晴れのち曇り時々Ameブロ

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決めたのは、旅行前日の夜。
一ノ関で泊る3日間の日程、平泉を2日めぐり、最終日は午前中に一ノ関を後にするつもりでした。
わたくしの旅行というのは、大体いつも前日の夜までバタバタと支度をしているのが恒例で、その日も何の気なしに平泉観光協会のHPをチェックしていたり、忘れ物がないか鞄の中身をチェックしたり、いつも通りお決まりの行動に終始していました。
今でも、なぜ気仙沼の情報が自分の中に入ってきたのか思い出せません。

そもそも、平泉は岩手県、気仙沼は宮城県、わたくしのような他県で暮らす者には、まったく繋がりというのが見えてこなかったのです。
なぜか大船渡線の時刻表を調べている・・・
今回の気仙沼行きはそこから始まりました。

晴れのち曇り時々Ameブロ-大船渡線(一ノ関駅にて)

旅行2日目、平泉は1日で切り上げて、今日はこの電車で気仙沼へと向かいます。
大船渡線、もう気仙沼までは開通していたんですね。

晴れのち曇り時々Ameブロ-帰省客で混み合う大船渡線

長閑な風景を眺めながら、揺られること約1時間10分で到着。
2両編成のローカル線、帰省の時期とも重なり、車中は思ったより混雑していました。

晴れのち曇り時々Ameブロ-気仙沼駅

こちらが気仙沼駅、ちょこんと突き出た三角屋根の可愛らしい駅舎。
ここから、今回の目的地でもある気仙沼の復興商店街へ歩いて向かうことにします。
少し歩くと、北野神社という小さな標識を見つけたので、ちょっと立ち寄ってみることにしました。


~史跡をめぐる~ 天神山北野神社

晴れのち曇り時々Ameブロ-天神山北野神社

狭い路地を入ると、いきなり急な階段が目の前に現れました。
これは、大船渡線を渡るための階段、神社はこの奥にあります。
階段を上がると・・・

晴れのち曇り時々Ameブロ-天神山北野神社

さらに、その奥にはこんな階段が!
ちょっとキツかったです。(^_^;)

晴れのち曇り時々Ameブロ-天神山北野神社

登りきると、やっと本殿に着きます。
小ぶりな感じですが、なかなか立派な造りでした。

晴れのち曇り時々Ameブロ-天神山北野神社

こちらの神社は、創建が天和年中(1681年)で、菅原道真公縁の神社だそうです。
とくに、この龍の木彫りが素晴らしかった!
北野神社で参拝をした後、再び漁港に向かい歩き始めたのですが、道沿いに並ぶ家々には震災の爪痕も特に見当たらず、そこには普段と変わらない街並みが続いているようにも見えました。

晴れのち曇り時々Ameブロ-被災した気仙沼市内

ところが、ある地点を境に風景が一変します。
そこから山側は普段と変わらない街並み、海側は大津波により徹底的に破壊されてしまった景色が広がっていました。
被災地の様子は、テレビ等の映像では見ていましたが、実際に立つとしばらく現実のものとして受け止められなかったです。
これから、その様子を載せていきますが、改めて震災で亡くなられた方々に対して、心からご冥福をお祈りしたいと思います。


~震災の爪痕~

【気仙沼市南町商店街】撮影日:2011.12.30

晴れのち曇り時々Ameブロ-被災した気仙沼市内

こちらの写真は、地元のショッピングセンターのようです。
海から300メートルほど離れている場所ですが、ショーウィンドウや看板、折れ曲がった街頭から、この周辺でも2階まで津波の高さがあったことを確認できます。

晴れのち曇り時々Ameブロ-被災した気仙沼市内

写真1(南町商店街)

晴れのち曇り時々Ameブロ-被災した気仙沼市内

写真2(南町商店街)

晴れのち曇り時々Ameブロ-被災した気仙沼市内

写真3(南町商店街)

晴れのち曇り時々Ameブロ-被災した気仙沼市内

写真4(南町商店街)

上の写真は、地元商店街の店舗です。
津波が2階まで達していたことから、1階の店舗部分はすべて流されて何も無くなっていました。
建物によっては、傾いてしまっていたり、一部を残して全壊している家もありました。
もし、同じ場所で店舗を再開するにしても、多重ローンの問題が懸念されます。

晴れのち曇り時々Ameブロ-被災した気仙沼市内

写真1(南町住宅街)

晴れのち曇り時々Ameブロ-被災した気仙沼市内

写真2(南町住宅街)

晴れのち曇り時々Ameブロ-被災した気仙沼市内

写真3(南町住宅街)

上の写真は、南町の民家を写したものなのですが、大地震の揺れと津波で屋根が崩れ落ちてしまっている状態です。
壁に大きな穴が開いている建物が多かったのと、昔の蔵などは2階部分が流されて漂着しているという感じでした。
わたくしには、家主の方がご無事で居られることを祈ることしかできません。

晴れのち曇り時々Ameブロ-被災した気仙沼市内

こちらは、気仙沼の地酒メーカー「男山酒造」の本店建物です。
創業は大正元年で、この石造りの本店もその頃に建てられたものと思われます。
貴重な歴史的建造物、本当に残念です。
男山酒造さんは、本店は被災したものの、工場は津波の被害を免れて製造を再開しているようなので、ぜひ応援宜しくお願い致します!

晴れのち曇り時々Ameブロ-被災した気仙沼市内

北日本銀行気仙沼支店です。
これだけ頑丈に造られた建物ですら、外壁に大きなひびが入っていました。
銀行のように住民に密接した企業は、町がしっかり復興計画を確立しないと、営業を再開するというのは難しいようです。
同じ場所で営業を再開するのか、高台に移転するのか、どうするのでしょうか?
どちらにしても、早く企業が復興しないと、雇用は無く人の流出も防げません。

晴れのち曇り時々Ameブロ-被災した気仙沼市内

確かに、山のようにあった瓦礫は取り除かれ、道路も修復されていることから、復旧に関しては進んでいるようにも見受けられました。
しかしながら、ここまでの写真を見れば一目瞭然、「復興」については殆ど何も進んでいないというのが現状です。
商店も、企業も、何もかも・・・

【気仙沼市南町海岸】撮影日:2011.12.30

晴れのち曇り時々Ameブロ-被災した気仙沼市内

中心街から港の方向に歩くと、こんな光景を目にすることもあります。
海岸近くの交差点、未だに打ち上がった漁船が道端に横たわっていました。

晴れのち曇り時々Ameブロ-被災した気仙沼市内

こちらは、観光船用の桟橋だと思うのですが、まだまだ復旧は先のようです。

晴れのち曇り時々Ameブロ-被災した気仙沼市内

遊歩道も、液状化と津波の被害で歩くことすらおぼつかない状態でした。

晴れのち曇り時々Ameブロ-被災した気仙沼市内

こちらは、海岸近くのガソリンスタンドです。
屋上のフェンスが曲がっていることから、あの高さまで津波が来たことが容易に想像できます。
車の横にいる人の大きさで比較すると・・・考えるだけで恐ろしいですね。

晴れのち曇り時々Ameブロ-気仙沼漁港

漁港が完全に復興するには、まだまだ時間が掛かるようですが、それでも少しずつ操業を再開している船も見受けられました。
気仙沼といえば、やはり漁業なしでは語れません。
早期の完全復興を、心より願うばかりです。

晴れのち曇り時々Ameブロ-被災した気仙沼市内

今回、被災地の写真を掲載するにあたって、凄く悩みました。
家の持主の方が亡くなられているのではないか?とか、この写真を見て心を痛めてしまわないか?とか、色々悩みました。
しかしながら、あえて掲載させてもらった理由として、地元の方々が何を一番望んでいるのかということを優先したかったからです。
それは、「早期復興」「風化をさせない」このことに尽きると思うのですよ。

直接、被災地に行かれた方からよく耳にしていた言葉があります。
「映像で見るのと、実際に行って目の当たりにするのとでは全然違う!」
ここ気仙沼を訪れて、その理由が分かったような気がしました。
やはり、実際に訪れて倒壊した建物を目の前にしないと、なかなか身近なこととして受け止められないです。

私自身も、この場所に来て「身近な事として受け止める大切さ」を教えてもらった気がしました。
ここで掲載した写真が、少しでも震災の風化を防ぐことを切に願って、次は気仙沼の復興へのシンボル、気仙沼復興商店街を訪れてみたいと思います。


~復興への歩み~ 気仙沼復興商店街

晴れのち曇り時々Ameブロ-復興屋台村 気仙沼横丁

この旅で一番行きたかった場所、「復興屋台村 気仙沼横丁」。
事前に地図で調べると、かなり奥まったところに位置していたので、ちょっと道に迷うかな?と思ったのですが、遮るはずの建物もすべて津波で流されていたことから、遠くからでも赤い幟が確認できました。
こんな状態の中でも、少しずつではありますが、地元の人たちは復興へ向けて動き始めているようです。
プレハブ製の仮設店舗ということもあり、外観はお世辞にも良いとは言えませんが、商店街の中を覗いてみると・・・

晴れのち曇り時々Ameブロ-復興屋台村 気仙沼横丁

店舗ごとの特色を生かして、入口は素敵に飾られていました。
お店の中はもっと素敵でしたよ。
普通の店舗と何ら遜色ありませんでした。
ちょうど昼時、こちらの商店街は飲食店が中心に入っているとのことで、さっそく恒例のグルメ情報に移りたいと思います。
申し訳ないのですが、わたくしは被災地とて手を抜くことはしません。
ソレとコレとは話が別、いつも通り厳しくいかせてもらいます!(笑

晴れのち曇り時々Ameブロ-気仙沼大漁丸 マグロの中落ち丼

ということで、さっそくお邪魔したのが「大漁丸」さん。
お昼のメニューは、マグロの中落ち丼です。
・・・わたくし、大トロより中落ちのほうが好きかもしれない。(^_^;)

ハッキリ言って、すごく美味しかったです!
臭みも無く、口の中で溶けて無くなる感じでした。
それと、味噌汁もとても美味しかったですよ。
作っている方が調理師さんとのことで、具のバランスもしっかり考えられていました。
因みに、お味噌汁はおかわり自由だそうです。

次に入ったのは、イタリア料理のお店「エース・ポートKUSHI」さん。
とりあえず、先ほどお昼を食べたので、コーヒーを飲みながら休むことにしました。
コーヒーは、どうやら自家焙煎のよう。
そのコーヒーが絶妙な美味しさだったので、自慢のパスタを頼んでみました。

晴れのち曇り時々Ameブロ-エース・ポートKUSHI トマトソースのパスタ

出てきたのが、こちらのトマトソースのパスタ。
わたくし、マグロ丼でかなりお腹がいっぱいになっていたのですが、それでも美味しかったです!
たまたま居合わせた家族が、まだ小さな子供に「これは大人の味のスパゲティだよ」と言っていたにもかかわらず、無我夢中で食べていたのが印象的でした。
美味しいものは、大人も子供も一緒なんですね。

こちらのシェフは、名のあるレストランやホテルで長年修行された方だと思います。
そういう、カチッとした品のある味がしました。
パスタも、コーヒーも、ドレッシングも、みんな美味しかったです。
“恋人トマトソースのパスタ”名前も素敵ですね。(^_^)

今回、和洋異なる2つの料理を賞味しましたが、気仙沼の味覚レベルは、かなり高いということに気がつきました。
一ノ関から平泉、そして気仙沼まで旅をして来た中で、ここに来てやっと美味しいものにめぐり逢えたというのが正直なところです。
食事が美味しいところには、自然と人が集まりますので、復興に向けてこれからが楽しみですね。

晴れのち曇り時々Ameブロ-復興屋台村 気仙沼横丁

こちらの屋台村には、飲食店以外にも地場産品を販売する店舗も入っています。
上の写真は、気仙沼の海でとれた海産物各種です。

晴れのち曇り時々Ameブロ-復興屋台村 気仙沼横丁

スルメイカをはじめとした魚介類の販売もされていました。
下の写真、大きな鱈が凄く美味しそうでした。
鱈鍋が食べたーい!!

晴れのち曇り時々Ameブロ-復興屋台村 気仙沼横丁

こちらの復興屋台村、ともかく食事が美味しかったです。
そもそも、地元の人たちの「もう一度食べたい!」というリクエストに応えて再開した店舗ばかりなので、選りすぐりの店が揃っているといえば、そういうことのようですが・・・
地元自慢の味が集う復興屋台村、これなら観光客にも太鼓判を押してお薦めできると思いました。

晴れのち曇り時々Ameブロ-気仙沼復興商店街「南町紫市場」

もう1箇所、津波の被害を受けた南町の一角にも、復興に向けて地元の商店が営業を始めていました。
上の写真は、「南町紫市場」といって、被災した方々を中心に再開した復興商店街。
食料品から飲食店、理容・ファッション・薬局に至るまで、生活必需品がすべて揃う、本当に地元の商店街という雰囲気でした。
食べそこないましたが、地元で有名な手作りコロッケなどは美味しそうでしたよ。

晴れのち曇り時々Ameブロ-気仙沼復興商店街「南町紫市場」

こちらの店舗は、若者向けの洋服屋さん。
革製品やシルバーアクセも売っているみたいですね。
せっかくだから、ちょっと覗いていけばよかった。

晴れのち曇り時々Ameブロ-気仙沼復興商店街「南町紫市場」

コンビニ発見!
ヤマザキのデイリーショップでした。
鮨屋や喫茶店もあったので、観光で行かれた際にも利用価値大だと思います。
先ほどの屋台村からも、徒歩で10分と掛からない場所にありました。

晴れのち曇り時々Ameブロ-お魚いちば(気仙沼市)

さらにもう1箇所、気仙沼漁港の近くに構える「おさかな市場」という店舗も紹介させてもらいます。
こちらは、震災以降休業を余儀なくされていましたが、約半年後に再開しました。
改装したということもあり、店舗内は広くスッキリとした印象を受けました。

晴れのち曇り時々Ameブロ-お魚いちば店内

三陸産に拘った鮮魚や干物、加工品等が揃う鮮魚市場で、とくに団体客にはお薦めかもしれません。
市内宿泊施設も、徐々に再開しているようなので、今後団体客の受け入れが可能になったら、ぜひ足を運んでみてください。
もちろん、一般の観光客にもお薦めできます。

晴れのち曇り時々Ameブロ-気仙沼駅にて(大船渡線)

東日本大震災により、一時は遠い場所になってしまった気仙沼、今は地元の人たちの努力により、すぐ近くまで帰って来ました。
大船渡線で一ノ関から1時間10分、あえて「気軽に・遠慮せずに」という言葉を使わせてもらいますが、一ノ関・平泉を旅行する際には少し足を伸ばして、ぜひ気仙沼へも訪れてみてください。
津波で流された街の一角に、旅行者が休むことのできる小さな仮設の公園を見かけました。
地元の方々も、一日も早く観光客が戻る日を心から望んでいます。


-被災地気仙沼を歩いてみて-

2011.3.11に発生した東日本大震災、津波と火災で焼き尽くされていく気仙沼の映像が今でも脳裏から離れません。
あの映像だけは、一生忘れられないと思います。

今回、被災地気仙沼を訪れて感じたことは、「本当に来てよかった!」「元気な姿が見れてよかった!」この言葉に尽きます。
復旧に関しては、道を塞いでいた大量の瓦礫も撤去され、人が自由に歩けるまでに回復していました。
しかしながら、復興に関しては、まだまだ小さな一歩を踏み出したに過ぎません。
被災された方々にとっても、これからが正念場になるかと思います。

地元の企業がなかなか立ち上がれない現状、復興には外からの人やお金の流れが必要不可欠です。
また、復興へ移り変わる時期の、今しか見れない街並みもそこにはあります。
是非、皆さん一人一人が復興ボランティアとなって、観光を通して“早期復興”という大きなプレゼントを、被災地の子供たちに贈りましょう!
賑わいが戻った町を見れば、きっと喜んでくれると思います。(^_^)

震災以降、東北を気遣い多くの方々が足を運んでくださいました。
今、皆さんの力が必要です。


【関連リンク】
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復興屋台村 気仙沼横丁
気仙沼復興商店街「南町紫市場」
気仙沼さかなの駅
おさかな市場
地酒「伏見男山」
ドラゴンレール大船渡線
気仙沼観光コンベンション協会
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