大山格のブログ

おもに歴史について綴っていきます。
実証を重んじます。妄想で歴史を論じようとする人はサヨウナラ。


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 大山巌は沼津に別邸を持っていました。所在地は、皇孫殿下と呼ばれていた幼かった昭和天皇さまのために建てられた沼津御用邸の、すぐ近くです。第二次大戦後、すっかり没落した大山家は沼津別邸を手放しています。有名企業の手に渡ったのですが、建物も敷地も活用されることなく、ひっそりと朽ち果ててしまったそうです。いまは跡地が公園になっています。
 ちなみに、那須は僅かながら農地解放の対象外となった農地が残り、また、空襲で東京の本邸が全焼したこともあり、戦後は那須別邸に大山巌の後嗣である大山柏が居住していましたし、なにしろ大山巌墓所があるので、いまも那須との縁は続いています。いや、因縁といった方が良いかもしれませんね。
 公園になった沼津別邸跡では大山巌をどう紹介しているか、それを見ておこうと思い立って、梅雨空の下はるばる沼津まで行ってきました。


 はじめて訪れた沼津駅前です。蒸気機関車の給水・給炭の基地だったのですね。さぞかし大きな駅だったことでしょう。


 駅からずっと南へ行くと、沼津御用邸があります。そこから西に少し行くと、牛臥山という小さい山があって、その山裾に大山巌の別邸がありました。


 御用邸方面から海岸沿いに牛臥山方向を見たところです。画面右の、こんもりした小山が牛臥山で、この波打ち際を回り込むか、山側の切り通し道を抜けるかすると、大山別邸に辿り着きます。


 満潮に近かったようで、波打ち際を歩くのが難儀しそうでしたから、切り通し道から大山別邸跡に入りました。


 お金を掛けて綺麗に整備された公園でした。


 牛臥山の標高はどれくらいか。そんなとりとめのない会話が、大山巌と捨松との間で激論となり、やがて夫婦喧嘩になったといいます。熟年夫婦になったあとのことで、喧嘩をしても関係を修復できる間柄だったのでしょうね。
 東郷平八郎さんも、奥様と囲碁の勝負をしているとき、マッタをするかしないかで喧嘩なさったりしたそうです。


 別邸は老朽化が著しく、修復を断念して解体されてしまいました。長期間、私企業の持ち物として放置されていたという事情がありますからねぇ。


 解体前に学術調査をして、このように記録が残っていることに満足しています。私財を投じて実施しようとする調査を妨害する地域もあるのですからねぇ。


 ここ沼津では、大山巌のことを陸軍大臣であり、満州軍総司令官であり、公爵であった経歴に相応しい、歴史上の人物として扱っていることがわかりました。


 波打ち際から別邸跡を見ると、別邸の足下を固めていた石垣が残っていました。


大事なおしらせ
 大山巌墓所修復事業に対する御寄付は、交通文化連盟にて受け付けております。現時点では、いっさい例外はございません。それ以外の窓口への寄付のお願いがあった場合は寄付金詐欺ですので、応じないよう御注意ください。
 なお、ひきつづき、休憩所建屋、石敷、立木の傾きなど、たいへん困難な修復を予定しており、みなさまの御寄付を募っております。御協力くださる方は、下記口座へ

三井住友信託銀行松戸支店(店番329) 普通7698754
 特定非営利活動法人交通文化連盟



ともあれ、ツタヤ図書館と江戸しぐさは滅ぼすべきです。


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