林修オフィシャルブログ「いつやるか?今でしょ日記」Powered by Ameba

こんにちは。東進ハイスクールの現代文講師、林 修です。日々に思い、少し考えたことをぼちぼち発信していきます。

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 昨日行われた、夏期講習初日の授業は、無事に終了しました。定員いっぱい、150名を超える高校生で埋め尽くされた教室は熱気に満ち満ちていました。


 先ほど、答案約150枚の採点も終了。採点講評も作成したので、早速返却します。


 さて、昨日の記事についてはいつも以上のコメントを頂きました。ありがとうございました。「後悔しているのでは」というご指摘もありましたが、僕は、反省はしても、後悔はほとんどしないんですよ。ああいう伝え方をすると、こういう伝わり方をするんだなということが分かったんですから、次回からは、より適切な伝え方すればいい、それだけのことです。


 しかし、怪我の功名というか、僕と思いを同じくするような記事を書いてくれた人まで現れたんですよ。それがこちら。


http://ameblo.jp/shida-akira/



 僕が信頼している、本当に数少ない同僚の一人である、数学の志田先生のブログです。学習における数学の重要性を、ご自身が担当される、専門家の立場から熱く語ってくれています。ご興味のある方は、ぜひご覧ください。


 教育の場は、もちろん学力の養成のみを目指すものではありません。さまざまな面で成長過程にある若者たちの、可能性のすべてを育む場でなければなりません。しかし、学力の養成は、その大きな柱の一つであることは間違いなく、その現場において、教える側にあまりにも問題が多すぎるのが現状です。憂うべき現状の正しい認識のためにも、ぜひ彼の記事にも目を通して頂ければ、と思っています。

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 現在、新幹線で東京に向かっています。今日から、東大特進コースの夏期講習が始まります。御茶ノ水で3日、渋谷で3日計6日です。その後は、名古屋、再び東京(1・2年)、最後は大阪と、「例年」通りのスケジュールです。


 最近では、「授業やっているんですか?」と驚かれることのほうが多くなりましたが、例えば夏期講習だって、昨年と全く同じ授業数です。生徒数は、むしろ増加傾向にあります。特に、今年の渋谷・御茶ノ水3年生の講座は、過去最短、あっという間に締切となりました。一般の人と受験生との評価が、大きく乖離している状況をなんとなく楽しんでいます。


 さて、昨日の『生きざま大辞典』(TBS系列)で、「数学ができない人は、ものを教えるべきではない」という主旨の、僕の発言が放送されてしまったようです。あらあ、使っちゃったあ、こいつはネットが荒れるぞと思ってネットを見ると、じわーっと拡散しているようですね。


 本当は、もう少し前後があるんですが、僕がああいう主旨のことを言ったのは事実なので仕方ありませんね。今週月曜に出演した『バイキング』(フジテレビ系列)でも学校の宿題について、言おうとしていたことを半分くらい言ったところで他の出演者の発言にさえぎられて、結局、本当に言いたいこととは少しずれた内容が放送されてしまいました。


 これは僕の話し方として、いったん少し「強い」発言をして相手の気を引いて、「しかし」と逆接から真意を伝える方法を好んで選択します。直接話す際には、結構効果的な方法なんですが、特に生放送では、いきなり自分の言いたいことから入ったほうが安全だな、と少し反省しています。


 昨夜の数学云々の発言にしても、もう少し正確に言うならば、いわゆる学校(特に高校以上)の勉強を教えるにあたっては、数学ができなかった、それだけならまだしも、少なくとも数学の論理的な思考の世界を楽しいと思えなかった人が、高校生などに教えるのはいかがなものか、ということなのです。(あくまでも個人的な考えですよ。笑)


 その理由を簡単にご説明しましょう。大学の専門的な分野ならともかくも、高校までの数学はそれほど難しいものではありません。筋道を立てて考えていけば、十分できるレベルです。(実際、東大特進のスタッフにきくと、中学校で大学入試の全範囲を終えたという話は、特に珍しくもありません。本当に難解なものなら、いくら彼らが優秀だったとしても、こうはならないでしょう。)

   数学の要素還元的な思考は、全科目の学習の基礎となるものです。一見複雑に見える現象を、分析し、単純化し、因果関係を考察して法則化していくーこれが理解の道筋です。数学的な思考のできる人は、教えるにあたっても、考えて→理解するという方向に沿って、情報を整理し、生徒が自分の頭で考え、要素相互の論理的関係を理解した結果頭に入れていくという講義を行います。暗記は、これらの過程に必然的に付随するものにすぎません。僕自身、少なくとも受験にあたって、「暗記」という作業を意識したことは、ごくわずかです。


 ところが、そういった思考力の不十分な人は、十分に整理されているとは言いがたい、構造性に乏しい情報を羅列的に提示して、「覚えなさい!」という形をとることが多いのです。特に、キャリアのある教え手は、「覚えやすい形」(面白おかしい語呂合わせなど)を作るのが上手なので(なかでも「カリスマ」などと称される、英語講師は数多くの「必殺技」を持っています 笑)、それを与えられた生徒は、「その通り」に覚えて→実際に点数も取れる→わあ、この先生はいい先生だ→次の覚え方を教えてください→よし、よし、次はね、この技(=覚え方)を授けよう……と、結局生徒が自分の頭で考える機会を奪ってしまうのです。


 僕自身が生徒だった際には、説明に疑問が生じると、「先生は数学はお好きでしたか?」と質問したことが、何度かあります。ある先生の「情報の整理の仕方」が納得できず、各要素はこんなふうに配置しなおすべきではないか、こうまとめたほうがよほど理路整然としているのではないかと思い、それを持参した際に、本当に苦渋のみならず憎しみに満ちたある先生の顔は、今でも覚えているくらいです。


 勉強において、暗記ももちろん必要ですが、理解すべきところに、暗記を持ち込むのは最悪です。だから、教える側は、考えて→理解するという方式に沿うように情報をまとめる、情報のパッケージを緻密に行わねばならないのです。そこに教え手の優劣が表れてしまう、だからこそ、教える側が一番精緻に準備しなければならないところなのです。同じことを教えているはずなのに、教える側の情報のパッケージの仕方の違いで、とんでもない差が生じてしまう。だとしたら教え手の数学的な能力は必須ではないか、僕はそう考えているのです。


 僕自身が勉強を教えるという仕事を選択をしたのも、数学が、数学的な考え方が大好きで、自身の数学の力に自信があったからです。もし、そうでなかったら、間違いなくこの仕事は選んでいません、それは断言できます。高校程度の数学もできなかったような人間から、少なくとも勉強面で、学ぶことは何もなかった、それゆえそうした人間には教えてもらいたくないと思っているのに、当の自分は数学ができないくせに人に教える仕事を選ぶなどという整合性に欠けることが、できるはずがありません。


 以上述べたことは、あくまでも学校、特に高校以上の勉強、つまり、英・数・国・理・社に限定されるものです。音楽や美術教育、あるいは実務教育のように、感性やキャリアが重視される領域にまで拡大適用しようという思いはありません。さらに、こう書きつつも単に学習指導だけではなく、生活指導もしなければならない学校の先生に関しては、この限りではないなとも思っています。その一方で、我々のようにただ学習指導だけをしていればよい予備校講師に関しては、絶対に数学ができなければならないと思っています。(それだけでなく、多科目のなかに自分の指導科目があるという構造上、全科目得意だったと言えるくらいでなければならないと考えています。専門の一科目に集中して向上するのと、多くの科目をこなしながら、その科目の成績を上げていくのは、同じではありません。全体のバランスの取り方がわかるためには、実際に自分が全体のバランスが取れたという経験が必要だと考えているのですが、皆さんはどう思われますか?)


 教育が自分の頭で考え、判断して、物事を「解決する」あるいは「創造する」能力を高めていくべきものだと考えるがゆえに、以上のように述べるのです。


 もちろん、僕は世のすべての教え手にあったわけではありません。確かに、実際に会った教え手で、僕が優秀だなあ、素晴らしい先生だと思った方は、全員例外なく、数学ができました。かといって、例外がゼロだとも思っていません。世の中は広いですからね。


 この説明ですら十分言いたいことを言い尽くせているわけではありませんから、ましてやテレビの短いコメントで真意を伝えるのは至難の技です。ただ、昨日のように不完全なかたちで僕の考えの一部が伝わってしまったので、発言者の責任として、ある程度補足をしておこうと思い、この記事を書いています。


 テレビで想いを伝えることの難しさを再認識したので、今後はより正確に行わねば、とも思っています。


 今日の授業でも言うでしょうね。現代文を本当にできるようになりたいなら、数学的な思考力のレベルをとことん上げなさい、と。今の日本の高校程度の数学も満足に理解できなくようでは、大学の、特に東大のハイレベルな学問の真髄を理解するのは、なかなか難しいことですよ、と、全員が東大志望の生徒で埋め尽くされた教室でー。


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突然、「接近」の対義語が、気になって……。


離反? 確かにそういう場合もあるけど、うーん。


ああ!






「離隔」か。
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