ブログペットのメロメロパーク
2005-03-13 23:21:11

四谷~銀座

テーマ:アート
日曜日の午前11時、四谷のアトレにあるパン屋とカフェを併設した店で遅めの朝食をとった。

彼女と2人で仕事の話とかしながらオープンサンドを食べていた。店内にはコスプレ(?)をした店員が数人、中世ヨーロッパ感を盛り上げている。フェルメールの世界にいるようだ。

日曜日の早起きは特した気分になる。気温は寒いけど、天気はよくてよかった。

休日の朝食をとる場合、ほどよく家族連れや年配の夫婦などがいる店のほうがなんだか「まっとう」な休日を過ごしている感じがして好きだ。

そのあと彼女を仕事に送り、一人で銀座のエルメスでスゥ・ドーホー展をみた。

エルメスの8階にあるギャラリーには、観覧車2名に対して、スタッフが3名、展示作品は1作品という絶妙なアンバランスさがあった。9階にのぼり、作品を上から見下ろすこともできるのだが、そこに向かうエレベータには専門のエレベーターガール(マダム?)がいた。

スゥ・ドーホーとはNY在住の韓国人現代アーティスト。布を利用したファブリック・アーキテクチャーと称した作品を制作している。門をモチーフにエメラルドグリーンの絹で細かく制作されていた。1点のみの展示、大きく、かつ大胆にその空間に差し込む構図は立派なものだった。コメントをなかなかしづらいものもあるが、女性に聞かれたら「うーん、これは結局は下からも上からも通り抜けることはできない部分に、朝鮮半島の歴史とかさねてしまう部分があるのかな。それよりも俺は、レンゾ・ピアノの設計したこの建物とのマッチングの妙のほうが気になるかな。やはり、アジアとヨーロッパとの・・・」とでも回答すればいいのであろうか。ちなみに私は細かなディテールにみとれつつも、いまいち建物の鉄の柱とのバランスの悪さに満足がいかなかった。

都内にも本当に気楽にアートが鑑賞できる空間が増えたと思う。すばらしいことだ。エルメスのフォーラムはエレベーターでしかいけない。外装の設計上、陽の光が十分にあるうちに訪れることをおすすめする。

気楽でさりげない、アート感を出しすぎずにブランドともからめる。絶妙なギャラリーではないだろうか。
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著者: 小林 頼子, 朽木 ゆり子
タイトル: 謎解き フェルメール



著者: 戸矢 理衣奈
タイトル: エルメス
2005-03-12 04:38:33

モテるために必要なもの

テーマ:日常
決論からいえばモテたいわけだ、きっとみんな。自分だってそう。幼稚園のころから今日までずっと。ただ、モテるにもいろいろな「モテ」があり、そこをどう捕らえてクリアしていくかで人生で自分はモテていたなあと感じられるかどうかが決まるわけだ。

高校生のころは男子校に通っていたため、宿命のように必死で、合コンを繰り返していた。営業マンのごとく女の子と出逢えば仕込み、アポ電(もしくはアポベル)をかけ、ヨミ表(無印の手帳)も作り、受注(じゃあ4、4ね)して、スケジュール管理をして(店の予約とか待ち合わせの仕込みとか)、実行をしていたわけだ。合コン後の効果測定も後日きちんとファミレスでおこない、女性からのフィードバックもきっちりともらいノウハウとしていた。

予備校時代は男子校からの呪縛から開放されて、予備校内恋愛に華を咲かせた。結局芸大受験に落ち、デザイン学校に入学したわけだが、そこでも校内で恋愛を謳歌した。非常階段は定番のデートスポットだった。その時期は大人数からモテるかモテないかでいうと、モテなくてもよくて、ただピンポイントで気にいった子を落としていくことにプライオリティーを高く設定していた。

そして社会に出て、その流れがばったりと変わってしまった。正直職場の同僚の女性は女性にあって女性にあらず、完全に恋愛対象からはずれてしまう。どうも年上女性が多すぎて「モテたい」というモチベーションには結びつかないのだ。

今だってもちろんモテたい。だが誰からモテたいの?っと言われると「うーん、女子高生」っていうくらい漠然としてしまう。前職のとき、たまに先輩の営業マンとキャバクラに行ったりしたが、デフォルトで制作職はモテない。営業職のほうが金まわりがいいからだろうか、圧倒的にモテ、ひどいときだとメアドすらゲットできない。彼女たちの営業の対象外とされるからだろうか。

こうして自分は序々にモテの世界からフィードアウトしていっている。目標もなく、達成するものがない限り、自分自身の成長もない。

今後自分がモテていきたいフィールドを至急マーケティングして、アタリをつけ、そこにコミットして、資金繰りにバッファを持たせながら、「モテる」という認知度を高めていかなければ、死ぬ前に「俺の人生はモテてたな」とは思えないのだろうか。

まあ、ようは自己満足な世界感ではあるのだが。クリエイティブと同じで、エモーショナルな部分に訴えていかなければならないのだ。
2005-03-10 23:56:31

MSNがチャットを終了

テーマ:インターネット
MSNがチャットを終了した。

安全性の維持に対してのコストパフォーマンスの悪さが原因らしい。

なんにせよ、そろそろネットサービスにも本格的な淘汰される時代がきたのだ。

チャットとかBBSとかMLとかメルマガとか、そういったサービスはそろそろ正念場を迎えるのではないだろうか。ブログ、SNS、アバターなど、新規サービスも完全にメジャーなものとなった。

わずか5年でここまで変わってしまい、消えてゆくものも現れるのだ。なんといったスピードか。全力で走っていないと、あっというまに置いていかれそうな感もある。

3Dの技術も多くのプロダクトに革命をおこした、3DCADの出現と根本からすべてを変えてしまった。情報インフラとのマッチ、インターネット技術との完全な融合が図られれば、いよいよ大きなムーブメントになりそうな予感もする。ビジュアル面でばかり先行してきた技術にも、目には見えない多くの部分の進歩により、より新しいフィールドを模索し始めたのだ。


小説「ニューロマンサー」にはチャットという店があった。発刊当時は意味もわからず、2000年前後には寒い名前だなと思われ、そして20年後にはまた、過去の遺産として新鮮な名前として受け入れられるのかもしれない。


著者: ウィリアム ギブスン, 黒丸 尚, ウィリアム・ギブスン
タイトル: ニューロマンサー
2005-03-09 13:43:37

ランチブログ

テーマ:日常
ランチブログですね。今日は弁当を買ってきて、デスクで昼食をとった。昼休みということで、ブログにエントリすることにした。

しかしブログを書くのは面倒になるときがある。以前やっていたライブドアブログは、転職を期にやめてしまった。よくある傾向としては、ずっとエントリを続けていたひとは、一回あいだを空けてしまうとダメになるようだ。

昼食時にエントリするのはいいことだと思う。気分転換にもなるし、習慣化もできる。私はIT業界の媒体側の人間ゆえに、ブログにエントリするのは業務への忠誠心のようなものだ。リサーチでもある。

などと言い訳している時点で、なにかしら疚しさを感じているのだろうか。。

今日は暖かくて、春を感じた。もう3月も中旬となる。長い冬を越えて、また攻めの夏がくる。

いつもまにか、冬が嫌いになっていた。そもそも雪山には縁遠いゆえに、なおさら冬には興味が持てない。今年の夏は仕事をよりいっそうがんばり、さらにオールナイトで遊び、休日は昼間フルに遊んで、オールナイトで働く所存だ。

最近、本当に仕事が楽しくなってきた。とりあえず自分の走るべき方向があり、そこに向かって攻め続ければいい感覚が本当に充実感を与えてくれる。

自分は攻める人間ではあるが、争いは嫌いだ。ビジネスのステージでの争いになるとなおさら嫌気がさす。だからこそ日常のコミュニケーションは大切である。想いを共有し、尊重することも大切だと思う。

いよいよ26歳の年度が始まる。4月からはちょっとした事業部内での職種の異動もあり、チャレンジできるものはたくさんある。

攻めて攻めて攻めて攻めて、攻め抜いた先の世界を、ちょっとだけ、でも確実にのぞいてみたいと思う。
2005-03-08 23:57:14

RSSの未来

テーマ:インターネット
今日は、いまさらながら、RSSについてずっと調べていた。急にいくつかの媒体化を思いつき、可能性を調べていたのだ。

しかしRSSはおもしろい。無限の可能性を感じて鼻血を出しそうになってしまった。

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(↓ここから抜粋)

RSSとは、RDF Site Summery”の略とも“Rich Site Summary”の略とも言われるが、要はWEBサイトの見出しや更新日時、要約などのページのデータの概要を表現する新しい規格のこと。一部のニュースサイトや、Blog(日記)でも使われている。

これらの要素は、XMLというプログラムで書き込まれているのだが、RSSリーダーというアプリケーションや、複数のサイトの更新情報をあつめたサイトでは、記事を一覧で見ることが可能になる。

RSSリーダーは、ブログやニュースサイトのRSSを取り込み、記事やサマリーを効率的に閲覧することができるソフト。

通常のブラウザで、お気に入りのBLOGをチェックしたり、Gooやasahi.comなどのニュースを頻繁に見に行っている人なら、一度利用してみる価値はあるはず。

(↑ここまで)
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義務的に解説をつけてみた。まあ詰まるところ、RSSがなにものかでるかは、まあgoogleで検索してもらえば嫌というほど表示されるだろう。ようするに情報の扱いが便利だということだ。

しかしいろいろな情報伝達技術が現れて、一斉に世の中がそこに向かって、一気に開拓していく様はじつにおもしろい。インターネットそのものがそうだが、私がこの業界に身をおいた3年前以降から考えても、モバイルもActionScriptもみるみると進化を遂げた。すごい。

多くの技術者、クリエーターのモチベーションからきた賜物だと思う。いい時代に業界に身をおいたものだ。そうして切磋琢磨して、技術は磨かれて、次のステージを模索していくのだ。

私のその思いつきも、ぜひ形にしてみたいと思う。粘り強く、根気よく、一歩一歩実現させていくのは大切なことだ。


最近なにかと話題のライブドアのニッポン放送の株式買い付け。発展途上の業界にいる人間は、熟成したメディアにあこがれを持つ。TV局などには特に強いものを。その世界を手に入れたいのは30代のネット業界のパイオニアたちの発想なのだろう。ビジネスマンとして、ぜひ成功をおさめて欲しいと思う。
2005-03-07 23:57:01

人が増える

テーマ:インターネット
今日、会社に若いデザイナーのアシスタントが入社した。2名。22歳と23歳、だんだんと自分よりも年下のスタッフが増えてきた。

いつの間にか、こうやって人は年をとっていくのかと思う。これから本格的に始まるクリエーターとしての生活を、ぜひ投げ出すことなくがんばって欲しいと思う。

今日は仕事の関連で、重点的にポータルサイトのインターフェイスまわりの仕様や、サイトの構築方法を見ていた。前職のときの先輩がよく「インフォメーションアーキテクチャ」の必要性を説いていた。当時はいまいち本質がつかめなかったが、開発チームでサイト構築やシステム開発の現場に立ち、今その必要性が理解できるようになってきた。

自分なりにインフォメーションアーキテクト論をまとめようかと思ったが、間違えだらけな気もするので、一応それらしいことを述べているサイトへのリンクにとどめようと思う。http://www.sociomedia.co.jp/seminars/20031003_forum_report.html

情報を整理し、表示する上で、多くの要素と相対的に交わるわけだが、結局のところ着地地点は人間であって、そこは絶対的なものだ。そこをふまえた上でインフォメーションアーキテクトするのであれば、目に見えないところでこそ大きな効果をあげて初めて立派なアーキテクチャーと呼べるのであろう。

XMLやCSSにより、データとデザインをきり離すことが簡単に可能となった。サーバーだって日々コストパフォーマンスは高くなり、情報インフラも格段に早いスピードで整いつつある。時代は変わるのだ。その変化をおよぼすのはまさに今のプログラマーでありエンジニアであり、デザイナーなのだ。

最近、それはビシビシと肌で感じるようになった。ビジネスプランとのマッチングがうまくいけば、世界規模での情報ビジネスの改革がおこるのではないだろうか。今はまさに、夜明け前なのだ。

自分や、そして自分よりも年齢の若いクリエーターには十分のチャンスがある。ぜひ掴んでいきたいし、掴んでほしいものだ。

今後、ここらへんの話は追いかけていきたいと思う。
2005-03-06 01:09:55

予想外のにぎわい

テーマ:アート
上野、東京美術館にて「ミュシャ展」を観る。男2人、時間は土曜日午後3時。館内に入って、その人の入り具合に驚いた。

左右の壁に展示された作品の前には比較的年齢層高めな女性、若いカップルを中心に人がごった返していた。正直あっけにとられた。ここまで人が入っている美術展にきたのはひさしぶりだ。

並んで作品の目の前で描画方法を凝視する。そんな絵描きにしか楽しめないようなスタイルでしばしミュシャの世界に酔いしれる。私は美術予備校に通っていた浪人時代、行き詰まるといつもミュシャの作品を見ていた。そのライン一本までが芸術で、構成や、描写、世界観も含めてすべてが憧れだった。

それから6年半、ひさしぶりにじっくり作品を見て、そこで感じたのは、ミュシャがもつそのビジネススタイルの現代的さだ。

ミュシャは自身のブランドをキープしたままに、膨大な作品を作り上げてきた。自らがプロデュースし、多くのビジネスシーンとのタイアップをおこない、後世にまでのこるようなクオリティーをキープしている。その商品群にはポスターがあり、パッケージがあり、装飾パネルがあり、宝飾品があるわけだ。

このスタイルは、村上隆などとも通ずる部分がある。今であればそれほど驚くべきものではないが、100年前のアール・ヌーボー全盛の時期にそのスタイルを確立していることには驚きを感じた。

後世、アメリカの渡り、その後チェコに戻ったあとはアーティストとして過ごしたらしい。商業の世界に身をおいてきた自分に不満があったようだ。ミュシャの商業的なフィールドでの活躍は、当時の芸術界では理解されないものだったのだろうか。

アートが、敷居が下がりようやく大衆の目の前まで迫ってきた。日本では、本当にアートシーンが確実に浸透してきていると思う。そんな豊かな時代が訪れたのも、ミュシャなどの先駆者の存在があってのことなのだろうか。


予想外の混乱を抜けて、感動したあとの夜、久しぶりな友人とあった。その友人は音楽レーベルを立ち上げたのだが、販売網の開拓に対する試行錯誤のあれこれを聞いた。かなり勉強になった。結局作り手は、突き詰めていくとビジネスの世界をのぞいてしまい、その世界の魅力に引っ張られていってしまうものかなと思った。




著者: アルフォンス・ミュシャ
タイトル: アルフォンス・ミュシャ
2005-03-01 20:53:27

上司の昇進

テーマ:日常
風邪をひき、さらに大声をあげて夜中まで飲んだ翌朝、体調は最悪である。

眠気とか、関節痛とか、なんだかもろもろが自分をつきあげて、頭の中はボーっとしてしまう。とりあえずEclipseを立ち上げてみたものの、さっぱり仕事をする気にはなれない。

アメーバブログをはじめて一週間、思ったよりも快適だ。以前はライブドアブログでやっていたが、アメーバブログのほうが、発行者には親切な気がする。ランキングの見せ方などは秀逸だし、読者を登録していくシステムも楽しい。ライブドアブログは読み手に優しかったし、カスタムもいっぱできたが、少々玄人志向だっか感は否めない。アメーバブログはその点簡単でネット初心者とかでも楽しめそうだ。

運営している会社のカラーなのかもしれない。ともに社長のブログをがっちり打ち出しているあたりからも、社長色が事業に大きな影響を及ぼしているようだ。

なんだかんだと打ってはみたが、やはり頭が働かない。睡魔も襲ってきたので、無理やりMTGでもしてみようかと思う。やれやれ。

昨夜は会社の偉い人の計らいで、粋な形で、私の上司の昇進が発表された。上司の上にも上司がいて、その人はまたきちんと部下(私から見て上司)の成長を見守り、応援しているんだなと、ちょっと感動した。

サラリーマンは巨大なピラミッドの中にいる存在だ。たまに歯車の中からなにも見えなくなってしまいそうになるが、きちんと相対関係で結ばれていて、自分からその軸を順番に手繰り寄せていくと、しっかりと結ばれているんだなと、感じた。





著者: 出井 伸之
タイトル: ONとOFF
2005-02-27 12:37:06

歌舞伎町で「パッチギ!」を見る。

テーマ:ムービー
井筒監督の最新作「 パッチギ!」。歌舞伎町の映画館でみた。なんとなく映画を見ようと思ったんだけど、あまりにも見たい映画がなかった。「オペラ座の怪人」はみたいけど、なんか一人で見る気もせずにパス。それでなんとなくパッチギ!を観ることにしたのだ。

1968年の京都が舞台、日本人と朝鮮人の高校生が主人公で、ぶつかって、喧嘩して、サッカーして、恋する話。ようは青春映画です。ただそこには政治的背景なんかもからみ、日朝での歴史に対して世代ごとに捉え方が違ったりもするのがポイント。クライマックスへつながっていく。

結論からいえば、面白かった。クライマックスでは泣いた。政治的背景と、高校生の普通の恋愛がうまくマッチして、甘酸っぱさが立ちこめていた。この映画には欠かせない場面で「イムジン河」という曲が歌われたりするのだが、それがまたうまく作品を盛り上げていた。

江尻エリカが抜群に可愛くて、見とれてしまった。役者はみんな若い役者ばかりだったが、すごくストイックでよかった。彼らのがんばりが伝わってきた。

yahoo掲示板などでは、この映画があつかった政治的な部分ばかりを取り出してきて、論争をくりかえしていたが、映画はあくまで娯楽なので、もっと気楽に楽しめばいいと思う。この日朝問題だって、たしかに重く切実な問題ではあるのだが、そこを必要以上にネガティブにも描いていなかったし、よかったのではないだろうか。

日朝問題をあまり真面目に討論するよりも、よっぽど今の韓流ブームとかのほうが親善の手助けをしている気がする。どうも日本人は政治に対してネクラな気がする。大切なことは心の底から相手を尊敬すること。それこそが歴史を乗り越えていくきっかけになるのではないだろうか。

私は最近「天国の階段」のクォン・サンウをみて、ひさしぶりにカッコいいと思った。あの世界観はぜひ真似したい。

井筒監督の作品は素晴らしいと思う。きっちりと伏線を絡ませ、クライマックスをつくり、そこに向かって盛り上げていく手法はみごとだと思う。古臭いかもしれないけど、きっちりとエンターテイメント性を築いていると思う。

また、映画館で泣いてしまった。最近は本当に映画を見て泣いてばかりだ。




タイトル: 天国の階段 DVD-BOX 1
2005-02-21 23:19:46

アーキラボを見に行く。in森美術館

テーマ:デザイン
「アーキラボ」は、フランスのオルレアン市で1991年から「ユートピアと実験」をテーマに毎年開催されてきた建築の国際会議の名称でもあり、この国際会 議を通して収集された模型や素描の膨大なコレクションが、本展出品物の母体となっています。
(アーキラボ オフィシャルサイトより抜粋)

1950以降の建築思想を取り込んだプランが一同に展示されていて、会場は、かつての人類の夢の博覧会のようになっていた。

大好きな時代である1960、70年代の作品も多く、非常に強い興味にひかれた。ピーター・クック、コープ・ヒンメルブラウ、エックハルト・シュルツェ=フィーリッツ、そして菊竹清訓、丹下健三。一番建築が脚光を浴び、華やかな時代だったのではないだろうか。

メタボリズムがあり、万博を越えていく。日本では、この時期に非常に面白い作品が多く生まれている。都市の未来を多くの建築家たちが真剣に考えていたはずだ。

結局、彼らが思い描いた時代はこなかった。高層ビル建築ブームがおこり、イタリアからのデザインの風が押し寄せ、その後高度な情報インフラが整い、建築はその目的を変えた。それは自然な選択でもあり、また、少し寂しいことでもあった。堅実に時代は歩をすすめ、当時の都市計画や建築家のプレゼンテーションは美術館に展示されるものとなった。

今年開催される愛知万博の建築物は、日本万博よりも遥かに建築物としては見劣る。もちろんその建築物には当時とは比較にならないくらいのハイテクな装備で満載なのだが。数十年たった未来、我々の出した結果はそうなった。

汐留の壮大な電通本社の裏に、黒川紀章が設計したメタボリズムの申し子ともいえる中銀カプセルタワーがひっそりとビルの隙間に建っている。そこには見学者があとを断たないようだが、それはすでに歴史の勉強にしかすぎない。

アーキラボを見たあとに、お台場に向かった。ゆりかもめに乗って人工の埋め立て島に向かった。1/1のモデルをおさらいに見にいくようなものだ。フジテレビはやっぱりすばらしい建築物だし、ビーナスフォートも、メディアージュもみんな今までの日本にはなかった世界観だが、やっぱり所詮観光地にしかすぎない気がした。真剣に人類はそこで生活を営んでいくことはできないのではないだろうか。

そこで乗った観覧車で、一番盛り上がっていくところで、BOAの曲がかかっていた。観覧車の中にも外にもポスターが張ってあって、そんなところまで広告枠として販売されている現代社会のどん欲さに触れた気がした。




著者: 八束 はじめ, 吉松 秀樹
タイトル:メタボリズム?1960年代 日本の建築アヴァンギャルド

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