2009-03-24 11:11:11

NYの上昇して

テーマ:ビジネス雑感

ちょっと古い話ですが、3月11日に友人と飲みました。
その前日だったと記憶していますが、日経平均が7000円を割り込みそうな水準まで落ちていて、なんとなくそんな話題で時間を過ごしました。




で、その7000円ちょっとの水準を今年の残りの期間で、さらに下回るようなことになるかどうか(?)を賭けようではないかという話になりました。
私は、何とか景気浮揚しようという今の世の中のムードからすると「不謹慎」とお叱りを受けかねないですが、「年内にもう一度、安い水準に落ちる」ほうに賭けました。




私個人、景気の先行きには楽観的です。素人の予想にすぎませんから、根拠など薄弱ですが、シャープに落ちたら、シャープに立ち上がるだろうという、そんな次元です。
しかし、株価が合理的に形成されないということは言うまでもなく、また、長期的には実体経済を反映したとしても短期的には(特に1日のレベルでは)予想もつかないような値段をつけたりするわけなんで、市場が現在のように不安定な状態だと、もう一度7000円を切ることは十分想定されると踏んだわけです。




ところがところが、もしかしたら私は間違っていたかもしれません。
かの有名なウォーレン・バフェットさんのようなバリュー投資家の方々というのは、現在のように全ての銘柄が安くなっている状態というのは最高の買い場なんであって、日々底値を探っているんでしょう。
というか、もう底値を通り過ぎたのかもしれない…




上手な市場参加者というのは、いつの間にか(周辺に気づかれないうちに)やってきて、気づかれないうちに去っていく。
「一番賢いバリュー投資家は上昇局面では早すぎるくらいで売ってしまい、下降局面では早すぎるくらいで買いに入る」ものだそうです。




あるコラムを読んでいたら、グラハムさんというバリュー投資家(どんな人か全く知りません)のコメントが載っていました。
「市場の変化というものは、”トンネルの向こうに明かりが見える”というようなものではない。全面真っ暗に見えるときに、”昨日よりもほんのわずかに明るくなった”というようなものだ」そうです。
今、市場は、よく目を凝らすと少しだけ明るくなっているのかもしれません。

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2009-03-12 11:11:11

時代の風雨に負けない…の続き

テーマ:ビジネス雑感

あくまで自己体験に基づく見解だけれども、会社経営で10年以上の先行きを常に考えているということは稀であろう。
経営者の中には中期的計画などには意味が無いと言い切る人もいる。
そして、それは実際的な考え方だとも思われる。



成長志向の会社であればあるほど、長期視点で経営を考えることは困難になる。
というのは、そもそも成長志向というのは、他者よりも短時間で規模を拡大するということに他ならないからだ。



スピード経営というけれども、これは「短時間に規模を拡大することこそ価値である」ということを手短に表現したものだ。
私も、経営にあたってはまさにスピード経営を志向してきた。



しかし、世の中がこれほどに変化している状況を眺めていると「短時間に規模を拡大することこそ価値である」という考え方は単に流行に過ぎないのではないかと思うことがある。
そして、本当に価値が高い経営というのは、実は、「どれだけの時を経たとしても継続し続けることができる」ことだと思えてくる。



つまり、短時間に規模拡大することよりも、長期間存続し続けるほうが難易度が高いのではないかということだ。
従来、企業の寿命は30年などと言われてきた。
それが今は20年という説もあるそうだ。




実際、日本の名だたる会社の中で100年以上存続している会社がどれほどあるだろうか。
トヨタにせよ、ソニーにせよ100年という単位で過ごした実績を持っていない。
ましてや、現在ベンチャーといわれるような会社のうち100年間生き残る存在がどれほど生まれるのか…
それほど時代変化の荒波というものがものすごいということであると同時に、企業経営が短期的成長に傾倒しすぎているということもあるはずだ。




さて、私の提案だが、経営における”軸”を「100年単位での存続」に据えたらどうだろうか。
私のつたない経験からの推測だが、これをやると経営は大幅に変わってくるはずだ。




たとえば、100年単位での経営ならば、なにも成長を急ぐ必要はなくなるだろう。
1ヶ月、四半期などという短期的な業績把握は短期的にモノを考えている表れであって、そんなことに従う理由はない。
全ての管理単位を通常の10倍の10年で考える。
通常の会社が四半期で考えるところを2.5年で考える。それが最短のモノサシだ。



同時に、10年単位だからこそ、短期的な赤字は禁物になる。
短期で取り返すという発想がなく、とにかく100年以上存続することが最大の目標だから赤字などありえなくなる。
ということは、冒険はとにかくしない。




存続を軸に据えるから、世の中で忌み嫌われる世襲を大事にする。
代々受け継ぐことこそ最大命題だから、「なんとしても自分の代で潰してはならない」というコミットメントになる。




どうも世の中を眺めていると、今のこの時代だけが極端に特殊なのではないかと思えてきて、全く逆に張るということを考えたくなるという次第。

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2009-03-09 11:11:11

時代の風雨に負けぬこと

テーマ:ビジネス雑感




先だって、久方ぶりに生まれ故郷の神奈川県小田原市に立ち寄った。
小田原で生活していたのは、もう30年も前のことだけれども、幼少時代を過ごしたせいか、何年かに一度ひきつけられるように立ち寄ることになってしまう。
箱根の山の手前という地理上の特性からか、やはり小田原は関東経済圏なので、東京から行きやすいということもあるだろう。




たまに行く小田原をつぶさに見て歩くということはない。
というか、わざわざ見るべきものもない。
けれども、明らかに30年前とは違う街になっている。




印象で言えば、街から活気が失われている。(こんなことを言うのは、地元の皆さんには大変恐縮です。あくまで私の印象です。)
勿論、子どもの頃の純粋でくもりのない網膜に映る景色は常に繊細に物事を捉えたことだろうし、目にするものの全てが新鮮で活き活きとしていたのであろうと思う。




しかし、そうした子どもらしい純粋さを差し引いて比較しても、やはり、街の中にあるエネルギーのレベルが格段に低下しているように思われる。
考えてみれば当然。私が育った時代は末期とは言え高度経済成長期であり、日本全国先行きへの成長を期待し、右肩上がりを実現していた。
そして実際、新たな投資が盛んに行われることで街には常に活気があったように記憶している。




これは日本全体に共通して言えることであろうが、今日、地方都市において開発投資といえば郊外型モール開発くらいであって、駅前に新たな商業施設の開業など滅多にない。
30年前は、小田原のような関東の西のはずれの駅前にも、いわゆる百貨店が数店あった。
ところが、そうした商業街の中心的存在が完全に消え去って、駅前はどんどんくすんでいくし、錆付いていくというわけだ。




ところが、そういう町並みの変化を無視するように、私の小学生時代から変わらない営みを続けている店がある。
それは、駅前から少し外れた場所にある「守屋」というパン屋で、昔から変わらないあんパンやら甘食やらを売っている。
「まだ、ある」と聞いていたので、立ち寄ってみると、そこだけ昭和30年の状態で店はしっかり存在していた。



しかも、細々とやっているという具合ではなく、狭い店から溢れるように人がたかっている。
”行列ができる店”というような整然さ、スマートさはなく”人がたかっている”。
なんせ秩序なく人が集まっているために、どうやって注文していいか外部者(小田原人以外)にはよくわからない。
ただ間違いないのは、30年前と変わらず、今も人気を維持している。



守屋のような存在は、日本じゅうたくさんあるんであろうが、彼らのような存在のすごさは、大きな時代の変化に一切動じることなく生き抜き存在し続けているということだ。
世の中では、今もスピード経営ということが言われているが、そのコンセプトと逆側の存在がある。
時代という強烈な風雨に晒せれながらも時間に打ち勝つ経営のスタイルというのは、長い歴史に照らすと、スピード経営の逆の考え方こそスタンダードであったんではないかと気付く。



(時間がなくなったので、続きは今度にします。)

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