紛れもなく直筆♪

DVD発売イベントに行ってきた。

東京競馬場のメモリアルスタンド地下にある映像ホールというところに初めて入った。一言。殺風景である・・・。もっと華やかなスペースを想像していただけに少し拍子抜けした。ここが華々しき岡部幸雄イベントの会場か・・・。


朝一番で乗り込んだわけではない。

既に席のほとんどが人、あるいは席の確保を意味する競馬新聞やらで占拠されていた。


この「席取り」には種類がある。

あくまでこの映像ホールを主戦場として活動し、馬券購入や昼食のために一時的に席を離れ、そのために新聞を置いておく者は正当である。

しかし、朝一に席を確保した後ひたすら外で生の競馬を堪能し、JC終了後にようやくやって来ては岡部騎手を見るにあたって極めてベストポジションに置かれた競馬新聞目掛けて何食わぬ顔で参上する輩もいる。そして堂々とイベント観戦である。JCもイベントもという欲張り者である。


もちろん外でJCを観戦した後にやって来る者も大勢いる。

運がよければ席を確保することもできるだろう。

だがこれは時の運。そこに確実性はない。

この日はJCを取るか、岡部イベントを取るか、この二者択一であった。

外でJCを観戦した後でイベントに参加することはできる。

しかし観戦ポジションは流動する。

外野席に甘んじる覚悟は必要である。

確実にネット裏や1、3塁側を確保したいのであれば、生のJCを捨てる覚悟が必要だ。JCでなく岡部を取る必要がある。

そしてまたその労力を惜しまぬ者にこそ「確実な切符」が付与されるべきである。


しかし卑劣な輩は午前中に席を陣取り、その後ほとんど姿を見せぬまま(席には1度も来なかったんじゃないか??)イベントの直前になって混雑し始めた場内に生じた極めて不自然な空席スペース目掛けてやって来る。そして何食わぬ顔で腰を下ろす。

JCも満喫し、イベントでの「確実性」も手放さない。

卑しいとしか言いようがない。


もちろん、隣の席に新聞を置いて2つの椅子を占拠している輩もそうだ。

これは特に定年退職期以降の老人や初老の男女に多く見受けられる。

老人3人で席は6つ・・・。

誰かの席と思いきや、結局最後まで誰も現れない。

彼らはイベント目当てではない。

だがイベントの為に遠くからやって来る岡部ファンや、その他純粋に座りたい者に対して非礼である。ここは恐ろしい程の人が集まる一大娯楽施設。やっていることは満員電車内で足をハの字に大きく広げて我が物顔で座る不良と同じである。



あとは突如場内をシーンとさせた大きな怒声・・・。

「触るな!消えろ!どっかいけ!」

近くにいたわけではないので詳細は分からない。

どちらに非があるのかも知らない。

ただ、目上の者に対して命令口調で怒鳴る程のことだったのか?
せめて普通の声で怒れよ…。何故大声を出す???

若者の矛先は初老の男に向けられていた。

常日頃から怒声を浴びせることに慣れているチンピラの類ではなさそうだった。


競馬やパチンコなどのギャンブルは時として人を変えてしまう。

気の小さな者を、大声で絶叫し我が物顔で徘徊することを善しとする男に変える。金を賭けているのだから多少荒々しくなって当然だと言わんばかりの態度である。それが自己完結するなら文句はない。ただ、大抵の場合は他者を巻き添えにする。人を避けようとしない歩き方、席の陣取り、やたらと態度の横柄なパチンコ客・・・。


これらが解消されればイベントをもっと楽しめるに違いない。

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ゼンノロブロイの写真にマウスカーソルを合わせていただきたい。
毎回、アップする写真には意味深浅問わず何かしら一言残している。JC予想のときも例に漏れず、ロブロイの写真にコメントを残した。「今回に限って連を外すなよ!」と・・・。


本当に予想というものは、予想ではなく嫌な“予感”の方ばかりが的中する。不吉なコメントなど残さない方がいいというお告げか???


宝塚記念では半年ぶりでは辛いと思いトウショウナイトに◎、そしてロブロイは3着。天皇賞では優位に感じられたスイープトウショウを◎で、ロブロイ2着。そして今年最も万全を期して臨めるJCでは、スイープ不在ということもありいよいよ満を持してゼンノロブロイに◎。一番強いとは思わないが、一番確実に走る。生活用の金銭を投げ打つ、それも残高の乏しいところを投げ打つ身では不確定要素の多い外国馬に◎を打つ無謀な挑戦者とは成り得ない。確実さでは絶対の存在と見た。しかし結果はロブロイ3着・・・。


中団の後ろに控え、直線半ばでやはり追い込んできたときには「いける!」とホッとした。あとはどの馬とペアで入線するかに絞られた・・・かに見えた。

だが何ということか、G前でロブロイの脚が鈍った。内からアルカセットとハーツクライが抜け出す。落胆・・・。3着じゃ意味ないんだ。



悪いときには不運が重なる。

寝不足からくる疲労で仮眠から覚めると嫌~な頭痛が・・・。

一晩寝ても治らず、これはイカンと思い薬を探しに出る。

だが手間取ってる間に吐き気が襲ってくる。

急いでコップに水を入れ、寝室へ・・・。

薬を飲むよりもまず先にベッドに倒れこむ。

こんな調子では午後の私用はキャンセルだ。

吐き気が静まるのを待ってから薬を飲む。


飲んでホッとしたのは一瞬。

バファリンの消費期限は何と04年7月」・・・

一月ほど前にもこの薬の世話になっている。

薬の期限切れ、しかも塗り薬とかならまだしも胃に投入する錠剤である。それも1年以上経っている・・・。少し怖くなった。。。


大掃除のメニューに「消費期限チェック」と、「常備薬置き場の整理」が加わったことは言うまでもない。

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宝船デビュー

☆ エイダイタカラブネ ☆

牝 芦毛 美浦 鈴木康厩舎

父:クロフネ

母:ユキノサンライズ(ホリスキー)


悲願のGⅠ奪取に向けて負けられないメジロライアンを、中山記念で完封したユキノサンライズ。繁殖に上がってからも2番仔のエイダイクインがクイーンCに勝つなど牝馬重賞戦線で活躍し次なる産駒への期待も高まったが、その後この母の名はあまり聞かれなくなってしまった。

新種牡馬クロフネとの間にもうけた8番目の仔がエイダイタカラブネ。父親から連想?されたネーミングが面白い。JCデイに行われたデビュー戦(芝1400)では好スタートから母親譲りの逃げ脚を飛ばすも、直線でデット-リ鞍上のダノンブリエに離されてしまう。だがそこから粘り腰を発揮して2着は死守。上々の滑り出しだろう。

思えばエイダイクインもメジロマックイーンの初年度産駒だった。妹エイダイタカラブネもクロフネの初年度産駒。もしタカラブネが走るようなら、ユキノサンライズは芦毛の生き生きとしたのが好みということに?!やはり芦毛の仔は芦毛に限る。クラシックを賑わしてほしい。

にしてもこの馬連で¥2630もつくとは!!!タカラブネの単15.5倍に比べて馬連が売れなかったのか?こういうオイシイ馬券を逃したくないものだ・・・。



☆ タバスコリエ ☆

牝 芦毛 栗東 武邦厩舎

父:タバスコキャット

母:グッドルックス(ミスタープロスペクター)


現役時代応援していた母グッドルックスの5番仔。ネーミングもいい感じだ。

祖母に米年度代表馬レディースシークレットがいる良血。姉キョウワハピネスは04年のファルコンSを制すも、以後現在は伸び悩んでいる。今回は父が米二冠馬タバスコキャットに替わりどう出るか。ミスタープロスペクターにタバスコキャット・・・。強烈なアメリカ血統。走ってくれるならダートでもいいぞ・・・。JCDデイのデビュー戦は5着とまずまず。

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今回に限って連を外すなよ!!

【ジャパンカップ】

8 ゼンノロブロイ

12 バゴ

14 アルカセット

16 ハーツクライ

6 ウィジャボード

7 ベタートークナウ

17 スズカマンボ

13 サンライズペガサス



天皇賞で改めて示した総合力の高さでゼンノロブロイを本命。昨秋に本格化してから7戦して連対を外れたのが僅かに1度。それも半年ぶりの宝塚記念(3着)とくれば、連軸の信頼度はかなり高い。単勝の本命ではなく連軸の本命だ。これもロブロイゆえだが・・・。


バゴもロブロイに劣らずの安定感を誇る。ロブロイが後一歩なら、バゴは後二、三歩というところか・・・。だがロブロイとは戦ってきた相手のレベルが違う(と思う・・・)。近3走は、英仏米それぞれのチャンピオンレースを3、3、4着。確かに凱旋門賞を勝った勢いは失われているが3ヶ国の主要レースで確実に結果を残すあたり、日本のチャンピオンレースでも同じかそれ以上の着順で走っても何ら不思議ではない。まあ3着でも「よく頑張った」になりそうだが・・・。


アルカセットの注目点もいくつかあるが、こいつが来たら「さすがはデットーリ!」になるのが目に見えている・・・。


あとはハーツクライ、ベタートークナウ、サンライズペガサスの末脚一発。消耗度の少ないウィジャボード。混戦になると強そうなスズカマンボ。


ヘブンリーロマンスも混戦で強そうだが、深くは考えずに消し。今回3着あたりに来たらそれこそ女傑の仲間入りを果たしてしまいそうである。どうしてもエアグルーヴの域に達するようには思えない。前走は展開。まだ彼女は並の牝馬に過ぎない。本物かどうかはこのJCや有馬の結果次第だ。今は潔く切る。



馬連のロブロイ流し。

トータルで¥3000~¥4000ぐらいに抑える。

至福の時

今週は岡部スペシャルということで、ジョッキーのジャパンカップにどうしても触れておきたい。写真の枚数を増やし、スペシャル感を出す努力をする。。。



岡部騎手のJCタイトルは2度。

シンボリルドルフと、その子トウカイテイオー

自身の手綱で父子制覇。

それもJCという世界戦を舞台に成し遂げられたことは、岡部騎手の腕はもちろん、海外初戦で無念にも故障引退に追い込まれたルドルフの因縁が感じられる。


日本史上最強として、ぜひとも結果を残す必要があった。

そして故障さえなければ、幾つか戦えば必ずや日本に凄い馬がいることを海の向こうに知らしめることができた。

もう自身は戦えない。

だが日本代表として恥ずべき結果はルドルフの本望ではない。

このままではとても終われない。


ならば果たせなかった野望の全てを産駒に注ぐ。

ルドルフは本当に全てを初年度の種付けで注いだ。

その結晶がトウカイテイオー。

偉大すぎる父の血が真に伝わったと言えるのはこのテイオーだけ。

ルドルフは愚直なまでに全てを初年度産駒、それもテイオー一子に注ぎ込んだ。



だがトウカイテイオーは体がもろすぎた。

4回も骨折を繰り返すようでは、潜在能力の高さは海外で通用するレベルと誰しもが認めても海外遠征のチャンスは限りなく少ない。そして行く意思もあった陣営だが、結局は行けずに終わっている。


ならば父ルドルフの為に息子が是が非でも勝たねばならない舞台。

それが1992年のジャパンカップであった。


世界を舞台に相応しい強豪が来襲。

英愛ヨークシャーのオークス、セントレジャーに勝ち、凱旋門賞でも1番人気に支持(2着)された世界的女傑にして欧州年度代表馬ユーザーフレンドリーを筆頭に、ドクターデヴィアスクエストフォーフェイム2頭の英ダービー馬、アーリントンミリオンの覇者ディアドクター、豪ダービー馬ナチュラリズムなど、相手に不足なし。


これだけのメンバーに加え、テイオー自身骨折休養明けの前走(天皇賞秋)を惨敗していただけに5番人気と評価を下げざるを得なかった。



大外枠から好スタートを決めて無理せず内に寄せていく岡部。

難なく好位にとりつくテイオーに対し、スタートから終始掛かり通しのユーザーフレンドリー。3角あたりでようやく折り合いがつくも、もろさを露呈した前走とは打って変わり何もかもが上手くいっているテイオーとの差は歴然だった。


さあ直線!

最終コーナー。

女傑が意地の抜け出しを一瞬見せる。

しかしそれまでだった。


残り400M。

ラチ沿いから2番人気のナチュラリズム。

鞍上はムチの雨あられ。

テイオーの岡部はまだ各馬を見ている。

もがくユーザーフレンドリーや必死の各馬と対照的に、テイオー1頭だけが悠然と構えていた。この真似のできぬ存在感。これがトウカイテイオーだ。


残り200M。

ここでようやく岡部が本格的な追い出しに入る。

相手はラチ沿いを抜け出したナチュラリズムに絞られた。

しかしムチはほんの数発。


残り100M。

馬体を併せに行く。

これでもかと風車ムチを浴びせ続けるディットマンに対し、華麗という言葉が似合い過ぎる騎乗でテイオーと一体になってゴールを目指す岡部。比較対象が為に際立つところもあるが、この騎乗はため息ものだ…。

最後は追い込んできた4番人気ディアドクターも封じ、使命を果たすゴールへ。

世界の帝王&岡部



今見ても興奮するレースが幾つかある。

1992年のJCは紛れもなくその1つである。

残念なのは岡部Jのガッツポーズが映ってないことか…。


神様の悪戯か、残念ながらテイオーは外敵ではなく内に潜む敵に勝てず、海外に行ってルドルフの敵討ちをすることなくターフを後にした。

だがこの年のJCには間違いなく「世界」の空気が漂っていた。

地の利があろうが、それはどこの国でも発生する。ブリーダーズカップはアメリカ馬に地の利があろうし、凱旋門賞ならフランスの馬に利があろう。言えばきりがない。遠征とはそういうものである。まあこの勝利をそれと決めつける者はいないと思うが。


父ルドルフもJCを勝った。

だが息子は更なる強豪を相手にねじ伏せた。

父に国際GⅠのタイトルはない。

だが息子にはある。

この年からJCは国際GⅠに認定された。

それに相応しい相手を打ち破った。

父の無念はそのまま己の無念である岡部幸雄。

彼を背にその子トウカイテイオーがこの時、「世界のテイオー」となった。

J.C.当日に岡部幸雄トークイベントがあるようだ。

25日発売の引退記念DVDと合わせて、ぽっかりと穴のあいたJCウィークを彩ってくれる。


3月に引退した時、そういえば秋頃発売になる予定のDVDがある話を聞いていた。半年間待たせるあたり、内容は期待してもいいだろう。3枚組と豪華だが値段が・・。¥9800!!もし武豊や福永祐一でこの値段のDVDが出ても私は買わないだろう。生半可な気持ちでなく応援し続けた岡部ファンや、現役時代は知らずともこれから岡部ファンを目指す人にこそ買ってほしい。


馬券を買う余力に乏しい状態で府中入りするのは決して愉快なものではない。やってもメインのJCに¥3000程度だろう。岡部J目当てで行き、ジョッキーの姿を見ることなくイベント終了にでもなれば頭にくるのは間違いない。何せジャパンカップ・・。穴があいたのが逆に救いだが、それでもJC・・。ゆとりを持ってイベント観賞とはいかない気がするのだがさて・・。

最近巷では「フリーターの気持ちが分かる国会議員」とやらがもてはやされている。私も自慢ではないが正社員、フリーター、ニートの全てを経験しているから是非ともチヤホヤして頂きたいものである。と言っても、当時はまだニートという言葉は一般的ではなかったが…。


フリーター:主にアルバイトをして暮らす人を指す。非正社員という観点から見れば、派遣や契約社員も該当する。もちろん学生や主婦は対象外。


ニート:アルバイトすらせずに日々を過ごす人。働く意欲もなければ勉強もしない。



アルバイトすらやらない(意欲がない、能力がない)ニートは正直よく分からない。資産家の両親のスネかじりをして自由気ままに過ごす者もいれば、精神的な問題で引きこもっている者もいるだろう。ニート人口の拡大が話題に上っているが、いまいち実感がわかない。働きも学びもせずダラダラ過ごすような者が本当にゴロゴロいるのだろうか?


だがフリーターとなれば話は別。

街を歩けばフリーターに当たるというぐらい、最早当たり前の現象になっている。それに今や彼らは日本経済の重要な歯車である。

マクドナルドやセブンイレブン、パチンコ店やゲームセンター。その多くは1~3人程度の正社員と多数(仮に10人)のアルバイトで構成されている。もしこれがアルバイトじゃなかったら正社員は1店舗に合計13人居ることになり、当然ながら人件費は大きく跳ね上がってしまう。その結果¥100マックは打ち切られ、セブンのペットボトル一部値下げも取りやめ、ゲーセンのメダルは割高になり、高設定のパチンコ台に巡り会う機会が激減して苛立つギャンブラーが増えるかもしれない。

もちろんフリーターでない学生や主婦のアルバイトもいるが、両者共にシフトの融通がきかず、後者はサービス業には付き物の年齢という問題もある。そこへ行くとフリーターという万能駒は非常に扱い易い。



フリーターは何故フリーターであり続けるのか?

フリーターは何故正社員にならない(復帰しない)のか?


フリーターにも種類があるから一概には言えないのかもしれない。

(ミュージシャンや資格試験等)を追い続ける為にフリーター。

卒業後、何となくフリーター。

一旦就職し、退職後にフリーター。


だが共通項はある。

正社員は“負担が重過ぎる”のだ。


夢を真剣に追うには正社員という肩書きはズシリと重くのしかかる。不可能とは言わないまでも、毎朝6時半起床、1~2時間の満員列車で通勤、職場では過度のプレッシャー下で労働(この点が学校との決定的な違い)、夜は8~10時頃までの残業は常、そして帰宅する頃にはその日が終わろうとしている。風呂に入って寝て、また6時半起床。そして出勤。定年退職まで何十年とこの生活パターンの繰り返し・・。この一体どこに夢追う時間的精神的余裕があるというのか?だが達人と呼ばれる者達は、重箱の隅を突くようにして時間を確保し、努力を重ねるのだろうが・・。


何となくフリーターになった者。

彼らも正社員の重さを敬遠してフリーの道を選んだのだ。

やりたいことが見つからない。適職が分からない。まだ遊びたい。社会に出るのは嫌だ。理由は様々だが、結局はフリーターの気楽さに惹かれたのである。


退職後にフリーター。

社会(正社員としての)の荒波に屈した者、戦ったが大きな力には敵わなかった者、不当な扱いをされた者、疑問を抱いた者。彼らも正社員の負担から開放されるべくフリーの道を選択。



フリーターと正社員を隔てる大きな壁。

それもそのはず、フリーターの作業レベルは高校生アルバイトのそれと大差ないため、卒業後実にスムーズにフリーター入りできるのだ。学生アルバイト経験者なら技術的にも精神的にも全くといっていいほど不安はないだろう。


だが正社員となると…

学生生活を終えると同時に戦場に行けと言っているようなものである。平穏な日常が一転、前述の地獄の生活パターンが待ち受ける戦地に赴けと命じる。

しかも最終学歴までの全教育過程で“社会を生き抜く力”を養成するカリキュラムなど存在しない(ビジネス学部等があればやるだろうが、それはあくまで例外)。偏差値や内申点に相応しい学校を薦めたり、就職後ではなく「就職活動」を突破するテクニックを軽く教えたりするのみに終始する。


パンツ一丁のところへ赤紙が来るようなものだ。

何ら装備や準備が至らぬところへ、強制的に「社会に出ろ」である。

しかし平成の世に神風特攻隊はいない。だからフリーターが増えるのである。


人間にも種類がある。

学校に頼らず独自に様々な経験を積む者は、少なからず生きる力を得てスタートダッシュを効かせて社会に巣立つだろう。だがアクティブな人間ばかりではない。ぐうたらがいるからアクティブという言葉がある。世の中皆アクティブなら、彼らの持ち味は生きず、その他大勢として埋もれてしまうに違いない。


一体何のために学校はあるのか?

教育はあるのか?

散々勉強して挨拶すらままならない英語教育と同じである。それでも英語はまだマシだ。主要なカリキュラムとして存在するのだから。

「人間力」を養成する授業は存在しない。

少なくとも高校を卒業する時には社会に出しても恥ずかしくないレベルの人間力が身につくようなカリキュラムが必要である。
教育は皆に平等であるはずだ。

「そんなの自分でやれ」の一蹴では余りにも投げやりだ。

教育の現場がしっかりしていれば、新卒時の人間力格差が是正される。少なくとも何もやらない今以上には。

狙って見る映画と時間を埋めるために利用する映画。
チョコレートの話は後者に該当する。

この類のコミカル映画はほとんど見ない。
だが時間を潰したい時に都合よくやっていたのがこの甘ったるそうなお話しかなかったので、悩んだ挙句見ることにした。

この(種の?)映画を見るときは疑問を抱いてはならない。
説明のつかないことが連発しようが、説明をする必要はない。
スクリーンの色に染まらなければ面白くないのだ。

船で工場見学するシーン。
これから魔王を退治しに行くわけでもなく、ただ工場内を移動するだけ。
たかがこれしきのシーンで胸をドキドキさせるBGMが流れ、観客を操ろうとする。
‥しかし疑問に思うのはタブーだ‥。

小人の踊りと歌のノリは良かった。
サントラで聴く価値はある。

ただデカイだけの曙やジャイアントシルバ。

格闘家と言うよりは“野獣”がお似合いなボブサップ。

今のところ体格だけで戦っており戦士になり切れていないチェホンマン。


同じ規格外ファイターでも、彼らとK-1グランプリ2005王者セームシュルトの共通項は「デカイ」ということだけ。それだけシュルトの力はずば抜けている印象を受けた。


213cmの万能戦士。

これがシュルトの強さを物語る。


鋼鉄の鎧を身に纏った213cm。

ちょうどミルコクロコップ(190cmぐらい)を一回りか二回り大きくしたようなイメージ。これが強くないわけがない。


さらに彼は相手に休む隙を与えず、攻撃の手を休めることなく相手を圧倒する。サップの突進&パンチも脅威だが、そこに技術はない。研究されてしまった今、当時の勢いはすっかり影を潜めてしまった。

だがシュルトは違う。素人目に見ても攻撃の形が成っていると思える。威圧してコーナーに追い詰めるだけなら曙にでも出来る。しかしシュルトはそこから俊敏なコンビネーションを発揮するのである。


極めつけはあの膝。

普通にもも上げをするだけで190cmの顔面に強烈にヒットする。

ボンヤスキーもクラウベもこれで秒殺。
クラウベはほんの少し前、シュルト相手に何もできないまま子ども扱いされていた。決して弱くないクラウベ(武蔵をKO)を全く問題にしないシュルトの圧倒的な力。その記憶がまだ鮮明だっただけに、決勝は見るまでもなかったし興味を欠いた。

もちろん総合力が圧倒的なのだろうが、判定も多いK-1で何故これほどまでの失神劇が・・。

簡単なことだ。シュルトの膝にグローブが装着されてないからだ。むき出しの鋭利な刃物は、軽く突き上げるだけで面白いように大男どもの顔面をえぐっていくのだ。


これは何もシュルトに限ったことではなく、サップもチェホンマンの膝に屈している。これ以上規格外戦士たちの膝を放っておいていいのだろうか?


膝蹴りは不要だ。危険すぎる気がする…。

無くせないなら最低でもグローブのようなもので覆い、「凶器」から「武器」にする必要があると、“スポーツ”を運営するK-1サイドには言いたい。

デザイン性と実用性…

テーマ:
オシャレなんだが…

3~4年ほど前に買ったCDラック。

主に洋楽専門として使っている。

素材の感じとデザインが気に入った。

最近「無機質な家具がブーム」とかいう特集を見たが、そんなもの流行でなくとも目の肥えた消費者?は昔から知っている。


見せる家具である。

CDを収納した姿が綺麗なのだ。

しかし残念ながら唯一の欠点が最大の汚点でもある。


隙間からホコリが侵入してCDケースの表面を荒らしていく。

侵入口は1cmとない。

だが容赦なく襲いかかる。

ホコリも積もれば山となる。

ご無沙汰のCDと久々に対面を果たすときは、ジャケットをぼやかすまでに覆われたホコリを振り払う儀式が恒例となる。

指で軽くサッと払う程度では、新入りは落とせても、古くから居座りケースにへばりつく頑固な古参まではまかなえない。布などで表面を拭く必要があるのだ。


見せる家具である。

ではどうすればいいか?

ラック全体を大きな布で覆いホコリをシャットアウトする作戦はかなり有効である。しかしそれでは“見せる”という商品コンセプトに反してしまう。


コンセプトを殺さずに、またCDも汚さずに使う方法。

それは、定期的にCDを取り出してホコリを落とすより他ない気がする…。だが私にその熱意はない。今後も儀式を繰り返すのみである。