晴れのち曇り時々Ameブロ

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晴れのち曇り時々Ameブロ-首里城(歓会門)

めんそーれーヒマワリ
一年を通して、多くの観光客が訪れる南の楽園沖縄。
エメラルドグリーンの海と青い空、美ら海水族館や国際通り、首里城をはじめとした人気の観光施設や名所・史跡の数々・・・
わたくしが沖縄を訪れるのは一昨年に次いで二度目、いずれも団体旅行ということもあり、グループでの観光がメインだったのですが、今回は1日だけ一人で歩く機会に恵まれたので、沖縄の人たちの素顔とふれあうため、メインストリートから少し横道に逸れて歩いてみることにしました。

◎ 所要時間:1日コース
ホテル(発)→ 首里城公園 → 金城石畳道 → 那覇市街(昼食)→ 壺屋やちむん通り(買い物)→ ホテル(着)

晴れのち曇り時々Ameブロ-ゆいレール

それでは、いつも通りの“気ままな散策”をスタート。
ホテルを出発して、降り立ったのはモノレールの終着駅首里。
向かったのは、多くの観光客が訪れる世界遺産「首里城公園」です。

晴れのち曇り時々Ameブロ-首里城(守礼門)

有名な守礼門はじめ、石造りの門を幾つか抜けると奥に朱色の正殿が見えてくるのですが・・・
残念ながら現在修繕中のため、内部の見学は出来るのですが、外観は透明なシートで覆われていて、その美しい全容を拝見することができませんでした。
そこで、今回は皆さんがあまり行かない世界遺産、首里城公園のもう一つの顔でもある王家の墓「玉陵(たまうどぅん)」へ向かうことにしました。

晴れのち曇り時々Ameブロ-玉陵

修学旅行生や団体客が多く訪れる守礼門や正殿とは対照的に、こちらは森の中にひっそりと佇む静かな世界遺産。
よく東南アジアや中米に行くと、遺跡とかの世界遺産がありますよね。
どちらかというと、そういう雰囲気です。
お墓を囲むように築かれた、大きな石の壁が印象的に映りました。

晴れのち曇り時々Ameブロ-玉陵

中央の扉を入ると、中にもう一つ広場があり、その奥が王家のお墓になっています。
風の音が聞えるぐらい、とても静かで敬虔な場所。
首里城にいると賑やかで、有名な観光地に来ているという印象しか持てなかったのですが、ここに来てやっと「世界遺産に来ているんだな・・・」という実感を持つことができました。

晴れのち曇り時々Ameブロ-玉陵

玉陵は1501年、尚親王が父である尚円王の遺骨を改葬するために築かれ、その後琉球歴代国王の陵墓として使われるようになりました。
お墓は、中室・東室・西室の三つに分かれていて、中室は洗骨前の遺骸を安置する部屋、東室には洗骨後の王と王妃、西室には限られた家族のみが安置されたそうです。
洗骨(しんくち)というのは、琉球王朝の時代に奄美諸島や沖縄で行われていた葬制で、死者を埋葬(沖縄では主に土葬)した後、一定期間を経て掘り起こし、海水や御酒で洗い流した後にお墓に安置する複葬のこと。

そのような名残から、沖縄では本土とは異なり、王家に限らず家の形をした石のお墓を多く見ることができます。
因みに、遺体を洗い流す役は、沖縄では代々長男の嫁が行うと決められていたようですよ。
それぐらいできなければ、本家の嫁としては失格という意味合いもあったのかもしれません。
もちろん、日本統治後は本土に合わせた火葬になっています。

晴れのち曇り時々Ameブロ-玉陵

首里城公園のもう一つの顔「玉陵」、世界遺産らしい世界遺産、ぜひ足を運んでみてください。
隣接する資料館では、発掘された当時の貴重な資料も展示されていました。

晴れのち曇り時々Ameブロ-金城町石畳道

今回は横道散策ということで、続いては首里城から金城町に下る石畳道を散策してみることに。
風情ある赤瓦と石畳の家並み・・・それと、見た目以上に急な坂道。
沖縄の射すような日差しも相まって、正直かなりきつかったです。(^_^;)

晴れのち曇り時々Ameブロ-金城町石畳道の休憩所

途中まで下ると、旧家を利用した休憩所があったので、そこで少し休んでから再び首里城公園まで戻ることにしました。
沖縄はとても暑いのですが、日陰に入ると風が通りぬけて意外に涼しい♪
手前に見える大きな木、南国らしくてイイですね!
ここで、話も少し横道に逸れますが、沖縄では並ぶという習慣が無いようです。
バスを待つ時も並ばずに、来たら何となく周りから集まり乗って行くという感じでした。
飲食店等でも並ぶことはせず、混んでいるときは時間をずらしてまた来るので、地元の人が並ぶ行列の店はありません。

そんな沖縄の人たちも、唯一並ぶことがあり、それは信号待ちをしている時に電柱の影に沿って一列に並ぶ。
影が真っ直ぐだったら真っ直ぐに並び、斜めだったら斜めに並ぶみたいな感じですね。(笑
これはとても重要な事で、真夏に東京と同じ感覚で歩いていると間違いなく熱中症にかかります。
「こまめに水分を補給しながら、常に影を意識して歩く」沖縄観光では必要不可欠。
それと、紫外線量は北海道の7倍、東京の4~5倍と言われているので、女性の方は紫外線対策も忘れずに!
地元の女性は、日焼け止めはもちろんのこと、皆さん日傘を片手にしていたり長袖だったりと、紫外線への対策は十分にされていました。

晴れのち曇り時々Ameブロ-金城町石畳道

さて、涼しい日陰で休憩をとった後、下って来た坂道を再び首里城公園へ。
途中から少し横道に入ると、樹齢300年のアカギの木があるので行ってみることにしました。

晴れのち曇り時々Ameブロ-金城町石畳道(大アカギ)

小さな案内表示に従い脇道に少し入ると、このような見事な大木があります。
沖縄に来て、初めてのパワースポット。
国の天然記念物にも指定されていて、一見の価値はありますので首里城を訪れた際には是非立ち寄ってみてください。
パワースポットなので、必ず願い事も一緒に。

晴れのち曇り時々Ameブロ-石畳茶屋真珠

大アカギを後にして、この辺りで少し水分補給をすることに・・・
お邪魔したのは、石畳道の途中にある喫茶店「石畳茶屋真珠」。

晴れのち曇り時々Ameブロ-マンゴーのカキ氷

オーダーしたのは、マンゴーたっぷりのカキ氷♪雪の結晶
生き返りました!
わたくしにとっては、こちらのほうがパワースポットだったかも?(笑
デッキから見える那覇の街並みを眺めながら、しばしホッとするひとときを過ごすことができました。
マンゴーが甘くて、とても美味しかったです。
沖縄は、パイナップルもマンゴーも、甘くて美味しいですね♪
通り沿いには、他にも喫茶店や個人の絵画ギャラリーも目に留まりました。

晴れのち曇り時々Ameブロ-龍潭池と首里城正殿

上の写真は、駅までの帰り道に撮った龍潭池と首里城正殿。
ここで首里城公園ともお別れ、午後は国際通りの裏手にある「壺屋やちむん通り」へと向かいます。
首里駅から首里城公園まで、徒歩で15分以上掛かりますので、3~4人だったらタクシーがお薦め!
駅前の観光案内所では、レンタサイクルの貸し出しも行われていました。

晴れのち曇り時々Ameブロ-お食事処「三笠」

このあたりで、ちょうどお昼時になると思いますので、わたくしの入った飲食店を1軒紹介させてもらいます。
場所は那覇の市街地、モノレールの県庁前駅から徒歩5分位、お食事処「三笠」という大衆食堂。
チェーン店でもないのに24時間営業、メニューの殆どが500円台という良心的なお店でした。

晴れのち曇り時々Ameブロ-豆腐ちゃんぷる

お薦めは、写真の島豆腐を使ったボリューム満点の豆腐ちゃんぷる。
地元のお母さんが、大きな中華鍋で炒めてくれる沖縄の家庭料理。
こちらに来てから、観光施設やホテルの朝食等でも沖縄料理を食べましたが、正直ここが一番美味しかった!
国際通り沿いは、飲み屋さんが多く、こういう庶民的なお店はなかなか見つけられないので、ここは本当にお薦めです。
国際通りからは少し外れていますが、モノレールの駅からもそれほど遠く無いので是非行ってみてください。
大きな釜で炊くご飯も、とっても美味しかった。
そうそう、沖縄の定食屋では、メニューにおかずの名前しか書いていないのですが、ご飯と味噌汁は必ず付けてくれます。

地元の郷土料理で腹ごしらえを済ませたら、さっそく午後の散策へ。
壺屋やちむん通りの最寄駅は、県庁前から首里方面に2つ戻った「牧志駅」、モノレールには1日乗車券もありますので、複数駅乗り降りする場合はそちらが便利。
本数は、15分に1本位の割合で走っています。

晴れのち曇り時々Ameブロ-壺屋やちむん通り

牧志駅から次の目的地「壺屋やちむん通り」までは、国際通りから平和通りを経て約10分程で着きます。
やちむん通りのある壺屋地区は、表通り沿いの喧騒とはうって変わり石畳が続く静かな町並み。

晴れのち曇り時々Ameブロ-壺屋やちむん通り沿いの店舗

こちらの壺屋地区では、琉球王朝時代から続く窯元が軒を並べ、多種多様の器が売られています。
「やちむん」とは、沖縄の方言で焼物のこと。
まずは、沖縄陶器の歴史を勉強しに「那覇市立焼物博物館」へ足を進めてみることにしました。

晴れのち曇り時々Ameブロ-那覇市立焼物博物館

館内には、沖縄に於ける焼物の歴史をはじめ、縄文時代から現代に至るまでの器が時代ごとに展示されています。
ちょっと勉強は・・・という方も、熱中症予防にとりあえず入っておいたほうが無難。(笑
沖縄県で初の人間国宝に認定された金城次郎氏の作品や、旧那覇空港に設置されていた島常賀氏の大きなシーサーも展示されていて、見ごたえは十分ありました。

晴れのち曇り時々Ameブロ-南ヌ窯(ふぇーぬがま)

そしてこちらは、焼物博物館に隣接してある「南ヌ窯(ふぇーぬがま)」。
かつて、この地区には多くの登り窯が存在しましたが、繁華街への煙害問題もあり、その殆どが読谷など郊外へと移って行ったそうです。
そのようなこともあり、現在残っているのはこの窯のみ、もちろん実際には使われていません。

300余年続く壺屋焼の歴史を勉強したところで、お目当てのシーサーを探しに幾つかの老舗を巡ってみることにしました。
購入のアドバイスとしては、わたくしのように沢山のお店を一通り周った後に決めるもよし。
もしくは、博物館の隣にある「壺屋陶芸センター」で、お気に入りの陶工を探して直営店の場所を尋ねてみるのもよい方法かもしれません。
もちろん、そこで買ってもよいのですが、こちらは地区の自治会が運営する店舗なのですぐに教えてくれますよ。
遠慮せずに、気軽に尋ねてみてください。
陶芸センターでは、壺屋地区を代表する陶工ごとの作品が陳列販売されています。

晴れのち曇り時々Ameブロ-島袋陶器所

しばらく探し歩いた後、やっと自分好みのシーサーを見つけたのが、こちらの「島袋陶器所」の直販店です。
こちらの窯元の主は、島袋常栄先生といって、陶歴を拝見すると数々の名誉ある受賞はもちろんのこと、壺屋陶器組合の理事長でもある著名な方でした。
所謂、壺屋の窯元衆を束ねる元締めといったところでしょうか?

晴れのち曇り時々Ameブロ-島袋陶器所

店内には、手軽に買える数千円の小さなものから十万円以上もする大きなものまで様々。
先生の作品はじめ、お弟子さんたちが手掛けたシーサーも沢山置いてありました。

晴れのち曇り時々Ameブロ-てびねりの玉乗りシーサー

その中で、わたくしの目に留まったのは、こちらのシーサーです。
伝統工芸士、島袋常栄先生の手掛けた本てびねりの玉乗りシーサー。
一般的に、シーサーには“手作り”と“手びねり”があり、大まかな骨格を型で成型して、表情など細かい仕上げを一つ一つ手作業で行うことを「手作り」。
それに対して、一切型を使わずにすべて手作業により作られたシーサーを「手びねり」と呼びます。
当然、手間が掛かるぶん値段も高くなりますが、一生ものなので思い切って手びねりを購入することにしました。
陶磁器というのは、伝統工芸品に分類されるものではありますが、この手びねりに関しては一つ一つ姿形が異なるので、わたくしの中では芸術品だと思っています。

晴れのち曇り時々Ameブロ-喫茶店「南窯」

お目当てのシーサーも購入し、ここで少し一服することにしました。
お邪魔したのは、こちらの喫茶店「南窯」。
お茶を飲みながら器を選ぶことができる、窯元直営のギャラリー兼喫茶店です。

晴れのち曇り時々Ameブロ-喫茶店「南窯」

店内は落ち着いた雰囲気、オーダーしたのは下の写真、お茶とクレープのセット700円。
お茶は、沖縄のさんぴん茶に地元産の黒糖を使ったシンプル味の和風クレープ。
さんぴん茶、香りがよくて美味しいですね♪

晴れのち曇り時々Ameブロ-さんぴん茶とクレープのセット

今回は、これで帰ってもよかったのですが、シーサーを探している途中どうしても気になるお店を発見し、そのお店の前をウロウロと何往復もしてしまいました。(^_^;)
表から覗いてみたところ、シーサーが置いてあるような雰囲気のお店ではなかったのですが、窓際に置かれていた絵皿や花瓶、これは良いものだなとビビッ!と来ました。
この旅行のために、2年間ために溜めた貯金もまだ残っていたので、せっかくなので寄ってみることに・・・

晴れのち曇り時々Ameブロ-清正陶器工場

それが、こちらの「清正陶器工場」というお店です。
店名に工場と付いていますが、実際の工房は那覇市の郊外にあるよう。
昔は、隣接して登り窯があったのかもしれません。

晴れのち曇り時々Ameブロ-赤絵魚文の器

わたくしが惹かれたのは、この深い赤色の器たち。
こちらは、小橋川清正先生とご子息の明史先生が営む由諸ある窯元。
この深みを出すためには、特別な釉薬とかなりの手間が掛かっているとのことでした。
また、清正先生は2000年の「九州沖縄サミット」で位置皿が各国要人への記念品として、明史先生の手掛けた菓子皿は、2007年の東大寺で開催された「聖武天皇千二百五十年御遠忌華茶会」の記念品として使用されたとのことです。
絵皿や花瓶の他にも、茶碗やぐい呑み、コーヒーカップやビヤーグラス等、手軽に買えるものも多く揃えてありましたので、沖縄に行かれた際には是非立ち寄ってみてください。
ここの器は、とっても良いです。

ところで、店番をしていた女性は、明史先生の奥様でしょうか?
自然と話が合ってしまい、しばらく雑談をしていたのですが、その中で思いもよらない言葉を聞き、今日まで謎に包まれていた我が一族の家系が明らかになるという意外な展開に!
奥様によると、わたくしの喋るイントネーションが、沖縄の人が喋るイントネーションと一緒で、話していて安心すると言うのです。
わたくしの話し声は、周囲から聞き取り難いと子供の頃からよく言われていたのですが、聞き取りやすいと言われたのは生まれて初めて、正直ちょっとビックリしました。

もちろん、私自身が沖縄に住んでいたことも無いですし、友人・知人に沖縄出身の人は誰もいません。
喋れるのは、標準語と若干の静岡弁のみ。
祖父というのは、奈良から東京に移り住んだ人なのですが、関東周辺で名字が同じ人は近い親戚ぐらい、奈良に於いても会ったことがない遠い親戚が僅かにいるだけです。
祖父から数えて、何代か前までは分かっているのですが、その先は全く分かっていないような状態。
近年、同じ名字の方々が沖縄の離島に少数派いるという情報は耳に入っていたのですが、玉城さんとか、新垣さんとか、比嘉さんとか、沖縄独特の名字というわけではなかったので、偶然の一致ぐらいにしか考えていませんでした。
在り来たりそうでありながら、本土では有りそうで無かった我が名字、念のためその話を伝えてみたところ、沖縄本島にも同姓の人たちが、かなりの人数いるとのことでした。
目鼻立ちがくっきりしているので、そんな感じがするとも・・・

恐らく、わたくしの祖先というのは、何かしらの理由で琉球王国から奈良に渡って行ったものと思われます。
わざわざ奈良まで渡って行ったことを考えると、離島ではなく本島の人だったのかもしれません。
遺伝子の記憶というのは、本当に凄いですね。
お母さん、わたくしの喋るイントネーションは、沖縄の人と一緒らしいですよ。(^_^)

晴れのち曇り時々Ameブロ-小橋川明史作の抹茶碗

これも何かのご縁、お礼を兼ねて何か買っていくことに。
購入したのは、右側に写っている抹茶碗、本来は茶道の先生が買っていくような逸品だと思うのですが、わたくしと先祖を繋げてくれた窯元の器、家宝として一生大切にするつもりでいます。
今回は、1日という限られた時間の中で、やちむん(陶器)を通して沖縄の人たちの素顔や自分自身の家系のルーツまで知ることができました。
本当に、貴重な旅になったと思います。
陶器というのは、器としての目的以外にも、人と人とを繋げたり、過去と現代の橋渡しをしたり、色々な役割を担っていますので、これからも誇りを持って作品づくりに励んでいただくことを心から願っています。

晴れのち曇り時々Ameブロ-島袋常栄作のシーサーと小橋川明史作の抹茶碗

上の写真は、先日沖縄から届いた島袋常栄作のシーサーと小橋川明史作の抹茶碗。
会話の中で、「町を歩いていて、懐かしさとか感じませんでしたか?」と聞かれましたが、そうですね・・・
町並みからは、特に懐かしさというものは感じなかったのですが、沖縄の青い空とこちらの窯で焼かれている赤い器には、不思議と懐かしさを感じました。
持ち帰った琉球壺屋焼の抹茶碗、遠いふるさとを想いながら時折ながめることにします。

ありがとうございました。

晴れのち曇り時々Ameブロ-首里城公園から眺める那覇市街地



【関連リンク】
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沖縄観光情報|おきなわ物語
沖縄観光チャンネル
首里城公園のホームページ
壺屋陶器事業共同組合
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