SEIKO SWITCH ~松田聖子をめぐる旅への覚書~

最も知られていながら、実は最も知られていないJapanese popの「奇跡」、松田聖子の小宇宙を、独断と偏見、そして超深読みで探っていきます。


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「風は秋色」における問題のフレーズ、それはやはり繰り返される「ミルキースマイル」だろう。

周知の如く、この「ミルキー」という言葉は、某化粧品メーカーの商品名「エクボ・ミルキー・フレッシュ」から採ったものだ。歌と商品とのタイアップはすでにこの頃日常化していたが、それにしても、ひとつの商品の名前を3つに分割して、しかも連続ではないシングルに滑り込ませるというこの方法は画期的である。あまりに画期的すぎたためか、これ以外に同様の手法を使ったものを聴いたことはないが、ひょっとしたら知らないところで採用されているのだろうか。

 

ともあれ、商業的な要請から、これらの単語を歌詞に組み込まなくてはならなかった三浦徳子は、そこで何を考えたのか。職業作詞家である以上、クライアントからの要求は取り入れなくてはならない。もちろん作詞を断るという選択肢もあったに違いないが、プロである以上、そうしたある意味のハンデを逆手に取ることも力量の範疇と言える。引き受けた以上、その言葉が歌詞全体の中で浮かないように組み込むのが作詞家の手腕であり、それを評価するからこそ、三浦に依頼が続いたのだろうと思う。

 

この3つの単語が歌詞に組み込まれた「裸足の季節」「風は秋色」「夏の扉」のうち、最も違和感なく収まっているのは「夏の扉」の「フレッシュ」だろう。これ自体に意味はなくとも、サビでの三連発はこの曲のハイライトであり、コンサートの際の盛り上がりを助長する意味でも非常に効果的だ。これを例えば「フレッシュな人」とか「とってもフレッシュ」などと形容動詞的に使うと、おそらく凡庸な表現になってしまい、商品を効果的にイメージさせることが難しくなる。夏が扉を開けるというイメージを、フレッシュという言葉でリスナーに感受させようというこの使い方は、確かに作詞家としての力量を感じさせる。

 

これに比べて、「裸足の季節」は、「エクボの秘密あげたいわ」というフレーズは印象的ではあるが、とってつつけた感じがあるのは否めない。それでも、これもサビの冒頭に持ってくることで、エクボという単語を際立たせようという意図は明確に感じられる。そもそもこの曲は、聖子以外の歌手のために用意されたものだったらしく、その意味では聖子をイメージして書かれたものではない。だから、歌詞も三浦にしては凡庸、とまでは言わないが、ごく普通の歌詞である。他のフレーズはすべて「エクボの秘密あげたいわ」という一行に奉仕していて、それ以上の意味はない。何よりもこのデビュー作は、小田裕一郎が付けたこのフレーズのメロディがすべてと言っていい。

 

さて、この二作に比べて、「風は秋色」の「ミルキー」はどうか。これが最も手に負えない言葉であったことは想像に難くない。「フレッシュ」のような語感の切れ味もなく、さりとて「エクボ」のようにフレーズに組み込むことも困難。「ミルキーなのね」とかつぶやいても、何のことだかわかりゃしない。さらに致命的なのは、大多数の日本人の中に半ば刷り込まれている、同じ名前のヒット商品がすでに存在していることだ。しかしさすがは三浦徳子である。「ミルキースマイル」という「造語」を作って名詞化することで、リスナーが前述の商品のイメージに引っ張り込まれるのを回避している。

だが、それで問題が解決したわけではない。この厄介な言葉をどのように聖子らしくはめ込んでいくか…。

 

「風は秋色」のリリースは198010月である。レコーディングはその年の夏に行われているから、この曲の詞を書いたのは、デビューアルバム「SQUALL」のレコーディング時期とほぼ重なると考えられる。つまりそのアルバムの全曲を作詞した三浦は、当然聖子の歌手としての力量を目の当たりにしたはずだ。おそらく三浦も、この新人がそれまでのアイドルとは一線を画した力量の持ち主であることを理解したはずである。

そのとき、三浦は何を思ったのか。ここからはひとつの妄想である(と言うか、この論考自体が妄想であるようなものだが・笑)。

 

おそらく三浦は、この「ミルキースマイル」という言葉を全面に出す代わりに、ひとつの断念をしたのではないか。つまり、歌詞全体を意味のあるものに仕上げるということからの断念を。

たとえどれほど良いフレーズを持ってきたとしても、この「ミルキースマイル」で相殺されてしまう。ならいっそのこと、どのようにでも取れる歌詞を並べることで、「ミルキースマイル」という言葉そのものを相対化しようとしたのではないか。言い換えれば、イメージとしての歌詞、イメージとしてのファンタジーを提出しようとしたのではないか。

たとえばここで、非常に具体的な表現の歌詞をつけると、おそらく「ミルキースマイル」という言葉が激しく浮いてしまう。全体を不思議なイメージにしてしまうことで、このフレーズが逆に収まりやすくなる。

 

ここで重要になるのは、この歌詞を歌う聖子の力量である。声と歌そのものに力がなければ、リスナーは言葉にとらわれてしまう。下手な意味付けが文字通り意味を成さないほどの風圧でこの曲を歌い上げたら…。

 

「風は秋色」の、歌詞が先だったのか曲が先だったのかについて、私は情報を持っていない。しかしいずれにしろ、この曲の歌詞と曲とは妙にアンバランスではある。一見、失恋ソングでありながら、そのあまりに透明すぎるメロディー。サビの力強さとAメロの哀愁との落差。最後のサビでさらに転調する凄まじい展開。そして何より、この曲を歌う聖子の明るさと超絶な歌唱、そしてこれまた超絶な可愛さ。これら相反した要素が奇跡的に折り重なって、この曲を「失恋ソング」とは別の何ものかにまで昇華させている。

 

面白いのは、この曲を歌う聖子の動画、確か「夜のヒットスタジオ」のものだったと思うが、「あなたの腕の中で旅をする」の後ににっこり微笑むシーンがあり、ニコニコ動画ではそこに「これがミルキースマイルなるものか」というコメントがついていること。なるほど、この曲で聖子が微笑めば、それがミルキースマイルと呼ばれるのは自然なようにも思える。まさかそこまで読んでいたとはさすがに思えないが、ともあれ、この巧妙な仕掛け(としか私には思えない)で、「ミルキー」なる言葉は浮くこともなく、しかし何度もリフレインされることでリスナーの脳裏にはしっかりと焼きつくという、全方位的に完成された曲になった。

 

余談だが、三浦徳子の詞で思わず私が「微笑んで」しまったものがある。「SQUALL」に収められている「トロピカル・ヒーロー」という曲は、可愛い恋心を歌った佳曲だが、この中に「ムーディー・ブルース」「ペイジ」「ソルティ・ドッグ」という言葉が出てくる。これを見てニヤリとしたのは、たぶん私だけではないだろう。

「ムーディー・ブルース」は1960年代後期に最も活躍したイギリスの伝説的なプログレ・バンドであり、

「ペイジ」は、「恋のペイジをめくる風」というフレーズなので、本来は「ページ」と表記するだろうところを、わざわざ「ペイジ」と書いてあるわけで、どうしてもあの「レッド・ツェッペリン」のギタリスト、ジミー・ペイジを思い浮かべてしまう。さらに「ソルティ・ドッグ」は、一般的にはカクテルの名前だが、60年代のロックが好きな人にとっては、これまた伝説的なイギリスのロックバンド(あのユーミンが最も影響を受けたと公言している)「プロコル・ハルム」の1969年の代表的アルバムのタイトルとして有名だ。

これらは時期的にもほぼ一致しており、この三つの言葉が偶然に並んだとは考えにくい。

年代的に60年代の音楽シーンに大きな影響を受けたはずの三浦が、アイドルのアルバムにこういう形で「お遊び」を隠し挟んでいるのが興味深い。

ちなみに、「ソルティ・ドッグ」のジャケットに影響を受けたと思われるのが、ご存じ細野晴臣の「トロピカル・ダンディ」である。まさか、ここまで狙ってるとは…。いやいやこれは考えすぎだろうな。


追記                                 

 

ここまでを金曜の夜に書いた。見直しをして土曜中にアップしようと思っていたところ、マドラスチェッカーズさんのコメントに目を奪われた(「松田聖子の歌にみる「死と再生」の物語(1)」のコメント欄参照)。

「遠くでほほえむ誰かが横切る」という歌詞の解釈が、非常に説得力があったのだ。なるほど、そういう身方もあるのか。これは原稿を再点検せねばと思いつつ、夜に犬を散歩させながら、この歌詞をゆっくり歌ってみた。すると空から何かが降りてきた(笑)。

Oh、ミルキースマイル 抱きしめて」。これはもしかして「ミルキースマイル(の私を)抱きしめて」ということなのか。

しかし何度も歌っているうち、今度はこれまで気に留めなかった部分が引っかかるようになってきた。

「忘れるために訪れた海辺の町」、これは2コーラス目の冒頭に「恋する切符を手に入れたこの渚で」とあるから、通り一遍な町ではなく、やはり彼との思い出の町なのだろう。

しかし、失恋したからと言って、わざわざ思い出の町に出向くだろうか。そこに行ったら余計に過去のことを思い出すのではないのか。忘れるためにその町を訪れるのは逆効果なのではないか。

 

うーむ、やはりどこかで、この曲が「単なる失恋ソング」であることを拒む私がいる。マドラスチェッカーズさんの解釈は非常に魅力的であることを感じつつ、とりあえずオリジナルのままの形で今回の原稿は提出させていただきました。

「風は秋色」についての考察はこれで終わります。

                                  (この項つづく)

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