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2005-02-24 04:28:51

徹夜中気合を入れてブログを書く

テーマ:日記
今日図書館の21階で究極刺激と出会った。そこには、日本人の作家の全集が何冊も並んでいて、一生でも読み切れない程の文章が有る。翻訳のゼミの宿題としてその編集に目を通して、好きな短編を翻訳してみることになった。紐で結ばれた古本も、初めて開いた児童文学の本も、聞いたことのない百年前に他界した作家の全集の第二十四巻も、山のように溜まっていた。当てもなく、僕は本を開いて読もうとする。しかし、やっぱり読めない本はまだ殆どだ。旧字を使う所為か、知らない単語や漢字が沢山ある所為か、何年間勉強に励んだのに辞書に頼らずに普通の本をすらすら読むくらいもできないのはみっともない。21階の窓から平行みたいな満月を眺めて新たな決心した。今学期が終わらないうちに、一日中でも開閉時間の限度に従って成人向き150頁以上の本を最初から最後まで読み終える―今のライバルも、留学前は日本語で本を読んでいたという話を聞いた。その為、今日から漢字の勉強日課を早める、たとえ偶に寝れなくても。

訪日迄は略三ヶ月…頑張ります!
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2005-02-23 01:42:22

先週、一体何処に行っちゃったのかい

テーマ:日記
今日一日中焦ってた。6時45分起きてからはプールに泳いだ。そのプールは、7時15分に開館する筈なのに、7時でももう既に物凄く混んでいて、レーンに入れる迄窓から雪が降ったばかりの景色を眺めてた。ようやく泳ぎ始めたそばから、失礼な奴が尋ねずに勝手にレーンに入って、そのレーンで三人が打ち込まれたことになっちゃった。

プールから帰っていた最中、その辺に有る寮の前に足元で落ちていた写真に気付いた。踏みつけられた汚い雪の上から手に取って、その写真に写られた若い女の子を見詰めた。木馬に座ってた子が、口が開いていたままぽかんと僕の眺めを引き返していた。雪で濡らされて、映った色が薄れたが、女の子の後ろに有った大きい窓から溢れていた光が彼女の金髪を光らした。写真を裏返して、裏側に書いた日付を音読した。March 13, 2002. で、そばに書いたのは、その子の名前だった。違う色のペンで、子供が書いたような字は「Ashlyn」と述べた。もし落とした人があの道を再び歩いたら、際立つように寮の前で積み重なった雪に置いた。

クラス、会話練習、図書館でコピーを取って、その後はもう一つの会話練習。先生に会う前には、留学の申込書を提出する為に学生部長の教室に行こうとしたが、先学期のTAに話しかけた。お土産を買ってくれたが、持って来なかったので後で上げるよって。凄い気になったが、やがって帰っていた時はすっかり忘れちゃった。漢字参考書、宿題、1:30AM。又一日が経ったようだ。
夜遅くて、寮から出てあの道に向かう。写真が消えてしまったようだ。新しく降っている雪が道端の雪に加わっている。写真を指した跡も見えなくなってしまった。一日、一週間、又は一ヶ月も人が気付かないうちに瞬く間に経つ。今二年間前のAshlynの写真を持っている人に大事にしてもらいたい。
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2005-02-15 11:55:56

反面教師

テーマ:日記
今朝早く、夢を見て起きた。目は干からびて、喉も痛かった。それは、夢中で泣いていたからだ。

あの夢では、父に殴られて、昔のようにむせび泣いていた。あの頃はもう何年前の事なのに、今にそういう夢を見る事が多い。相変わらず何について喧嘩したかもう忘れてしまったが、激怒してる父の映像は起きても一日中忘れられない。昔はいつも父に虐待されて、泣き虫等と言われたんだ。僕が育ったとつれて叩かれた事が少なくなって、年が経って父の起こった顔を知らず知らず忘れかけた。あの幸福は今朝のように、夢やらふっと浮かぶ記憶やらで偶に乱されてしまう。

親になりたい僕は、自分の児童経験を元にして、全く逆のように子供達を育てたい。あの経験を夢で思い出して、そばに寝ている人を起こす程大声で泣いた事はある僕は、子供を同じように苦しめるつもりはない。僕は背が伸びても、どんなに力強くなっても、今も父が突然身振りで脅される度子供みたいに肩を縮めて、たじろぐ。その所を見ると、父が笑い出す。それは彼の誇りかも。

僕の友達と会ったりする時は、まるで別人のように気取って、必ずいい印象を付けるんだ。彼は、時々僕をごまかす程うまい。確かに、現在父のお陰でお金の事に悩む訳もないし、僕は好きなように生きさせてもらうんだ。米国に着いたばかりの時、父は着ていた服の他に何もなく、僕が生まれた頃も家族は貧乏だった。何となくウォール街で就職して、毎日夜遅くまで家族の為に働き抜いた。週末は、僕と兄を一緒にゴルフに連れて行かせて、日曜日は必ずしも家族の皆と朝ご飯をゆっくり食べることにしていた。

幸せそうだが、あの頃僕は若くて、一生一番叩かれたんだ。父に自転車を乗るのを習わせられた時も、死ぬまで忘れないだろう。生きている限り許せないだろう。それって、断じて悪い事ではないだろう。許せないからこそ、同じ事はすまい。自分の泣き声で起こされる度改めてそう思う。
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2005-02-14 11:52:56

復讐の折箱

テーマ:日記
今学期うちの日本学部が生徒達を日記を綴らせるんだ。記述力を上げて、単語を実践で使うのもいい勉強になれるが、最近大変になってしまった。327も497も537も取っている僕には、ブログに加えて、毎日の出来事から書く事を考え出すのはなかなか難しい。という訳で、497の日記で初めて短編小説みたいな物語を書いてみることにした。前置きを書いたのが早いか、又他のクラスで、期末発表として短編連作をしようと決めた。よくがり勉と呼ばれる僕には、毎日日記三冊、それに初めて書く短編二冊を済ませる程考えつける訳はない。他の宿題も積み重ねている一方で、ゆっくりと書きたかった物語は、徹夜で必死と書くものになっている。鞄に詰め込んだノートは、クラスのプリントやら、提出する宿題やら、または紙屑で日記で述べる考えをぐちゃぐちゃと書いた覚書やらで、はちきれんばかりに詰まっている。不器用な僕は、いつも何を何処に書いたか忘れちゃうんだ。週末そのノートを片付けることにしているが、平日の間に山のように溜まった紙を移すのは面倒臭いし、コートやラップトップと共に地下のラウンジの机の上に置いとく。先日、寮の掃除人に発見されて、隣の寮の遺失物取扱所に動かれてしまった。コートもなく朝早く肌寒い風に降られてあそこまで走り抜いた。どうして勝手に移したかと訊いて、「盗まれる恐れがあったから」と返事した。クラスに遅れさせられて、めちゃくちゃと折箱に積み込まれたノートを見て、「盗んだのはお前らだ!」と叫んだ。所員に「じゃ、もう助けはしないよ」と言われて、「ならばありがたい」って帰った。喧嘩している暇はなかったが、今地下の机の上で、散らかしたノートのそばにあの折箱も置く。
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2005-02-13 20:32:44

今速読迄もできないけど

テーマ:日記
最近宿題が多くて、毎日プールに泳げなくなったが、先日から泳ぎ始めたから、体が軽く感じる。今日プールに行っていた最中思わずに走り始めた。強い西日に照らされた凍り付いた道が目を細くさせて、軽快に噴く息が寒い冬の空中に蒸発する。小学校時代に、いつか分からなくなったが、或る日近頃余り話さない友達とトラックに行った。平地みたいに平たくて、目の前に広々伸びていたマッカレン公園のトラックには、健康の為にゆっくり歩いていた老人、痩せようとぶよぶよと走っていた父母達、プロ並みに息を乱さずにすらりと速く走っていた成人、皆同じ平野で走り回った。僕もあの日から走り始めた。最初は一週間一回足が動いてくれた限り走り抜いたが、気に入って、毎日の習慣になってきた。高校に入ってからはトラック部に入って、しかも毎日都心にあった高校迄ジョギングする事にしていた。年が経った僕は、「ハーハー」と走り続けた。息の連続を一定にして、コンクリートを踏んでいた足のインパクトを音楽のテンポと合わせた。いつの間にニューヨークのひどい冬が夏になってきて、ロングアイランドに行った。天文学などの事全然知らなかったが、走りながら頭を上げて、夜空を遊泳していた星の塊を見るのは楽しみだった。

そして昼過ぎの激しい太陽の光に明るくされたのは、自転車の時間だった。LI家の地下の忘れかけた自転車を引き出して、何方を決めてから道が敷設された限り言ってみた。漕ぎにくくて、坂道には大変だった。父が僕が毎日何時間もサイクリングに行く事を見て、スピードバイクを買ってくれた。初めて乗ってから、普通のように力を込めて漕いで見たが、いきなりの速度にびびって転んでしまった。慣れてから、前二時間もかかった道を新しい自転車で乗り通って、一時間もかからなかった。道伝いの景色をトップギアで見て、まるで地球の回転が逆に回っていた。

しかし究極の視界はバイクから見えるものだ。初めてバイクに乗った時は、「転んだら必ず死ぬ」っては頭の中に繰り返していた。一ヶ月の間にマリナの曲がりくねった私立路を運転したが、大騒ぎだったし、文句も多かったし、16歳だったくせに道路に運転し始めた。初めて出て、父が「案内してあげるから俺を三秒ぐらい前に辿って」って言って、いきなり父のホースパワー何倍も高いバイクを滑り出した。僕、私立路から道路に出て、父の背中を追い掛けていた。夕焼けは左にあって、海は右だった。他の車もなかったあの浜伝い道路には、父に後れを取らないようにアクセルを引っ張る一方だった。汗を掻いて、ヘルメットのまびさしが息で潤まれてきた。心配で速度計を調べて、針が90MPHの辺りに揺れていた。父が新しく買ったバイクには大した事なかったかも知れないが、僕の1985で生産が停止されたチェコ製の二輪車には無茶だった。とはいえ、嫌いではなった。なるほどめちゃ興奮だった。暗くなってから、頭上越えていた電灯の光が父の黒いヘルメットを光らせて、バイクの赤いテールライトが、路が曲がっても僕の目に変わりなく映っていた。左の海の水準を見て、真っ黒い水面に月が映って、目を見上げてぼんやりと光っていた星をできるだけ眺めていた。

プールに走ったまま、帰ってもう一度90MPHの景色を見たいと思った。しかし、そう簡単にはいかないだろう。今学期が終わってからは留学の準備で忙しくて、LIに戻る暇はない恐れがある。でもやっぱり、唯再びあの道路で縦横無尽飛び回りたい。
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