Twitterの発言は瞬時に理解できるからやばい。 | A Day In The Boy's Life

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なぜTwitterするの?――正統派的ご意見 @ 海外速報部ログ


Twitterを中毒にさせる原因って、あのタイムラインにあるような気がします。

ブログだって似たような機能はあります。

RSSをリーダーで購読することで、そのブログとのつながりができ、そのブログに起きた変化を追うことができます。

ただ、大きく異なる点を上げると


1. Twitterは閉じた世界だから、フォローするフォローされるからしか始まらない

2. フォローしている人の発言が自分のタイムラインに表示される

3. 140文字という文字数の短さからタイムラインに全ての発言が収まって表示される


というところがTwitter固有でそれが中毒にさせる要因になっているんじゃないかなぁと。



Twitterは閉じた世界だから、フォローするフォローされるからしか始まらない


Twitterでつぶやき始めてもパブリックタイムライン(Twitterユーザー全ての発言を一覧化したタイムライン)には表示されても、そこからの影響っていうのはほとんどありませんから、まず誰かをフォローするというところから始めないといけません。


フォローされるのを待つより、フォローしたほうが変化が早いので、誰かをフォローする→その人からフォローされる、という流れで自分の発言が多くの人に届くようになっていきます。


ブログの世界でも、そのブログサービス内で「つながり」を表現する機能というのはあったりします。

ただ、ブログ自体はその他にも検索エンジンであったり、他のサイトからリンクされて訪れてくる人もいるので、Twiiter以上にパブリックな世界だな、と感じます。


閉じた世界というのは、居心地のよさを生み出す効果があると思います。

mixiの招待制というのも、プレミア感を引き出してウケましたし、はっきりとしたところに属しているという感覚は安心感をもたらすのかもしれません。


そのTwitterの閉じた世界の感覚が、次に述べる原因にも大きく影響をしているような気がします。



フォローしている人の発言が自分のタイムラインに表示される


ブログでも同じような機能はあるって前述しましたけど、Twitterのような時系列にフォローしている人の全ての発言を一覧化するような機能を兼ね備えたブログサービスってほとんどないのではないかと思います。

どちらかというとそのブログのエントリを追うには、RSSにまとめているから適当なリーダーを使って購読してね、ってスタイルになるかと思います。

RSSリーダーがブログの補助ツールのような位置づけになって、自分がやっているブログとの一体感がないわけですね。

Twitterは、その機能を一つにまとめています。


何か意見を言おうとしたときに、他の人の意見を参考にしたほうがインスピレーションが働きやすいです。

「Aさんと同意」、「Aさんはこういう意見だけど、自分はそれとは違う」とか、その理由も含めて考えがめぐります。

その「書く機能」と「読む機能」が一体化されているところが、読んで刺激された→書いた、のスパイラルになるんじゃないかなぁと思ったりします。


もう一つは、その自分のタイムラインに流れてくることによって、あたかも自分に向けたメッセージであるかのような錯覚が起きることです。

元ネタにしたエントリにも書いているような「秘密をささやいてもらう」ような感覚でしょうか。


なぜそれが秘密のように感じてしまうのかは、最後の文字数に大きな要因があるように思えます。



140文字という文字数の短さからタイムラインに全ての発言が収まって表示される


これが一番まずい理由のような気がします。

140文字以内というのはかなり計算されたようにも思うのですが、要は制限一杯につかっても、2,3行で収まるんですね。

そして、それが自分のタイムラインに流れてくると、数秒で読み取って理解してしまいます。

※ 単に言語としての理解というところで、発言の意味は不明な場合が多いですけど。


その一瞬で読み取れてしまう感覚が、「秘密をささやいてもらっている」ような感覚に陥る気がします。

ブログの場合は、長文であることが多いですし、RSSによっては部分的な情報(タイトルだけとか、本文の一部だけとか)しか入れていない場合もありますから、全てを理解するまでに結構な時間がかかります。

瞬時に理解できなかったり、タイトルだけ見て興味を惹かれなかったら、本文を読もうとはしません。


Twitterでは、興味があろうがなかろうが眼に入った瞬間に言葉の意味は理解してしまいますから、読まされてしまいます。

また、Twitterではブログほどかしこまった文章では発言されませんから、フレンドリーな発言がより一層そういう感覚を助長させているようにも感じます。



Twitterという閉じた世界で、その中で作られるつながりが、瞬時に理解できる形で発信される(ような感覚を持つ)、というところが中毒性を持っているのではないかな、と思いました。