囲炉裏端のブログ

伊豆・松崎町は、観光資源に恵まれているところです。町への思いを具現化するため、互いに情報交換をよくし、住みよい町づくりを目指します。

カメラを持って歩くと思わぬ発見やひととの出会いがあるものです。

皆様との心からなる交流を楽しみに続けています。

皆様の反応こそが励みで、継続の源です。


 このブログにそぐわないコメントは、勝手ながら削除させていただきますので御承知おきください。


HP:ようこそわが囲炉裏端へ



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私は、「ひと大好き人間」だが、一人作業しかできない。大勢の中にいると権威者・第一発言者・行動者に従ってしまうのである。ということは、ハングリー精神の塊であると言ってよい。

生まれ育ち、学歴・職歴など最低線からのスタートとなる。だから今日があると思うと、まんざら貧乏は捨てたものでないと思う。

私は、夢が叶えられなくて絶対的失望はしない。例え頂点に立ったとしても「その後」を思うと「大したこたあない」と考える。他からの羨望的頂点は不安定で、気の毒と思う。

日々・日常の延長線上にあることが、心の安定感をつくり「自分自身である幸せ」を認識することであろう。

今回の「勉三没後90年授業」でも、多くのしくじりをしてしまう。非日常の世界、頭が真っ白になり、言葉がうわずり、忘れ物をしてしまう。

最大なものは、レシピ、カメラを入れた黒い手提げを失ったことである。それでも「大したこたあない」と思うことにしている。これを後日まで引きずればより損害が拡大すると。

だが面白いもので、諦めたものの方が戻ってくる確率が高い。財布など数回紛失したが、必ずというほど手元に戻る。私のはブーメラン財布なのだ。

この手提げも昨日、5日ぶりに戻る。普段はWさんの助手席を使うのだが、この日に限って同乗者があり、私は後部座席を使ったのである。

まして黒色、ようやく見つけ出されたというわけである。レシピはPCに入れてあるから良いとしても、カメラには講演の基調?な画像がある。それを再生、思い起こして自分の人間性・実力のなさを恥じる。まだまだ未完成人間、これからも目の前のものを追い続けるだろう。
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北海道芽室の吉田氏を迎えての3日間、行動を共にして思ったのは、「観光とは接する個人の魅力」と、痛感した。

初対面だが、すでに氏の人間性を著書、メールなどで知っているので、こちらの思いを躊躇なく発することができる。すると相手もすぐに反応、まさに旧知の間柄となり、快い行動となる。

どこを案内したら喜ばれるか、以心伝心・スケジュールが組まれていく。天気がよいから富士山を見に行こうといった塩梅だ。

今回有り難かったのは、二人の知人にお願いできたことである。私は車の運転ができないので、二人の意向も反映でき、3人格での接待となったのである。

私は、町との接点をもってもらうため、平凡社刊「伊豆の長八」を、町当局から進呈してもらう。オープン授業には副町長、教育長まで出席してくれ、これから子供達や町民が帯広へ行ったとき、真の橋渡しをもらえるだろう。

氏は、3人の示す案内すべてに感動、すべてをカメラにおさめる。私も彼の人間性に惚れ、私の知る限りを与えたく思う。

もしこれが業者ならどうなるであろう。よりお金を使わせるための予定が組まれ、中身のない案内となるはずである。

まだ公表できないが重要な密談、引き継ぎもあった。二人はある歴史的現実に関わっているのである。非力に見える二人だが、この旅の成果がやがて結実することに間違いない。

この3日間をかえりみて、互いの魅力で結ばれることこそが、次なる観光へのスッテップとなることを知る。個人の魅力、交流こそ、新たな観光につながるだろう。
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私は、見分けより「嗅ぎ分け」のほうが役立たずと思っていた。しかし、よく考えると「嗅ぎ分け」は個人的であり、これが失われたことで現代人は衰退の一途をたどっているように思う。

これがひらめいたのは、パフューマー(調香師):S氏との出会いによる。私が郷土史に詳しいいうことで、氏と結びつかせたのである。地方という狭い領域にいると、かなりの権威者との出会いが可能となり、私の頭脳の活性化はいまだやめない。

S氏は、私の思いつくままうなづきながら興味深く聞いてくれる。私の心が氏の体内に流れる気配を感じ、こちらも気持ちよくなる。

これは後日談だが、氏の著書を読むまで「調香師」の語は知らなかし、今にして言葉を嗅ぐ(吸収)ことを知ったのである。目は幅広く読み解くが、それだけに薄められてしまう。そこへいくと「嗅覚」は全くの個人によるものである。それだけに深みを増すのである。

来町されたのも、この町出身の娘Hが会社創業者Kにとつぎ、夫Kがそれを契機として教授をやめ、渡欧して香料研究にはいるストーリーである。私には彼女の「薫香」にしてこの道に入らしめたと感じるのである。
なおここには伏線があり、ある著名人が海外留学の折、そこから彼女に「香水」が贈られと推察するのである。これはただの推察でなく、ハガキだがラブレターに似た文面に接していたからである。なお彼女の「魔性」は、Kの弟まで感化させ、有名画家に押し上げる。

香りの「魔性」、嗅ぎ分けという個人的感性、その喪失が社会をおかしくしたと思うのである。S氏は「某会社百年史」を編纂中という。それが発行されるとき、わが町が創業起因と書かれるか、興味はつきない。

人間パンツをはいたことで顔に目線が集まり、排泄物の臭いを嫌ったことが一層「嗅ぎ分け」を退化させたのである。なぜかそれが「差別化」を深め、格差社会の最大要因とも思われるのである。視覚に胡麻化され、真実を「嗅ぎ分け」能力を失ったのだと。

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このたびの吉田政勝氏来松について考えたのだが、ここに横たわる一連性は「無私」に尽きるように思う。「辛酸をなめつくすは我が家の流」という依田佐二平の言葉に始まる人生ドラマである。

それが無謀ともいえる十勝開拓:依田勉三「晩成社」となり、十勝野が拓かれる。そして教師のかたわらつぶさに勉三研究される萩原実先生。それに感動:銅像建立に多大な資金投入の中島武市氏。氏は歌手:中島みゆきさんの祖父である。

私は、勉三戯曲「開墾のはじめは豚とひとつ鍋」で、県芸術祭に佳作入選、そのころ西伊豆役場勤務の山本邦夫氏の指示「著作権にもかかわる」の一言で、萩原先生へつながる。

私のような無名な人間にも即答してくださる萩原先生。それにより私の勉三は膨らんでいく。それが拙書「風吹け、波たて」となる。そのことが日経新聞に紹介され、屈指の政治家:N氏との出会いをもつ。

私は、「歴史は共有物」という持論をもつ。ライフワークの依田勉三、小沢一仙にしろ全部をネット公開をしている。それにより吉田氏と出会えたのである。

そして「依田勉三没後90年:オープン授業」となり、渡辺功、土屋晴樹両氏がアッシーの務めを快く引き受けてくださる。涙がでるほどの感激である。

そして吉田氏をまじえ、それぞれの人生観をぶつけ合うことにより今まで気づかなかった事象を発見、次なるスッテプ台がつくられる。まさに勉三の縁による「無私のリレー」である。<font>font color="#0000FF">





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7日午前9:40中学校、午後1:30小学校で「依田勉三没後90年・オープン授業」が開催された。それも北海道芽室:吉田政勝氏と私が講師である。

このオープン授業としたのは私の提案で、子供に社会参加を、大人に子供の真の姿を見ていただきたいためである。

「教育もケア」というのが私の持論である。子供の発想を大人、とくに親が共有したとき、身につくと思うのだ。

この日、参加者はともに20人ぐらいと思われたが、父兄はほとんど見当たらなかった。これもウイークデーでありやむをえないことだ。

私のほうは前段で「勉三さんの生い立ち、開拓を目指すまで」をテーマする。だが子供たちを前にすると思いの一部しか語れなかった。これも午前はケーブルテレビが入っているためでもあった。

自分がテレビ取材を求めながら、収録されるとなると緊張するもので、最初の出だしから口ごもる場面が続出した。これも素人講師ことゆえお許していただきたく思う。

小学校では質疑応答、感想を述べる時間があり、「よく聞いてくれた、こちらの本意が伝わった」という印象で、下手な話も熱意があれば伝わるものと、こちらの目頭があつくなる思いとなった。

また子供以外の聴講者と言葉を交わせるのもありがたい。その人とこれからどう付き合えるかも知れるからである。それにしても自費で来松された吉田氏には、感謝以外の言葉もない。

なお依田住宅(大沢温泉ホテル)保存も、どうにか良い方向に進んでいるかの情報をえる。吉田さん、橋本先生など多くの勉三理解者の献身的努力のおかげである。この授業もその一環としてとらえてほしいものである。

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私は、小・中学校で行われる「依田勉三没後90年オープン授業」の準備に頭を奪われていた。いよいよ翌日となると、のんきな私でも何をどの順序で話すか気になり出す。それに北海道からわざわざ来られる講師:吉田氏の接待のことも。

そんなとき、電話が入る。知らない方(親族が松崎にいる)からで「加納道之助(鷲雄)の末裔と研究者が会いたいというので、三聖苑で会ってくれませんか」と。

皆さんは、新撰組隊員に唯一伊豆出身者がいたのをご存じだろうか。あの流山で捕らえられ「大久保大和」とを騙る人物「近藤勇」と見破る人物である。NHK大河ドラマ「新撰組」では堺雅人が演じ、印象深いシーンとなっていた。

私のような男、真剣になりすぎると良いアイデアが浮かばない。いつも破れかぶれ、野となれ山となれである。普段の自分が出ればよいと、その電話にOKを出す。

そして三聖苑で、桜葉アイスをいただきながら話をする。それより前、私は依田勉三が北海道開拓使庁にいた加納を訪ねる個所を、拙書「風吹け、波たて」より抜粋していた。それを差し上げ、伊豆人同士力になりあったことに感謝した。

これより先、この方々と知り合ったことにより、また違った展開がありそうな気配がする。人生なにげなく生きていても、あちらからこちらに降ってくる。これが人生の醍醐味であろう。
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<font color="#0000FF">ようやくに北海道から来られる吉田さんの現実的準備のスイッチがはいる。まず三余資料館へ6日夕刻に見学できるよう予約する。また、7日の昼食は「蔵ら」でするようにと。

ここで私の面白いのは、出会う人と長話ができるということである。蔵らのベンチで3人と話したり、観光協会でもお願いや、町の様子をキャッチしてくる。

そして写真を撮ろうと港に出ると、弟が釣りをしていて、自宅に用事があるので連絡して欲しいという。早速自転車を走らせてことをすます。

我ながら「これって、何?」という疑問がわく。時間の使い方である。午前中はみっちり豆の種まき、資料整理、フェイスブックなどしてきたのである。

これは時間の使い方にあるのだと気づく。「ひらめき行動」で、普段考えていることが現実に出会うと触発されるのだ。

予定の立てすぎをせず、気づいたことから片付けていく。時間を縦刻みにするのではなく、帯としてする「余裕栗(繰り)方式」である。7日のオープン授業では、こんなことも話したいと思う。font>font color="#0000FF">

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7日は地元小・中学校のオープン授業「依田勉三没後90年」の表題がつく。それも自費、北海道から勉三研究屈指の吉田政勝氏をお迎えしてである。

私もこの前座として「勉三の生い立ち」について話す。これは私が希望したのでなく、学校側と打ち合わせ中「子供たちに話すのだから、勉三さんの子供時代を」と言われたためである。

私のほうも「広く大人が聴講することにより、本当の勉強となる」と主張、オープン授業となったのである。すべてそうだが、他者の「うなづき」があってこそ身につく、「教育はケア」だとの持論である。

さて、緊張はあるもののどう話したらよいかは決まっていない。以前は、一言一句原稿を書いたものだが、それを読むだけでは心が伝わらない経験がある。

はたしてどれだけ好奇心ある子供たち、大人が集まってくれるのだろうか。それによって話を変えよう「ぶっつけ本番」を決意する。

まさに「一期一会」、勉三・吉田氏の出会いもそうであった。ここに集まる人たちとも。この出会いが聞く側にも「一期一会」になるよう、話せたらと思う。

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わざわざ北海道から来てくださるY氏である。それも「勉三没後90年授業」の講師として。氏は晩成社に関わった人物(三余・勉三・佐二平・善六・善吾)の墓参から始めたいという。


しかし、肝心の初期晩成社長:依田善六の墓が見いだせないのである。西伊豆地方随一の資産家である。また、治山・河川改修、幅広く寄付を重ねる、いうなら町の中興の祖、住民こぞってお参りしても罰があたらない人徳者だったのである。


私にとって今回は2度目の探索である。いや以前にもやっているので数回目となる。今度はY氏の訪問が目前に迫まり、絶対見つけるという決意から、まず郷土史家、親族の家を訪ねてからにする。だが図面を示して「ここ」とは教えてもらえなかった。


観光協会前の広大な駐車場は、善六:塗り屋の屋敷だったのである。もし大正3年の愛鷹丸遭難事故がなければこのように零落、墓守が住まないようにならなかったであろうに。


私は、これほどまで「人間って哀しいもの」と、涙ぐみながら苔をむしり文字を読む。宝暦・文久などと読める。立派な古い居士名の墓石が並ぶが、善六が亡くなった大正9年のものが見つからないのである。


諦め帰ろうとしたとき、「良園」という文字が気にかかる。幼名「園助」が共通するからである。だが、側面に没年・俗名もなく、しかも「上座」と刻まれる。


私は、自信持てず帰宅する。そして帰一寺住職に「善六は大正9年5月没だが、戒名は如何」とメールする。間もなく「閑道良園上座」との応答、これで確証が得られのである。Y氏にも義理が通じ、わが疑念が解けたのである。


それにしてこの墓域は、かつて繁栄を誇った依田一族(大沢依田は別)のものである。しかし、絶えた家もあり、まさに「草場」の様相を示している。やはり郷土愛をもつなら、一年一度ぐらい参拝してほしいと思う。

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昨日、数人のグループが来て、目測的にパソコンまでの回路を見極め、長さを切断、あっという間に光回線の電線が通された。


だが、設定変更しなければネットは通じない。私としてはその筋にお願いしてあるのだが、これも3日後、予定日の知らせ、暗証番号めいたものを来られた業者に示せとか、電話をつうじて長時間説明をされる。


プライバシーもあり当然だが、専門用語有りでこちらにとっては苦痛である。この時代、工事業者と一緒に来てさっと設定してくれてよさそうに感じる。また設定業者が行くときには電話連絡をするという。


私は、経費削減のため遠方にいて電話指示をする風潮に疑問を感じる。これが地方を元気を失わせる要因である。むかし電話交換機時代は、女性交換手が相当いて回路に差し込みをしていた。そして主要町村には公社の立派な建物がたてられた。だがコンピューター進歩により無人化され、箱だけが残された。


地方にとって光ファイバーになったところでさほど利に作用しないと思う。目一杯なところに工事料・使用料などが加算され、また通販など利用、生活費を圧迫することは事実だからである。経済的プラスになるような上手な使い方を考えなくてはと思うのである。


さて、数時間ネットのなしで過ごす。ネット依存症のような私であるが、これが苦痛でないのが不思議である。でもメールを通信手段としているので、そのほうが気にかかる。


息子には業者予約は話さず、設定変更をしてもらう。私としては光となっても以

前とそんなに便利になったとは思わないというのが第一印象であった。ただ「人並み」となった安心感はある。

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