『奇跡の子育て』

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入江先生()が幼児教育について書かれた、こちら下矢印の書籍を読みました。
第一章 大きな夢を持つ子は大きく育つ
第二章 過保護過干渉が子どもをだめにする
第三章 父親の育児参加が強い子を育てる
第四章 逆境に打ち勝つ強い子に
第五章 入江伸の育児・人生相談

入江先生の教育方針の一つに「学力三分、人間七分」がありますが、灘高志望の学生たちを指導する中で、幼児期こそ"人育て"の根幹を形成する大切な時期であると思い至ったのだそうで、それを伝えるために書かれたのが本書でした。

私がハッとした言葉の一つに、「知育偏重が嘘つきの芽をつくる」がありました。
つい最近も、敬愛するブロ友さんがこの類のテーマを取り上げていらっしゃいましたが、生まれながらに嘘つきの子どもも、卑怯な子どももいないのに、学校や塾で机を並べている子の中にはsomething greatな感覚とはかけ離れた言動をする子どもがいたりする。
入江先生はそれに対して「知育より人間性を第一に育て」たのかと、大人の責任を問うています。

私が手帳に書き留めて持ち歩いている言葉の一つに、和久先生の以下のメッセージがあります。
 
*******************
子どもをどう育てたいかでなく、子どもがどう育ちたいのかを、私たちはもっと謙虚に受け入れる態度を持たなければならない。
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入江先生も同じく「謙虚」という単語を使って、大人の態度を問いかけています。

子育てすることの責任の重さを想うと怖くて仕方なくなりますが、《子どもはどう育ちたいのか》と見つめる眼差しだけは曇らせることなく持っていたいなと痛切に感じています。

 

以下、備忘録のメモ書きです。

 

ハイビスカス子どものことは子ども自身にならえ ≪親の好みや押し付けが強い子は積極性を失った受け身人間になる≫

親が、第一になさねばならないつとめは、わが子の内在的伸長力を強く信じてやることから始まらねばならぬ。

なまじっか、大人のセンスによる干渉は、本当に子どもにとっては迷惑至極のものと言わねばならない。

 

 

ハイビスカス好きなことに熱中させると集中力が育つ ≪集中力は、やりとげたあとの充実感なしには育たない。親も子どもと共に熱中しよう≫

知育、体育の面でのみ、いたずらに先走ろうとする努力が目立つ今の日本の親たちは、子どもと同じ次元で、喜び、悲しみ、また、感激、感動してやる努力があまりにも欠けすぎているのではないだろうか。

 

 

ハイビスカス知育偏重が嘘つきの芽をつくる ≪知育より人間性を第一に育てなければ、子どもはその場逃れの嘘をつきはじめる≫

子どもは、どんな子でも、生まれながらにして嘘つきだという子はあるまい。しかし、その後の育てられ方によって、一旦、嘘をつく病根が身に宿ったとき、これはもう殆ど癒ることはあるまい。

無恥、虚言、しらけ、無感動などという性質は、どれも子どもの生来の性質にはないものである。

これは、明らかに、幼児から、小学校初期にかけて置かれた環境、大人のその子に対する対し方の中から芽生えてきたものである。

 

 

ハイビスカス過保護な子どもほど欠陥人間になる ≪昨今の育児は、親が主導で、子どもを無条件に信じ認める謙虚さに欠けている≫

子どもたちの内包するその伸びる力を、一度本当に、大人は無条件に信じて認めてやる謙虚さを持ってみたらどうだろうか。

 

 

ハイビスカス父親も初心に帰って子育てを ≪子どもが生まれた瞬間、「よし、この子は俺が見事に育ててみせる」と心に誓わなかっただろうか≫

私の手元に幼児の父母の声をまとめた資料があるが、それによると”わが子の困った性格”として、こんなことを悩んでおられる。

① 泣き虫

② 積極性に欠ける

③ わがまま

④ 甘えん坊

⑤ 落ち着きがない

⑥ 気が弱い

⑦ がまんする力がない (以下略)

何と言うこと、まだ何の性格も形成されていない幼児である。

これではわが子に責任を転嫁する姿勢と言われても仕方あるまい。

これこそ、親の”初心”で乗り越えていかねばならなかった項目ばかりではなかろうか。

いったい”初心”に根ざした父親のコンスタントな育児配慮さえあれば、まさか、泣き虫のままで育っていまい。

積極性がないと、子どもの非をあげつらう前に、なぜ、そんな性格を、わが子につけてしまったのかと、自分たちの怠慢に、どうして目を向けないのであろうか。

子どもたちはみな純白無垢の境地で、平等に生まれついてきている。

いろいろな性格は、生まれてからの環境設定により、親の責任によって形成されていくものだということを、十分に認識していただきたい。

 

 

ハイビスカス逆境が子どもを強くする ≪人生を生き抜く逞しさは幼児期に育つ。子どもを逆境におき、一つ一つ乗り越える喜びを味わわせよう≫

逆境に面をそむけず、堂々とこれに立ち向かわせるためには、目先の利得に動かされぬ親の冷静さが、何よりも肝要である。

安価な庇護意識に妥協することなく、「終わりよければすべてよし」と長期的展望で、気長に子どもを信じて見守ってやる強さが、親には肝要なのである。

溢路、逆境を生き抜いていくためには大なり小なり、その都度冒険を冒さねばなるまい。

その冒険を一つ一つ乗り越えさせて、”やり遂げていくよろこび”を、子ども自身にできるだけ味わわさせてやることである。

そうしたら、最後まで望みを捨てぬ粘り強さも、自然身についていく。

 

 

ハイビスカス我慢強い子が最後に勝つ ≪一生懸命働く親の姿を見て育った子は、自然に我慢強さを身につける≫

「学力三分、人間七分」の、その「人間」の実態と重要性を、受験行で、実に、具体的に、かつ強烈に感得させられたのである。

かつ、その「人間」と呼ばれるものの核は、すべて、幼少の間に築き上げておいてやらなければ取り返しがつかないものばかりだと、しみじみ思い知らされた。

逆境をすぐ外部環境のせいにして、「おれが悪いのじゃない」と合理化する子、自分のつい動く心を抑える訓練を受けていない子は、人生の真の関門に立ったとき、実にもろい生き方よりできないのではないだろうか。

そして、それらの性格は、みな幼少の頃に培われるものではないだろうか。

子どもには、身をどっしりと構えていきるスベを知らせてやらねばならぬ。

”身をどっしり構える”ということは、自分の感情、欲望を、自分の論理で、しっかりと押さえるスベを知っているということである。

この力は、幼児の間にしっかりと身につけさせておいてやらねばならぬ力である。

自分の”・・・したい”という心と戦うスベを身につける訓練を、幼児に十分積み上げておいてやりたいものである。

 

 

ハイビスカス「これでは子どもが殺される」

子育ての責任者であるべき親は、氾濫する過多の情報の中で、右に左に押し流されながら、わが子を、思いのままに操ろうとする。
わが子が物心ついた時から、親は、わが子に、これをこうせよ、そうでないと、他の子より遅れをとるぞと、特定のテクニックを押し付け続けてはいないだろうか。
それでは、まるでペットの技能訓練そのままではないか。
子育ては、もっと、生きているわが子そのものを凝視したところから始まらねばならぬ。
”あなたの子のため、あなたの子育て”を、今こそ勇気を持って展開しなければならない時なのである。
親にとっては、二人とかけがえのない子、たとえ、この子が、どのような道をどのように育ちあがっていこうとも、その全ての場で、終始逞しく、わが足で歩みを進めていく子どもに育て上げてやらねばならぬ。
たとえ、表面的な学力、知力がいくら身につこうとも、おのれを真に愛する心を忘れ、世の中にしらけて、尻をまくるような少年、青年に育っていては何になる?
 
 

 
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年中から参加出来る全5回のプログラミングコースに、今月から参加しています。
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このコースで使用しているのはエジソンという小型ロボットです下矢印
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(画像はお借りしています)

初めて知ったのですが、エジソンはLEGOとの互換性があるのですね。


まだ参加し始めたばかりですが、この分野超初心者の上娘でも簡単に操作できるロボットらしく、講座が終わると「この操作でこんな動きをして〜」等々、楽しそうに教えてくれます。 

子ども向けのプログラミング講座というのがどんなものか知りたかったのと、育休中に完結する講座であるという2つの理由で参加を決めた"初めてのプログラミング講座"。

開講前は、「上娘の場合、モノ作りの経験をもっと積んでからプログラミングの世界に入ったほうが良いのでは」と思っており、今もその気持ちに変わりは無いのですが、実際に楽しんでいる姿を見ると、プログラミングをきっかけにモノ作りであったり、モノの仕組みに興味を持つアプローチもあるのかなという気がしてきました。

幼少期からプログラミング教育というニュースを目にした時はかなり驚きましたが、時代の流れや要請を汲みつつ、但し、盲目的にそれらに流されることの無いよう、ただでさえ時間とお金には限りがあるので、"今すべきこと"の優先順位を付けた上で、日常生活の中に取り入れることをしっかり取捨選択していかないといけないなと、この講座の受講をきっかけに改めて感じています。



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運慶展_4歳8ヶ月&1歳7ヶ月

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北斎展へ行った際に、上娘が展示されていた彫刻作品に興味を示していたため、昨日は降園後に運慶展@上野 へ行ってきました。
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事前にブロ友さんから混んでいると伺っていたので、ツイッターの混雑情報をチェックしつつ行ったところ、16:20着で40分待ちの行列でした下矢印
(40分待ちならかわいいほうですよね・・・)
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そして、きっかり40分後の17時に入場。
人が多くてごった返しているけれど、動線が複数に分かれる展示の仕方なので、北斎展ほどストレスを感じることなく各作品をみることが出来た気がします。

運慶の作品を、それと意識してまじまじと近くで見たのは初めてでしたが、作品それぞれの表情やポーズ、風にたなびいているかのような衣装他、日本の彫刻作品史上ただ一人の「天才」と呼ばれる人の作品群は鳥肌モノでした。
ダイナミックな作品も、細部にまで手の込んだ一つ一つの造りから構成されているのですね。
横や後ろに回って鑑賞出来る作品も多く、特に後ろ姿の佇まいの美しさに私は見入ってしまいました。

ところで、今回は、先輩ブロガーさんに教えて頂いた以下2冊の本に目を通してから運慶展へ行きました。



如来の手足は開くと水かきがある等々、(私にとっての)トリビアの数々に「へー」を連発しながら読んだ後だっただけに、運慶展ではその数々を実際に凝視しつつ、上娘にドヤ顔で解説してきました。

加えて、もう一冊。
運慶その人について、もっと詳しく知りたくなったので、こちら下矢印も事前に読みました。


私一人、テンションアップアップで運慶展へ行く準備を進めていたのですが、上娘にも楽しめる仕組みを用意しておいたほうが良いかなとフと思ったので、HPに掲載されていた「主な作品」を参考に台紙を14枚作り、実際にその作品を見たらシールを貼るようにしたものを上娘には渡しておきました。
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これは今回初の試みだったのですが、会場で各作品を真剣に見ながら黙々とシールを貼っており、お陰で私は集中して作品を鑑賞することが出来ました。

お土産ショップでは、私は図録を、娘たちには仏像イラスト入りの名前スタンプを買いました。
上娘は仏像スタンプを、お友達と交換するお手紙に押したいそうです(渋い 笑)。
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図録はディテールを鑑賞出来るカラー写真が豊富なのと、運慶が天才である所以の解説も充実しており、帰宅してから読み耽ってしまいましたが、この内容で3,000円は安いと思いました。

なお、昨日の上娘の絵日記はさすがに運慶展だろうと思いきや、いつもと何ら変わらぬニャンコごっこでした笑い泣き



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