切り口を変える時代(8)

テーマ:
システムが不安定などの問題が少しずつ解決するようになり、多少なり安定してきた頃だと思うが、何とパソコンで、同様な技術が提供されるようになった。

パソコンというと、個人で持つような信頼できない安物で、そんなものが業務に、それもカネが関係するような・・・というのは、正直、疑いの目を持つほどのインパクトだった。

それがどれくらいかというと、新薬が開発されて、あなたの寿命は少しのお金を出せば、100年伸びますと言われたくらいのインパクトだ。

普通、こういう話はすぐに信じられないと思う。

騙されているとか、詐欺とか、うさんくさいとか・・・。

そういう嘘みたいなことが実際に起こった。

当然、その技術に不安を持ちつつも、本当ならば大変な成果であり、大きな関心を持つ。

そして、短期間に絶対にこの技術は巨大化すると確信するに至る。

しかし、この技術はさらに予想以上に大きな苦労を与えることになる。

このパソコンでネットワークをつくるというもの、庶民が機械に接する距離を大幅に縮めることができる。

それまでのファミコントレードとは全く次元が違う自由度があった。

この自由度というのは、非常に重要であり、その一番の優位性は双方向通信だったと思う。

自ら、パソコンを介して、自分の得たいサービスを得る時代がくることを予感させた。
AD

切り口を変える時代(7)

テーマ:
だから、パフォーマンスは落ちるものの、開発を容易にできる第四世代言語を、このシステムにリンクさせた。

ある意味、これはフロント業務としては画期的なことだった。

エクセルみたいなものと、マクロと、ベーシック言語のようなものを組み合わせたものだ。

今では色々なAPIなどが出されているが、当時はそういうものから自前で全部つくった。

この時から、西本の概念というか価値的なものは、コアのしっかりしたインフラをベースに持ち、プロトタイプ開発の組み合わせを柔軟にできるというデザインに拘るようになる。

プロトタイプが良いものであると確認できれば、それをチューニングしてサービスに乗せていく。

スクラップアンドビルドなんて言ってた時代だ。

だが、開発のような攻めの苦労よりも、もっと辛いことが起こる。

守りの部分というか、この時の一番の苦労は、システムの不安定さ。

つまりは安全性とか信頼性というもの。

色んな箱物や機材が混ざる中で、制御が考えたとおりに動いてくれない。

機械同士がコミュニケーションするというのは、とんでもなく難しいことを知る。

しかし、技術の進化というのは凄いものがある。

AD

切り口を変える時代(6)

テーマ:
そもそも、西本は機械が好きというより、金融が好きだったので、その優位性を手に入れることが出来るものは、何でもウエルカムだった。

その新しい技術で、当時でいう情報系のシステムを追求し、構築していくことになる。

何が変わったかというと、情報系と勘定系という2つの処理は、当時は全く別の管理にあったのだが、これが融合してきたわけだ。

情報系に勘定系の一部の機能が入り込んだものになる。

この優位性というのは、絶対的なものがある。

それがフロントシステムとなり、現代のディーリング・トレーディング系システムの元になったわけだ。

情報をリアルタイムで処理し、分析したものが、発注系にリンクしていく。

当時からプログラム売買に関心のあった西本には、これは希望そのものだった。

勘定系というものは、業務がはっきりしているので、設計レベルで仕様をコミットできる。

だから、設計書から綺麗に準備するのが王道なのだが、情報系というのは違う部分がある。

チャートや、テクニカルなど、長年の経験や運用で残ってきた理論的なものは、形になっているので、設計はできる。

だが、それを応用し資産運用に使うには、実運用の中で常に修正していくことが必要になる。

設計というものが、最初にコミットできず、常に修正が発生する方法で、こういう非定型な業務というのは単純ではない。

暗算が多く必要だし、設計を修正しても実際のコードは違う内容だったとか、整合性に問題が出やすいタスクだった。

だから、プロトタイプ運用ができるようなものをつくった。

今ではJAVAなど、良くできた開発ツールがあるが、当時はアセンブルやCといったベタなものが主だった。

それは簡単に修正できるものではない。

AD

切り口を変える時代(5)

テーマ:
新物のセンスは素晴らしい。

しかし、新物にはそれなりの問題がある。

ノウハウが不十分ということに起因していると思うのだが、問題が出たときの対処方法がわからない。

さらに、そういうものに限って問題が多く発生するから悩みの種だ。

それでも、圧倒的と言える価格優位性は大きな魅力であり、将来的にこのネットワーク型のクライアントサーバ(今では死語?)の概念は広がるという確信をもっていた。

この時のノウハウが、実は今にも生かされている。

ノウハウが無い時に、苦しんで得た対処方法やアイデアなどが本当の意味でノウハウなわけで。

そして、将来のコア技術になると確信したのは、価格優位性だけではなかった。

確かに価格自体が安いというのもあるが、箱が小さい(→設置場所の自由度が高い)、消費電力が少ない、パーツが安いし種類も多いなどなど。

記憶媒体も小さくて安いものが出てきた。

しかし、それ以上に大きい要素があった。

上記は、ハードウエア的な観点なのだが、実はそれより重要に思えたのが、ソフトウエア的なものだった。

ウインドウやマウスという、全く新しいユーザーインターフェースが革新的に見えたというのが一番の理由だろう。

ヒトと機械の距離が近くなったという、直感的なものがあった。

将来、機械はヒトのパートナーになれると思ったのが、このIT革命だった。


切り口を変える時代(4)

テーマ:
性能差による優位性を理解いただくこと・・・。

そういう部分が顧客へのアピールなのだと思うが、ここの説明が難しい。

自分のデザインやセンスといった価値観を他人が理解できるかというと、そんなに簡単ではないからだ。

就職活動などで、テスト(能力)だけで採用されることはほとんどないのと同じで、見えない優位性(究極的には個性、性質的なもの)は言葉でしか説明できないし、それが最後の判断材料になる。

そして、この優位性たるもの、これは時代と共に変化していくから、なおさら厄介だ。

西本は社会人になって、証券会社に入社してから5年は大型コンピュータ(ホストコンピュータと言ってた)の技術担当をしていた。

大型コンピュータというと、ほとんどは勘定系の概念と思われるが、当時は勘定系の他に情報系というのがあった。

今ではほとんど聞かなくなったのだが、チャートなどの投資に関するサービス全般を請け負っていた。

丁度、ITバブル(IT革命が正しいか?)というのが欧米で立ち上がってきた時代になる。

当然、今までにない新しい概念のものをテストするようになる。

UNIX系。

開発言語は「C」だったから、大型コンピュータの制御方式と全く違ったものと言っても過言ではなかった。

一番の魅力はコストダウンだったが、それ以外にも色々と優位性があった。

ダウンサイジングという言葉が流行った時期でもあった。

ネットワークや、データ管理など、色々と新しい概念を見た。

ただ、当時はそれを簡単に理解できる人がいなかったので、予算は相変わらず大型コンピュータメインで取られる始末だった。
  

切り口を変える時代(3)

テーマ:
実はフロントシステムにおいて、機能面は実装レベルで大きな差は無くなってきているように思う。

顧客の要求するRFPにメーカーは対処しているから、当然、同じようになってしまう。

同じようになれば、その差がわかりにくくなり、顧客も選択に悩む要因になる。

そうなると、差別化は性能か。

一応、性能要件というのが出るが、西本のいう性能はRFPだけのものではない。

RFPを満たせば、勝てるシステムかといえば、そういうものでもないからだ。

この性能、実は一番わかりにくい部分になる。

仮導入が簡単にできないのが、フロントシステムなので、とりあえず「お試し」というのが難しい。

値段とか、機能差を机上確認する・・、これらは数値や言葉、見た目や操作性なので理解しやすい。

性能というのは、単純にトランザクションの処理能力とか、そんなものだけで済まない部分がある。

設計のコンセプトというか、デザインセンスみたいなものまで含んで考えないと性能ではないし、そこが重要になる。

数年先まで見て、それが耐えうるベースをもっているのか、修正の容易性はどうなのか、そういう部分まで見なければいけない。

「性能」とは、認められる「能力」だけでなく、「性質」というデザイン的なものまでを含むからだ。

しかし、そういう目に見えない概念を、第三者はきちんと理解し、正当に評価することが簡単にはできないと思う。

切り口を変える時代(2)

テーマ:
オニギリの場合は、同じ商品なら値段を下げたほうが有利であることは明白だ。

価格検索サイトの情報をよく見る消費者の動きだ。

対処方法は色々ある。

値段が同じでも質を上げたり、商品数を増やしたり、これも有利になる方法だ。

この戦略はシステムでも全く同じと言って良い。

現状は価格競争になっているが、メーカー側の負担はかなり大きくなっているんだろうと思う。

古いインフラを維持していることだろうし。

苦労してつくってきたものは、簡単に捨てることができない。

勇気がいる。

一生懸命つくった我が家には愛着が出てくるのと同じ現象が、システムにもあるみたいだ。

しかし、その愛着が命取りになることもある。

そのことを冷静に判断し、自分達のレベルを認識すること、そして優位性を維持できているかを認識すること。

ほんの少しで良いから差別化できているか。

顧客は98点のものより99点のものを望む。

この1点、1%程度のものの差が、非常に大きい世界がある。

この1%の差が、勝敗を左右するからだ。

では、どこで差別化するのかということになる。

切り口を変える時代(1)

テーマ:
「切り口」と言われると、どうも「料理」を連想する。

素材は同じでも感性が違うと、料理方法というか、包丁のさばき方に違いが出てくる。

西本は金融システムは料理に似ているなぁと思うことがよくある。

味付け、盛り付け、費用・・・などなど。

味が良く、綺麗に見えて、安い・・・となると、それが「競争力がある」というのは簡単にわかる。

ところで、

近所のスーパーで、ある日突然、今まで売れていたオニギリが売れなくなっていた。

こういう事象には当然、はっきりとした理由というか何等かの原因がある。

答えは、スーパーの横にあるドラッグストアで、同じメーカーのオニギリを安く販売するようになったからだ。

顧客である消費者というのは、そういうところをよく見ている。

同じものが少しでも安くなるだけで、店を代えてしまう。

するとスーパーは、顧客を取り戻すためにドラッグストアで扱っている商品を売り始め、互いに潰しあいを始めるわけだ。

本来、棲み分けがあった店同士が、その壁を壊して顧客を奪い始めたわけだ。

顧客に支持されたほうが勝ち残るのは、ビジネスの基本的な鉄則だから必死になる。

これはビジネスの中では当然の流れなのだ。
今のAIのレベルは「学習」だから、このようにイレギュラーなケースはパニック的処理になるのもしかたない。

AIが「考える」レベルになっても、その対処を博打として認知するなら、それはそれで良いのかもしれないが、機械に望む能力ではない。

まれにある博打的な下手なトレードが必要なとき、それをAIに学ばせることで、普段の力が落ちてしまうケースがあるのが、AIの大きな弱点と思う。

つまり、正しいことを導く必要があり、何でもかんでも、ひとつの概念でカバーできるわけでもない。

とんでもない荒業、ヒトしかできないような、デンジャラスなことはヒトがやれば良い。

博打的な発想、これを学習させずに回避することを先に覚えさせることだ。

諸刃の剣、自分をも傷つける恐れのある、一方では非常に役に立つが、他方では大きな害を与える危険もあるものはAIに必要ない。

だから、「未来予測」の「攻めのAI」に、「異常検知」の「守りのAI」がペアにならなければいけないわけだ。

この話、実はずっとしてきたことなのだが、金融の優れたAIというのは、こういう2つのセンスが最重要になる。

この2つのセンスを、クォンツがAIに提供することが、インタートレードのAIスタイルというか、クォンツアプローチになる。

勝率の高い裁定ロジック(これはアルゴリズム的アプローチがほとんどで、それは正しい)に通常のAI処理が合わない、使いにくいのであれば、AIの勝率を上げる方法が、このやりかたというわけだ。

インタートレードのお得意様の話、トレードの戦略をサッカーに例え、ゴールキーパー、ディフェンダー、ミッドフィールダー、フォワード・・・それを監督したいみたいな。
そういう機能、できるものかな?

なるほどだと思った。

AIの役割(得意というか強い個性的なセンス)をきちんと決めること、それもクォンツのプロとしてのセンスなのかもしれない。

AIの提供、厄介な部分があるので、無責任ではいけない。

機械には何ができて、何ができないかを見極めることも必要だ。
そのあたりもはっきりさせるつもりだ。

AIの弱点を知る、そこも重要だ。

学習していない事象には対応できない、新規のことに出くわすと混乱することだ。

さらにいえば、その新規の事象が、必ずしも求める解として有効とは言えない。

たまにだが、相場には博打的な要因がある。

相場では、ボックスや、ロング・ショートなどのトレンドを推測を繰り返すことで動きと対処を理解するのは得意なのだが、ヒトがパニックになっている相場をAIもどうしてよいかわからないとなる。

ヒトですら答えがわからないのに、AIがわかるわけがないからだ。