自分が尊敬する方に誘われ、六本木俳優座劇場で観劇をした。
戦国時代。保元の乱の後、罪人として扱われ島流しにあっていた崇徳天皇が兄弟である後白河法皇に裏切られた事から「鬼」に変わるという怨霊伝説を元に、源義経と木曽(源)義基との兄弟争いに関して「鬼に変わった、陰陽師黒木光雲」が操るという話が展開される。
非常にエキサイティングな演劇であり、非常に強烈に印象に残っている部分がある。
それは、義基の愛弟子である喜八郎が「鬼」に唆され、その兄貴分を殺すことを条件に、付き従う義基を救ってやるという誘いの中で、「自分の兄貴分を殺害する」シーンである。
喜八郎にとって正しいことは、「兄貴分を殺してでも、自分の将軍である義基を救うべきかという陰陽師の誘いに乗るべきか」それとも、「兄貴分を殺さず、自分の将軍である義基が救われない状態を作るべきか。」という苦悩である。
正しいことは何かという苦悩の中に、人々はどうにか結論をつけて正しいことをしようと生きているわけだが、正しいこととは「自分のある考えに基づいた正義」を結論づけて貫くことなのではなく、「自分を愛してくれた人を裏切らない」などという根本的な感情に従うことなのだということを描いていると自分自身は感じた。
自分の意思を通そうとするのではなく、博愛(?)的な視点で世を視て、あるべき姿を視るということが如何に難しくて、厳しいことか。
そのような複雑な感情を人間の光と闇という対比で表していてすごく複雑な感情を思い起こす演劇だった。
人はすぐに「自分」という軸があたかも「正しい」と考えがちであるが、実はそうではない。「自分」ではなく、「みんな」という軸を置けてこそ「正しさ」は存在する。
その後、渡辺裕之さんと写真を撮って解散。
非常に考えさせられた観劇体験でした。
