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2015-09-01 12:18:20

忘れる技術

テーマ:ビジネス雑感
さて、8月が終わり9月になりました。
今年の8月は(私見ですが)、なんだか例年とは違って、上旬までやけに暑く、ところが下旬になっていきなり秋のようになり、連日太陽を見ることもないままでした。
子供たちも夏休みを惜しんでさあ最後のプールだと勇んで出掛けることもできなかったはず。
じわじわと気温が下がってくれれば「秋の訪れ」などとありがたがるはずなのに、こう連日不順な天気ではむしろ夏を返せと言いたくなります。

私の仕事でいうと、今年の8月はまるで1ヶ月夏休みを取ったかのように、実に動きが少ないままに終わってしまいました。
進めたい仕事もありました。完遂するはずだったこともありましたが、どれも消化不良のままです。
なぜこうなった? と色々振り返るのですが、あまりまともな分析に至りません。

先ほど触れた夏の天候不順くらいしか、8月の不調の原因が見当たらない。
仕事の低迷を環境のせいにするわけにはいかないし、それをやってしまうと前に進まなくなるので、もう一度原因を追求するわけですが、そこにもまた隘路が待っている。
こういうとき、私は「忘れる」という究極のビジネスツールを使うことにしています。

覚えていた方がいいことがあるのと同じくらい、忘れた方がいいことが、人生にはあります。
ところが、人間、持っていないものを得ようとするのは日常でも、持っているものを捨て去ることを日常にはしていません。
また、これまで受けた教育からしても、何かを得るように努力せよと言われたことがあっても、何かを捨て去れと言われることはそう滅多にない。

つまり、獲得することよりも放棄することの方が困難であり、覚えることよりも忘れることの方がはるかに難しい。そのため「忘れる」には、それなりのスキルが必要だというのが私の見解です。
私のやり方はだいたいこんな感じです。

1)反省しない
忘れるとは開き直ることでもあります。
従って、反省をやめてしまうこと、過去を振り返らないことがポイントだと考えます。

2)努力しない
これも開き直りですが、努力するのをやめます。
要は制御不能なことにやきもきするのはやめて、他のことをやろうよと。雨が降り止むのを待つ間、グランドには出ない。練習は中止です。

3)感情に結びつけない
感情的なことほど、記憶として脳みそに沈着します。
従って、起きてしまったことに感情を付帯しないことです。まるっきりマシーンになって起きてしまったことを冷静に見ます。もっと簡単に言うと、くよくよしない。

4)今までと違うことをする
リズムを変える、習慣を変える、滅多に会わない人に会う、いつもとは違う経路を使う、異なる経営課題に取り掛かるなどなど。新しい発見や気づきを自分に与えて「目先」を変えます。

5)忘れていたことを思い出す
原則に戻るという言い方もできます。忘れるためには違うことを思い出すのは効き目があります。放置したままの長期課題はないかとか、夜10時以降に食べるのはやめるとか、そういうことです。

そんなこんなで、気分を変えるわけですが、やはり時節というのは、忘れるきっかけをくれるものです。
もう月も変わったことだし、先月のことは忘れよう。
とまあ、こんな感じで9月をスタートした次第です。
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2015-08-01 10:39:12

10倍ジャムを買ってもらうには

テーマ:ビジネス雑感
同じような実験は数多く行われていると思います。
行動科学だとか、行動心理だとか、そうしたことに部類される実験です。

スーパーにやってきた買い物客にジャムを試食してもらいます。
第一の実験群には6種類を試食してもらい、第二の実験群には24種類を試食してもらう。
さて、どちらの群がジャムを買う確率が高いでしょう。
この実験では6種類を試食した群が24種類試食した群よりも10倍ジャムを買ったというのが結果です。
人は多くの選択肢があればいいわけではないということでしょう。

とまあ、結構知られた実験ですが、全く同じ実験で色違いのシャツというのがあったように思います。
ユニクロに置かれた「こりゃ一体何種類か!」という色のバリエーションを見ると、それだけの種類を作ることが売上の最大化に寄与しているのかどうか知りたくなるのは私だけではないと思います。

マンションを買う方に「購入までに何件の現物を見ましたか?」という問いをしますとおよそ5~6件という答えがメジャーです。
これだけ情報が溢れる時代ですから、選択肢は無数だろうに、実際に見た現物は10にも満たない。
一般的にライフタイムにおいてそう何回もないはずの家選びがわずか5~6件でいいのかと感じる人もいるかもしれません。
ところが、さきほどのジャムの話ではありませんが、実際に勝っている人は片手に余るかどうかという絞り込まれた選択肢から家を選んでいるというわけです。

すこし、ずれますが、人の満足追求についての実験というのがあります。これは、私の昔の仕事に絡みますが、転職に対してすごく要求度の高い群とほどほどの要求度の群に区分します。
そして、その後をずっと追跡するわけです。

その結果、転職に対して要求度が高い群(つまりポジションやら、勤務形態やらなんやらについて妥協しない人たち)のほうがほどほどの要求度の群(つまり、そこまでガタガタと条件について言いませんという人たち)よりも、20%も高いサラリーを得たそうです。
ところが、その後さらに追跡を続けると、転職に対して要求度が高かった群はほどほどの要求度だった群よりも「就業満足度」は著しく低いという結果が出たそうです。

行動科学から哲学にすっ飛ぶと、どうやら人はほどほどの欲求度で行動すべきだということになるかもしれません。
さきほどの家選びでも、手に余るほどの件数を検討対象にしても、結局、購入にはつながらないということでしょう。
家選びのゴールは購入ですから、この意味では、多くを望んでたくさん見ても目的を達成するわけではないということなのです。
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2015-05-30 21:44:13

備えることが苦手な人類の本質

テーマ:ビジネス雑感
世間の話に疎い私ですが、口永良部島での火山噴火についてはわかっています。
ここのところ、随分と自然災害というんでしょうか、噴火だとか地震だとかが増えています。
お互い気をつけなくてはと思う次第です。
(つい先ほども、小笠原近辺を震源とするM8.5の地震が発生しました)

ヒューリスティックという言葉があります。
人間は「先行きを見通す力がない」。逆に言えば、人は目先のことに対して素早く答えを「出してしまう」能力があるということと理解しています。

後先を考えないという言い方をしますが、これは人間の本性が元来後先を考えられないために、それを諌めることを目的に生み出されたに違いありません。
なにが言いたいかというと、今回の口永良部島での島民の方々のように日々起きるかもしれない事態に備えられているのはマイナーなのであって、一般的には、ほとんど誰も先行きへの備えをできていないだろうということです。

経営という仕事は、この人間が持ってしまっているヒューリスティックにどれだけ抗えるかということだと思います。
先を見通す力など、人類にはそもそも備わってはいない。
むしろ、目先のことに素早く反応するための機能が人間の脳には濃厚にインプットされています。
(これがヒューリスティックだと理解)
となると、そもそも中期計画を立てるなどということは至難の技であり、また、目先のことに素早く反応せず、よく考えてから答えるなど困難極まりないわけです。

逆のことをメンバーに対して指示することもよくあります。
今やれ、すぐやれ、早くやれ、というのは経営が発するごく日常的な要求です。
(よく考えてからやれ、ゆっくりやれ、じっくりやれなどという指示ができる経営者は超人的能力者であるか、まったく業績に関心がないかのどちらかに違いありません)
しかし、今すぐ早く実行できることは、いうまでもなく、全てが今すぐ早くやるべきことであって、それ以外の全てはじっくり考えてから答えを出すべきことばかりではないでしょうか。

つい先日もさしたる考察もなく、メールで提案された企画にゴーサインを出していました。
しかし、この時も、脳みその奥側から「おかしいぞ」という声が聞こえていたのです。
ところが、持ち前のヒューリスティックが機能して、その「おかしいぞ」という声を打ち消して「いいんじゃない」的ないい加減な承認を導き出しました。

そんな反応的な判断を覆す「おかしいぞ」という脳の奥からの警告にどれだけ耳を傾けることができるか。
それが経営に求められる重要な要素の一つだろうと思います。
ヒューリスティックに負けず、めんどうな再考を自分自身に求める。
経営というのは実にめんどうな仕事です。
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2015-05-26 10:58:32

後天的学習の効果

テーマ:ビジネス雑感
自分の性格についてよくわからなくなることがあります。
どうやらそれは、先天的な本質と後天的な学習のぶつかり合いによって生じるらしく、ここに他人から見える自分が加わると更にややこしくなってきます。

先日もある方から(私の目から見ても、当然ながら誰から見ても、見識も高く人を見る目もある方)「鎌田さんはおっとりしている人」と言われてたまげました。
よく考えると、確かに私は落ち着いて見えるように努力していたり、感情の昂りが表面に出ないように頑張ったり、見方によっては「おっとり」しているのかもしれません。

同種のことで言うと、今日まさに北陸新幹線に乗り金沢に向かっているのですが(この文は車中においてiPhoneで作成)、この新幹線に乗る乗車時間が迫っているというのに焦るということがありません。
以前なら、発車時刻にはキリキリと神経を尖らせて、何時に家を出てどうするだの何だの思考を巡らせましたが、それも今は昔。確かに、私はおっとりしているわけです。

さて、そんな穏やかな私ですが、あらゆる日常がゆったりと穏やかに流れているわけではありません。
私の根っこにある本性がそう簡単に絶えるはずもなく、非常に些細なことでそれが目覚めるようです。

とりわけ、目について許せず黙っていられないのは、超ミクロな凡ミスです。
凡ミスにも色々あるので、不可効力でどうにもならないということもあるでしょう。
ですから、注意の前に、それが回避できたことかどうかは確認します。

でも、不可効力でない限り、小さなことだからと見過ごすことはなくなりました。
(言わなきゃわかんないというのが、いつの間にか持論になりました)
微妙に数字が間違っているレポート、連絡忘れ、計算間違い、何であれ細かいことをミスるということは、大きなことでも間違う可能性があるということの表れだと、これまでのビジネス経験で痛いほど身に染みています。

こう考えるとカリカリするのも後天的学習の成果かもしれない。私は後天的学習の信奉者ということになりそうです。
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2009-09-03 12:12:12

新しい常識との出会い

テーマ:ビジネス雑感



久しぶりに更新してみます。
まるで「仮死状態」のフロクですが、死に切っていないところに味があるように思います。





自分なりには色々と経験を積んできたという自負があるものの、その経験というのは、ある限定された状況と場面で育まれたものなんだと感じる時があります。
つまり、「限られた経験」だったように感じる。




もちろん、それとは逆に、どのような局面でも通用する汎用性の高い経験の蓄積を感じる時もあります。
そういう時は、人間の生業というものは、時代や場面、状況というものに左右されず共通しているんだなぁと実感して、ちょっとホッとしたりする。
でも、それだと路線変更した(脱線かも!?)自分としては、あまり価値を感じない。
このあたりが微妙なところです。




業界によって常識が異なる理由の一つがビジネスモデルから来るのだろうと思います。
そもそも時間の感覚が違ってくる。
一つのプロジェクトを仕掛って、組成して、終わらせるまでのサイクルが3年も4年もかかるという業態の場合、1日単位で”結果”を出せと言われても到底出来るものではないという話になります。
本質的には1日で(あるいはその瞬間に)結果が出せることでも、長期プロジェクトで時間感覚を鍛えられると、何であれ時間をかける。




逆に、私が経験してきたように、とにかく早く結果が求められると、何であっても短縮的、凝縮的に結果を出していこうとします。
それによって拙速となって、痛い目にあうこともありますが、そういう環境で育つと「最速こそ最善」という考え方が染み付いてしまいます。





昨今の風潮だと何であれスピーディにやれということになるんでしょう。
もちろん、基本的に、私もそういう考え方です。
ところが、その法則が通用しない世界も厳然と存在している。
放置する、あたためる、何もしない…そういうことのほうが、正しい答えになることを感じたりする今日この頃です。

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2009-03-24 11:11:11

NYの上昇して

テーマ:ビジネス雑感

ちょっと古い話ですが、3月11日に友人と飲みました。
その前日だったと記憶していますが、日経平均が7000円を割り込みそうな水準まで落ちていて、なんとなくそんな話題で時間を過ごしました。




で、その7000円ちょっとの水準を今年の残りの期間で、さらに下回るようなことになるかどうか(?)を賭けようではないかという話になりました。
私は、何とか景気浮揚しようという今の世の中のムードからすると「不謹慎」とお叱りを受けかねないですが、「年内にもう一度、安い水準に落ちる」ほうに賭けました。




私個人、景気の先行きには楽観的です。素人の予想にすぎませんから、根拠など薄弱ですが、シャープに落ちたら、シャープに立ち上がるだろうという、そんな次元です。
しかし、株価が合理的に形成されないということは言うまでもなく、また、長期的には実体経済を反映したとしても短期的には(特に1日のレベルでは)予想もつかないような値段をつけたりするわけなんで、市場が現在のように不安定な状態だと、もう一度7000円を切ることは十分想定されると踏んだわけです。




ところがところが、もしかしたら私は間違っていたかもしれません。
かの有名なウォーレン・バフェットさんのようなバリュー投資家の方々というのは、現在のように全ての銘柄が安くなっている状態というのは最高の買い場なんであって、日々底値を探っているんでしょう。
というか、もう底値を通り過ぎたのかもしれない…




上手な市場参加者というのは、いつの間にか(周辺に気づかれないうちに)やってきて、気づかれないうちに去っていく。
「一番賢いバリュー投資家は上昇局面では早すぎるくらいで売ってしまい、下降局面では早すぎるくらいで買いに入る」ものだそうです。




あるコラムを読んでいたら、グラハムさんというバリュー投資家(どんな人か全く知りません)のコメントが載っていました。
「市場の変化というものは、”トンネルの向こうに明かりが見える”というようなものではない。全面真っ暗に見えるときに、”昨日よりもほんのわずかに明るくなった”というようなものだ」そうです。
今、市場は、よく目を凝らすと少しだけ明るくなっているのかもしれません。

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2009-03-12 11:11:11

時代の風雨に負けない…の続き

テーマ:ビジネス雑感

あくまで自己体験に基づく見解だけれども、会社経営で10年以上の先行きを常に考えているということは稀であろう。
経営者の中には中期的計画などには意味が無いと言い切る人もいる。
そして、それは実際的な考え方だとも思われる。



成長志向の会社であればあるほど、長期視点で経営を考えることは困難になる。
というのは、そもそも成長志向というのは、他者よりも短時間で規模を拡大するということに他ならないからだ。



スピード経営というけれども、これは「短時間に規模を拡大することこそ価値である」ということを手短に表現したものだ。
私も、経営にあたってはまさにスピード経営を志向してきた。



しかし、世の中がこれほどに変化している状況を眺めていると「短時間に規模を拡大することこそ価値である」という考え方は単に流行に過ぎないのではないかと思うことがある。
そして、本当に価値が高い経営というのは、実は、「どれだけの時を経たとしても継続し続けることができる」ことだと思えてくる。



つまり、短時間に規模拡大することよりも、長期間存続し続けるほうが難易度が高いのではないかということだ。
従来、企業の寿命は30年などと言われてきた。
それが今は20年という説もあるそうだ。




実際、日本の名だたる会社の中で100年以上存続している会社がどれほどあるだろうか。
トヨタにせよ、ソニーにせよ100年という単位で過ごした実績を持っていない。
ましてや、現在ベンチャーといわれるような会社のうち100年間生き残る存在がどれほど生まれるのか…
それほど時代変化の荒波というものがものすごいということであると同時に、企業経営が短期的成長に傾倒しすぎているということもあるはずだ。




さて、私の提案だが、経営における”軸”を「100年単位での存続」に据えたらどうだろうか。
私のつたない経験からの推測だが、これをやると経営は大幅に変わってくるはずだ。




たとえば、100年単位での経営ならば、なにも成長を急ぐ必要はなくなるだろう。
1ヶ月、四半期などという短期的な業績把握は短期的にモノを考えている表れであって、そんなことに従う理由はない。
全ての管理単位を通常の10倍の10年で考える。
通常の会社が四半期で考えるところを2.5年で考える。それが最短のモノサシだ。



同時に、10年単位だからこそ、短期的な赤字は禁物になる。
短期で取り返すという発想がなく、とにかく100年以上存続することが最大の目標だから赤字などありえなくなる。
ということは、冒険はとにかくしない。




存続を軸に据えるから、世の中で忌み嫌われる世襲を大事にする。
代々受け継ぐことこそ最大命題だから、「なんとしても自分の代で潰してはならない」というコミットメントになる。




どうも世の中を眺めていると、今のこの時代だけが極端に特殊なのではないかと思えてきて、全く逆に張るということを考えたくなるという次第。

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2009-03-09 11:11:11

時代の風雨に負けぬこと

テーマ:ビジネス雑感




先だって、久方ぶりに生まれ故郷の神奈川県小田原市に立ち寄った。
小田原で生活していたのは、もう30年も前のことだけれども、幼少時代を過ごしたせいか、何年かに一度ひきつけられるように立ち寄ることになってしまう。
箱根の山の手前という地理上の特性からか、やはり小田原は関東経済圏なので、東京から行きやすいということもあるだろう。




たまに行く小田原をつぶさに見て歩くということはない。
というか、わざわざ見るべきものもない。
けれども、明らかに30年前とは違う街になっている。




印象で言えば、街から活気が失われている。(こんなことを言うのは、地元の皆さんには大変恐縮です。あくまで私の印象です。)
勿論、子どもの頃の純粋でくもりのない網膜に映る景色は常に繊細に物事を捉えたことだろうし、目にするものの全てが新鮮で活き活きとしていたのであろうと思う。




しかし、そうした子どもらしい純粋さを差し引いて比較しても、やはり、街の中にあるエネルギーのレベルが格段に低下しているように思われる。
考えてみれば当然。私が育った時代は末期とは言え高度経済成長期であり、日本全国先行きへの成長を期待し、右肩上がりを実現していた。
そして実際、新たな投資が盛んに行われることで街には常に活気があったように記憶している。




これは日本全体に共通して言えることであろうが、今日、地方都市において開発投資といえば郊外型モール開発くらいであって、駅前に新たな商業施設の開業など滅多にない。
30年前は、小田原のような関東の西のはずれの駅前にも、いわゆる百貨店が数店あった。
ところが、そうした商業街の中心的存在が完全に消え去って、駅前はどんどんくすんでいくし、錆付いていくというわけだ。




ところが、そういう町並みの変化を無視するように、私の小学生時代から変わらない営みを続けている店がある。
それは、駅前から少し外れた場所にある「守屋」というパン屋で、昔から変わらないあんパンやら甘食やらを売っている。
「まだ、ある」と聞いていたので、立ち寄ってみると、そこだけ昭和30年の状態で店はしっかり存在していた。



しかも、細々とやっているという具合ではなく、狭い店から溢れるように人がたかっている。
”行列ができる店”というような整然さ、スマートさはなく”人がたかっている”。
なんせ秩序なく人が集まっているために、どうやって注文していいか外部者(小田原人以外)にはよくわからない。
ただ間違いないのは、30年前と変わらず、今も人気を維持している。



守屋のような存在は、日本じゅうたくさんあるんであろうが、彼らのような存在のすごさは、大きな時代の変化に一切動じることなく生き抜き存在し続けているということだ。
世の中では、今もスピード経営ということが言われているが、そのコンセプトと逆側の存在がある。
時代という強烈な風雨に晒せれながらも時間に打ち勝つ経営のスタイルというのは、長い歴史に照らすと、スピード経営の逆の考え方こそスタンダードであったんではないかと気付く。



(時間がなくなったので、続きは今度にします。)

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2009-01-26 22:22:22

極端な悲観論

テーマ:ビジネス雑感

これほどに「先行きが見えない」という言葉を聞くことも珍しい。
楽観的な見解など示そうものなら、「非常識!」と叱られそうな状況です。






さて、こうした状況下で、私が思い出すのはレスター・サローさんの『知識資本主義』という本です。
サロー先生によれば資本主義を作り出してきた3つの要素とは、「貪欲さ」「楽観」「群集心理」だそうです。
手短に言うと、人々の限りない貪欲さが次から次へと新たな投資を生み出す活力の源泉になっている。
そして、その金儲けへの貪欲さは、物事を自分にとって都合よく解釈する先行きへの楽観によって更に加速していく。
そうした楽観的で貪欲な経済活動は「まだまだやれる」「皆もやっているから私も」という群集心理によって補強されているというわけです。





貪欲で楽観的で群集的に行動することで、バブルが発生し、そして必ずそのバブルははじけるということをサロー先生は説いています。
おそらく、サロー先生以外にも、バブル発生のプロセスを解明し、その崩壊までを予測してきた先生はたくさんいるはずですが、我々はそうした警告に耳を貸さないものです。





一昨年だったと記憶していますが、金持ち父さんのロバート・キヨサキさんが「今、起きている事態はバブル」「(一部の不動産価格など)明らかにおかしいことが起きている」と警告を発していたことも思い出します。
「パーティに参加せず家で引きこもっていることは間違っている」「しかし、パーティがおかしな方向に向かっていることに気付くことは重要」「そして、そういう時は、パーティ会場の真ん中にはいないで、いつでも逃げられるように出口に一番近いところで静かに参加しているのが正しい」というようなことを書いていたことがとても印象に残っています。




さて、後知恵なら、何とでもいえます。
今はとにかく静かに引きこもることが正しいのか、それとも、積極的に行動すべきなのか…
サロー先生が曰く、一度バブルが崩壊すると、とたんに極端な悲観論に走るのが資本主義の特性だそうです。

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2009-01-16 22:22:22

先生とランチして…

テーマ:ビジネス雑感

一橋大学経営大学院の楠木先生と久しぶりにお会いしました。
楠木先生は同世代だというだけでなく、彼の人間性というか考え方というか、全然違う世界で生きているかただけれでも、すごく共感できるので、勝手に親近感を持っています。
楠木先生の研究内容を詳しく理解しているわけではないですが、過去でいうと「組織の反対側は市場だ」という話はすごく納得できることでした。




最近の研究的取組としては「これからの戦略はストーリーがないとダメだ」ということだそうです。
これも確かに、その通り。単に性能を競い合う時代じゃなくて、そのサービスや製品を形作っている一連のストーリーを買い手は共有するようになっている。




学術の世界に生きる方とお会いして、よく思うのは、私のような一般人がなんとなく習慣的に、あるいは、感覚的にやってしまっていることを彼らは理論的にわかりやすくまとめてくれるということです。
まぁ、それが研究というものなんでしょうが、一般人が体系立てて考えきれていないことを理論としてまとめてくれる。




楠木先生曰く「たいていの問題は時間と規模によって解決できる」。
「大規模なことを短時間でやろうとするから失敗する」のであって、「規模を小さくして、ゆっくり時間を掛ければ解決できることが多い」というお考えでした。




まさにその通りと思います。
経営者というのは、楠木先生の言うところの「大規模なことを短時間でやって失敗」することが実に多い。
そもそも経営者という生き物は”規模がでかいこと”と”スピードが速いこと”で評価される。
(勿論、これとは異なる評価軸も存在しますが…)
が故に、ついついでかいことを短時間でやろうとするのでしょう。
(常識的に考えれば、できやしないのにねぇ…)




経営者が受けるプレッシャーというのは、実は経営者自身が作り出してしまっているのであって、やれ株主の圧力とか、社員の期待とか、競争上の生き残りとか、そんなものは(経営者のモチベーション上)大きなパーツを占めていないというのが、私の見解です。




人間(特に経営でうまくいくような人間)というのは、勝手なものですから、他人から受ける影響によって、苦しいことを自ら進んで実行するはずなどありません。
そんなことじゃなく、もっと強いエゴによって突き動かされるもの。
つまり、自尊心というかプライドというか自己発現欲求というか、誰かよりも”でかくて”誰かよりも”はやく”実現したという栄誉が得たいために苦しいことでもチャレンジする。





そこまでは間違っていないんだけれでも、いつの間にか、自分自身の欲求で動いているにもかかわらず、それを「市場からの要求だ」などとすり替えたり、自ら作り出したプレッシャーをいつの間にか、本当にそれが社会から望まれているように錯覚したりするのが怖いことです。
そこまで世の中は期待していないのにねぇ…ついついでかいことを早くやりたくなるのですねぇ…

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