「世界人口の4割が量的・質的に十分な水を手に入れることができない」と、世界銀行は水資源が決定的に不足の段階入ったことを警告している。

環境や資源の専門家の間でも、近い将来、水不足が地球環境上の最大の問題になるという意見が強い。水の不足は単に生活用水が足りなくなるだけでなく、大量の水を必要とするハイテク産業や稲作など、農工業、さらには環境などへの影響ははかり知れない。

20世紀は石油をめぐる戦争だったが、21世紀は水をめぐる戦争になる」という予言の言葉も聞かれる。

1.世界を徘徊する干ばつ

この10年間ほど世界のどこの国を訪ねても、狂ったお天気に話題で持ちきりである。「史上初めて」「気象台開設以来」……といった話にはことを欠かない。気象データをみるまでもなく、地球は気象の不安定期に入ったようだ。この異常気象の申し子ともいうべき干ばつが世界中をうろつき回っている。

この12年だけとってみても、各地で深刻な干ばつの被害が報告されている。

東アフリカでは2000年からつづく干ばつで、世界食糧計画(WFP)によると、8カ国で計約1500万人が食糧不足に陥った。過去4年間、雨量が例年の4分の1ほどしかないエチオピアの被害はとくに深刻で、被災者は780万人に及んだ。このほか、ケニア、ブルンジ、ソマリア、タンザニア、エリトリア、ルワンダ、ウガンダ、スーダンなどでも、100万トン以上の食糧が不足した。

ケニアでは、長引く干ばつで餌不足に陥ったゾウやシマウマの群が、食べ物を求めて、村や放牧地にまで入り込み、学校が閉鎖され村人が避難する騒ぎになっている。とくに、首都ナイロビの北西約300キロのケニア山周辺では、野生動物の被害が目立ってきた。ライキピア村では開校したばかりの小学校で、村の中をゾウがわがもの顔で歩き回っていたために、約300人の児童が危険なために自宅待機が3ヵ月も続いたほどだった。

 欧州でも南東部から南部にかけて、干ばつやそれに伴う大規模な森林火災が発生した。また、1部では水不足でダムの貯水量が低下して深刻な電力不足にも見まわれた。米国でも、中西部で干ばつの被害が広がり、過去50年で最悪という山火事が各地で大きな被害を出した。

 中国では、河北、山西、河南、湖北、湖北、四川など北部から中・南部の各省で、極端な小雨のために干ばつとなり、全国の耕地面積の約13%に相当する1240万ヘクタールで作柄が平年を大きく下回った。とくに被害の大きかった河北省では、100万ヘクタールで農業生産が大きく落ち込み、そのうち3万ヘクタールではまったく収穫できなかった。また、住民2147万人、家畜1706万頭も飲料水が不足した。

2.干ばつの原因

こうした異常な干ばつが世界中で多発している原因について、最近の地球温暖化と関係づける説も説得性を持ちはじめた。観測結果ではこの100年間で06度上昇したが、温暖化のメカニズムは完全に解明されたわけではない。

しかし、ハワイのマウナロア観測所で過去40余年続けられて測定の結果では、温暖化の最大の原因とされる大気中の二酸化炭素濃度は年々増加している。測定開始時には315ppmだったのが2001年には370ppmに達した。

化石燃料の大量消費の始まる1850年以前には280ppm前後と推定されることから、二酸化炭素濃度は過去150年の間に約3割も上昇したことになる。

 世界的に気温の常時測定が開始されたのは、1860年代からであり、1920年前後までは低かった気温が60年ごろから上昇に転じ、とくに80年以降は一段と上げ幅が大きくなってきた。1998年には観測史上の最高温度を記録し、2002年は史上2番目、2003年には3番目の暑い年になった

観測史上の高温トップ10のすべてが1988年以後のものだ。この過去20年間の上昇は過去に例のない異常なものだ。コンピューター・モデルでも地球温暖化の結果、降水量の地域的なばらつきが激しくなることが分かっており、近年の干ばつの増加は地球温暖化の影響が現実に現れはじめたのではないか、とする不安をかき立てている。

また、森林の急激な減少も干ばつの主要な原因となっている。国連食糧農業機関(FAO)の最新の世界森林資源評価(2000年)によると、世界の森林面積は、386945万ヘクタールで、毎年904万ヘクタールずつ消失している。

人類が農耕を開始して森林の開墾が進みはじめた8000年前と比較すると、面積は54%に縮んでしまった。とくに、人手の加わっていない原生林だけについてみると、22%しか残されていない。森林の減少で大地の保水力が減り、水を保持できなくなったうえに、気候も乾燥化して干ばつを起こしやすくなった。

3.広がる水不足

 21世紀前半に地球が抱える最大の問題は、水資源であることは多くの専門家や研究機関が指摘している。国連環境計画(UNEP)の報告書によれば、世界の水需要は、過去半世紀の間に約3倍にも膨れあがった。この間に人口は2.4倍しか増えていないから、あきらかに消費の増大が加わっている。

毎年8000万人以上増える世界人口が水需要を押し上げ、これに水質汚染が拍車をかけて、各地で慢性的な水不足が顕在化している。とくに、アフリカ、アジアの南部と中部、米国西部、中東などでは、需要の急増に供給が間に合わない。こうした地域では、上流で水を取水すると下流が不足するような「ゼロ・サム・ゲーム」が起きている。

水資源枯渇のもっとも明らかな兆候は、1人当たりの水資源量が急減している地域が目立ってきたことである。通常、1人当たりの年間水供給量が1000立法メートル以下を水逼迫国、10002000立法メートルの国が水不足国と定義されている。

WRIは、世界で26カ国を水逼迫国として分類している。アフリカがもっとも多くて11カ国で、2010年までにさらに6カ国が加わると予想される。中東は全14カ国のうち9カ国までが水が逼迫している。アフリカは2010年には、慢性的水不足人口が大陸の37%に相当する4億人を超えるとみられる。

水逼迫国では、水の不足が農業生産、経済開発、自然保全などのきびしい制約となって現れてきている。水不足国の大部分は人口急増国であり、今後ますます事態が悪化する可能性が高い。しかも、異常気象による干ばつが、水不足をさらに深刻なものにしている。

この量的な不足に汚染された水しか手に入らない人口を加えると、「世界で4割の人々が安全な水に恵まれない」という世界銀行の報告になる。水は循環している再生可能資源であるのにもかかわらず、賢明な利用がされていないということでもある。世界に広がる水の不足は・食糧生産の減退・生態系の悪化・国家間の水争い、などの問題を現実に引き起こしている。

4.世界に広がる水不足

 水消費で1番大きい割合を占めるのは農業で、全水資源の3分の2を灌漑用に独占している。とくに、灌漑の普及は今後の農業生産増強のカギを握っている。農業の歴史をひもとくと、灌漑面積は人口増加よりも早い速度で拡大してきた。しかし、現在では人口1人当たりの灌漑面積は1978年にピークに頭打ちとなり、灌漑面積は年率にして1%ほどしか増えず、人口増加率の14%を下回ってしまった。その1方で、毎年1割もの灌漑農地が塩類蓄積などの土壌悪化で失われている。

農業用水の取水過剰で、中国第2の河川、黄河がひんぱんに流れの途絶える「断流」を起こすようになった。さらに悲劇的なのが中央アジアのアラル海だ。かつて世界で4番目に大きかった湖面が、綿花栽培などのために流入河川から大量の取水が続いたために半分に縮み、容量では4分の1になってしまった。1950年代には年間44000トンもの魚の水揚げがあり6万人の漁民が働いていたのが、いまでは壊滅状態だ。

世界の多くの国々で、水需要が給水量を上回り始めている。ロサンゼルスなどカリフォルニア州南部では慢性的な水の供給不足に消費の急増が追い打ちをかけて、水需給がきわどい綱渡りをつづけている。中国では、このまま需要が増えつづければ北京では、2000年には消費量が給水可能量を7割も上回ることになると予測されている。

 もともと水の不足がきびしいイスラエルでは、年間水消費量が供給量の15%、量にして3億立法メートルも超過して、他国からの分水や海水淡水化でしのいでいる。イスラエルには、今後さらに移住者流入による人口増が予想され、水の不足はさらに悪化しそうだ。

水資源が底をついてきたことを物語るのは、地下水の枯渇だ。水の供給量と消費量の収支は、毎年1600億トンもの赤字になっている。このために、地下水への依存が急増し早くも各地で水位低下や水脈の枯渇が問題になっている。

 世界でもっとも地下水に依存している国はサウジアラビアだ。この砂漠地帯でも、かつて湿潤だった時期に降った雨が地下深くにたまっている。これは石油の探査とのときに見つかったほど深いところにあり「化石水」を呼ばれる。サウジアラビアはこれを地下数百~1000メートルのところから汲み上げて、水需要の75%をこれに頼るほど大量に利用している。

 慢性的な穀物の輸入国だったが、この化石水を使って大々的な農業開発に取り組み、ついに1974年に小麦の自給自足を達成し、政府は巨額な補助金をつけてはいるものの、近隣アラブ諸国に輸出するまでになっている。しかし、地下水は毎年平均52億立法メートルも減りつづけており、今世紀前半にはすべてを使い尽くす計算だ。

同様に地下水に頼る中国北部では、汲み上げ過ぎから北京北部では地下水の水位は毎年12メートルも下がり、すでに井戸の3分の1が枯れてしまった。メ

キシコ市一帯でも地下水の汲み上げ量が補給量を58割も上回って、広範な地盤沈下を引き起こしている。

この国の誇るメキシコ美術館は、1884年前の建築当時と比べて、2.5メートルも沈み、かつて道路と同じ高さだった入口は、今では地下室となってしまった。そこから2キロほどのところにある16世紀に建築されたメトロポリタン大聖堂は毎年2.5センチずつ地盤が沈下して、前世紀に掘られた井戸の枠が、まるで塔のように突き出している。

「世界のパン籠」の米国では、全灌漑農地の2割が地下水に頼っており、その枯渇から地下水に塩分が混ざるなどの実害が出始めている。テキサス州北西部ではオガラ帯水層の地下水を汲み上げて農業地帯を築いてきたが。その水量の4分の1がすでに消費されてしまい、この水が枯れればテキサスの農業は大きな打撃を受けることになる。

このほか、インドの北西部と南部、タイの1部などでも地下水枯渇の被害が目立っている。

水の不足に加えて、世界の主要河川の半数以上で、枯渇や汚染が進行して、飲料水の不足だけでなく、農業や工業への影響もしだいに大きくなっている。

世界の大河川で、安泰なのは開発の進んでいないアマゾン川とコンゴ川ぐらいといわれるほどに、世界的に河川の危機が進行している。

人間が水を最大限利用できるように、多くの河川がダムで流れが変えられ、コンクリートで堤防が固められてきた。同時に、埋め立てによって低湿地や湖沼は縮小の1途をたどってきた。

このために、多くの生き物が生息地を奪われて姿を消し、生物多様性も失われている。

たとえば、米国漁業協会は絶滅寸前の淡水魚を364種リストアップしているが、この多くは生息地の破壊によるものだ。ナイル川にアスワン・ハイ・ダムが建設される前、47種の魚が商業的に漁獲されていたが、現在では17種に減ってしまった。

 

アラル海でも湖面の急激な縮小で、湖畔の森林は全滅し、湖岸の湿地帯の85%が姿を消し、繁殖する鳥類は173種から38種に激減した。かつて24種もとれた魚の20種までが絶滅してしまった。

 「カエルは住んでいる池の水は飲み干さない」ということわざが、インカ帝国にあったという。

まさに、現代の人間は住んでいる水を飲み干そうとしている。