駒沢ヒーリングスクール&クリスタルサロン

すべての存在が自身の本当の愛に目覚めますように。


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私の基本スタンスは「ありのままを受け入れる」です。

人はありのままを受け入れてもらえていると感じながら大好きなことをやっている時、
一番本来の力を発揮できるし、輝けるキラキラ

相談に見える沢山の方が

いい子でいれば愛してもらえる。
頑張れば愛してもらえる。
こうすれば幸せになれる。
結果を出せば認めてもらえる。
お金があれば尊敬される。

そう信じて頑張って、だんだん自分を見失ってしまっています。

すごく前向きに頑張れたりアップ
急に落ち込んだりダウン
小さなことにイライラするようになったりむかっ
何をしていいか分からなくなったりショック!

この感情の振れ幅が大きいと、それに対処するだけで人生の時間がどんどん過ぎていってしまいます。人生という限られた時間を、心から幸せに自分らしく豊かに生きることもできるのに、自分が誰かも分からないまま、幸せを感じるゆとりのないまま、時間を過ごしている人が多いのは、本当にもったいないことだと感じています。

私が大切にしていることは、人生に対する信頼黄色い花
私ができることは、1人ひとりが自分のエネルギーとつながるお手伝い。

それは
感情のバランスをとるためのワークだったり、
自分とは誰かを知るためのサポートだったり、
自分を好きになるためのワークだったり、
自分が好きなことを探すお手伝いだったり、
色々。

でもこういうことを通じて、
仕事が安定したり、
夫婦関係がうまくいったり、
子供との関係がうまくいったり、
経営がうまくいったり、
社員が辞めなくなったり、
本当に入ってほしい社員が来てくれたりする。

なぜかというと、人生に対する立ち位置が変わるから。人は感情で行動するから。

私が提供していることの全ての原型は、子供たちが体で教えてくれたこと。
誰かをサポートする時、いつも彼らの大きな愛とつながっている感覚があって、私もとても幸せですニコニコ

子供たちの素敵な愛に
心からの感謝を込めて音譜

ありがとう
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ハワイ関連のことを色んな方に聞かれるので、ここでまとめておきます。

「ハワイで合宿セミナーを開催した」と言うと、色んな方に興味を持っていただけます。人の興味は本当に変わるもので、学生時代ヨーロッパ一辺倒だった私としては本当に考えられないのですが、今は南の島が大好きですうお座(笑) 初ハワイは2009年。ハワイに行きたかった訳ではなく、たまたま一緒に旅行しようと言っていた友人が行きたがっていたから。星好き星の友人に付き合ってハワイ島に。私は渓谷が好きなので、友人にはカウアイ島霧に付き合ってもらいました。

何か特別な印象というのは特になかったのですが、「ハワイ=リゾート」ではなくて、本当のハワイは海あり、火山あり、渓谷ありの素晴らしい場所だということ。日本とは違った自然の豊かさがある。神々を大切にする、見えないものの力を信じて守っていく文化が好き。そう感じました。

ハワイでの合宿は本当にインスピレーションで、2009年に八ヶ岳で合宿をやった時に「次はハワイ」というインスピレーションを受け取ったんです。「それをやる」という前提で動いていたら、必要な出会いがやってきた。そんな感じです。

心の深い部分で決めたことは現実がやってくる。

それを本当の意味で理解した体験でもありました。
今はセレモニー、イルカ・ウミガメ等の海関係、ヨガ、香りのセッション、サウンドを使ったワーク等々どの分野も協力してもらえる現地の友人がいて、こうした友人達との橋渡しをしていくのも私の役目だと感じています。

日本の中に居て、来日してくれる人達との交流もいいけれど、日本の外に出て、彼らの日常に飛び込んで行く。そういう体験もいいんじゃないかなぁと思います。新しい世界を知ることは、人生の選択肢を増やすこと。「心から最高だ」と思える人生を選択し続けましょう。

未来はえらべる!
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東京に引っ越してきて一番嬉しかったことは、「やりたいことがやれる。」「やりたいことに対して我慢しなくていい。」ということでした。よく東京に来た理由を聞かれるのですが、仕事はとても好きで楽しかったけど、仕事ではやりたいことを100%やりきれなかった。やりきれてない部分のやりたいことをあきらめるのが嫌になった。というのがその理由です。

東京に来てからは平日、休日問わず色んな人に会いに飛び回る日々。そんな中で出会ったのが、心理カウンセラーの衞藤信之先生。作家の本田健さん。心の学校主催の佐藤康行先生でした。

カウンセラーの勉強をするようになったのも、本当に偶然の出会いから。とある講演会がご縁でお会いするようになった方に、「子供達がもっと大人になることを心待ちにするような、そんな輝く大人の姿を見せていきたい。」という私の夢を話した時に、「それだったら会ってみるといいよ。」と紹介されたのが衛藤先生でした。衛藤先生が伝えていることに共感して、提供されている講座がカウンセラー養成講座だった。だからそこに通ってカウンセラーの認定をいただいた。ただそれだけなんです(笑)だから目指していたとかそんなことは全くなくて、ただ子供達と過ごす教育現場の中で感じていた疑問に対する一つの答えがそこにあった。そんな感じです。

カウンセリングの勉強が心に関することの出会いの入口で、本田健さん、佐藤康行先生にはそれぞれ違った角度から、心について深く見つめる機会をいただきました。「感情」と向き合うことの大切さ、「感情」がいかに人生に影響を与えるか、「癒しが人生に与える力」等々本当に沢山の学びがありました。これは一生続く学びだと思っています。と同時に、「自分が本当は何がしたいか」ということもこの頃自覚し始めました。

もし今目の前に昔の保護者の方達がいたら、以前とはずっと違う関わり方ができたなぁと思います。子供達に関しては「ありのままを見る」「ありのままを受け入れる」ということは得意でした。「沢山の子供達を見てきた」という経験もあるし、「第三者」という客観性を持ちやすい立場だったので、素直に楽しかったし、「本当に宝物のような素敵な時間を共有させてもらった」と今でも感謝の気持ちで一杯です。

ただ保護者の方に関しては、相談される家庭の問題、夫婦の問題に対して、ただただ聴くことしかできず、2時間、3時間と時間が経ってしまうことも度々でした。

みんな一生懸命。

誰が悪い訳でもないのに、方向性が違ったり、価値観が合わなかったり、なかなかうまくいかない。家庭内の問題は子供にも大きく影響するので、生徒のためにも何とか力になりたいと思いつつ、実際のところ本当に話を聴くだけしかできませんでした。自覚はしていませんでしたが、思い起こすと心について勉強する動機はここにもあったのかもしれません。すべてはつながっていますね。



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「転職をしようかなぁ」という気持ちは1、2年ありました。ふっとした時に上がってくる感覚。毎日生徒達の前に立つという仕事は、とても楽しくもあり、時に自分がこの場にふさわしくないんじゃないかという感覚もあった。日々成長していく子供達を前に、自分ももっと成長したい。色んな社会人に会いたい。そう思うようになった。その頃から「東京に行きたいな」そう思っていた。東京で出来て、大阪で出来ないことと、東京ではできなくて、大阪ではできることを比較したら、圧倒的に前者の方が多かったから。

 塾の仕事というのは、人間関係が大事。保護者からの信頼。生徒からの信頼。地域からの信頼。担任を持っている以上、卒業まで付き合う。それは当り前のこと。だから辞めるとしたら受験が終わってからだった。

父が横浜の出身で、横浜には何度も来たことがあったけど、東京、、で思い浮かぶのはディズニーランドくらい。そして所在地は東京じゃない。「東京に住む」というイメージが持てなくて、お休みの日に東京で予定を入れて何度か遊びに来たりもしました。

就職4年目は、少し小さな校に配属になって、中入試のクラスもなく、クラス数が少なかったので、中3の担任も持っていなかった。大規模校ではありえないこと。補修クラスがメインで、楽しくやっていた秋の初旬。「年末にはまた来年の人事が決まるなぁ。」ふとそう思った時に、「辞めることを告げるなら今かも」内側から湧き上がってきたメッセージ。中入試のクラスを持っていなくて、中3の担任もしていない。会社自体は進学塾の経営をしていたので、そんなタイミングは、今を逃してこの先あるとは思えなかった。

「辞めよう」

そう思い立って、数ヶ月のうちに、東京での仕事も決まり、住むところも見つけ、学生時代からお世話になった大家さんに引越しの旨を伝え、会社には辞職の旨を伝えた。一番の苦労の思い出は、家がなかなか決まらなかったこと。毎週1日のお休みを、始発の新幹線で東京に来て、夜に帰る。もちろん前日は仕事だから帰宅は午前1時半くらい。数時間寝て、5時半には家を出る。とにかく体がつらかった。でも私にとっての家は、自分が安心して帰れる場所。エネルギーチャージをする場所。だから妥協はできなかった。不動産屋の担当の方も、本当に一生懸命探してくれて、「一応見る?」程度に行った最後の物件が気に入って、契約。今もまだそこに住んでいます。
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今はすっかり都会での生活が当たり前になったけど、たまに東京を遠く感じていた頃を思い出すことがあります。本当に沢山の出会いがあって、友達も沢山できて、自分のライフワークにも出会った。以前は自分の事業を始めることも、全く思い描いていなかった。ただ自分の歩みたい方向性を大切にして、求める気持ちを持ち続けて行動する過程の中で、必要な出会いは全て与えられてきたと感じています。

Ask, and you will receive.
Seek, and you will find.
Knock, and the door will be opened to you.

「求めよ、さらば与えられん」の聖書の一節。私が大切にしている言葉です。

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大学生活を存分に満喫していた私は就職活動の時期を迎えます。
進学して勉強を続けるという手もあったけど、4年間の学生生活でとりあえずやりたかったテーマはやり終えたという気持ちもあって、お金もかかるし、ということで進学は断念。一度3年生の時に一本論文の子供みたいなものを仕上げて、それが自分が追い求めていたことの総括でもあったから、4年生になって勉強のペースが落ちました。「進学するかも」っていう選択肢があった時は、なんとなくボーっとしてたんですけど、「進学してやりたいテーマがあるんなら、今でもできるはず」って最後の1年も、自分なりにまたテーマを見つけて研究を進めたので、自分としてはやりきった感がありました。

「大学を卒業したら働くから、今はアルバイトはしない」そう宣言して、ほとんどアルバイトをせずに大学時代を過ごした私にとって、働くことは当然の選択でした。仕事をやろうと思った時に、部活を通じて子供達と一緒に過ごす時間がとても楽しくて、学びが多かったこと、過去に出会ってきた先生達の言葉が自分の中に生き続けていること、何をやるか分からないような仕事は嫌だなぁ、そんな条件で浮かび上がってきたのが最初にお世話になることになったとある学習塾でした。世界の教育に貢献していくという考え方、貧しい国に学校を寄付する活動、ゼロから創りあげた創業社長の下で働けること。ということで、早めに就職活動は終了。

経験がなかったので、もちろん入社1年間は初めてのことだらけで色々苦労しました。でも必要な人との出会いが必ずあって、沢山の人に助けられながら、支えられながら、とりあえず1年を終えた感じです。就職して暫く経ってから、大学時代の部活の後輩と食事をした時に、「仕事は楽しいよ。」と迷わず言えたことを覚えています。それから結局その会社には4年近くお世話になりました。当時私を優しく見守ってくれた大先輩の講師の先生方は、今でも「AKKOちゃん、最近どうしてる?」そんな優しい言葉をかけてくれます。

異動が多く、当時はせっかく仲良くなった生徒達、保護者の方達と別れるのは嫌だったけど、初対面の人と人間関係を作っていく練習を本当にさせてもらったなぁと、今ではとても感謝しています。人間の好き嫌いも、否応なしに「生徒と対等に付き合っていく」という経験を通じて、どんな人でも好きになれるようになりました。

今目の前にある学びの先にどんな自分になれるのか。

どんな時でもそれを想像することができたら、1年目に大変だった時も、もっと楽しめた気がします。当時の私にはそれが足りなかったので、色んな人に必要以上にグチを言っていました。そんな自分でも、受け入れてただそばにいてくれた友人達には、本当に感謝しています。

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晴れて大学生になった私はウキウキと京都に引っ越しました。$あなたはあなたでいい♪ カウンセラーAKKOのオフィシャルブログ
写真は、大好きで憩いの場所だった鴨川加茂大橋付近です。

大学でやろうと思ったこと。とにかくやりたかった勉強を存分にやる。それから部活に入る。でした。

勉強に関しては「好きな先生を見つけて、その先生を追いかける。」という手法でした。春の見学的な授業はとにかく出席して、この先生おもしろそうだなーと感じた授業だけとる。内容云々より、「おもしろ教授探し」みたいなものでしたメガネ お陰さまで大好きな教授5名に出会うことが出来、他にも色んな先生にかわいがってもらって、とても充実した大学生活になりました。授業に出席するための予習とかは当時は大変でしたが、今となっては幸せな思いでです。午前3時とかでも予習が終わらなくて、泣きそうになりながら(半分泣きながら)辞書をめくっていたら、当時一緒のシェアハウスに住んでいた友人が「AKIちゃんは私が今まで見た大学生の中で一番勉強してるよー。もういいじゃん。」と慰めてくれたり。シェアハウス家での2年間の生活は1人暮らしをするための前段階のステップのつもりだったのですが、とても素敵な時間を過ごすことができました。長いお休みが終わる頃で学校が始まるちょっと前とかは、みんなでワイワイがやがや料理作ったり、お風呂入ったり、色々楽しかったなーと思います。

もう一つの柱、部活は勉強に支障をきたさない程度の週2、3回の活動がいいなーと思っていました。サークルだと遊びみたいになりそうだから、あくまでも部活。そんな時にひっかかったのが「ボランティア」の部活でした。なんとなく説明会に行き、そのまま見学へ。部活の活動先は老人ホーム、聴覚障害者センター、視覚障害者センター、児童養護施設、知的障害者施設とあり、そのどこかに所属することになります。まず老人ホームの見学に行った私は、初めてボランティアというものを体験し、同時にお金をもらうわけでもなく、そして同じ時間アルバイトをしたら相当なお金になるであろう活動に対して、さわやかでかつ真剣に取り組む先輩の後ろ姿を見て、「この人達みたいになりたいな」って思いました。それが入部の動機。結局児童養護施設に活動に行く班に所属し、その後の4年間、週に2回。子供達との時間を持つことになります。先輩達とは今でも毎年一回集まります。いつまでも後輩として甘えてばかりな私。先輩っていつも見守ってくれる感じがして、本当に安心できる場所です。いつもありがとうニコニコ

それからあと一つ外せないのは、NGOでの活動です。元々自然大好きで環境問題に関心のあった私は、環境保護団体のボランティアもするようになります。京都は大学が多くて、横のつながりも強いので、他大学の環境サークルや学生団体とのつながりも多くて、ここでも沢山の経験をしたし、何より友人が沢山できました。NGOでは、様々なバックグラウンドを持った社会人の方たちにもとても可愛がってもらい、ご飯も沢山食べさせてもらいました。この頃の友人は今は政治家になったり、ジャーナリストになったり、様々ですが、当時の情熱を思い出すと、何でもできる気がします。そんな大切な時間を共に過ごしてくれた友人達に本当に感謝の気持ちで一杯ですラブラブ

長期休みには年に一度は必ず海外に最低一カ月は行っていました飛行機「今度はどこ行くの?」それが大学の中でのお決まりの会話。お金は大してなかったけど、時間と好奇心と体力は沢山ある。そんな贅沢な時間。沢山の国で、沢山の人に出会って、沢山のものに出会って、沢山の思い出を作った。シェアハウスで生活を共にしていた友人には、いつも頼りなさげな私を見ているからか、「AKIちゃんでも一人で海外に行けちゃう時代になったんだね。」と言われる始末(笑)その友人も、私が帰国する前に「おかえり」って温かい手紙をポストに入れておいてくれました。この時の旅の経験が今の海外合宿にもつながっています。人生、何がどこで役に立つか分からないものです。

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今日はちょっと休憩モードで、子供の頃の夢虹について書きます。

小学生の頃は、あんまりコレと言ったものがなくて、ピアノの先生か、アナウンサーカラオケでした(笑)ピアノの先生は、当時ピアノが好きだったから。もっと言うと、ピアノを使って表現できることが好きだったから。楽譜を10ページとか20ページとか暗譜して、第1楽章~第3楽章まで一気に演奏する。とか結構好きでした。ピアノの先生の所では、曲の仕上げは必ず「暗譜」なんですけど、私が弾き始めると、先生がもう一台のグランドピアノで私に合わせて演奏をしてくれる。その瞬間がとても好きでした。気持ちだけで体は勝手に動くし、絡み合うメロディーを楽しむ。演奏してる自分を感じながら、自分の意識は全体を眺めてる。そんな感じでしたね。

アナウンサーは、当時放送部でとにかくマイクで話すのが好きだったから。ただそれだけ。運動会とか音楽会とか、「どれだけ長いアナウンスを担当をするか」で結構友達と取り合いになりました(笑)
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中学生になって、出会った夢は「ハリウッドで映画を創ること」でした。金曜ロードショーで確か「ターミネーター」だったと記憶してるんですけど、映画のエンディングの所で、ナレーターが入って、そのメッセージがすごく心に残ったんです。
「映画ってメッセージを伝えられるものなんだ。」って気付いて、「映画を通じて世界にメッセージを発信したい映画」って強烈に思ったんですよね。当時の友人に「ハリウッドで映画を創るって言う中学生は普通いないよ」と言われていて、相当友人に宣伝していたらしいです。
本人はなんとなくしか覚えていないんですけどね(苦笑)

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さてさて、そんな子供時代を過ごし、普通科高校の2年生になりました。

学校の勉強は相変わらず古典の授業が嫌いで(古典が嫌いなのではなくて、授業が・・)、数学と体育のために学校に行っていましたね。進路調査はいつも農学部or森林学部。自然が好きだから自然と共にいたい。当時は環境汚染に関心が高くて、雨を採取してはPH測定をしてました(笑) 雨雨とハシゴとビーカーが思い出かなぁ。将来就きたい職業とか全然イメージ出来なかったけど、「好きなことをやろう」とだけ思っていました。完全に「○○になるために大学に行く」のではなくて、「○○を勉強したいから大学に行く」でした。
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そんな私に人生の転機がおとずれたのは2年生の夏休みです。当時東京に単身赴任していた父が「家族でイタリアに行こう」と言いだしたのです。父は海外の仕事が長くて、海外旅行も好きで、行動単位はいつも夫婦。両親の海外旅行中は「お留守番」が定番だったのに、「一度くらい海外を見るのもいいだろう。」と言いだしました。「ただし、連れていくのは一度だけ。あとは行きたかったら自分で行きなさい。」そう言われました。

結局受験時代の一年間を除いては、あれから年に最低一度は海外に行っています飛行機

当時は飛行機も苦手だったし、「30万もかかるのに行きたくないよー。」とか色々抵抗したのですが、結局しぶしぶ行くことになりました(笑)

行ってみると、全てが初めてのことで、全てが新鮮でした。言葉はすべて父に頼っていたのですが、ちょっとしたことを「さっきは何て言ったの?」って聞いたことを覚えています。学校で勉強していた英語というものが、実際は単に「コミュニケーションのツールだったんだ。」と気付いたことも大きな発見でしたね。

イタリアで強烈に感じたのは、「宗教って何だろう」っていうこと。ルネサンスと呼ばれる時代の芸術を生み出したのは、宗教だって、肌でそう感じたんですよね。圧倒される大きさの建造物の数々。天井画。祭壇画。その中心にはいつもイエスか、聖母マリアがいた。小学生の頃に遊び半分で通っていた教会とは全く違う世界だった。

そして極め付けはバチカンでの日曜日、当時のローマ法王のヨハネ・パウロ二世のスピーチ。丁度8月の原爆記念日を目前にしていた時期で、ローマからバチカンに入ると、急に町の至るところに「HIROSHIMA」の字が並ぶポスターが貼られていたんです。との時までイタリアで日本を感じることはなく、突如出現したHIROSHIMA。真相は日本に帰ってから分かるんですけど、世界平和を願って、広島に向けてスピーチをして下さったとのこと。

イタリアで見た世界地図では、日本はもうそれはそれはアジアの端っこに小さく小さくポツンとある国。遠く離れた地球の反対の国の、しかも一都市に向けてメッセージを発信してくれる人がここにいる。そう感じた時、「自分が日本人として、日本という国に生まれたことの役割って何だろう。」そう思ったんです。
日本人だから発信できるメッセージ。世界の中の日本の役割。それを考え始めた時、大学ではもっと平和がいかにして創られるかを勉強したい。そう思って、すっぱり専攻を変更しました。

17歳の夏の出来事です。

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はじめまして。

ブログに遊びに来ていただき、ありがとうございます。
初めての方に、私を知っていただくために、自己紹介としてまとめています。

$あなたはあなたでいい♪ カウンセラーAKKOのオフィシャルブログ生まれと育ちは岡山県の玉野市という所。大阪に住んでいる姉は「大阪の自宅から岡山駅よりも、岡山駅から実家までの方が時間がかかる」というちょっと不便。だけど自然豊か。そんな場所です。

セラピーの仕事を始めてから、瀬戸内が実はセラピーにとっても適しているということに気付いて、地元に海を望む広々ウッドデッキのお家が欲しいなぁと思ったりしています。

さてさて、そんな玉野市は、私立の小学校・中学校・高校、そして大学はもちろん「ナシ」というのびのび育つにはとっても良い環境です。「子供時代を玉野で過ごせて良かったな」そう思えたのは、大学に入って京都に住むようになってからですが、、。学力で分けられるということがないし、そもそも良くも悪くも「みんな一緒」。だから自分が合わないなぁと思う人とも、喧嘩したり、言い合いをしたりしながら、それでも「みんなで一つなんだ。」そんな意識を育ててくれた気がします。

もちろん進学塾とかはないので、勉強も自分でするしかありませんでしたし、自分の好きなことをすること、友達と遊ぶことを中心に子供時代を過ごしました。今思うと、勉強も教えてくれる所が学校しかなかったし、工夫は自分でするしかなかった。「自分で学ぶ力」がついたのも、お金を出せば何かしてくれるという場所そのものが「なかった」ということに起因するんですけど、今となっては時間をかけて試行錯誤できたことは、とても良かったです。もちろん少し遠くに行けばありました。でもうちの親の条件は「何をやるにも自分で通うこと」だったので、暗闇の苦手な私としては、夜道を数十分かけて家に帰るとかはあり得ない話だったので、考えもしませんでした。田舎の夜は都会では考えられないくらい、本当に暗いですからね。

それからもう一つ。いつも好きなことをやれたこと。平日は学校だけ、土日はなにもなし。あとはピアノとそろばんの習いごと。それだけしかないので、ヒマなんです(笑)ヒマなので、楽しいことを探したり、何かに夢中になったと思うと、あっという間に冷めて見たり、色んなことがありましたけど、振り返るといつもこんなことしてたなぁと思うことはすぐに思い出せます。自然の中にいることがとにかく好きでしたね。今の合宿と同じ感じ。

瀬戸内地方にいらっしゃる機会があれば、ぜひお立ち寄りください。本当に穏やかな海で、見ているだけで癒されますうお座
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