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December 05, 2012

CA CUP 11th 2009 Nagano Japan

テーマ:ブログ


つくりました。クラッカー

カメラ ナオキン、チクサン、イッセイ
編集、イッセイです。

久々のモウションタイポグラフィーべーっだ!
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November 04, 2012

神社行ってきた。

テーマ:ブログ
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神社を求めて霧の中
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霧の中
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柿うまそう合格

神社は撮影禁止だった。
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October 30, 2012

スマートレッド

テーマ:ブログ
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スマートレッドって小ぶりで
細長いリンゴ(^-^)。何か大きさも味もちょうど良いバランス合格
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October 27, 2012

6さいの幼児です。

テーマ:ブログ
精神年齢テストしたら以外に大人だった。
無邪気で好奇心旺盛らしい。
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ドリィ(お気に入りのティシュ箱)
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October 26, 2012

恋の詩から見た日本から飛んで〜

テーマ:ブログ
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壁に映る樹々の影

夏目漱石が「I love you」を「(君と見る)月が奇麗ですね」と訳したのは有名な話で、
二葉亭四迷は、「(君の為なら)死んでもいい」と訳したそう。

また、島崎藤村は(初恋で)、
「林檎畑の樹の下におのづからなる細道は
誰が踏みそめしかたみぞと問ひたまふこそこひしけれ」
(おのづと細道ができるほど、誰が通い詰めたのか?~~)
と詩っています。

夏目漱石と島崎藤村は、情景から感情を表現するとても日本人らしい表現をしています。
またその情景を読んで察するという読み手も日本らしいところです。
二葉亭四迷は、近代小説の始まりを作った人だから置いといて、、、。

近年日本ではどのように想いを伝えてるいるのか?とネットを徘徊したところいいのみつけた。(^。^)

http://vippersnews.blogspot.jp/2012/10/blog-post_6201.html


彼女「月が綺麗だね」
俺「そういう君だって色気ムーンムーンだね」

これを見て爆笑した後に、、、
なぜか二葉亭四迷とVipperに通じる部分を見いだしてしまった。
前者(夏目漱石と島崎藤村)は思いやりと察し。
後者(二葉亭四迷とVipper)は思いつきと押し。
日本にはすばらしい文化とサブカルチャーがあると痛感しました。

カルチャーとサブカル、光と陰、、、、。

あぁ、、コグニティブアーティファクトか、ユングの言うコンステレーションか、、、話しはぶっ飛んで、昔聞いた話。

そこに光を浴びるモノがあって、光を浴びるそのモノは同時に光を遮るモノになる。
その光と陰どちらか一方が大切だと言う人もいるけれど、どちらか一方ではその目にも写真にも写らない。って話。

本日の日記、、、書き始めと全然違う所に帰結してしまった。

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October 17, 2012

ドラ

テーマ:落書き

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ドラッガー
「マーケティングとは、顧客の創造である。」

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October 17, 2012

落書き

テーマ:落書き
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落書き機能すげー!

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September 11, 2012

2050年に向けてこれからの日本と世界が向かう目安の未来年表。

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 2050年に向けて世界中で色々と枠組みが決まってきてるなぁ~
と思って日記にでも書こうかと思ったけど情報量凄いなぁ~と思ったんで辞めた。

 そんでもって簡単にどっか纏めてるだろう?って思って探したら、あった。
さすが野村総合研究所だねぇ、これからの日本と世界の向かう目安の未来年表。
http://www.nri.co.jp/publicity/2010/pdf/nenpyo_2012.pdf

 そういえば、このブログってなんだっけシラー
なんにしようとして始めてんだけっえっ
既に得意げ意味消失かお曖昧模糊リンにひひ
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September 10, 2012

本日は世界自殺予防デー(10日)

テーマ:ブログ
 本日は世界自殺予防デー(10日)
世界では毎年約100万人が自殺してるそうです。

 100万人規模だと戦争でもなかなかありません。
戦争で言えばベトナム戦争(300万人以上)クラスの規模になると思います。

 そんななか、若者の自殺は日本だけでなく世界中で問題視されています。

 中でも先進国中では、とりわけ日本は高いです。

 海外では日本の文化と侍と自殺、仏教では自殺具体的に否定したいないことなどが
挙げられています。(日本人からすると妥当性を疑問視してしまうけど、、、客観視しにくい面でもあります。)

 そこでは、日本の社会的責任の取り方の規範を疑問視する声と、
日本の社会制度が、1度失敗した者が2度と這いあがれない仕組みになっており、
生涯の恥、レッテルから社会的に立ち直る仕組みがないことがあげられでます。

 また悪い習慣や規範の改善、社会の仕組み作りから始めるべきと説いています。

 そんな日本の現状を知ろうと引っ張り出した資料をみてビックリしました。
警察庁自殺統計原票に基づく自殺者数内閣府発表資料。↓↓↓
http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/toukei/pdf/h2407/s2.pdf

 去年の震災後5月の自殺者数が本当に多いです。悲しすぎる現実ですが、
あの地震と原発事故のことは、今後も忘れてはいけないと思います。

 地震だけならここまで増えただろうか?と疑問視してしまいます。

エネルギー問題と原発と経済と地球温暖化問題は今後も世界的なテーマです。

 年金問題もそうだけど、今ある負債や問題を先送りにせずに解決して行く
力や決断力をもって行動していかないといけない。絶望は人を殺すから、
全ての世代で(上がりを決め込んだ世代も含めて)未来を作る努力をして欲しい。
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August 23, 2012

日記を書いてなかった、最近やっとちょっと理解したっぽいこと。

テーマ:ブログ
 アメバの日記の存在を忘れていました。
この日記いらなくねぇ?



 とりあえず猫の画像をはってみる。
我が家にお寺から譲られた猫が来た時もこんな感じで、寝ても覚めても猫だった。

 話はぶっ飛びで、

 オリンピックや何やらあったので、
アンチドーピングのな話や、柔道のオリンピック参入ごの変化で失われてしまった文化的側面、
古典柔道と世界柔道の隔たり、協議としてのスポーツ、文化的価値としてのスポーツ、レジャーとしてのスポーツ。いろいろな所で色々なことを話されていたのを読んだり聞いたりした。

 『1位で無ければならないのか?』
結果が全てじゃぁ無いだろうと、経験至上主義の語られる問い。

 それと相反して

 『1位で無ければ意味がない!』
極端だけど競技界では強く結果至上主義で当然のように語られる言葉。

 文科省の教育で混沌とした現状も考えた。

 教育はとても難しくて、いまだに確立されてない分野と言えばそんな分野w
まぁ、絶対的なものが欲しいけどそんな万能なものはございませんって所だろうかぁ?

 文科省では、バブル期の『詰め込み教育』でマニアル化して実践能力や変化に弱い
人材を作りあげてしまった。過学習ぎみで頭でっかちな世代を作ってしまった?
と反省して、『ゆとり教育』を実施した。ゆとりの中で多様性を養う狙いだったか?
ゆとりだけ与えてもダメじゃねぇ?って思い次に『経験教育』でとにかく体験学習を
メインにしたんだけど、『経験』の行方を教師がコントロールできなかったりそもそも
経験で何を学ばせたいのか?方向性を理解していない教師が多かったために悲惨な結果に終わる。

 後に、ゆとり世代以後の経験教育世代を『這いまわる経験世代』などと言われている。
つまり、経験が『楽しかった』『つまらなかった』で終わってしまったと言うこと。

 『詰め込み教育』のようなレール型の教育では変化に弱く方向転換が効きにくい、
そして時代の流れに合わせる柔軟性に乏しい。そして主体性に欠ける。

 『ゆとり教育』のような放牧型では、そもそも何処に向かうのかが無いので、多様性柔軟性はあるが育つ人は育つ、何も見いだせない人は見いだせない、時代の流れには割と敏感。主体性がある人のみ伸びる。

 『経験教育』両者の中間のようでいて、ゆとり型に近く教育者のコーチングがない、
本人に主体性がないと放牧型へ流れやすい。

 ような感じだったかなぁ?(適当)

 バブル期に結果至上主義がちな教育と世界観になり、
その間(過程や経験)を無視した結果に原発の存在やドーピングの存在があると思う。
(かなりぶっ飛ばした意見だけどw)

 スポーツで『1位でなければ意味がない』と言えば100人で走って1位以外の
99人は走った意味がない訳だし、1位をとった事がない人は選手として意味がないことになる。

 そう言う意味でも、スポーツ教育の文化的側面を見直す必要を文科省も考えてる。

 それで、経験と言うキーワードなんだけれども、
だだ経験をするでは、スポーツをして、楽しかった、つまらなかった。
で終わりになる場合が多い。ある程度競技として取り組んでも、悔しかった、嬉しかったで終わってしまう。教育的側面からいえば効果はいまいち。

 うーん。
 
 経験至上主義として、『1位でなければだめなのか?』と
言うのレイホウさん的な言い方は少し的外れかもしれない。
僕なら『結果的に1位でなければダメなのですか?』と問うと思う。

 『1位でなければ意味がない』訳ではない。1位を目指すこと自体に意味がある。
そこにある、努力や試行錯誤、人間関係やマインディビリティーが本当に価値のある
ものだから、1位になるためにドーピングをしたり、他者の失敗を喜ぶのも、蹴落とすのも、
それは本末転倒だと言うこと。(当たり前だけど。)

 だから経験が大事というのもあるのだけれど、逆に経験だけでは意味が無い。(教育的価値で言えば。)なぜか?と言うと、何の目標を持たずにただ色々なことを経験しただけであれば、それぞれが、ただの点として存在するだけだからだ。レジャーとして楽しかった、つまらなかった。競技として、負けて悔しかった、勝ててうれしかった。
ただ、それで終わるなら経験をした。で終わるので経験自体に価値を見いだせない。
結果、這いまわる経験世代と同じことになる。

 良くオリンピックで負けた日本人の選手が、この悔しさをバネに頑張りたい。
自分の足らない所を理解したから次に活かしたい。と言う発言がある。
これこそが、経験から学びできごとである点と点を結んで、将来の目指すべき点へ
線を引くという姿勢だと思う。

ザ ブールハーブ的に言ってしまえば、
『今日の限界に明日を描き足し!俺たちは!』的なところでしょうか?
ありがとうボス少しは分りました。

 『1位でなければ意味がない』のであれば、1位になれずに選手を辞めサラリーマンになった
人のスポーツに費やした時間は人生で最も無駄な時間になる。

 でも実際は、そう思って無い人も多いのは、
その過程で得たものがたとえ、その競技やレジャースポーツを辞めても、
その経験から学んだり得た教訓や友人は一生の宝物になるからだと思う。

 それは、スポーツやサブカル的な遊びをとうしてでも、
やっぱり上手くなりたいと思う人や思ってた人には多少なりとも存在する感覚だと思うし、
文化と経験や競技と結果どちらに傾倒していても存在する感覚と価値だと思う。

 自分は、レジャーとしてスケートを楽しんでいるけれど、
自分なりに上手くなりたいと思ってスケートしているのは、
そのほうが楽しいからってのが大きいのだけれどw

 何かを目指すこと自体の価値や経験を活かす思考。
意識せずにできる人もいるし、そうで無い人もいる。自分は何となく生きてたから微妙だった。
それに自分はスケートが文化なのか?スポーツなのか?時代背景もあって若い時は悩みました。

 今は、なんて言うかどちらが重要とかじゃぁなくて、
両方に共通してる”価値”に目を向けたいと最近は思ってます。

 自分も人生の点と点をつないで次に活かして行きたいなぁと。
(コンステレーション!?行動主義心理学者からは、フロイトやユングは、眉つばのユートピア扱いかもしれないけど、スティーブ・ジョブスも多分意識していたと思う。)

最近は仕事がら教育に関してとても熱心です。w(自分の教育w)
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