5月27日 はな子 逝く

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5月27日(金)雨のち曇り 「ありがとう はな子」

井の頭自然文化園のゾウのはな子が死んだ。69歳。ごくろうさま。
戦後日本の平和的復興を期待して、インドのガンジー首相が、日本の子どもたちの熱望にこたえて贈ってくれたインディラと共に、はな子はタイからやってきた(のだったと思う)。名前は「かわいそうなゾウ」の絵本の話にちなんでつけられた。一時は国語教科書にも載っていたので、上野動物園遠足の時に、子どもたちと折り鶴を持って慰霊碑に捧げたこともあった。
私は新任の足立区立栗島小学校の時代に、台東区からやってきた河野校長から話を聞かされていた。それはインディラの方だったかもしれない。
戦後、日本の子どもたちがガンジー首相にゾウがほしいという手紙を書いた。そして、熱烈にゾウを迎えた。その時の子ども会議に参加していたということだった。名古屋の動物園に生き残ったゾウを観に行く「ゾウ列車」の話も合唱組曲になって、何度も歌い継がれてきた。はな子は69歳。ほぼ私たちの世代だ。“戦後”が一つ消えていく。
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5月25日(水)曇り 「ファンタジーの二項式」を説く『はじめての文学講義』

曇り。ちょっとほっとする。
岩波ジュニア新書より『はじめての文学講義 読む・核・味わう』中村邦生(2015.7)。大東文化大学で比較文学を教える中村教授が、高校生に文学とは何かを集中講義した記録。「はじめての」とは、高校生にとって。
第1部が「文学の楽しさはどこにあるのか」という講義。文学は日常とは異なる視座を与えてくれる。そのちからとして、「二つのものを結びつける力」(1部のサブタイトル)を提起している。おのために、ジャンニ・ロダーリの「ファンタジーの二項式」を説いている。まったく異なる二つのことがらを結びつけることによって、それぞれの持っている日常的な言葉の束縛から解放され、新しい世界を拓くことができる。そこに物語が生まれる(…と、私なりの説明)。
すごくうれしい。今度の本『子どもの心に本をとどける 30のアニマシオン』(かもがわ出版)では、「26 ファンタジーの創造」で千田さんが紹介している。19年前、「読書のアニマシオン」に取り組み始めると共に、私は、ロダーリの『ファンタジーの文法』(ちくま学芸文庫)を常にパートナーとして学習し、広めてきた。中村先生が物語の創造と、また「読むことの楽しみ方」としてこれを挙げていることに快哉を叫んだ。
第2部は高校生の質問に答えたコーナー。これもおもしろい。大学生でも、よほどの好きでないとついていけないのではないかと思う。つまり、お互いに譲歩せずに、媚びたりせずに向き合っているのがすてきだ。渋谷教育学園渋谷中学高等学校の有志参加者のレベルの高さを思う。と同時に、学ぶというのは、「自ら参加する」ことによって豊かになるのだということを教えてくれる。


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5月24日(火)晴 人権とジェンダーの本⑳『えほん日本国憲法』

このシリーズのラスト。基本的人権の確立はやはり日本国憲法でしょう。憲法の本もたくさんありますね。その中で、まっすぐに、丁寧に、分かりやすく、絵本として展開したのが、野村まり子絵・文『えほん日本国憲法』(明石書店2008)1,600円。サブタイトルが「しあわせに生きるための道具」です。これがいいですね。
巻末に作者による「もう少し知りたい憲法の歴史」と、静岡大学教授笹沼弘志氏による「すべての人が自由な社会のために憲法がある」の解説がついています。8年前の本でも、今の状況にぴったりのテキストです。私はこのえほんを読んでこんな詩を書きました。

『えほん日本国憲法』
――わたしの読み方
いわなべ たいじ

孫のあり君に
「おじいちゃん、日本国憲法って、なに?」
と聞かれたら、
私は、この『えほん日本国憲法』を見せて
こう言うでしょう。
この中には、おじいちゃんがいるんだよ。
32ページで
「エイズすわりこみ」をしている人たちの中にいるんだよ。
9ページで
「戦争に協力しません」という新聞の意見広告を出している
2,000人の中にいるんだよ。
その隣の
図書館のなかにもいるんだよ。
14ページで
理科の実験をしているだろう。
これがおじいちゃんの仕事だったんだよ。

あり君だっているんだよ。
5ページで
大好きな沖縄を友達と自転車で回っているじゃないか。
16ページで
魚とりをしているね。
26ページ、
公園でママとフリーマーケットをしているだろう。
憲法の中には
ママも あり君も
パパも よう君も
みんな いい顔でいるんだよ。
「しあわせに生きるための道具」が
日本国憲法なんだ。
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5月23日(月)晴 人権の本⑲基本テキストとして=『人権の絵本』『性の絵本』

今日はアニマシオンクラブ退職者サークル「銀読書会」です。テキストは那須正幹『ヒロシマ めぐりくる夏』(全3巻)です。被爆して夫を失った女性が娘と共に戦後の混乱期を生き延びていきます。そこにお好み焼き(広島焼き)が復興を支えます。史実に立って、那須さん自身の歩みに重ねて書かれています。
奇数月ははじめに機関紙『ファンタジスタ』を発送する作業をしています。メール通信の人には笠井事務局長が添付で送ります。詳しくはHP:www.animation-club.netをご覧ください。

第5章人権とジェンダーの本ももうすぐ20回ですから、それでいったん終了したいと思います。第6章はおじいさんとおばあさんの物語でいこうと思います。
もうおしまいなので、基本となるテキストについて触れておきます。たくさんある中で、自分も関わった本を紹介します。大月書店『人権の絵本』全6巻。喜多明人、岩川直樹、光川尚美、岩辺泰吏編、木原千春絵。私は第6巻『学びの手引き』を担当しています。
中で第2巻の岩川直樹・文の『ちがいを豊かさに』をまずおすすめします。「人権学習」といっても、どこから切り口を始めたらよいか迷うことがあるでしょう。そのときは、これに従うといいでしょう。わかりやすく、アイデアに満ちて、刺激的です。目次だけ紹介sておきますので、想像してみてください。それから本を手にしましょう。
1章 いろんなちがい――
・いろんなちがい ・みんなおなじだったら ・おなじリンゴを見ても ・大切なもののちがい ・ちがいをどうすれば?
2章 ちがいを不幸にしてしまうとき――
・偏見って ・ちがいを差別にする ・正常と異常 ・ちがわなければいけない? ・ちがうからだまっている?
3章 ちがいをゆたかさに――
・じぶんらしい魚 ・ちがう立場に立ってみる ・ちがいの背景を知る ・ちがいの意味を見直す ・弱いところでつながっていく ・たったひとつの結び目

ジェンダーについては、この同じ装丁のシリーズで、山本直英編『性の絵本』全5巻(1992)があります。アニマシオンクラブでは、中学校の笠井英彦事務局長が道徳で、このテキストを使って授業にしています。視点がしっかりして、ライフステージのスタンスで性を考えているところがいいです。例えば、1巻の「生きるってどういうこと?」ライフステージの設定はこうなっています。
――生まれる。育つ。学ぶ。ふくらむ。なやむ。おとなの女になる。おとなの男になる。自立する。愛する。ふれあう。ともにくらす。産む。たたかう。別れる。老いる――



5月22日(日)晴 番外編:若い教師の皆さんへ=アメリカの『新人先生の奮戦日記』

昨日は、「OKINAWAまつり in 代々木」に行った。ソーキそばと泡盛と…。人ごみに酔って疲れてしまったけれど、おもしろかった。本番は夕方から始まる様子。今度は3時くらいに行こう。今日まで。
さて、これは、若い教師には絶対のおススメ。シカゴの困難地区の小学校で5年生を担任した新米教師1年間の本音の日記である。マダム・エズメイ、24歳。まっすぐに31人の子どもと向き合う。まるで「金八先生」(と言っても若い人は知らないんだよね!)を3倍困難にしたような地域。全身で格闘する。それがおもしろい…、というか、「私もそうだなあ」とも思うだろうし、「私はまだまだここまでは大変じゃないな」と思うかもしれない。例えば、「4月15日」の日記。(9月から始まり6月末で修了)
4日間続けて遅刻してきた少女を叱りつけようとしたが、思いとどまって、二人だけで話を聞く。
「今週はシェルターに泊ってるの。妹を送ってから電車に乗ってくるんだけど、思ったより時間がかかって。ごめんなさい。来週はおばさんのところへ行くの。そこからは歩いてこられるから」
エズメイは叱る言葉を飲み込んで、こう話しかける。
「あやまらなくていいのよ。毎日ちゃんと学校へきてえらいわ。あなたがいないとさびしいもの。それを忘れないでね。…」
毎日本を読み聞かせする。自費で学級文庫を揃え、作家を呼ぶ企画、ストーリーテリングの催し・・・。国語、算数、社会、理科…、アイデアに満ちている。そして、アイオワ標準テストの読書の緑と算数の成績では全校でトップの成績を上げる。ほとんど全員が一学年上の成績をとり、二、三学年上の水準に達している子も何人かいた。
校長は権威主義者でマニュアル通りの教育と管理を求める。繰り返し対立する。2年間でこの学校を去る。
「毎日くたくたになる。…わたしは毎日、31人文の「一日」を共に生きている。しかもその一日がひとりひとりちがう。ルーベンはきげんがよく、ビリーは荒れているというぐあい……ほんとに疲れる。教員養成校では、教えることで喜びや満足がえられると習った。たしかにそれもある。でも教師になるのは修道院にはいるようなものとか、地獄へ行くようなもの、夢遊病にかかるようなものだということは習わなかった。…」
しかし、
「教師になって損したように思ったこともあったけど、それはまちがいだった。いまは教師としての大きな喜びにひたっている。この思いは麻薬のようにわたしをふるいたたせる。31人の子供。31のチャンス。31の未来。わたしの未来だ。彼らの人生の一部はわたしのもの。そう思うとふしぎな気がする。彼らが将来なるものすべてにわたしもなる。そしてわたしのすべては、彼らの助けによってつくられるのだ。」
学年最後の日に、すばらしいプレゼントをもらう。生徒全員のサインがはいった金色のスカーフだ。そこにはこう書かれている。
「マダム・エズメイ
あなたはこんなことを教えてくれました。
算数、スペリング、読書を楽しむこと、科学、美術、音楽、
きちんとした文章を書くこと、正しいことばづかいで話すこと。
こんなことも教えてくれました。
きょうだい(人間)に親切にすること、堂々とふるまうこと、ただやるだけでなく、ベストをつくすこと。
「上手に教えられたかな?」と心配しているでしょう。
答えはノー。あなたは最高に上手に教えてくれました! 」
日本とのバックヤードの違いはある。しかし、それをはるかに超えて、若い教師には熱い共感が満ちてくることだろう。タイトルがちょっと不思議に思うに違いないが、読めば納得。彼女の学級づくりの軸がここにあるのだ。
『本を読むっておもしろい --新人先生の奮戦日記』エズメイ・ラジー・コデル著、相原真理子訳(白水社2003)1,800円
*アマゾンで買おうと思ったら、原本(英語版)は出てくるのですが、日本語版は出ません。図書館でも「閉架」措置で申請しないと借りだせないようです。私の地元では。翻訳上の問題でもあるのかな…。でも、おもしろい!
フェローのOさん、あなたは英語版で大丈夫でしょう。あなたやMさん、Eさんそっくりの奮闘ぶりですよ。


5.21庭の萩

5月21日(土)晴 人権の本⑱異文化理解ということ=『わたしが外人だったころ』

いい天気。今日、明日は「OKINAWAまつり IN 代々木」です。代々木公園で開かれます。昨年は17万人。今年はどうでしょうね。
庭の萩が咲きだしました。今咲いて、秋にまた咲きます。一度枯れるのに、年々大きくなるのが不思議。自分の年齢を覚えているのでしょうね。

視点を変えてみると、世界は違って見えます。言葉が違えば、また違って見えます。日本人なら皆同じというわけではありませんよね。格差社会は、異なる「日本」を見せています。
さて、この本の作者、鶴見俊輔氏は若い時、アメリカに行きました。まったく英語のできないままに行きました。
「英語をしゃべれないものは、それだけで、考える力がないものと見なされました。それが当時のアメリカの常識でした。」
3か月たつと、今度は突然に日本語が消えたそうです。英語の生活に入ったわけです。大学に入って勉強しているときに、太平洋戦争が始まる。そして、日本に帰ってくる。海軍でジャワに行き、病気になって戻ってくる。そういう生活から、自分は何者という問いがいつも生じているという。
「わたしは、アメリカにいた時、外人でした。戦争中の日本にもどると、日本人を外人と感じて毎日すごしました。それでは、日本人のなかで外人として生きていたことになります。今は、わたしは外人ではないのか。自分の底にむかっておりてゆくと、今もわたしは外人です。そこから考えると、この本の題から、わたしは、はみだしています。」
孫のゆあん(5歳)が保育園で友達から言われたのだろうが、繰り返し「じいじは何人?」と聞いた時期があります。日本人は特に「身内」か「異なる人(外人)」かを決めつける傾向にあります。身内なら安心し、異なる人であれば排除する。
「地球の人口は72億人。日本国民の人口は1億2千万人です。地球上の人間全体の中で、日本人にとっては、外人の方が多い。日本人は、外人にとりかこまれて、この世界でくらしているのに、日本人本位に考えるのでは、わたしたちは地球上に住みにくくなります。」
『わたしが外人だったころ 』鶴見俊輔・文、佐々木マキ・絵(福音館1995年発行、2015年たくさんのふしぎ傑作集第一刷)1,300円

5月20日 番外編=映画『わたしの自由について――SEALD's 2015』
いま渋谷のアップリンクで映画『わたしの自由について』が上映されています。これは、昨年の安保法制に関わる学生たちの運動をドキュメントにまとめたものです。奥田愛基、牛田悦正、芝田万奈さんをリーダーとする学生グループ「シールズ」の記録です。彼らの運動がどのように作られていったのか、彼らの思いは何か、これからどうしようとしているのか・・・。国会前12万人集会にいたる丁寧な運動の積み重ね、個人の名前のついた運動のつくりかたを描いています。
パンフ(500円)がおもしろい。坂本龍一さんの言葉がぴたりととらえている。
「SEALD’sや高校生たちの活動を見ていると、とてもしなやかで、オシャレで普通で、楽しくなって思わず笑みがこぼれてしまう。しかし40年以上前に硬いデモをやっていたぼくらより、ある意味真剣だ。なぜならファシズムは、はるかに現実味を帯びて来、それは彼らにとって目前の未来なのだから」




5月20日(金)晴 人権の本⑰スウェーデンから=『わたしのせいじゃない』

スウェーデンの人権シリーズの絵本。日本では『ともだち』『ひとりぼっち』『うれしい』『あなたがすき』『しあわせ』とこの本が訳されているが、15冊以上が出ているという。日本ではこういう本(人権とかジェンダーとか平和とか…)は図書館がそろえてくれるのみで、個人ではなかなか購入しないから、出版事情としては広まらないのかもしれない。
見開きページで分かるのだが、14人の子が集まっている。その前に泣いている男の子がいる。左隅の子から順に、何があったのか、自分はどうかかわったのか(かかわらなかったのか)を語っていく。どの子も、いっさい責任はないと主張する。「わたしのせいじゃない」と。最後の一人まで。
道徳の教材などでも使われてきた。このシリーズは、読んで、話し合いを組織することが大事で、読み聞かせただけでは、印象に残らないだろう。14人の子の発言の後に、あらためて大きな文字で「わたしのせいじゃない?」との問いかけがあって、目隠しされた少年兵(?)、交通事故に巻き込まれた子ども、もうもうと煙を出す工場地帯、原爆実験、泣いている難民キャンプの子ども、腕を棒にしばりつけられて転がされている少年のモノクロ写真がある。こういう、いま世界で起きていることに、「わたしのせいじゃない」と言えますか? と問いかけている。それは、いじめと一つのことですよ。サブタイトルは「せきにんについて」
『わたしのせいじゃない――せきにんいついて――』レイフ・クリスチャンソン文、ディック・ステンベリ絵、にもんじまさあき訳(岩崎書店1996)880円



5月19日(木)晴 人権の本⑯『おんちゃんは車イス司書』

作者河原正実さんは、福井県若狭町立三方図書館の司書。4歳の時、小児リウマチにかかり、以後車いすの生活。1980年全国で初の「車いす司書」となる。
「はじめは差別と偏見に満ちた目でわたしを見ていた子どもたちも、しだいに氷が溶けるようにわたしのふところに飛びこんできてくれます。」
この絵本は三人の悪ガキが活躍する。マサフミ、イッチャン、ケンチャン。三人は図書館に来た車イスの司書を冷やかしに行く。
「こんどきたオモロイ人って、おんちゃんか?」
「ちっちゃいなあ。ごはん、ちゃんと食べとるか?」
と。そして、車イスを借りて乗ってみる。おんちゃんから、子どもの頃を聴く。図書館に来るおじいさんや赤ちゃんなどの話も聴く。
ある日は、マサフミはおんちゃんに頼まれて、近所のおばあちゃんに図書館ぶくろを届ける。こうして、次第に三人はおんちゃんの手伝いをするようになる。
「おんちゃんと話したあとって、なんでやろ、ぼくがぼくをだいすきなぼくに、なっとるんだわ・・・」
図書館袋には河原さんからの手紙も入っている。
「本なんか、1ページもよまない」マサフミが、学校の読書感想文発表会で特別賞をとる。
「ぜ-んぜん。本のことなんか書いとらん。おんちゃんのこととか、なんか書きとうなっただけや」ト、マサフミ。
夏休みの夜には、星マニアのカワハラさんによる「星をみる会」が開かれる。三人もそこに参加する……。
梅田俊作さんのオレンジ色を基調にした、版画風な絵が活き活きと物語世界を描き出す。明るいタッチで、共生のテーマへ誘う。
『おんちゃんは車イス司書』河原正実・原案、梅田俊作・作・絵(岩崎書店2006)1,300円


5月18日(水)晴 人権の本⑮子どもたちが歴史を拓いた本
=『ぼくはジョナサン…エイズなの』

『ぼくはジョナサン…エイズなの』(原題『My name is Jonathan(and I have AIDS)』)ジョナサン・スウェイン、シャロン・シーリング著、山本直英訳(大月書店1992.7)
1993年夏からエイズ問題が大きくクローズアップした。日本におけるエイズ患者の初めての死者が報道された。悲惨な状態が写真で広められ、厚生省はエイズ患者の隔離を法制化しようとし、「エイズ撲滅」のポスターを掲げた。一方で、汚染血液製剤の輸入・販売・使用によって血友病の少年たちの中にHIV感染者が広まり、その責任追及の裁判が始まっていた。
『ぼくはジョナサン・・・』は、1992年夏に発刊されたが、すぐにこれを読んだ子どもたちから「ジョナサンに会いたい」「ジョナサンを日本に呼ぼう」という声が上がった。大月書店はこの声にこたえて、訳者であり性教育の第一人者である山本直英氏を中心に準備を進めた。私はすでに『だいすき国語』(国民文庫1988年)を大月書店から出していたので、相談を受けて参加し、友人たちを誘って実行員会を結成した。この運動は子どもたちの主体的な参加・運営を大事にしようということになって、娘のみどり(当時中2)が子ども実行委員長となった。
どこから情報を得たかというほど、東京周辺各地から子どもたちが集まってきた。大月書店の会議室はいつも一杯だった。「Tシャツを作って売ろう」「デザインを考えよう」「歌を作ろう」「入場は騎馬戦の馬に乗せて入ろう」…・。
あの頃、HIV感染は手をつないでもうつるかのような誤解、偏見が(ある意味、意図的に)流れていた。(娘も私もこうした誤解・偏見に学校や職員室で苦しめられたものだ)子どもたちは繰り返し学習会を開き、「正しい知識を持つ」ことと、「共に生きる」ことが大事だとつかんでいった。そのために、馬に乗り、手をつなぎ、歌う、楽しい交流の姿を通して偏見を解こうと考えていった。
1993年7月、渋谷の山手教会は1,300人の子どもたちでいっぱいになり、入れない親子が会場を取り巻いた。この様子は『ジョナサン君のニッポン日記』(山本直英編著1994.5 大月書店)に詳しい。
川田龍平君はお母さんと共に参加していて、ジョナサン母子と個別の会見をした。そこで、勇気を持とう、名乗り出ても友だちは失わない、と励まされた。それから、子ども実行委員会に参加し、裁判にも加わっていった。
ジョナサンは20歳になって結婚し、女児が産まれた。その子はHIVには感染していなかった。大月書店が『父親になったジョナサン』(2005.2)を出してこれを伝え、HIV感染者、関係者を励ました。
この運動は、国連「子どもの権利条約」批准の運動に発展し、全国に広がっていった。日本で、子どもが主体となって自主的に発言・活動する運動は、これが始まりだったと思う。私は、これをきっかけに市民運動に対する自信が持てるようになった。ベトナムのストリートチルドレン支援の「ベトナムの『子どもの家』を支える会」を始めたのもこの後だった。いま、「読書のアニマシオン」を進める研究会で活動しているのも、その流れだと思っている。
HIV感染者は、世界でも広がっているが、先進国と言われる中では唯一と言っていいが、日本の若者の中で感染者数が上昇し続けている。(最近、梅毒も広がっているということだが)
そうそう、余談だが、先日、浅草を歩いていると、防犯協会の名前で「呼び込み、置き引き、スリ」に対する注意を呼びかける立て看板があって、そこに“娼婦”が加えられているのに、驚いた。こんな言葉がまだ公然と生きていたんだと…。