1月16日(火)晴 アニマシオンブックトーク⑧「た」=もう一つの視点『たんじょうび』

 順番から離れるのですが、ここで小さな本を紹介しておきます。

 昨日、成人式の晴れ着のことに触れたので、本棚からこの本を抜き出した。これはスウェーデンの人権教育のシリーズである。とても短い文なので、紹介してみます。

「ぼくのたんじょうび/プレゼントはなにかな/ピカピカのじてんしゃ/よくはしるヨット/そうがんきょう/ぼくだけのラジカセ/サッカーボール/それとも、カメラかな/むねがどきどきする/この子へのプレゼントは」

 これだけである。こ後に、「だから…君たちは…」とい長いお説教が始まるとすれば、うんざりだが、ちょっと視点を変えて世界の同世代を考えてみることは必要だと思う。

「訳者あとがき」ではこう説明されている。

「このシリーズ「あなたへ」はスウェーデンの学校教育における「オリエンテーリング科」の副読本として出発したものです。子どもひとりひとりの感性を大切にすることを土台に、同時に社会の矛盾に向けてこどもたちの関心を育てていくことが意図されています。『たんじょうび』をきっかけに、自分たちの世界とは違う世界についても考えてみたい。」

 このシリーズの6『わたしのせいじゃない』はいじめ問題の教材をして道徳の教科書で採用されている。その場合も、最後の「この子たちへのプレゼントは?」にあたる公害汚染や自動車事故、戦争、難民キャンプの子などの部分が削除されていたりする。

 この本のサブタイトルは「ゆたかな国とまずしい国」だ。ここを削ったら、この翻訳は認められないだろうし、笑いものになるだろう。難民を基本的には受け入れない日本。貧しい中で働き・学びに来る外国人青年に対しても差別的で、貧しい待遇しか用意しない国。

晴れ着問題のときに、それさえも「私には遠い話」として見ていた青年たちがいただろう。

『たんじょうび』(岩崎書店1997)

  *

 さて、今日は明治学院大戸塚キャンパスでおはなしポップコーンの昼休み勉強会です。わらべ歌、手遊びを葛飾時代先輩に来てもらって教えてもらいます。新しい学生が増えてくれるといいんだけどなあ。

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 1月15日(月)晴 アニマシオン・ブックトーク⑦「き」

   =『きらい』『きぜつライオン』『きちょうめんななまけもの』

 

 この3冊には大変お世話になりました。

まず、二宮由紀子さんの『きらい』(永島正人・絵、解放出版社2003)。

    *

 やさいたちは くだものが きらい。

 じぶんたちだけ じょうひんぶって。

 あまったるい におい ふりまいて。

 ふん、だ。ふん。

 くだものなんて みんな やなやつら。

    *

「みぎのながぐつは ひだりのながぐつがきらい。まけずぎらいなところが きらい。」「ピアニストはピアノがきらい。ピアニストよりおおきくて どっとがステージの「しゅやく」だかわからなくなる。」

日常、身近にある『仲良しコンビ』に見えていたものの“本音”を引き出す力。すごいウケました。高学年以上。中学でこれをやって、「きらい」の詩作りに進めた仲間もいました。大人にもウケました。もう二宮ファン。『さんぽひものはつこい』(高畠純・絵、文研出版=ちょっと大きい子)、『くまくん』(あべ弘士・絵、ひかりのくに=低学年から)なんかもうけますよ。ただし、読み聞かす人が楽しむことが大事。

ねじめ正一・村上康成さんの『きぜつライオン』『きちょうめんななまけもの』『わがままいもうと』(共に教育画劇)もそう。読みながら、ちょっと体操したり、息を止めさせたりね。アニマシオンって、「楽しむ」「生き生きと」ですから。

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かつては、今日が「成人の日」でしたね。振袖が着られないで哀しい思いをした女性たちの姿が報道されました。簡素な「私服」ですませていた戦後の出発が、1970年代から「一生に一度の晴れ着」に変わっていきました。呉服店関係業界の取り組みも大きかったとのことです。バレンタインデーのチョコレートのような…。影に、「私は参加しない。えきない」という〈二十歳〉を迎えている青年も増えていることには報道の目も及ばない。

 

     

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1月14日 日韓教師交流

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 1月14日(日)晴 日韓教師交流アニマシオン

 

 昨日は韓国の先生方を迎えて「人と人の交流と絆を深めるアニマシオン」集会を開いた。韓国から40名、日本側も40名の参加者で夜の交流会まで活発な学習を進めた。私はタイトルのようなテーマでレポートをした。韓国からは、ソウルのミラルドーレ私立学校の鄭基元先生が韓国の教育の現状を分析し「代案学校の可能性」についてレポートした。ドーレ学校はキリスト教の精神に基づく学校であるから、私たち日本人側にはなじめない言葉・概念もあったが、学力・学歴競争の激しい状況は日本も強まっており、そのひずみから学校や家庭に「問題を持ち込んでいる子ども」は増えている。学校や家庭の抱える問題は深い。

 その後、韓国から4Dキッドを使った知能開発の紹介がなされた。日本のアニマシオンクラブは、絵本の始めと終わりの見開きの絵からその間の「物語」を考えるワークショップを行った。もっとたくさんの通訳可能者が参加できれば、日韓教師混合のチームでの論議が可能であったし、時間的にゆとりがあれば、このワークショップのねらいをもう少し説明できたと思い、そこが残念だった。夜は60人余りでの交流会を行なった。韓国からの参加者は翌日から地域、グループごとに日本各地の教育抒情視察や学校見学に別れた。沖縄に行くグループもあった。

 この交流はほぼ20年続いている。韓国の先生方の研究会はキリスト教に基づく教育を深めようとするものであり、「人間的な教育を進める代案学校(オールタナティブスクール)」を各地に築いている。その希望を実現していくエネルギーには感服する。しかし、宗教的な意味付けについては一致しているわけではない。私と鄭基元先生との間にもそこは大きな溝がある。しかし、それを埋めてあまりある信頼と尊敬をお互いに深く持っている。「交流」というものはそういうことであろう。次はアニマシオンクラブの中堅・若手グループが韓国を訪れ、「現地に立って」交流してほしいと思っている。

 「日本人に対する感想が(良い方向に)変わった」という声が韓国の参加者から聞かれた。具体的に声を交わし、顔を合わせて相互理解を深める経験が、今の世界にはもっともっと必要だと思う。今回の企画はそういう一環として積極的な意義を持つものだと思っている。

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 1月10日(水)晴 閑話休題=湯浅誠『「なんとかする」子どもの貧困』

 

 貧困な状況にある子どもが6人に1人と発表されている。その外側に窮状に追い込まれている子が何倍かいるだろう。現状は極めて厳しい。手がつながった子を、「「あの子はラッキー」で終わらせない」と、湯浅さんは何とかしている人たちを尋ねてその取り組みを紹介している。そして、希望はその現場にあるのだと語る。

「子どもの貧困は減らせる。私たちの社会は、私たちの手で変えていける。それは、たった一ミリに敬意を払う、私たち自身の姿勢から始まるはずだ。」と。

――「こども食堂」はケア食堂であるとともに、子どもを焦点としつつ地域全体に開かれた共生食堂であるという視点。

――踏み出している自治体や企業。そこには首長や企業主というリーダーシップが大きい。しかし、だから、誰でも、「できることを、できることから」と説く。4章に、私にはまったく門外漢のAIの研究者が登場してこれからの教育の在り方に関わって貴重な提起・実践をしている。ここは教師としてもおもしろいので辛抱強くここまで読んでほしい。実践の展望が見えてくる。

 AIというのは、国語と英語が苦手なのだそうだ。

      *

――東ロボは、問題を解き、正解も出すが、読んで理解しているのではない。現段階のAIにとって、文章の意味を理解することは、不可能に近い。――

――子どもたちを観察していると、キーワードとパターンで解いている子、読んでいる子が意外にいる。そこに不安が生じてきた。…、キーワードをさがす検索パターンを覚えて「こういう場合はこうだろう」と確率的に解くやり方では、莫大な処理速度を持つAIに、いずれ追い越される。仮に、それで正解を得たとしても、そこで培われた力は、いずれAIに取って代わられていく。そこに私たちの危機感がある。

――AIが不得意なのは「推論」「イメージ」「具体例」の分野。この三つについては、少なくとも今のところ、どうやればAIがこれらの問題を十分に解けるようになるのか、その方法論がさっぱりわからない。

      *

 『ヒーローを待っていても世界は変わらない』(朝日文庫)もおもしろかった。

〈いま・ここに〉私はいる。少しの金と友と時間を持っている。自分でできることは踏み出すこと。自分だけでは難しいことは、友と語り合うこと。友がすでに始めていること、始めようとすることにはできる支援をすること。昨年、アニマシオンクラブはフランスから「図書館のアニマシオン」の第一人者:ドミニク・アラミシェルさんを招いてワークショップを開いた。このための資金を多くの支援者の協力で集めることができた。とても心強いものを感じた。だから、私も少額でも支援できることは続けるようにしている。

 湯浅誠『「なんとかする」子どもの貧困』(角川新書2017.9、800円)

1月8日(日)曇りのち雨 アニマシオン・ブックトーク⑥「か」

   =『かぜのアパート』こやま峰子詩集

 

 『かぜのアパート』は『ことばのたしざん』『しっぽのクレヨン』(朔北社2003)と共に、日本児童文芸家協会賞を受賞している。身の回りにある「何でもない」物、生き物…をじっと見つめて、その声に耳を傾ける。そしてそのものを詠う。同化というか深い共感によって言葉が紡がれている。「かぜのアパート」とはジャングルジムのことだ。

「かぜのこどもたちのアパート//あのへやは はるかぜ/かどのへやは かわかぜ/てっぺんのへやは やまべのかぜ//ちょうちょが そっと/おしえてくれる//まんなかのへやに トンボのおきゃくさま」

 フランス文化に学んできたこやまさんの詩は比喩がきいていて、おしゃれだ。3冊の詩集は3人の女性画家が銅版画で挿絵を担当して個性を競っている。『かぜのアパート』は市川曜子さん。その何枚かを購入して、飯塚小学校に掲げてきたが、どうなっただろうか・・・。私の手元には2枚。「白い杖」と「ろうそく」。これに詩をつけるアニマシオンを6年生でやって来た。こやまのその詩は特別に好き。

         *

   ろうそく

          こやま 峰子

 

天から さずけられた

しごとが とてもすき

 

まわりを あかるく

てらしながら

いきていけるのは

         *

 

 我々、教師を詠っているように思う。飯塚小学校で退職する集いの文集の扉に使わせてもらった。

 こやま峰子さんとアニマシオンクラブとのおつきあいは長い。私はクラブが始まる1997年の前年に、教材詩集『子どもたちに詩をいっぱい』(旬報社)を出している。その中で、タイトルなどの一部を隠すことによって、子どもたちの議論を誘う「あてっこ詩」をいう学習ゲームを提唱している。そのときは「つくし」をお借りした。小山さんは、こちらのお願いに、「私の作品がこういうふうに遊ぶことができるのかと原稿をじっと眺めてた楽しんでいます」とのお葉書をつけて快諾してくれた。まど。みちおさん、谷川俊太郎さん、有馬たかしさんからも快い承諾を得た。今では国語教書にも採用されている。

 こやまさんは絵本も多く「にじいろのしまうま」はミュージカルにもなっている。ゴリラが大好きでシリーズの絵本が出ている。最近、『未来への伝言』(未知谷2016)というご自身の戦争体験を連作の詩で綴る詩集を出されている。アニマシオンクラブでは飯塚小学校時代に「まるごとこやま峰子のアニマシオン」という公開研究会を開いている。5つの分科会でこやまさんの作品に基づいて子どもたちと楽しんだ。今も折りにつけ、こやまさんとお会いしてはおしゃべりを楽しんでいる。

 今日から天候があれると言います。気を付けてください。

  

1月7日(日)曇り アニマシオン・ブックトーク⑤{お}

  =花田春兆『折れたクレヨン』

 

 アニマシオン・ブックトークとしては「あれ?」と思われることでしょう。でも、俳句が登場することに異論はないと思います。この本のタイトルは、『私の身障歳時記 折れたクレヨン 花田春兆』です。タイトルの脇に、「就学猶予クレヨンポキポキ折りて泣きし」の一句が書かれていますので、タイトルの意味が伝えられています。

 かつて、「義務教育」は保護者が学校に出さなければならない「義務」という受け取り方がありました。お上の教育を受けさせて「一人前の国民(臣民)」にさせなければいけないと。その「義務を(障碍者であるから)猶予する」という“配慮”をしていただいたわけです。しかし、それは野蛮な権力の行使であって、「教育を受ける権利」を蹂躙するものでした。花田少年は脳性麻痺で車椅子生活。学校に通えない哀しみをこの一句にこめたものです。強い抗議の声でもありました。

 この本が出たのは1979年3月。私は足立区立栗島小の教師でした。それから何冊か花田さんの本を読んできましたが、直接にお話しできたのは、葛飾区立飯塚小に来てボランティアクラブを作った時でした。2000年頃(退職間近!)。花田さんは学校近くの養護老人施設に入所されました。それを知人の紹介で知って、俳句指導においでいただきました。水元公園に集まって、クラブの子どもたちは花田さんの助言を受けながら俳句を作っていきました。その中のミサトさんの一句はNHK子ども俳句で特選をとりました。指導のツボがすばらしかった。それに、子どもたちは花田さんとすぐに仲よしになり、花田さんの言葉をしっかり聞き分け、一生懸命作りました。雨が少し降っていました。あじさいのシーズンでした。

「あじさい見る友は七人傘七色」

「毛虫への怖れたちまち仲良しに」

「しょうぶ池巡り来る傘友の傘」…

私には

「花しょうぶ 雲行くままの 照りかげり 春兆」

 花田さんは昨年92歳で亡くなられました。合掌。

(ぶどう社、昭和54年3月、1200円)

 1月6日(土)晴 アニマシオン・ブックトーク④「え」

   =これでアニマシオンを始めました!『エルマーのぼうけん』

 

 写真の短冊は「タイトルをつけよう」です。右側の「りゅうにあいたいな」がアニマシオンを始めた時の4年生の作品です。これが、みんなの選んだ花マル。「エルマーのすっごくたのしいぼうけん」が次点。左側は飯塚小退職のラスト担任3年生の作品。「しんにゅうしゃエルマー」が花マル。

 『エルマーのぼうけん』(3巻)は児童期の子どもにはピッタリの物語。「りゅうにあいたいな」の4年生の時は、『エルマーとりゅう』、『エルマーと16ぴきのりゅう』まで読破。『16ぴきのりゅう』はオリジナルの台本を作って学芸会でも演じました。

 アニマシオンでも各地でワークショップをしました。私がシマシマのTシャツを着て、飛びこんで会場に登場する姿をおぼえている方もあちこちにおいででしょう。沖縄のアニマシオンはこれで始めたとも言えます。

 私たちの初めての本=『ぼくらは物語探偵団―まなび・わくわく・アニマシオンー』(1999年5月 柏書房)では、渡辺康夫さんが「エルマーのぼうけんを探偵する」と1章を書いています。そこでは、このお話どんな話→ダウトをさがせ→これだれのもの→そのカード、だれのこと→物語バラバラ事件→ぼくのタイトル世界一ぼくたちはぼうけん作家→語り部コンテスト。(この本の表紙は初版のものです)

 ワクワクするような協同読書体験が教室を活性化します。「初めてこんなにちゃんと本を読んだ」と子どもたちからも聞きました。保護者の皆さんも2冊目に入るときには喜んで購入してくれていました。葛飾区の図書館にも相談して児童数用意していただきました。『エルマーのぼうけん』はそれだけあるんですね。

ちなみに、飯塚小での公開研究会全体会で詩のパフォーマンスを披露する恒例は、この4年生たちからです。アニマシオンについて自信を持つことができたのは、この子たちのおかげです。「読書のアニマシオン」が日本に上陸した『読書で遊ぼうアニマシオン 本が大好きになる25のゲーム』(M.サルト1997年4月柏書房)で、「ばくらは、読書探偵団―活字の世界はおもしろい」のレポートを書いていますが、その教室の子たちでもあります。

 『エルマーのぼうけん』とにかくおすすめです!!(R.S.ガネットさく、わたなべしげお訳、福音館1963年初版)

1月5日(金)曇り アニマシオン・ブックトーク③「う」

  =ディック・ブルーナ『うさこちゃん』のメッセージ

 

 ディック・ブルーナさんはほんとうにすてきなおじいちゃんでした。シンプル・イズ・ベスト――が、ブルーナさんの基本姿勢でした。ブルーナ展では一枚一枚を丁寧に手描きしていくブルーナさんの姿に感銘を受けました。一度仕上がったら、何度もそれを使うのではないんですね。『ディック・ブルーナ』カバーの帯に描かれている4人のうさこちゃんを比べると、「人間的な」成長(!)がわかります。

 『うさこちゃん(ミッフィー)』シリーズは、深く、豊かなメッセージが描かれています。3冊だけ取り上げてみます。『うさこちゃんとたれみみくん』(2008年)。転校してきた男の子の右耳はたれていました。みんなは「たれみみくん」と呼びます。でも、うさこちゃんはその呼び方はよくないと考えて、「だーん」という本当の名前で呼ぶように提案します。その朝、みんなは「おはよう、だーん!」と声をかけます。

『うさこちゃんときゃらめる』(2009年)。うさこちゃんはおかあさんと買い物に行きます。おかあさんがクッキーを買っている間に、すみに置いてあったキャラメルをこっそりポケットに入れてしまいます。その晩、うさこちゃんは眠れませんでした。翌日、様子がおかしいうさこちゃんから話を聞いて、おかあさんはいっしょにお店に謝りに行きます。キャラメルを返して、「にどと もう ぜったいにしません」と約束します。眠れぬ夜のうさこちゃんの気持ちがそくそくと伝わってくるシーンです。

『うさこちゃんのだいすきなおばあちゃん』(2008年)。だいすきなおばあちゃんが亡くなります。お墓はお花でいっぱいにしました。お別れすることの悲しみが描かれます。ひつぎの中で眠るおばあちゃん。でも、おばあちゃんはうさこちゃんの心の中にいます。

 2015年夏の鹿児島アニマシオンセミナー「親子で楽しむアニマシオン」では、ミッフィーちゃんをシーツ3枚分に拡大して描いた中に、50音のすごろくを作り、10か所のポイントでクイズを解きながら進むゲームをしました。このために、ネットでジグソーパズルも買って、組み立てを完成させると解けるポイントクイズなどを作りました。『うさこちゃん』シリーズはアニマシオンの宝庫。

 すべてまつおかきょうこさんの訳、福音館。『ディック・ブルーナ』は講談社。

寒い一日でした。

 1月4日(木)晴 アニマシオン・ブックトーク②「い」:

   物語る力=『いっぽんの鉛筆のむこうに』

 

アニマシオンクラブは21年目に入ります。始めた頃に繰り返し「アニマシオンとはそれぞれの“私”を物語る力を育てることだ」と説明してきました。その時に、片手に持っていたのが、この本でした。きっとその当時の私を見かけた方は思いだしていただけることと思います。

「人間は鉛筆いっぽんですら自分ひとりではつくりだせない。いまでは、どこのうちのひきだしのなかにもころがっている鉛筆だが、そのいっぽんの鉛筆をつくるためには、かぞえきれぬほどおおぜいの人がちからをあわせている。」

(ちなみに、とても特徴ある表記の仕方だと改めて見直した。漢字とひらがなの配分・・)

このことを伝えるために、まず黒鉛を掘り出しているスリランカの鉱山で働くポディマハッタヤさんとその家族を紹介する。次に、木を伐り出しているカリフォルニア州シェラ・ネバダ山中のきこり=ダン・ランドレスさん、それを運ぶ大型トラック運転手のトニー・ゴンザレスさんとその家族を。そして板を日本に運ぶメキシコの貨物船のコック=ミグエル・アルヘン・シップさんとその家族。そして山形県川西の鉛筆工場で働く女性と家族。そして学校の前の文房具屋さんの「おばさん」へ…。

世界は一つに結ばれている。その認識が友情と連帯を育て、平和を支える。鉛筆一本にも物語がある。そして、人もそれぞれの物語があるし、物語を紡いで歩いていくのだ。アニマシオンはそれぞれの人生を豊かに、楽しく生きていくことを応援する。そう語ってきた。長い間、光村図書の国語教科書に入っていたので、明治学院大で取り上げたら、2010年度の学生は、「ポディマハッタヤさん…、覚えてる!」と声を挙げた。

谷川俊太郎文、坂井信彦ほか写真、堀内誠一絵『いっぽんの鉛筆のむこうに』(福音館1985年発行、2013年2月第24刷)

そうそう、もう一つ、ちなみに川西町は井上ひさしさんの故郷で、その蔵書を展示している図書館「遅筆堂文庫」がある。アニマシオンの初期のころ、川西町の周辺置賜郡(?)の教員研修課に呼ばれて、「わすれられないおくりもの」でアニマシオンをした。ダリア園の温泉宿舎に泊ったことが印象深い。友人とよく飲みに行く神田樽兵は川西の酒蔵だ。話がどこへ飛んでいってしまった。

*初詣、皆さんはどちらへ・・。我が家は足立区西新井大師です。空がどこまでも青かった。妻と歩いて40分。

 1月3日(水)晴 アニマシオン・ブックトーク①「あ」

=詩「ありがとう」&乾杯

 

 2018年です。明けましておめでとうございます。大切な身近な人の消息もあって、年賀状はやめて、賀状をいただいた方への「寒中見舞い」のみとさせていただいております。お許しください。

 今年は軸足をしっかりと「読書のアニマシオン研究会(アニマシオンクラブ)」に据えて、アニマシオンの開発・普及に努めていこうと思います。今年のスタートは1月13日13:30~16:30、韓国の小学校先生方との交流学習会です。「アニマシオンは人と人の交流と絆を深める」がテーマです。明治学院大学白金校舎3号館3203教室です。3号館は正門の坂を上がって、教会脇の低い丸い建物です。教室番号は必ず控えておいてください。アニマシオンクラブの2018年度テーマは、「楽しみ・うたがい・議論する〈道徳の授業づくり〉――アニマシオンクラブの提案」です。おもしろい切り口に挑戦します。例会はホームページでご覧ください。HP:www.animation-club.net にこのブログの連載を引き継ごうと準備しておりますので、覗いてください。月末には完全移行いたします。

 スタートの連載テーマを「アニマシオン。ブックトーク」として、私がアニマシオンに関わってパートナーとしてきた本や詩、言葉を引きながら、アニマシオンについての思い、考えを書いていこうと思います。

   *

  ありがとう

          谷川俊太郎

 

空 ありがとう

今日も私の上にいてくれて

曇っていても分かるよ

宇宙へと青くひろがっているのが

 

花 ありがとう

今日も咲いていてくれて

明日は散ってしまうかもしれない

でも匂いも色ももう私の一部

 

お母さん ありがとう

私を生んでくれて

口に出すのは照れくさいから

一度っきりしか言わないけれど

 

でも誰だろう 何だろう

私に私をくれたのは?

限りない世界に向かって私は呟く

私 ありがとう

       ――谷川俊太郎詩集『子どもたちの遺言』

 

 もし、「畏敬の念」という〈徳目〉を取り上げるなら、私はこの詩を監修したいものだと思う。谷川さんの作品ではめずらしく「?」が使われている。そこに、「見えざる力」への問いがある。この詩は、『子どもたちの遺言』にあるが、そのページは成長した女性が二十歳の成人式を迎える喜びにあふれたシーンである。この詩集は、出産から成人までをそれぞれの成長期の心の動きで表現している。谷川さんの作品集の中では最も好きな一冊だ。今回は『自選 谷川俊太郎詩集』(岩波文庫2013年)から引用した。「解説」は親友の山田馨さん。

「谷川さんは、群れの人々のために詩を書くことはしない。自分の孤独の底で育てた大切なことばは、必ず、どこかにいる誰か一人の心に置かれたいと願っている。その孤独の人のなかで、自分の詩のことばが、その人の心をうごかして、よろこびや、たのしみや、発見の種となって豊かな詩の稔りをもたらしてほしい。詩を育ててくれるのは、孤独な一人の読者である。そういう意味では、谷川さんの詩は自己表現の作品ではなく、心と心をむすぶ架け橋のようなものだろう。」

 この「解説」をまず読んで、谷川さんの世界へ踏み込んでいくといいと思う。

 「ありがとう」――ここから、この1年をスタートしたい。私は、この詩を明治学院大学の退職記念講義のラストに暗誦して感謝の思いを伝えた。