井ノ上奈々オフィシャルブログ「なっさんのあしあと」Powered by Ameba

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息子が産まれてヶ月。


「長かったような、短かったような」


表現としてよく使う言葉だけど、本当にそんな気持ちです。

息子と過ごす日々は、まだまだ毎日が同じことの繰り返し。

授乳して、オムツ替えて、抱っこして、寝かせて。

だけど、少しずつ成長している気がして。

いえ、実際そうなんですけど、毎日見てたらあんまりわからなくない?

体重も重くなっていっているんだけど(4000g超えました!)、毎日抱っこしてたら変化がわかりづらくない?

でも、産まれて初日の写真と見比べると、もうほんと別人。

顔立ちもしっかりしてきたし、退院の時に言われた新生児黄疸もすっかりなくなったし、酷かった目ヤニも目薬のおかげで落ち着いたし

これからどんどん成長していくんだなと思うと、しばらくはこの「1ヶ月記念日」に色々振り返って、その変化に感動してしまいそうです。

小さなトラブルはこれからもたくさんあると思うけど、どうか元気に、すくすくと育って欲しい。

ホント、今はそれだけ。

もっと大きくなったら色んな夢や希望が出てくるんでしょうね。

こうなって欲しいとか、こんなことをやって欲しいとか。

でも今は、いっぱい飲んでいっぱい寝ていっぱい泣いていっぱい色んな表情を見せてくれれば、それで十分です。


とはいえ、個人的な目標はあるんです。

それは、上手にげっぷを出させること。

授乳の後に、抱っこして背中をトントンしたりさすったりして、げっぷを出させないといけないんですけど、上手にできない。

私の両親は上手いんですよね。

すぐに「ゲフッ」て出させられるんです。

これはもう慣れるしかないんですけど……( ;∀;)

とにかく、1日に10回以上チャンスはあるので、地道に頑張ります。


それから、1ヶ月の間にわかったことがひとつ。

よく、大人のきめ細やかなツルスベ肌のことを「赤ちゃんみたいな肌」って言うじゃないですか。

でも実際は、顔は引っ掻き傷やちょっとした肌荒れでツルスベには程遠いし、肩や背中・腕なんかは産毛でサワサワしてる。

じゃあどこがツルスベなのかと言うと


それは、手のひらと足の裏です!


こんなに気持ちのいい部分は他にない!

特に足の裏は、日々歩き続けてる私たち大人とはまるで違う!!

もうね、ずーーーっと触っていたいですね(笑)

皆さんも、赤ちゃんに会う機会があったら、そっと足の裏を触ってみてください。

その際は、手をしっかり洗って、爪が短いのを確認してからね(´∀`*)

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続きです。

ところで。
世の中の妊婦さんの間で分かれる「立ち会い出産問題」。
一緒にいてくれた方が心強いという人、痛みに耐えられず暴れている姿は見られたくないという人、出産のその瞬間にそばで支えたいという人、生々しいのは見たくないという人…。
そもそも、お仕事でとか距離的な問題で無理という人もいると思います。
考え方や選択は人それぞれ。
人それぞれだからこそ、光弘さんに聞いてみた。
「私は立ち会ってほしいと思うけど、光弘さんはどう?」
産みの苦しみは私しか感じられないけど、赤ちゃんとの出逢いの喜びは二人で感じたい。
あらかじめ休みが決まっている職業じゃないからどうなるかわからないけど、出来ることなら病院に来てほしい。
そう思って聞いてみたところ、返事は「OK」!
よかった、来てくれる気持ちがあるだけでも嬉しい。
無理なら無理で仕方がない。
東京の家から、私が行っている病院の最寄り駅まで来るのには、まあまあ時間がかかるし、終電過ぎた時間に陣痛が来たらそもそも来られないしね〜と思って迎えたその日。

そう、6月14日の夜。
ここから、前回の続きです。

陣痛が来始めたのがだいたい、21:30〜22:00頃。
病院に連絡すると同時に、「陣痛来たかも、でも今日産まれるかどうかわからない」と、光弘さんへLINEをし、しばらく耐える。
今から来るとなると終電になるか…もしくは途中まで来てタクシーになるか…といったところ。
来てほしい、でも今夜産まれるとは限らないから、明日朝一でも…と思っていたら、終電で来られそうとのこと。
よかった……!!
少し気持ちが楽になり、赤ちゃんに「お父さん間に合うってよ〜。よかったね〜」と語りかけてみる。
到着を待ち、陣痛に耐え、5分間隔くらいになってきた頃、もう一度病院に電話。
「では、病院に来てください」
と、お許しを頂き(変な表現かもだけど、その時は本当にそう思った)、お母さんと家を出る準備。
お父さんは私の陣痛が本格化する前に寝ちゃったし、来てくれていた妹はお留守番。
でも、頑張れ!ってエールをもらって、勇気付けられながら家を出ました。

病院に着いたのは、もう深夜0時過ぎ。
そう、6月15日になっていたのです。
助産師さんに現状を伝えると、陣痛室に行きましょうとのこと。
あぁ、よかった、すぐに入れた。
これでまだ様子を見ましょうって言われたらどうしようかと思った。
痛みがだんだん増してきて、助産師さんや先生の言葉が頭に入らなくなってきた頃、光弘さん病院に到着。
ホッとしたのもつかの間、ものすごい痛みが襲ってきて。
深い呼吸なんて全然できない。
鼻から吸って、口から吐くなんてできない。
頭ではわかっているし、自分としては冷静に対処したいと思っているのに、痛くて痛くて仕方がない。
よく、出産の痛みを「鼻からスイカが出るみたいな痛み」とか言いますよね。
この陣痛の間の痛みを表現するならば、「お腹と腰に剣山を押し当てられているみたいな痛み」でした。
あ、「金槌で叩かれているような」でもアリかな。
とにかく、比喩表現ではなく、現実に想像しやすい物理的な痛みだったのです。
痛みがマックスになると、自分でもびっくりするくらい「うーーっ!ああああ!!痛い痛い〜〜っ!!」と壁に向かって歯を食いしばりながら、叫ぶ。
これまた変な表現ですね。
でも、ホント、そんな感じだったんです。
光弘さんが手を握ってくれても、腰をさすってくれても、緩和されない痛み。
心では「ありがとうありがとう」って思っているのに、身体が言うこと聞かない。
病院に着いて3時間くらい経った頃、先生が病室に来て、私にこう告げました。
「陣痛が来ている間、赤ちゃんの心拍が苦しそう。このまま続くと危ないかもしれないから、帝王切開にしましょう」と。
その時の私は、お腹切るの怖いとか、どうして心拍が苦しいのとか、そんなこと考えずに「はい」って言ってた。
帝王切開にすることで、赤ちゃんが苦しまずに済むのなら。
私のこの苦しいのが、赤ちゃんと一体の苦しみなんだとしたら、早く取り除きたいし、取り除いてあげたい。
自分と赤ちゃん、両方のことを考えて、すぐに「はい」って言ってた。

その後は、光弘さんが手術同意書を書いたり、私が手術室に連れていかれたり。
あまり帝王切開のことを調べなかったせいで、手術台に乗ってから気がついたこと。

「あ、立ち会い出産できない」

そうなんです。
手術だから、普通分娩じゃないから、光弘さんは出産の瞬間に立ち会えないんです。
残念……だけど仕方ない!
脈拍や血圧を計って、胸から下に麻酔をかけられ、どうやらスタンバイが済んだ頃。
私は陣痛の痛みが無くなったことで気持ちに余裕ができ、手術室で流れているBGMが何の曲なのか、ぼんやりと記憶を巡らせていました。
切られている感覚はある。
でも、痛くない。
麻酔なんて親知らずを抜く時にしか使ったことがないから、体の半分以上にかかっているのは変な感じ。
何か引っ張られている感覚、先生たち(ラッキーなことにこの夜はお二人いらっしゃいました)が喋っている声、助産師さんが私の気持ちを紛らわそうと話しかけてくれる内容…。
頭はハッキリしているので、今でも何となく覚えています。
そして、時間が経ち、朝5:27。

「……んぎゃぁ、あんぎゃぁ〜」

赤ちゃんの声が聞こえて、無事出産!
すーーっごくホッとしました!!
だって、目の前にかかっているシートで何も見えなかったんだもの。
先生が「もうすぐだよ〜」って言ってくれていたけど、どのくらい「もうすぐ」なのかは全くわからなかったから、結構突然で。
ただ、帝王切開だったので、すぐに私の胸元に連れて来てもらうことはできず、何種類かの検査をされている姿を、0.03の視力で少し離れたところから眺めていました。
「赤ちゃんこっち向いてますね」って言われて「メガネを向こうに置いてきちゃったんで、全然見えないんですよ」って言ったら、助産師さんがすぐにメガネを持ってきてくれたけど。
そして、赤ちゃんを見ながら「あれ〜おかしいなぁ」と私が思ったこと。
それは、涙が出ない。
陣痛の時は、痛い痛いと叫びながらも、「きっとみんなこの痛みに耐えてるんだ!赤ちゃんも大変なのに頑張っているんだ!」と自分を奮い立たせていたので、涙が出なくても納得していたんですが。
産まれたら、感動して泣くもんだと勝手に思い込んでいたんです。
「いや〜、元気に産まれてよかったわ〜」「赤ちゃん遠い遠い(笑)もっと近くで見せて」「真っ赤っかだな〜、力の限り泣いてるなぁ」って、そんなことばっかり。
「きっと、落ち着いてから、抱っこしてる時に感動して泣いちゃうかも!」な〜んて思っていたその時の私。
甘いですよ。
その後は泣く暇なんてないですよ(笑)
感動して泣くことが全てじゃないけど、そうだと思っていたからちょっと拍子抜けでした。

そして、赤ちゃんを光弘さんとお母さんが待機しているお部屋に助産師さんが連れて行っている間、先生たちは私のお腹を縫っていて。
手術室から入院するお部屋に移動できたのは、もう6時…いや7時くらいになっていたかも。
そんなこんなで、私の出産は予想外の帝王切開により、病室に着いてから6時間ほどで終えたのでした。

あ、赤ちゃんが苦しそうだった理由は、頭が大きく育ちすぎた為、おでこが私の骨に当たって通れなかったかららしいです。
真正面向いちゃってたんですよね、うちの子。
あのままだとホントにずっと痛いまま、苦しいままだったみたい。
先生が早く判断してくれてよかった。


さて、その後の入院生活については、需要があったら書きます。
結構詳細に書いてしまったので、興味のない方や、こういう話が苦手な方が、うっかり読んでしまっていたらごめんなさい。
でも、こんな話、ブログじゃないと書けないし。
もし少しでも興味を持って読んでくれたのならありがたいです。

長々と書いてしまいましたが、最後まで読んでくれてありがとうございました!
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病院でもらった足形。
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6月15日。
5時27分。
3332g。
男の子を出産しました!

長い10ヶ月間でした。
とはいえ、3ヶ月ちょっとは気付いていなかったから、私が待っていたのは7ヶ月ないくらい?
ホントに、毎日が期待と不安でワクワクそわそわが止まらない妊娠期間を過ごした、というのが正直な感想です。
この歳になってこんなこと言うのも恥ずかしいですが、私達ちゃんと親になれるのかな、とか。
この子をきちんとお迎えできる、そんな親に。
なれるのかなって。
もちろん楽しみなことがたくさんあったわけですが、未知の経験すぎて、色々調べて勝手に不安になったりしていたわけです。

そんな日々を過ごしながら、5月からは実家へ里帰りさせてもらいました。
父と母に助けられながら、重い身体と付き合い、着々と赤ちゃんを迎える準備を進めていた頃のこと。
……実は、5月末の健診で、助産師さんから「早く産みましょう」って言われていたんです。
妊娠糖尿病の影響で、赤ちゃんが通常より育ってしまっている。
特に、母体の骨盤に対して赤ちゃんの頭が大きめだから、早く産まないと出産の時つらいよって言われて。
焦りましたね、その時は。
自分のことはもちろん、赤ちゃんが心配で。
ただ、いっぱい動いてくださいと言われたものの、糖質制限を始めてから炭水化物や糖類を減らしていたため、力が出ない。
すぐ疲れちゃう。
だから動けない。
落ち込む。
悪循環。
そんな日々でした。

そして、無情にも6月に入ってしまい、予定日まで2週間を切りました。
よく、初産婦さんは予定日より遅れる、と聞きますが、何故か私の周りは予定日より早く産まれた人が多くて。
それもあって、焦りは倍増。
毎日「早く産まれておいで〜お父さんもお母さんも〇〇のこと待ってるよ〜」と、赤ちゃんにお話ししたりしましたが、何も変化なし。

まだかな〜、まだかな〜、と待ちつつ、予定日を過ぎ…「そろそろ産まないと大きさオーバーしちゃうんじゃない?大丈夫?」とどんどん不安になっていた、6月13日のこと。
予定日を過ぎたら、みんなどんな風に過ごしているんだろう?と思い、ネットで検索。
いろんなジンクスがあって面白いな〜と読み進める中に、これは!という体験談があったんです。
それは、ラベンダー。
ラベンダーの香りは、子宮収縮効果があるので、妊娠初期は避けなければいけないもの。
でも、その体験談では、予定日を過ぎてしまって悶々と過ごしていた妊婦さんが、ラベンダーの香りを嗅いだら陣痛が来たという記述が!
よし、これをやってみよう!
と思って、お母さんが持っていたラベンダーオイルをティッシュに含ませ、枕元に置いて就寝。
翌14日朝、何も変化がなくてガッカリ。
……やっぱりダメかぁ、と落ち込みましたが、くよくよしても仕方がない!
この日は妹が休みを取って会いに来てくれたので、妹からも赤ちゃんに呼びかけてもらったりしながら、楽しく夕食をいただきました。

……その直後。
なんか、いつもと違う痛みが。
いつもは強い胎動だったり、強い張りだったりするのが、今回は「強い痛み」が来てる。
これはもしや陣痛では!?
間隔を計らなくちゃ…!
15分、10分とだんだん間隔が短くなり7〜8分を行ったり来たりのところで、ひとまず病院へ電話。
すると「5分間隔になったらまた連絡ください」とのこと。
結構痛いんだけど、これ5分間隔になるまで行けないのか…。
襲ってくる痛みの波に耐えながら、感覚を計り続け、たぶん5分くらいの間隔になったよねってとこで、再度病院へ電話。
「こんな痛みで…だいたい5分間隔で…◯分くらいで病院へ到着します…」と必要事項を伝え、入院グッズを持ち、いざお母さんの運転する車で病院へ。

……続く。
次は、結構長いです。
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「キーンコーンカーンコーン……」
「井ノ上奈々の2〜3次元同好会!」
「2週間ぶり!井ノ上奈々です。」
「この番組は、皆さんと一緒に2次元、2.5次元、3次元のオタクトークを楽しんじゃう番組です!」

いつもなら、更新される時間ですね。
でも、幕が下りました。
2週間前に更新された最終回は、聴いていただけたでしょうか?
すーごく詰め込んじゃった。
でも、感謝はいっぱい伝えられたと思うので、ブログでは違うことも書こうと思います。

6年間、隔週でやらせて頂いた私の一人ラジオ。
私の声優人生では、一番長いレギュラー番組でした。
最初はスポンサー無しでなるべくお金をかけずに、でも出来るだけ私らしさを出すラジオを作るところから始まったこの番組。
無謀なことをやっていたものですね。
きっとね、声をかけてくれたスタッフさんも長く続けるつもりはなかったと思うんだ。
「今、枠が空いてるから、1人でやってみない?」
それくらい軽い感じのお誘いだった。
私も
「1人でやったことないし、そう言ってくれるなら喜んで!」
って感じで。
それがまさか、6年も続くなんてね。
誰も思ってなかったと思う。
私も、スタッフさんも。
もちろん、終わりが決まっていないわけだから、永遠に続く可能性もあったわけだけど、スポンサー無しで、番組内でコスプレして、その時すでに20代後半の私の需要が、どこまで続くのか。
結果的には、スポンサーがついて、何とかコスプレも続けられて、30代に突入し、結婚して、子供を授かるまで続けられた。
これも全て、番組スタッフさんと音泉さんとリスナーさんのおかげです、本当に。

何度か悩んだ時期はあった。
「声優としての私」のポジションやモチベーションがぐらつき始め、周りから「声優なのにいつもコスプレしてる人」と思われていた時。
私がなりたかったのは、「声優だけどコスプレしてる人」だった。
プラスのイメージが欲しかった。
でも、マイナスに見る人もいた。
また、ゲストさんを呼んだ時に、(声優さんならば)相手は新番組の告知やイベント出演のお知らせをしているのに、何もない私にガッカリしていた。
「辞めたいな」というよりは「この気持ちのままじゃ続けられない」と思うようになって。
ネガティヴな気持ちで収録することもあった。
声優という仕事は波があって、それを覚悟して挑んでいたはずなのに、新しい何かを提供できない現状がとても歯痒くて、ファンの方にも番組を支えてくれている方々にも申し訳なくて、ゴールが見えないことに不安を抱えていて。
それでも、「楽しい」「もっと聴きたい」「またイベントに行きたい」と言ってくださるリスナーさんがたくさんいて。
正直に言うと、その言葉が本当に本当に支えでした。
ゲストさん目当てで初めて聴いたリスナーさんがそのまま聴き続けてくれたり、ゲストさん目当てでイベントに来てくれた人がラジオも聴いて好きになってくれたり。
本当にありがたいことです。
だから、今まで来てくれたゲストさん達にも本当に感謝しています。

悩んだりネガティヴになったりもしたけど、好きなことをしていたのは本当。
「好き」を表現できる、「好き」を隠す必要がない、「好き」を受け入れてもらえる…。
作品ラジオにはない自由さ。
作家でディレクターの長田さんが理解してくれて可能性を広げてくれて。
カメラマンの竹之内さんが新しい世界を見せてくれて。
スポンサーのエクシングの石井さんが番組の為にいろいろ動いてくれて。
音泉の歴代担当者さんが私の要望をたくさん聞いてくれて。
そのおかげで、最後まで方向性が変わらずに、『井ノ上奈々の2〜3次元同好会』という番組をやってこられた。
私がただの出演者ではなく、一緒に番組を作る一員でいられたのも、誰一人欠けちゃいけないこのスタッフさん達のおかげだと思う。
これからこんなに密な関係を築ける現場があるかわからないけど、この人達に出会えたことを感謝して、これからも頑張りたいなって思う。

ラジオなのにほぼ毎回していたコスプレ。
何のために?と聞かれても、楽しいから。としか答えられない。
ただの趣味だったものを、出してもいい時代になったから出してみた。
やってもいいって言ってくれる人がいたから、やってみた。
ただ、それだけのこと。
毎回すごいねと言われたけど、すごいのは衣装やウィッグを手配してくれたスタッフさん。
私は、仕事に趣味を持ち込んだだけなんです。
これが10年前くらいだったら、受け入れてもらえなかっただろうなぁ。
自分が関わっている作品じゃない限り、コスプレする機会なんて与えてもらえなかったし。
でも、隠さないでよかった。
コスプレをしている時は、いつも幸せだったから。
全部じゃないけど、今までやったコスプレをまとめてみました。
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これでも半分いかないくらい。
途中でスマホが変わったりしたから、全部は残ってないのが残念。
それでもたくさんたくさんコスプレしました。
今、33歳。
口では、きっこお姉ちゃんのようにずっと続けたいって言っているけど、果たして出来るかどうか。
個人で楽しむ分には構わないんだろうけど、仕事として受け入れてもらえるかどうか。
どんなにコスプレが好きでも、年齢を重ねて、趣味を超えた活動をどれだけ出来るだろうか。
もちろん、その時になってみないとわからないし、私自身がそう出来る努力をすればいいだけなんだけど。
上に書いた「声優なのにコスプレしてる人」どころか「コスプレしながらたまに声優してる人」にならないようになりたい。
あぁ、ごめんなさい。
頭での考えと、心の中の気持ちが、バラバラなんです。
いつか開き直って心から楽しめるようになれたらいいな。
年齢関係なく、いつまでも好きなことやれたらいいな。
でも、これで終わってしまっても、ここまで好きなことやれたんだから、幸せだったな。
一番やりたいこと(声優の仕事)を続けられることを第一にして生きていかなきゃな。
……と、ぐるぐる考えているわけです。

出産前だから、全てが不安なのかもね。
母でいること、妻でいることを一番に考えたいけど、同じ立場で仕事をしている先輩達のように、しっかりお仕事復帰して、声優をやりたい。
欲張りなんですかね。
どうなんでしょう。
わかりません。

2〜3次元同好会のことを振り返るだけのつもりだったけど、別のことを書いちゃってごめんなさい。
でも、6年も続いた仕事が終わってしまって、いろいろ考えちゃってるんですよね。
たぶん、産んでからもずーっと考えてると思う。
(そんな余裕ないかもだけど)
最終回では、「またいつか」なんて言ったけど、そんな幸福なことが本当にあるんだとしたら。
今抱いている不安や心配を笑い飛ばせるかもしれない。
あんなに悩んでバカだったなって。
でも、そんな幸福なことがないかもしれない。
これが、自主的な活動だったのならば、私が「やりたい」と言ってスタッフさん達に声をかけて、復活させることは可能だと思う。
だけど、あくまでも「仕事」としてやっていたから、私の希望だけじゃ叶わないんです。
だから、もし復活できなかったらごめんね。
復活できたのなら、それは本当に本当に恵まれてて幸福なことなんだと思ってくれたら嬉しいです。

振り返るって言って、意外と暗い感じになってしまってごめんね。
でも、2〜3次元同好会をやれてよかったと、本当に心から思うよ。
たくさんの人と関わって、たくさんのことを経験して、たくさん思い出ができたよ。
イベントも楽しかったし、毎回のツイッターアンケートも楽しかったし、たくさんのメールも嬉しかったよ。
ありがとう。
幸せな6年間でした。
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最終回の収録後に撮った写真。
6年の最後だから、卒業証書が欲しいと言った私のために用意してもらった賞状。
素敵なメッセージを持って来てくれたゆいみん。
一緒に番組を作ってきたスタッフのみんな。
また集まって何かができるように、私頑張ります。
ウジウジしたり、落ち込んだり、後ろ向きになったり、もうダメだって思ったりするかもしれないけど、みんなに望んでもらえる私になれるように頑張ります。
また会えますように。

本当に本当に、ありがとうございました!!
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早いものでもう2周年。
あっという間ですね。
何十年とご夫婦をされている方から見ればまだまだひよっこなのかもしれませんが、個人的にはようやく夫婦らしくなってきたなぁと思う今日この頃です。

一昨年の今日は、朝まで確定申告をやって、税務署に出しに行って、区役所へ向かい婚姻届を出し。
その後、光弘さんは仕事へ行き、私は家で仮眠を取り、発表をして、夜は一緒に外で食事をしたのでした。
書類不備が無くてよかったとホッとしたっけ。
もしそうだったら、入籍日変わっちゃうもんね。
事務所とか、マチアソビの公式サイトでも発表してもらってたから、いろいろ狂っちゃうもんね。
苗字が変わるって凄いことだなぁって思った。
私には「井ノ上」の名前も残ってるし、今でも呼ばれる頻度としては「井ノ上」の方が多いかもしれないけど、保険証を受け取った時は何かよくわかんないけど震えたの。
嬉しさなのか驚きなのか、「あ、苗字変わったんだ」って。
慣れるまでに時間はかかったけど。
最近ようやく馴染んできましたニコニコ

去年の今日は、身内向けの結婚式。
徳島の結婚式には、さすがに家族や親戚は呼べなかったから、入籍から1年のその日に改めて挙式をしました。
出来るだけ私たちらしい結婚式をしたい!と思って、プランナーさんと色々相談をし。
歓談の時間に山口キヨヒロさんにお願いしてパーソナリティをやってもらいながら、新郎新婦がゲストになるというラジオ形式のトークショー?は、私たちならではの企画。
あたたかくて和やかな時間を作れたと思います。
夜にはパーティーもしました。
平日の夜なので、都合がつかず断る方も多いかなと思い、予定人数よりも多めにお声がけしたら、ほぼほぼ出席してくださって。
ギュウギュウの会場で、来てくださった方には迷惑かけちゃったなぁ……。
でもそれでも。
たくさんの方にお祝いしてもらえて、とても幸せな1日でしたおねがい

そして今年。
光弘さんが夕方からお仕事だったので、お昼ご飯を一緒に食べに行きました。
スカイツリーのブログに書いた、行きたい場所・食べたいもの、の「つるとんたん」。
うどん屋さんです。
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人生で二度目!
いやホント、器がでかい。
食べ応えが満点のおうどん。
行けてよかった〜(*'▽'*)

日頃からお互いに感謝を伝え、これからのことを話し、少しずつではありますが、夫婦としてちゃんと階段をのぼれているような気がします。
来年の今日には、ちゃんと3人でいられるでしょうか。
生まれるまでも、生まれてからも、100%の安心なんでありません。
でもきっと、3人でいられることを願って……

今日からまた、一歩ずつお父さんお母さん


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