泉圭織のこと

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私のことについて知らないことが多いと思いますので自分についてお話します。

泉圭織の過去から
こういう人なんだな
ってことをわかってもられば嬉しいです。









泉圭織は1995年8月15日
新潟県に生まれました。
それからずっと地元育ちです。

誕生日の日にちが終戦記念日なんですが
その頃には毎年甲子園がやっていて
自分ではこの日にち気に入ってます笑

高校野球好きです(*´ω`*)









泉圭織は中学にバスケ部に入りました。
その中学のバスケ部は弱小で、
顧問の先生がずっと怒ってばっかりで、
よく部活中に先生の方から帰っていき、
私たちは
「待ってください!」
と追いかけてました。
ただそれは形だけであって私自身

バスケをやりたい!

のではなく、

部活やらなきゃ!

という気持ちの方が大きかったです。
つまりやらされてる状態でした。












それから高校に入り、
友達に誘われ弓道部に入部しました。
その学校の弓道部は過去に何度も全国大会へ行く歴史のある部活でした。
でしたので私たちの先輩は厳しく、お互いに注意しあって、私たち後輩のことを怒鳴ることもありました。
私はそれがこの部活の歴史で伝統なんだと思い、それに従っていこうと思いました。





しかし私の周りの子たちは違っていました。

きつすぎる…

もうわかんない…

行きたくない…

楽しくない…


私たちの後輩もこのような感じで

そんな怒んなくても…

厳しくしたって上達しない…






先輩の言われたことに従う、
厳しいのは全国大会に行くためには必要なことだ
とスパルタのように考えるのではなく

楽しくやりたい!

という考えに変わる世代に私はいました。











(今思うと私は心から
バスケも弓道も楽しい!
とは思ってなかったみたいです。
結果ばかりを求めていたから。

高校を卒業してバスケや弓道から
少し離れた今ごろになって
楽しいことに気づきました)







私が弓道部の部長になり
部活の伝統と今のやり方との違いに
板挟みになりながら
自身でもチームとしても結果を出せず
苦しい時期が続きました…










大した結果も残せず部活を引退した後
私は後輩に技術指導をしていた時
あることを思いました。

それは



技術だけの問題じゃなくて
個人的な問題なんじゃないか?






私自身部活をやっていた時
部活のこと、自分のこと、進路のこと、
人のこと、恋愛のことなど
たくさん悩み事が解決されないままやり続けていて
最後には早気(はやけ)という弓道では病気と
言われるものになってしまいました。





部活を客観的に見れるようになった時
その悩みを後輩達も持っているのでは?
と考えました。








ということで
そこから私がメンタルについて興味を持ち始めました。






私はもともと興味を持っていた
心理学について学ぶため大学に進学しました。


大学での勉強がスポーツメンタルについての
勉強ではありませんが
その心理学についての勉強が
今私のスポーツメンタルコーチの役に立っています。










私のモットーは

『勝つことがすべてではない
結果だけでなく過程も大切』


だということです。



全国の部活動やスポーツクラブなどでスポーツをやっている人たちの中には
毎日必死に練習しても結果がでない
という人が多くいるのではないでしょうか。


その努力が認められない人たちのために
私は力になりたいです。




頑張ってきた過程も大切だということ。


それが糧となってその後も活きていくこと。



優勝者が成功者とは限りません。





過程の部分こそ私は重要だと思っていますので
結果を出したいならまず過程をおろそかにしない。




でも具体的にどうやればいいかわからない
という選手、監督、コーチのために私は
最大限のパフォーマンスができるように支えます。


私の学生時代のような
やらされている
のではなく

スポーツを心から
楽しい!
と思えるように。













最後まで読んでくださって
ありがとうございました!




スポーツメンタルコーチ 泉圭織
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