116.死亡の手続き開始

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(一部、過去の投稿と被る箇所があります)
役場で戸籍謄本を出してもらうのが一苦労でした。

別居で住所が違うというのがネックでした。

まず、除籍の記載が反映されるまでに一週間かかるということで、取得できませんでした。
住民票はすぐに取れたので、発行してもらうことにしました。

ここで怖いなと思ったのが、死亡届は誰でも出せることに今更気づいたことでした。
夫の場合、葬儀社の方が義親の代わりに役場に死亡届を出していました。

夫を公的に亡き者にしたのが、赤の他人だということに驚きました。

そういえば、調停終了の最後の手続きも他人だった…
またそれは後に。

とりあえず住民票を持って、住宅ローンを組んでいた銀行に向かうことに。

その前に、夫もかかりつけだった心療内科に寄りました。
先生に夫の死を報告すると驚かれました。

そして、夫が随分前から来ていなかったこと、
休職継続のための診断書は何回もしぶしぶ書かされたが、調停の途中から来なくなったので、おそらく診断書を容易く書いてくれる病院を見つけたのだろうと思っていたこと、けれど守秘義務で言えなかったことを話されました。

もう10年通っているところです。
先生が
「あなたは本当に色々起こるなあ。私もいろんな患者さんを見ているけれど、あなたのような人はなかなか」
とため息をつかれました。
「しかも、減薬をしようとするとですよね」
と私が言うと、先生がうなづかれました。

本当に、調子が良くなってきて、減薬しようかと言われるたびに、夫が何かやらかすか仕事で何か起こるかの繰り返しでした。
まさにこの時も。
前の調停の帰りに、ふっきれた様子の私を見て、先生から、離婚できたら薬を減らしていこうかと言われていました。
しかし、この日減薬は少し見送ろうと言われました。
死のショックが遅れて出てくるかもしれないという、先生の配慮でした。

診察の後、銀行に向かいました。
担当の方は女性でした。
この方が親身に接してくださったことで、私はこの後本当に心が救われました。

状況を確認し、すぐに手続きの処理を「至急」に回してくださいました。
その後、やはり住所が違うので聞かれることもあったのですが、とりとめのない私の話を、うなづきながら一生懸命聞いてくださいました。

ご自身もお子さんがいらっしゃり、他人事には思えない、今は生きているあなたたち二人を最優先でと言ってくださいました。
実父の早逝について共通点があり、涙をこぼしながら話をしてくださいました。

お礼を言って銀行を出て、車に乗ってから。
この数日で優しい言葉を久しぶりに聞いたなと思いました。
疲弊している心に、砂漠のオアシスのように染み渡りました。

さあ、そしたらこの勢いで荷物を取りに行こう。

家に着くと、中から音楽が聞こえます。
訝しく思いながら開錠しようとしたら、ドアは開いていました。

中にいたのは義両親と義弟でした。
三人とも、頭に布を巻き、エプロンと軍手をして、ゴミ袋や雑巾を手に持っていました。
前日の涙は微塵も伺えませんでした。


私は、険しい道のりの入り口に立っていました。
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