一風父ちゃんのブログ

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例年になくりんごの木の小枝の吹き出しが良く、外から見るとりんごの木全体がこんもりと丸く盛り上がっているようです。風が吹く度ゆさゆさと巨体を揺らしています。今年は暖冬で生育が進んだために、4月中頃の寒波でりんごの花芽への被害が予想以上に大きく、結実不足で養分の消費が抑えられ、りんごの木が活気付いたのです。今畑では摘果作業の真っ最中です。いつもなら落とすことが中心ですが、今年は残す事が第一義です。樹勢を落ち付け来年の花芽を確保するために、果実の良し悪しよりも付ける事が優先されるのです。今日は久しぶりの雨ふりですが、畑の土ぼこりが舞わない程度で(我が地域では埃じめしと言ってます)、春先からの雨不足解消とはいきません。それでも作物が太陽の光を受け生き生きと輝いています。太陽と根から吸い上げた水から自らの命を生み出してる植物にとっては、正に水が命と感じさせられます。他の命を犠牲にして生きる動物と違い、植物の生き生きとした姿は我々の世界の永続性を感じさせてくれ気持ちが落ち着きます。都会の苛立ちは緑不足と関係あるのかもしれません。霞ヶ関で農を語る人間にこの感覚を感じてくれれば、農を成長産業へなんて言う発想は浮かばないのですがね。「無量寿」本来永続的で幸せに満ちたこの世界を、幸せと感じきれない自らの心の有り様を問わないで、果たして人間社会の幸せを追及できるのか?持続可能な成長論議は真逆な方向に向かっているとしか思えません。「天上天下唯我独尊」お釈迦様は一体我々に何を問いかけているのだろうか?成長成長・俺が俺がと唱える人間社会に謙虚さをもとめているように思われます。成長の裏で税金逃れを考える心が問われているのです。グローバル経済は誰のため?日本経済の行き詰まりを近視眼的な財政出動で乗り切ろうとするサミットでの安部首相、各国の思惑で一層の混乱を産み出さねばと願うのみです。今は外向きの議論よりも内向きの議論を、大よりも小を問うときと思うが如何に?
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梅桜プルーン桃そして野辺に咲く菜の花タンポポ花のデレゲーションもいよいよ最大集団の登場です。りんごの花が満開に近づくと辺り一面が白いベールで包まれます。りんごの花は前段の花の集団と違い高冷地に生息する樹木です。寒さから花を保護するために花より先に葉が先に枝から吹き出します。見透視のよかった空間もみるみる緑で埋まっていきます。今年は陽気が進んだぶん生育が早まり昨年より1週間早い開花です。りんごの花は葉に囲まれるように1ヶ所に5輪の花を咲かせます。しかし今年は時ならぬこの11日の降雪で花が凍害に遭い二つ三つと熔けてなくなってます。今畑では、大きな綿棒を片手にりんごの人工受粉が行われてます。残された花が結実するように今まで以上に人工受粉の確実性が求められます。しかしやることの大切がわかりますが、やった結果が眼に見える作業で無いだけに満足感がえられません。特に今年は例年以上に必要性が感じられるだけに結果が心配です。りんご作りの始まりだけに気持ちが削がれますが、やり直しが効かない永年作物として次年度のためにも投げ出すわけにはいきません。政府自民党は近く行われる参議院選で憲法改正を争点の1つにしようとしています。改正を唱える人の中にはアメリカに押し付けられた憲法だからと言います。新憲法制定され90年、大切なことは出生のことで90年の積み重ねを途中で投げだすのではなく、時代変化に対応できる憲法に育てあげることです。出生によって良い悪いを判断する子供達の事を思えばぞっとしますが、そんな一政治家達の思いの押し付けだけはごめんだ。手前味噌ですが政治家達には、何があっても最後まで育て上げる百姓の精神を見習って貰いたいものです。
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ご無沙汰しています。その間に凛とした空気が緩みあちこちに春が顔をだしてます。畑の野辺にふきのとうが顔を出しその上には梅の花が満開です。そして周りの畑では剪定の終了を告げる、剪定で切り落とされた枝を燃やす煙りが舞い上がっています。それはまた百姓の忙しさの合図です。早速農薬を散布するスピードスプレーヤーがあちこちから出動してきて、唸り声が聞こえてきます。我が家の剪定は後1週間マイペースを決め込んでいますが、周りがざわついて来ると悟りきれない自分の心はおちつきません。昨年相方がりんごリンゴの収穫後、最近よく耳にする急性大動脈解離で倒れ緊急手術で一命をとりとめました。その後お陰さんで春の訪れとともに以前に戻りつつあります。長年やってきた農作業の動きといつの間にか連動しているようです。農家に於ける女性の力は絶大です、まずは一安心です。お互い健康なときは体力に応じて徐々に耕作面積を減らし最後は食うだけあればいいと悟りきったことを言ってたけれど、突然終わりを目の前に突き付けらると「今までの人生は何だったんだ、生きてきた証とばかり」反って今にこだわる自分がいます。百姓の場合は衣食住が十分満たされている生活ですが、人間は考える動物です。しかしかえって余分な事で一喜一憂の毎日を過ごしているように思います。親鸞はそれを煩悩と言っています。一時共に暮らしていた唯円が書いたと云われる「嘆異抄」の中で唯円の「極楽往生間違いなしの阿弥陀仏の誓願を信じ毎日念仏を申し上げるが、どうしたわけかチッとも歓喜の気持ちがわいて来ないのは何故かとおそるおそる親鸞に問うたところ、実は私も貴方と同じ気持ちなんだよ。最近年をとり、病気になると死ぬのではないかと心配ばかりで極楽浄土に行きたいと言う気持ちがわいて来ない。それは煩悩のせいだよ。そんな煩悩に悩める人々を救おうと立てられたのが阿弥陀仏の誓願です。だからこそ逆に往生が間違いないと思えるのだよと答えてます。」お陰さんで煩悩を断ち切れない自分を実感出来てきたように思えます。これからは阿弥陀の誓願を信じ煩悩とほどほどに付き合って穏やかに行こうと思ってます。過ぎた人間の煩悩が私達の世の中を乱しているようです。過日福井原発再開に対して滋賀県大津地裁は先の福井地裁の「新しい安全性の基準には一定の合理性がある」との再開の裁定にたいし「新しい安全基準と言えども安全ではない」と反対の裁定を下しました。今後真逆の2つの裁定をどの様に調整していくのか高裁最高裁の裁定が注目されます。基準の前に人間ありですが、成長成長お金お金の煩悩にふりまわされる現状優先の裁定だけはごめんだ!原子力学者の故武谷三男氏は人を殺すことを目的に開発された原爆技術を、果たして簡単に平和利用に転化できるのか疑問を投げ掛けていましたが、原発の廃棄物の処理が短時間に克服出来ないまま進むこと自体が人を殺す発想そのもののように思えますが・・
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