生と死
テーマ:ブログ事務所が2階に移り、整理をしていたら一枚の紙が出てきました。
それは以前あるお医者さんの公演を聞いた内容をメモった紙です。
2009年の公演ですが、今読むとまた違った想いが込み上げます。
「沢山の人の死に立ち会いました」
病院では余命が大体分かるので、目の前にいる患者さんが
もうすぐ亡くなることが分かるのです。
多くの患者さんの死に立ち会うことで死を目前に控えた人の心情を
知ることが出来ました。
人は死を意識すると余命が少しばかり伸びることよりも、
たとえ死が早まっても充実した時間を過ごそうと行動を
起こすというのです。
「人はただ生きるために生きているのではない
生きた時間を生きるために生きている」
「健康な死人と不健康な死人がいる」
余命が告げられた患者さんを、健康にすべくやったことが
病院で問題になることがしばしばあったそうです。
「1か月が、20日でもいいじゃないか」
お酒を飲ますのも一つ。
助からない、酒も飲めないじゃ、かわいそう過ぎるから…
女の子と添い寝をしたこともある。
彼女の好意を感じていた。
叶うはずのない恋と、彼女も分かっている。
そんな時だからこそ思いっきり甘えればいいんだ。
余命を告げられた車椅子の患者さんが歩行のリハビリを
したいと言い始めた。
たとえ、歩けても先は長くはないのに…
死ぬまで一緒に付き合ったが最後まで歩けなかった。
「悔いはないよ、ありがとう」
充実していれば苦労も我慢もまたいいじゃないか。
最後まで病院では問題を起こしていたそうです。
「今は小さな開業医としてやっていますが幸せです」
医者は沢山います。
腕で治す医者。
薬で治す医者。
「医者の価値は精神的フォローが出来るかだと思います」
自分の今やりたいことたった一つ。
これを叶えようと行動することが人生の真意なのかも知れない。
もし、叶ってまだ生きているのなら、また一つ、また一つと歩んでいく。
仕事が「商売」という巡り合わせで、目の前に顧客がいるのなら
精神的幸福感に形振り構わず取り組んでいくことが商売の
本質なのかも知れない。
今の自分の生き方はどうだろう?
そんなことを考えるいい機会でした。
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