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イタリア中部沖で13日夜に起きた豪華客船事故で、
船長が、次々と明らかになった常識はずれの行動から
多くの批判にさらされています。
事故直後、乗客の救助にあたるどころか、すぐに
船を離れたり、沿岸警備隊長から船に戻るよう
何度指示されても、子供じみた言い訳ばかりし、
結局、船に戻りませんでした。
何千人もの尊い人命を預かる船長のする行動かと呆れる
ばかりです。人の命を奪った罪は大きく、それ相応の裁きを
受けねばならないのは当然でしょう。
報道では、死者11名、行方不明者29名とも言われています。
尊い命が奪われる、大変痛ましい事故です。
親鸞学徒は、このような事故・事件を見聞きした時、
他人事と流すことは出来ません。
自分の命が危険にさらされても、
迷わず真っ先に人命救助、救援の要請を行うと
自信を持って言えるだろうか。
自分が同じ立場だったら、この船長と
同じようなことだけは絶対しない、と言い切れる
だろうか。
親鸞聖人でさえ
「さるべき業縁も催せば如何なる振舞いもすべし」
あのようなことだけは絶対しない、と言い切れない
親鸞である。
『なぜ生きる』
とおっしゃっています。
自分の心を真面目に見ると、情けない、申し訳ない心が
観えてきます。
私さえもうかれば、私さえ助かれば、私さえ良ければ…と
我利我利の心しかないと、反省せずにおれません。
豪華客船は、レストラン、プール、カジノ、エステなどの
施設が揃う、まるで動く豪華ホテルのようだと言われます。
美味しい料理を食べ、素晴らしい景色を眺めながらの
クルーズは、夢のような時間を過ごせるはずでした。
しかし、残酷にも一瞬で悪夢に転じてしまったのです。
誰もが羨むような豪華客船クルーズ、もしかしたら、
自分もその時、その場にいて、当事者となっていたかもしれません。
私の感情、都合、事情に関係なく、一瞬でどうなるか
分からないのが私達の人生だと知らされます。
煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、万のこと
皆もって、そらごとたわごと真実あることなきに、
ただ念仏のみぞまことにておわします。(「歎異抄」後序)
火宅のような不安な世界に住む、煩悩にまみれた人間の
すべては、そらごと、たわごとばかりで、真実は一つもない。
ただ弥陀より賜った念仏のみが、まことである。
『歎異抄を開く』
「仏法は聴聞に極まる」と教えられます。
罪悪と無常を凝視し、一座のご縁を大切に、仏法を聞かせて
いただきたいと思います。




