12月4日(日)晴 12月例会「占いのアニマシオン」をしました。

 

「読書のアニマシオン研究会」12月例会は「星に願いを――占いのアニマシオン」をしました。アニメーターの二人は、しっかり占い師の衣裳。占いの仕組みを説明するとともに、実際の占い札でそれぞれの誕生日や星座の運勢を読んでみました。そして、最後はおみくじ札を作ってみました。

「占いなんてごまかしだ」「だまされるな」というパターンではなく、「人生の励ましはどんな言葉で得られるのだろう」というポジティブな発想に持っていったところがおもしろかったと、私は思った。詳しくはアニマシオンクラブのホームページで(ただし2~3日待ってください)

テキストは、関口シュン『はじめての 心の★うらない』(かもがわ出版)。関口さんは私たちの『子どもの心に本をとどける・・・』のイラストレーターでもあります。いつか、関口さんを招いて特別例会をやってみたいと思っています。ご期待ください。

庭の山茶花の生垣がいっぱいに咲きだしました。友人が「庭の花々の様子を楽しみにブログを見ています」とのお便りをくれたので、今朝の花を紹介します。白い山茶花も素敵です。

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12月1日(木)雨のち曇り 短歌論では=馬場あき子『寂しさが歌の源だから』

 

使途はないかを考える時、短歌の側から厳しい発言を重ねているこの人のメッセージに深く学ばされる。私は、「詩とは、韻律と省略、そして詩情」であると考えている。その論の基本は馬場さんと三好達治の論による。

馬場さんの歌論は品のある文章で、しかしわかりやすい語りだ。明治学院大に在籍していた時、入試問題の「国語」を担当して、この人の文章を使わせてもらったことがある。それは何かはいえないけれど。

「朝日歌壇」の選者4人の中で、社会的な作品にも評価していることで好感を持ったことで読むようになった。私は短歌はまったくやらないが。

この本は、「種村浩が聞く馬場あき子の波乱万丈」とサブタイトルがあるように、ご自分と半生を振り返る対談である。種村さんは若い人にも人気の歌人で、『はじめての短歌』(河出文庫)はとてもおもしろい(おもしろすぎて、ちょっと…という人もあるかなと思うほど)

私は馬場さんがどのように短歌と共に歩いて来たかよりは、短歌をどう考えているかの方に関心がある。

表題は、親・兄弟など、身内を失って〈独り〉であるとの〈寂しさ〉の心境に立つようになった。その「(孤独な)寂しさ」に短歌を作り続ける源があるのだということである。つまりは、「孤」の自覚が短歌と生むのだということだ。これは、近代文学(児童文学を含め)についても言えることだと、私は思っている。

口語と文語についての表明も面白い。口語での歌い方があって短歌に新しい力が湧き、しかいsそこに文語が座って姿が整うのだと(私には)読み取れた。

「朗読性」と「朗誦性」についても、あらためて考えさせられるものがあった。種村さんが馬場さんから上手に引き出している、その展開にも学ぶことは多い。馬場さんの本となると、けっこう買ってしまう。この人の文章の「立ち居振る舞い」に学ぼうと、若い人に言いたい。『寂しさが歌の源だから』(角川書店2016.6.1,800円)

*そうだ、今日から師走なのだ。庭に山茶花は元気に咲き広がりました。

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11月30日(水)晴のち曇り 冬の怪談=『原発ホワイトアウト』

 

以前に赤川次郎『東京零年』を紹介しました。市民運動が大きく盛り上がると、それを分断する国家の闇機関が動き出して、活動家を消してしまう。「不慮の事故」とか、「不明の自殺」とか…。そして、スキャンダルを作ってでもマスコミに叩かせ「社会的抹殺」を図る。そういう中で、審議会の委員などのエサをぶら下げて抱き込みも図る。その「闇権力」とは何かを描いた大作だ。

こちらも劣らぬ分厚さ。319ページ。福島原発の後で盛り上がった反原発の動きを陰に陽に崩していく。物語の主人公は、日本電力連盟理事・小島巌と経済産業省資源エネルギー庁次長・日村直史。つまり、当事者の経済側と政府(官僚)側の代表である。時は、福島原発事故後に復権した保守党政権が次第に根を張って復活している時期だ。つまりは今だ。

一方に、原発推進を止めようとする市民側の動き。その象徴として元民放TV局アナウンサー・玉川京子、彼女に協力していく原子力規制庁総務課課長補佐・西岡進。二人はあらゆる方法を駆使して原発再稼働の動きを止めるための情報をつかんでマスコミに流そうとする。

反原発の動きは一つずつ丁寧につぶされていく。その経過はまさに今日の状況そのままである。著者は現役の官僚だからこそ描くことができた細部だ。

そして、事態は沈静化して、再稼働が進みだす。そして、最悪の事態が動きだす「近未来のシナリオ」が描かれる。ありそうな話で、ぞっとする。

県知事などの切り崩しもそっくりだ。最後までしっかりと読み通してください。本格的なスリラーとも言えますよ。背中が寒くなります。

「頭がずば抜けて切れるわけでもない。しかし、優れた政治家というのは、頭が切れる必要はない。よく官僚に説明させて、それを正しく理解し、しばらくのあいだ記憶が保持できる、それだけでいい。日本国の総理大臣とは、その程度のものなのである。」

「国の政治は、その国民の民度を超えられない。こうしたことが当たり前のように行われていることを許している国民の民度は、その程度のものなのである。」

上から目線の語り方が気になる読者もいよう。しかし、官僚側の人には、なろほどこのように見えているのか…ということは学ぶことができる。

若杉冽『原発ホワイトアウト』講談社2013年

白い山茶花も咲きました。

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11月29日(火)晴 賢治さんの描く豚の生涯=『フランドン農学校の豚』

 

霜村三二さんに案内してもらって何度も花巻に行っている。(ありがとう、三二さん!)

その中に、「白金豚」のとんかつ屋がある。「ハッキントン」と読む。

これはなんだろうか?

そういう種類の豚が開発されたのだろうか?

それにしても、なぜ「白金豚」なのだろうか?

…、疑問はわくばかりである。

すると、宮沢賢治の作品の中に、これではないかというものがあった。『フランドン農学校の豚』(絵・nakaban、mikihousu,2016.10)

農学校に飼われている豚が、ついには屠畜され、解体されて、学生の胃を満たすまでの「生涯」を描いたものだ。豚の視点からの語りがおもしろい。「家畜撲殺同意調印法」というのが王から発令され、屠畜するには家畜の同意が必要となる。それを担当する校長・教師がなかなか説得できずに、豚も悶々とするのである(人間語が分かる)。

まあ、そのはじめに、こんな会話が学生の間で行われる。

「ずいぶん豚というものは、奇体なことになっている。水やスリッパや藁をたべて、それをいちばん上等な、脂肪や肉にこしらえる。豚のからだはまあたとえば生きた一つの触媒だ。白金と同じことなのだ。無機体では白金だし有機体では豚なのだ。考えれば考えるくらい、これは変になることだ。」

と。そこで豚は考える。

白金は一匁30円する。自分の体は20貫だ。

20×1000×30=600000

「実に60万円だ。60万円といったならそのころのフランドンあたりでは、まあ第一流の紳士なのだ。」

豚は言い知れぬ幸福を感じる。しかし、豚の運命は決まっている。・・・こんな話である。つまり、豚は白金と同じだという賢治の独特な表現を取り入れたのではないだろうか。どうでしょう? 三二さん。

とうとう風邪をひいてしまった。のどが痛い。声が出ない。今日はゆっくりしよう。庭の菊が盛り。

 

読書のアニマシオン12月例会のお誘い

 

日時:12月3日(土)13:30~16:30

会場:明治学院大学白金キャンパス2号館2202教室

*教室番号は必ず控えておいてください。

内容:

①    ショート・アニマシオン=「ペイネでアニマシオン」

・アニメーター:大谷清美、廣畑環

②    ワークショップ=「星に願いを=占いのアニマシオン」

・アニメーター:笹島智美、藤條学

参加費:500円

*どなたでも参加できます。

新春1月例会は、1月7日(土)翻訳家・宇野和美さんを迎えて「翻訳の喜び(仮題)」を語っていただきます。ショート・アニマシオンは「ブック・トーク〈宇野和美さんのお仕事〉」(廣畑環)です。時刻、会場等は同じです。

主催・読書のアニマシオン研究会(アニマシオンクラブ)

代表:岩辺泰吏

11月28日(月)曇り 長倉さんの「地球の色」⑤=〈黒〉

 

長倉洋海さんの『世界は広く、美しい』。ラストの第5巻は〈黒〉。

――黒は心を全開にし、わずかな光を感じとるための色だ――

「私は出会いと経験を重ねることで、闇の中でもわずかな光を感じとり、無音の中でかすかな「音」を拾いあげ、「漆黒の黒」からも希望を感じとる力をもらってきたように思う。」

「黒」でどんなイメージを持ちますか? もう10年ほど前になるが、札幌の近代美術館の「参加型展示」を参観したことがある。その中に、「ここで見たことは決して話さないでくださいね」と書かれた絵画があった。それは後ろ向きに展示されていて、こちら側にその札があった。そして、後ろに回ると、キャンバスはただ真っ黒だった。題して「闇夜の鴉」。しかし、そういうのであれば、必死に目を凝らして、一面に塗られた黒の色調の微妙な変化を見分けようとした。

私たちの身の回りから「闇」が消えたと思ったのは、昨日までの静岡市梅ヶ島温泉の先輩の山荘に泊ったときのこと。夜になると本当に「闇」。「闇」は政治の世界にのみ残るのかもしれない。

長倉さんは、もう一つ、「黒」の象徴として「瞳」をあげている。「くっきりとした黒い瞳に魅かれる。その瞳の奥にさまざまな世界が映し出されているからだろう。」

さて、長倉さんは、赤、青、緑、白、黄、黒の5色でこの世界を提示して見せてくれた。

「色はだれにでも、おなじようにふりそそぎ、だれもが自由にうけとり、ひきだすことができる。世界にはたくさんの色があふれている。瞳の奥にのこる色、心にきざまれた色、あなたはどんな色をえらび、どのような旅をつづけるのだろう。」

この手法はとても刺激的だ。あるテーマに誘うアニマシオンを考えさせてくれる。よし、秘湯浮かんだぞ!

長倉洋海写真集『世界は広く、美しい 地球をつなぐ色』(全5冊 、新日本出版社2016.9、各2,300円)

11月27日(日)雨のち曇り 山荘コンサート

 

25日(金)から今日まで、静岡市梅ヶ島温泉の上にある先輩の山荘で、恒例の高校時代の市内高校生サークル「ぶなの会」を開いた。私は(一応)会長だ。すべては地元の仲間がやってくれている。

今年は、清水フィルハーモニー交響楽団の有志演奏となった。となりの大きな山荘をお借りして、演奏会wとなり、13人のメンバーが演奏に参加してくれた。若い人たちが一生懸命に演奏してくれる姿に、みんなが感動した。紅葉はもうラストといえる。赤水の滝がすばらしい。来年もまた元気に集まろうと、別れた。新幹線富士近辺から見た富士もすてき。

11月24日(木)雪 長倉さんの「地球の色」④=〈黄〉

 

東京に11月の雪が降りました。それだけで、トップニュースです。寒かったです。荻窪の娘のマンション7階から見た風景は真っ白です。(4時くらい)

帰りのバスの中で、小学生5年生くらいかな、座ると、漢字書き取り帖を出して宿題を始めました。揺れるバスの中ですが、一杯宿題があるのでしょうか。塾の帰りのようですから、塾からも宿題が出ているのかもしれませんね。宿題を出すことが裁判にまで×論争になっているヨーロッパとは違いますね。「子どもには子どもの時間が必要なんです。今しかないんですから」と、フィンランドの先生たちが語っていましたね。マイケル・ムーアの映画。

さて、明日から27日まで、清水東高校時代の市内高校生サークル「ぶなの会」の合宿コンサートです。ブログはお休みして、フェイスブックでご挨拶します。

長倉さんの『世界は広く、美しい』第4巻は〈黄〉。

――黄は包みこみ、生の先にあるものを考えさせる色だ――

とてもきれいな、わっと広がる感じの本になりました。写真集はどうも黒の印象が強い。実りの色、夕焼け。いのち、日本では死者が向かうのは「黄泉の国」。つまり〈黄〉。

「それは暖かみのある「黄」が、死者の抱える哀しみを受け入れ、落胆を和らげてくれるからにちがいない。」と、長倉さんは書いている。

「黄は現世と来生を結ぶ色、同時に欲望と達観の間をゆれ動く人のせつなさを表す色だ。」

さあ、ラストは何色でしょう?


11月23日(水)曇り 長倉さんの④=「地球の色」〈白〉

 

勤労感謝の日。誰が、誰に、感謝するのだろう?

明日は東京多摩地区には雪が降るという。もう50年ほど前になるが、初めて東京の教師になって足立区に来た時、環七道路は建設中だった。そこに雪が降った。陸橋は子どものスキーの滑り台になった。12月には雪が降ったものだった。

さて、長倉洋海さんの写真集『世界は広く、美しい』(新日本出版社)の第4巻は〈白〉。

――白はすべてを許してくれる、とても広く大きな色だ――

多くのページが雪だ。新潟からトルコ、アフガニスタン・・・。マイナス70度になるというロシア、サハ共和国。「どんな極寒(ごっかん)の地であっても、人びとは「自分の故郷が一番」と思っている。」

とても美しい一冊だ。

今日は2か月ごとの「アニマシオンクラブ若手勉強会」。10人ほどの現役教師たちが集まる。2時間ほどアニマシオンの実際を交流学習し、2時間ほど飲んで交流して解散。もう5回目になる。今日はアニマシオンクラブ12月例会で行う「星に願いを~占いのアニマシオン」の事前検討会と6年生の教材を巡る学習。さて、開始前の静けさ。

 

 

11月22日(火)晴 長倉さんの③『世界は広く、美しい』〈緑〉

 

早朝、ぎしぎしと揺れた。福島県沖を震源とする震度5弱の地震だ。津波が来ている。大きな被害が出ないことを祈る。しかし、これだけの地震で東電福島原発の停電事故が起きている。それでも、原発は動かすという。愚かだと思う。

みどりからは河口湖の今朝の富士山が送られてきた。雨の後はすごくきれいにくっきりと浮かび上がる。(みどりたちは明日まで滞在する)

長倉さんの新しい写真集『世界は広く、美しい』の第3巻は〈緑〉。

――緑は生命の連なりを、遠い未来まで運んでくれる色だ。――

実りの色、生命にあふれた色だ。〈青〉の時に、私は「モンゴルの人は青が好き」と書いたが、長倉さんは、

「中東や中央アジアの人に、「好きな色は?」と尋ねると、圧倒的に「緑」と答える人が多い。国旗にも必ず緑が描かれる。それは緑が豊穣の色であり、やすらぎの色でもあるからだ。」と書いている。ゆっくりとページを開いていると、生きる力がもらえるように思う。

我が家の山茶花が咲き始めた。濃い緑の葉に囲まれてまずここの花が開く。とても不思議。日当たりが特別によいのでもなく、一番端にある生垣の内側の角のここの花がいつも一番だ。そして、みるみる広がっていく。来月には道路側の山茶花も咲きだす。道行く人に愛でられるのは、本人もうれしいだろう。不思議といたずらされない。ちぎっていく子どももいない。緑の葉が赤いと白の花をひきたてる。

今日は銀(シニア)読書会。『校庭に東風吹けば』(新日本出版社)だ。映画も上映されているが、ぜひ本の方も読んでいただきたい。