大は小を兼ねる(9)

テーマ:
流動性の供給、そのために海外では「貸し株」という市場が存在する。

外資の得意分野だ。

日本で同様のサービスは信用取引になるが、制度信用、一般信用とか、そのあたりの話だ。

貸借銘柄とか、信用銘柄とか、そういうものは日本独自なのだと思う。

日本の金融は色んな意味で特殊だと思う。

流動性の有る無しに関係なく、単純な手数料という概念で収益化するところも、最良執行の概念から離脱している。

これは投資家には解りやすいのだが、すでに最良執行ではないということだ。

この信用取引というのが、流動性にとって非常に重要な要素であることは確かだ。

今のオンライン証券では、この信用取引は非常に重要なサービスになっていると思う。

この信用取引による流動性が、市場取引以外で使えるとなるとどうだろうか?

正確には市場取引以外は使えないのだが、もし代替手段として裏ワザがあったとしたら。

実は、日本の場合、ダークプールの概念は海外と少し違う。

本来、市場外であるはずのダークプールは、日本では東証ToSTNeTのチャネルのようなものになっている。
本来の市場外のロジックに、代替的に信用の流動性が供給されるのであれば、それは真に最良執行として意味のある機能になる可能性が非常に高い。

意外と大きなインパクトになるサービスに成長することが考えられるし、それを多くの投資家が使う流れになりそうな予感がある。

実際に来年あたりに稼働するかどうかは別として、いずれはその流れになることも確かだと思う。
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大は小を兼ねる(8)

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「武士は食わねど高楊枝」、こういう諺みたいなのが日本にはある。

誇り高い武士が、実際は生活が貧しいため、食事すらできないみじめな状況であっても、あたかも食べたかのように楊枝を使うことで、見栄をはるというものだ。

海外では、「白鳥」に例えられるのだろうか、優雅に泳いでいても、水中で足をバタバタさせて忙しいというのが現状であるということ。

何だか、日本の金融もこのように見てしまう。

つまり、一見大丈夫そうに見えていても、実は外資に対して気になってしかたない日本人が見える。

日本のアジアにおける証券シェアもどうだろうか。

優れた機能を持っていても、別のどこかに問題があることは確かだ。

多分、その原因を分かっていても、簡単に手を出せない内容なのだろう。

昔から、利権がからむと、話はややこしくなるものだ。

形だけの最良執行を方針として出しても、それが海外の本筋と中身が違うことを知る顧客は少ないというのも事実だ。

だが、そのような状況も来年あたりに変わるのかもしれない。

日本においてPTSが弱いのは、ダークプールと同時期にサービスされたこともあり、流動性が分散されてしまったことが大きいと思う。

流動性はマーケット要素として非常に大きいが、その流動性の供給源として信用取引が使えないことが課題であった。

機能面でいくら優秀であっても、レギュレーションの問題はどうすることもできない。

ただ、そこに抜け道がありそうだということだ。
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大は小を兼ねる(7)

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ペイメントフォーオーダーフロー、20年近く前の米国の金融用語だが、マーケットメイカーがブローカーに対して、キックバックを提供することで売買注文を自分のところに回送させるというものだ。

そもそも、西本は証券系フロントの自己は、取引所のディーリングから、ダークプールをメイクすることで、これからの新しい収益源になると思っていて、まさにその手法の一つだ。

そして、それが最良執行にとって、必要なフローであることを意味する。

こういうのが、金融ビッグバンより前に、海外では実施されていたわけで、さすが金融先進国だ。

ただし、米国のその後の対応をみれば、実はそれは厄介なネタであることも確かではある。

それゆえ、リスクを嫌う日本では、今にいたってもこのようなサービスが立ち上がることは無かったのかもしれない。

やはり、こういう部分については、日本の金融は遅れている。

リスクを取らずして、収益化など無い。

ローリスクハイリターンなど、あるわけがない。

だが、先日、顧客から面白い話を聞いた。

正確には、ペイメントフォーオーダーフローについては、以前にも聞いたことがあったのだが、西本は日本ではレギュレーション的に難しく、その手の応用であっても実現することが不可能に思えた。

しかし、少し状況が変わってきた。

それを誰かが実行しようとしている。
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大は小を兼ねる(6)

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米国では、証券会社など受託者の責任として、「忠実義務」、「自己執行義務」、「善管注意義務」という3つからなるという。

そして、証券会社が顧客に対して「注文の最良執行の義務を負う」という。

その最良執行とは、「顧客にとっての取引コストを最小にすること」を意味しているとのことで、それは執行価格だけではなく、マーケットインパクトの問題や、即時に取引を執行できないという機会コストの発生など多くの要因を考慮したものという認識だ。

日本の最良執行方針と、何と大きなギャップがあるのだろうか。

まぁ、特定銘柄が一つの証券取引所に集中している日本においては、こういう概念は小さいものだったというのも理解できないわけではないし、必要という意味では大きなものでもなかったことは事実かもしれない。

だが、今年に入って、この状況が大きく変わるのではないかと思えるようになってきた。

聞きなれない言葉、もしかしたら死語と言われるかもしれないが・・・

ペイメントフォーオーダーフロー・・・・、この概念が出てきているように思う。

大は小を兼ねる(5)

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しかし、最良執行方針について、外資系証券に限定すると、面白いことに、注文回送がコアのロジックになってくる。

国内と外資では、この部分の考えが全く違うというわけだ。

つまり、国際的なレベルで考えると、大きな違いがこの最良執行の概念に存在していることになるわけだ。

事実として、西本が国内と外資の担当者と話をして感じるギャップがある。

そして、この担当者というか、話をしている部署が違うことに気付く。

不思議なのだが、国内はコンプラ系というか管理系の部署が中心で、外資はフロント系の部署が中心になっている。

コンプラ系はコストセンターであり、フロント系はプロフィットセンターという部分でも、大きな違いがあり、当然ながら認識の差として出ている。

これだけ認識に差があっても、なぜか法の番人には、金融商品取引法という切り口で、同じように見えているのだから不思議だ。

以前に日本が、資本社会主義だという話をしたが、こういう部分にその哲学的なものを感じる。

ちなみに、外資のシステムベンダーが日本で理解に苦しんでいるのは、このコンプラに関しての対処が大きく違うことだと思える。

結果的に、何が言いたいかというと、最良執行について、国内と外資では質レベルに違いがあり、その差が認識や対処方法としてサービスに違いが出てきているということだ。

システムで違いがあるのも、この部分であることを強く感じている。

そして、その対処としてSORという言葉が独り歩きしているのだと思うが、複数市場の最良気配と数量を分析し、市場を選択するだけのSORなど、機能として弱いとしか言えないし、形式的なものは優位性などない。

後で説明するが、日本でSORを動かすなら、海外のロジックより難しいことを理解してほしい。

大は小を兼ねる(4)

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国内の投資運用業としても、最良執行の観点からは、取引の価額に加えて、取引コストやマーケットインパクト軽減等の事情を考慮することが指摘されている。

当該銘柄に係る流動性等を勘案し、価格形成に影響を与えるおそれが・・・・とか、そういう曖昧な表現で説明されている始末だ。


この流動性というものを一言で済ませているが、そんなに簡単なものではない。

この概念をきちんと説明しろと言われて、説明できる人はどれくらい存在しているのだろうか?

誤解しているヒトが多いが、日本の流動性の概念は海外と違う。

この部分の理解が出来なければ、流動性を語るのは危険だと思う。

ある意味、相場を予測するのと同じくらい難しい話になる。


あたりまえなのだが、流動性が理解できるのなら、それだけで収益化できるわけだし、相場の流れも見えてしまう。

VWAP取引や計らい取引は、個別の取引に係る発注のタイミング及び価格等は証券会社に委ねられる事となるわけだし、DSAやDMAを使っても、それはそれで相当な知識や機能が背景になければならない。


そもそも、証券会社の提示している最良執行方針の中には、注文回送という概念すら無い場合がある。

どうだろうか、数にして、証券全社の半分近くがそのように思える。


少なくとも、数年前まではそうだったし、最良執行方針が話題になった当時には、6割を超える証券会社は注文回送の概念が無かったと記憶している。

その理由としては、流動性に問題があるPTSに回送しても、その効果は疑問であり、その使用料というか接続料の有効な根拠を説明できないからだろうと考える。

だから、最良執行を東証とする方針が殆どだった。

東証のシステムは価格の妥当性を見つけることができる高機能なので、そこに回送して問題無いというのは、確かに当然といえば当然なのだが・・・ちょっと無難すぎるかと・・・。

だが、そういう実態を見ると、何だか現実的ではない形式的なものばかりが目立っているように見えてしまうのだ。

大は小を兼ねる(3)

テーマ:
だが、「最良執行〝義務"」という根本的な意味を考えた時、この概念において大口注文では少し見方が違ってくる。

この概念は、米国などの金融先進国において、「顧客の注文を顧客にとって可能な限り有利な条件で執行する義務を負うもの」となっている。

なるほど、こちらのほうが責任感がはっきりしていて好ましい。


この「最良執行」という言葉は、聞くヒトが変われば、それが「方針」を意味しているのか「義務」なのか、違って認識されるということだ。


実際に、この「義務」をサービスの形にしたもの、それが「アルゴリズム」、「ダークプール」、「SOR」という御三家になる。


これが、「東証に優先発注するという方針的な解釈(事務的なルール?)」とは違う世界のものであることは明白だ。


大口注文の場合、その発注主である機関投資家(バイサイド側としての投資運用業)は、証券会社に対して、「注文を確実かつ最良に執行するため」に、成行や指値に加えて、「VWAP」、「計らい」、「DMA」、「DSA」などの執行方法を同時に指示する。

この部分は海外と同じなのだが・・・、逆に執行指定が同じにも関わらずマーケットの概念が違うということで、注文の処理方法が異なる。

このあたりが、言葉からくる混乱(金融商品取引法と、実際の業務の差)を招くように思う。


最良執行のシステムを作ってくれ、こういわれれば、西本は単純に東証に発注するシステムとは理解しない。


そもそも、昔のように、大口注文をそのまま東証の板に乗せるなんてことは、ナンセンスな時代になっている。

手口を悟られないことが、最良に執行させるということだ。

大は小を兼ねる(2)

テーマ:
しかし、この切り口を金融の業務面で考えてみたらどうだろうか?

実は、「大は小を兼ねる」が正解になる。


西本は昔からすっきりしない事の一つとして、「最良執行の概念」というのがある。

曖昧で非常にわかりにくい、形式だけの誤魔化したものに見える。


これ、日本でも普通に飛び交う言葉であり、以前もこのブログで話題にした内容だ。


本来は、米国のマーケットメイカー制度の中で進化してきたものである。

マーケットメイカーが仕切る価格がバラバラであったことからくる不満が根底にあり、実施された歴史がある。


だが、日本はどうだろうか?

取引所集中方式のため、本来はこういう問題がないことから関係ないと思われている。


そもそも、PTSが解禁されても、流動性の面で主市場的概念が崩れないならば、主市場である東証に発注すれば何の問題もない。

それが、最良執行方針として、一般的になっている。

そして、自動最良執行もサービスが開始されているが、これは小口注文の処理という観点では有効な方法である。

大は小を兼ねる(1)

テーマ:
この諺、本来は「大きいものは小さいものの代わりとして使うことができるが、小さいものは大きいものの代わりとして使うことができない。」を意味している。

何かに迷ったら「大きいもの」の方が良いという意味らしい。

これは、皿などの入れ物では確かに有効だと思う。


だが、それがシステムとなるとどうだろうか?

ダウンサイジングなんて言葉がある。

拡張性など考えると、ドカン!と大きなものを導入する度胸はない。


この矛盾、切り口が違うと見方も違うものだ。

システムでは、大きなものは場所も必要、電力も食う。

そもそも大きな基盤も高額だし、管理費や運用などまで考えると、単純に大きなものが良いとは言えない。


システムでは、目的にもよるが、大きな軸としては「大きさよりもコストパフォーマンスに優れる」ことが重要だと認識している。

費用をかけずに、高度なサービスを提供することがニーズとして勝るという意味だ。

話半分(17)

テーマ:
すでに、処理速度をアピールする時代は終わっている。

インタートレードはSOR(特にFX)の処理速度では評価されていた。

もう、その優位性を感じていない。

SORに代わるSOSAという商品をリリースしていくが、それは流動性解析を分散アルゴで処理させている。

やはり、ビッグデータの解析は、この先の大きな課題であり、優位になるための条件であることは確かだ。

非常に大量なビッグデータをリアルタイムの水準で加工して使うという技術を得るために、システムアーキテクト自体を自製している。

当面の対処として、ヒトが機械の良いところを借りて、機械より半歩だけ前をいくセミオートマを含めて、流動性解析を組み込んだ動的制御物を提供する。

これが新しいフロントシステムになる。

今までのように、見慣れたありふれたものにはしない。

システムはデザイナーが変わると、全く違うものになる。

ある意味、芸術に近いものなのかと思ったりする。

独自性のある製品をリリースし、成功している企業のたたき上げオーナーの多くは、何等かの芸術的センスが高いように見える。

その芸術的なものが、優位性にリンクするセンスなのかもしれないと思っている。

だから、個性のあるものは面白い。

西本は真似が嫌いだ。

見た目は似ていても、何かの違いを感じるようなオリジナルを組み入れて勝負するので、一味違ったシステムを提供できると思っている。

そして、アルゴリズムの最終形、それは非常に優れたトレード動作を実装するもので、マーケットの変化に応じて、動的にアルゴリズム自体が修正されるタイプになると思う。

そうでないと駄目なのだと思うし、そういうものに夢を感じる。

ただ、夢というのは、空想的なものも含めて、アイデアに近い段階の理論に基づいているので、話半分で聞いてほしい。

おわり。