万感の想いを込めて

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水木しげる先生、永い間お疲れ様でした。
そして本当に、本当に有難うございました。

生の先生を最後に見たのは2006年8月27日(日)、広島の三次で開催された「第11回世界妖怪会議」の壇上での姿だった。その前は2004年8月の第9回。(滋賀県八日市)

そして――初めて個人的に接触を持ったのは、2003年3月の「水木しげる記念館」開館セレモニーにまで遡る。(この辺の経緯は、こここのページを参照)
あの日の興奮は生涯忘れないものとなった。


同じ人間のはずなのに、どこか自分たちとは違う”層”に足を置いているというか、不思議な人だった。目の前に存在してるのに、手を伸ばしても掴めないような、フワッとした存在感。そしてその雰囲気そのままなマイペースっぷり。
ホンモノの妖怪には会ったことないが、ひょっとして自分は一番ソレに近い存在と今話しているのではないか。幽界を探求するあまりついにはその半身を向こうの世界に突っ込んでしまった、そんな半妖と出会っているのではないか。そんな感覚を冗談抜きで感じていた。

あの時点で81歳の御誕生日だったはずだから、享年93歳ということは12年前か。
もう俺の事なんかは当然忘れてるだろう。でも百鬼夜号は彼にとってもインパクトあったはずだし、見せれば「ああ、あの時の」くらいは思い出してくれたかもしれないな。
もう、それも叶わないわけだが。




もちろん寂しい気持ちはあるし、日本漫画界の大きな損失には違いないだろう。
でも不思議だ。涙は出ていない。「悲しい」とは別の、なんだか不思議な気持ちがある。

思うに、当の本人は「やれやれ、やっとか」と思ってるような気がするのだ。

おそらく、死後の世界に彼ほど恋い焦がれ、想いを馳せた人間も他に居ないと思う。今彼は、まさにそこに旅立ったのだ。
その溢れんばかりの想像力で描き続けた”向こうの世界”。さて・・・、実際そこには何が?
誰よりもその答えに近づこうとしていた彼が今、ついにその真理に辿り着く。死ななければ誰にも解らない、その究極の「答え」に。

仮に本当に彼の描いたような世界が広がっているなら、彼は間違いなくVIP待遇に決まっている。世界中のカタチの無かった精霊や妖怪たちに姿を与え、命を吹き込んだ。彼らは国境も時空も超えて多くの人に愛され、今でも様々な形でイキイキと活躍している。
その貢献度を思えば、地獄の十王の一人に新任されてもおかしくはないような気がする。


戦争で左腕を失い、極貧から「御大」と呼ばれるまでまさに戦後日本の歴史とそのままシンクロするような、激動の人生だった。
もう十分だろう。いっぱい戦ったし、いっぱい寝たし、いっぱい食べて、楽しんだ。人間界でやり残したことはもう無いのだろう。

だったら僕らは涙ではなく、感謝の笑顔で温かく送り出してあげねばなるまい。
お疲れ様でした。”向こう”でもお元気で、と。



2015年11月30日(月)。
巨星は姿を消したが、堕ちたのではない。
新しい、輝く別宇宙へと飛び去ったのだ。

そして、彼が産んだ幾万の精霊たちは今日も変わらずそして永遠に、
人の心と世の闇の中で笑い、強かに生き続けるのだ。