裁判決は、球場の安全性という、
球界全体に影響がある点を踏み込んで判断しているので、
日ハムとしても引くに引けませんでした。

とはいえ、日ハムとしても、
自球団のファンである子供の保護者が被害者になってしまっているので、
球界全体の問題にかかわらなければ、
賠償することにそれほど躊躇を覚えないのではないかと思います。

この点、招待した子供の保護者には、
通常の観客以上に特別に注意をすべきだという
高裁の判断自体には、
異論があるかもしれませんが、
球界全体に波及する問題ではないので、
日ハムとしても、受け入れたのでしょう。

今後、日ハムが、
児童を招待するというファンサービスを控えることがあれば、
やや寂しいですが、
判決を踏まえれば、
招待した児童の保護者に対して、
「ファールボールで受傷する危険があるので、
注意して観戦してください。」
などと注意喚起するパンフレットを配布すればよいように思います。

日ハムは、地元北海道のために、
ファンサービスに熱心な球団である印象があります。
子供にとってプロ野球観戦は、
最高の行事でしょうから、
続けてほしいですね。

被害者の女性がどう思われたのかは、
報道もなく、うかがい知れませんが、
きちんと賠償を受けることができる形で紛争が終わった、
というのは、よかったなと思いました。










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自筆証書遺言の要件(花押じゃだめ)

テーマ:

自筆証書遺言に関する最高裁判所の判断がニュースになっています。

そもそも、自筆で遺言を残す場合の要件は、
①全文を自筆で書くこと
②日付を書くこと
③署名をすること
④印を押すこと
です。

たとえば、パソコンを使って印刷した遺言は無効です。
また、5月吉日は日付が特定できず無効、
逆に「私の80歳の誕生日」と書いたら特定ができているので有効です。

今回最高裁が判断したのは、
押印についてです。
押印は、認印でもよく、
拇印でも足りると解されています。

しかし、今回、最高裁判所は、
花押は駄目であるとの判断をしました。
どうも、地裁、高裁は、
花押も押印に当たると判断していたようですので、
逆転裁判ということになります。

ところで、ロシア人の遺言について、
押印なくサインだけでも有効とした事例が
あるようです(最高裁昭和49年12月24日)。

サインはよくて花押はどうしてダメなの?
という気がします。
上記ロシア人の遺言については、
欧米の習慣を尊重したものと解説されることがあるようですが、
花押こそ、日本人の慣習といえますよね。
ただ、現代において花押がほとんどもちいられていない、
という実情もあります。

遺言の形式面を厳密に考えすぎると、
個人の意思が尊重されないという側面にも通じてしまいます。
今回の最高裁の判断は、
あまりに硬直的な判断にも感じます。

ところで、かつて伊達政宗は、
豊臣政権下において、
伊達領の隣国の一揆を扇動したとして、
豊臣秀吉に追及されたことがあります。

そのとき、豊臣秀吉は、
扇動の証拠として、
伊達政宗が一揆の首謀者に宛てた花押入りの書面を突き付けた、
というエピソードが残されています。

このとき、伊達政宗は、
その花押は私のではありません、
私の鶺鴒(セキレイ)の花押には、
針で穴を作り鶺鴒の目としているのですが、
その書状の鶺鴒には目がないでしょう、
と言い訳をしたというのです。

伊達政宗が一揆を扇動したというのは、
まぎれもない事実のようで、
知略の武将であった伊達政宗の用心ですね。

脱線しました。

最高裁判所は、
遺言の形式面を重視する判断をしましたので、
これから遺言を書かれる方は、
後に相続人が峻烈な紛争をしなくて済むように、
はっきりとわかりやすく遺言を書いてあげてくださいね。

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子供が面会を拒絶している事例において、
間接強制を認めるのべきか否かについて、
結論の異なる二つの事例をご紹介しました。

間接強制を認めなかった事例では、
面会を拒絶している長女は無理でも、
面会を拒絶していない長男との面会は実施されている、
という事例です。
しかも、この事例、
過去に父親が長男を面会交流中に自宅に連れ帰り引き渡さなかったために、
母親が子の引き渡しの人身保護請求までしているという、
かなりハードな事案(高葛藤事案)であり、
それにもかかわらず、母親は、
長男の面会は実施しているという側面もあります。
つまり、母親による
片親(父親)引き離し状態とは考えにくいという要素もあると思います。

もう一点、
最高裁の間接強制を認めた事案は、
子供が7歳であるのに対し、
認めなかった事案は子供が10歳という点も、
指摘されるところです。
ある程度、子供の年齢が高くなると、
子供の意思も重視すべきであるという方向には働きます。

つまり、この種の案件の場合、
間接強制をすべきかという判断要素として、
母親の面会に対する姿勢や子供の年齢などが重視されるべきであろうと思います。

そうして、最高裁が指摘するように、
間接強制の可否で議論するのではなく、
面接交流の審判の時に、
これらの要素を検討して、
家庭裁判所が判断をすべきであろうと思います。

そうでないと、
家庭裁判所での審判と、
間接強制の可否の裁判とで、
紛争の蒸し返し状態になるからです。

なお、家庭裁判所は、面会自体は認めつつ、
間接強制は認めないという審判を出すなど、
場面に応じた柔軟な判断を行う必要があるでしょう。

最後になりますが、
私自身の考えとしては、
基本的に、父親と子供の面会は積極的に行われるべきだと思っています。

しかし、父母間の紛争が激しい場合、
面接交流というステージで
さらに父母間が争いをすること自体、
子供のためにはならないということを看過してはなりません。

やや極論になりますが、
こういったごく私的な紛争に、
裁判所という公的機関が担う役割には、
限界があるというのが、
法律実務家として率直な思いです。

子供が拒絶していても間接強制を認めた事例

テーマ:


子供が父親との面会を拒絶しているにもかかわらず、
母親に対して間接強制を認めた事例もあります
(最高裁平成25年3月28日)。

この事例において最高裁は、
そもそも子との面会を認める審判において、
子供が拒絶していることも踏まえて
面会を認める判断をしているのだから、
間接強制を認めないという根拠にはならない、
と平たく言えば判断しています。

さて、昨日、記事にした高等裁判所の判断よりも、
時期的には後になされたこの最高裁の判断、
どちらの判断の方が正しいのか。

一般的に言えば、
高等裁判所の判断よりも最高裁判所の判断の方が、
力があります。

かつ、後からなされた判断の方が力があります。

そうすると、
単純には、最高裁が間接強制を認めた、
という判断が勝るように思えます。

さて、では、どう考えていったらいいのでしょうか。
これについては、また明日。