2008-09-30 23:15:57

最近、仕事が忙しい。

テーマ:じぶんのこと
一連の金融不安と、中間決算が重なって

なかば無理やりやらされてる仕事が忙しくなり

しかも、報酬は下がるという

今の経済事情そのままの展開に苦しんでいます。


こんなもの放り出しちゃえばいいのですけど

どうやら雇い主は僕の扱いを心得てしまったらしく

ときどき褒めたり、筋論で攻めたりと

言行一致を守りたいと願う僕の気持ちは変えられませんから

なんとなく続けてしまっています。




経済に関してもですが

僕はまったくの素人で、ほんとに

大学で経済学を学んだりとか、独自に勉強したりとか

そんなことは一切してません。

むしろ、お金のことを考えるのは大嫌いで

損得勘定が不愉快で、「清貧」にこそ心を惹かれるのです。


僕はいつも欲望をなくしたいと思っています。

物欲も名誉欲も性欲も食欲も、欲と付くものはすべてなくしたい。

その結果、傍目ではどうしようもなくツマラナイ人生だと思われても

それはそれで構わないと思うのです。


そんな僕ですから

この少子高齢化と官僚の問題を含めた政治不信と

医療年金・食糧などの生活不安で

どうにも先行き不透明の日本経済がどうなろうと一大事だとは思えません。

衰退するなら衰退すればいいのです。

ただ、そのとき僕たちが衰退していく経済と共に沈んでいくことは納得できません。

失うものがあれば手に入れるものもある。

いや、失うものがあるならば必ずそのとき何かを手に入れるべきなのです。

その手に入れるものが、きっと経済的裕福さとは違う、精神的裕福さであって欲しいと願います。

伝統に裏付けられた価値観の共有

道徳や倫理観、思いやりや節度

身の丈にあった欲をちゃんと管理できる人が増えてくれることを期待します。


逆に、それを手に入れることができるのなら

経済成長なんか捨ててしまっても構わないと思うのです。

正直、僕は今までの世の中が、特に構造改革による規制緩和

それに伴う、人間性の規制緩和、多様性の氾濫

縛るものを法律のみに求める、短絡的な合理主義

安定よりも飛躍を求める思考

夢という言葉に酔いしれた身の程を弁えない人々

本音偏重、民間偏重、現在偏重、

僕はそういうものが仮に成長をもたらしたとしても

大嫌いなのです。




たぶん、そんな僕だからそんな仕事をさせるんでしょう。

他人の評価は別にして

一応、僕なりに一貫した世界観のようなものをつくりあげてきたと自信はあります。

そのための努力はしてきたつもりです。

その過程でさまざまな誘惑に負けない精神を養ってこれたのではないかと思います。

どうあれ、僕が僕である理由は手中におさめつつあると感じているのです。

もし、そこを買ってくれているなら

僕はその期待に応えなきゃなりません。


そして、もう1つ自信を持っているのが「鼻」です。

もちろんジミー画伯のような、臭いに過敏なわけではなく

でも、僕は処女喪失後まもなくの女性が匂いでわかるという特技があるのですが

まったく利用価値のない、意味のない特技なので

誰かうまい使い方を教えてください。

いや、そういうことではなくて

雰囲気を察知するという意味での「鼻」に、わりと自信があるのです。


たぶんそれは、僕の過剰な臆病さが結果的に鍛えたのだと思いますけど

微妙な心の変化や微妙な状況の変化がなんとなく少しだけ人より早く察知できるのです。

いや、できてるのかな?

まだよくわかりませんけど。

とりあえず、空気を読めずに失敗した経験は‥少しありました。


うん。あることはあるのです。

僕は僕自身が実際行動するとき、どうもそういう感覚が消えてしまうのです。

たとえば、恋をしたとき

こうなるともうダメです。全然状況が把握できなくなります。


株をはじめたときも、わりとパーフェクトに近いタイミングで

ほぼ思った通りの展開で騰がっていきましたけど

いざ、買うとき、個別銘柄の選択を誤ります。


ですから、こうして客観的に情報を集めて送る作業は

僕に向いてるのだろうと思うのです。

それに結果は偉い人たちが出すのだし

間違えようが正しかろうが僕に責任はありませんから。






2008-07-25 23:18:58

素敵なものをめぐる冒険・終わり

テーマ:じぶんのこと
「素敵なもの」という、

主観的で曖昧なものをめぐること。

たぶん、これを目的にできる人間は限られてると思う。



曖昧な目的は目的にならない。

地図上の目的地が「←このへん」では、最後のところで迷ってしまうし

インディー・ジョーンズの映画でもそうだけど

お宝を得るにはなんらかのカギが必要で、その前にはたくさんの罠が待ち受けてる。

さすがのインディーも鞭なしでは、コウモリにだって苦戦するんだ。

だから準備が必要になる。

水中なら酸素ボンベが必要で、火中なら防火服が必要で、空なら飛行機が必要で

月なら宇宙船、女性にはプレゼントが必要だし、甘い台詞も必要かもしれない。



そして、それはたくさんの人の目的じゃなく、僕個人の目的なんだ。

たくさんの人たちの目的は、ある程度の曖昧さが必要だけども

個人的目標が曖昧であってはならない。



それでも、「素敵なもの」という曖昧なものをなぜ目的にできるのか?と言えば

僕が信じられる価値基準を持ってるからだ。

僕にはトラディショナルな価値基準がある。

それが背景にあるからこそ、曖昧さを乗り越えることができるんだ。

僕の主観は伝統的価値基準を経過して、公平さを得る。

公平に素敵なものを選び出すことができる。

そのことについては、誰よりも自信を持ってるんだ。



だから、その問題は乗り越えることができる。

できると踏んだからこそ、僕はそれを目的にすることができる。



さて、その素敵なものをめぐる冒険。

これはあてのない冒険なんだ。

終わりが設定されていないんだ。

終わるとき、それは僕が死ぬときなんだ。


観光とは違う。旅とも違う。

素敵なものを見つければ、直ちにそこに向かうしかない。

目の前にヤマタノオロチが雄たけびをあげていても、

逃げることは許されないんだ。


もし、それが人ならば

僕はとても臆病で小心者で誤解を恐れる人間だけど

それでも声をかけなければならないんだ。

素敵であることを、直ちに伝えなければならないんだ。


素敵なものを眺めるのではなくて、素敵なものにコミットすることなんだ。




目的が決まれば、目の前の小さな選択もそのためにしなきゃならない。

欲や楽を選んでしまえば、僕は嘘つきになり、二度と立ち上がれなくなるかもしれない。

もしかすると、誰かを傷つけることになるかもしれない。

素敵なものをめぐるということは、素敵じゃないものをめぐらないということ。

ときには、素敵じゃないものを素敵じゃないと言わなきゃならない。

それは僕にとって簡単だけど、とても辛いことなんだ。




これからはじめるお店も、そのためにある。

この先出会うかもしれない大切な人も、目的のための過程になる。

もし、その人が目的を共有してくれたら、それは素晴らしいことだけど

もし、その人が受け入れてくれなければ、たとえどんなに愛していたとしても

捨てなければならない。


何か1つでも選び損ねれば、それは僕を損ねることになる。

素敵なものをめぐる資格を失うことになるんだ。

そして、それは僕の人生を決定的にする。生きながらの死を決定するものになる。

それだけの覚悟をしての目的なんだ。


そうやって集めた素敵なものたちを

この世界のどこかに刻み付けて僕は消えていく。

こんな生き方素敵じゃないか。

そう、仮に最終目的地をつくるとすれば

それは生き切って僕自身が素敵なものになることだ。

あの南アルプスの山々みたいに。




青臭いとか幼いとか言われるのは仕方ないにしても

僕はただのロマンで語ってるわけじゃない。

ロマン的なものを、夢想的なものを現実に引っ張り込み

大地に根付かせてやろうとする野望なんだ。

本当にできるのか、やり遂げて証明したいんだ。

こういう人生もある。

結果的にではなく、過程を踏まえて意識的に

こういう人生もあるんだと、どこかに刻んでこの世から消えたいんだ。



最後にしては酷い文だけど

いつものことだからしかたない。

とりあえず、これでここでの僕は終わりだ。





2008-07-24 22:37:04

素敵なものをめぐる冒険・その2

テーマ:じぶんのこと
こうして自分探しを書くのも最後になるだろう。

もちろん考えることをやめてしまうわけじゃない。

ただ、僕は僕の生きる意味を得た。

金魚鉢を泳ぐ金魚のように僕はあからさまなんだ。

迷うことなんか1つもない。


だから、考えるとすれば

目的や前提に対して、それがどんな意味を持つのか?で

目的や前提に対して、僕はどうするべきなのか?で

他にあるとすれば

僕の勇気のなさを嘆くことくらいだろう。

冒険は勇気がなければ成り立たない。





もし仮に、この世界に真実があって、真実を見つけることができたなら

僕がどう生きるべきか?なんて問いは生まれなかった。

真実の示すままに生きるしかないのだから。

だけど、この世界は未だに真実を見つけることができない。


あらゆるものは、あらゆる出来事は

功罪や成否や善悪を併せ持つもので

僕の得た目的でさえ、その関係性の中にある。



たとえば僕は目的を定めることで縛られることになった。

ダイエット中に幾つもケーキを食べてはいけないように

僕は様々なものを諦めなければならない。

だけど、限りない自由なんてこの世界には存在しない。

あるかのように見えるけれども、存在できないんだ。

なぜなら、僕たちは日々選択をするからだ。

選択をすることは、選択しないものを諦めることなんだ。

僕たちはそうやって日々を送っている。

これはどうにもならない事実で、逃れられない現実なんだ。

そして、その現実という当てのない空間に

小さな楔を打ち続けて生きるか、

大きな楔を1つ打ち込むか、それだけのことなんだ。



この世界に真実がないのなら

すべての答えは「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」という

答えのない世界なんだ。


どうしてそんな闇雲な世界で

好きだとか嫌いだとか良いとか悪いとか簡単に言い切れるものなのか?

僕にはそれがわからなかった。

腑に落ちなかった。馴染むことができなかった。


一度選択して捨てたものは、どうあがいても戻ってこないんだ。

ギロチンにかけられて死んでしまうんだ。

もしかしたら彼は、彼女は無実かもしれないじゃないか!

彼らにだって良いところはたくさんあるんだ。

ただ、僕がそれをそのとき望まないだけで、

この世界のことを何一つわかっていない僕が、ただ望まないだけで。

こんな選択があっていいものだろうか?

僕の躊躇いは、自分自身への不審感と、それに伴う責任能力だったんだ。

自信がなかった。覚悟もなかった。

そんな僕が日々の選択なんてできるわけがないんだ。


でも、それでも迫られるんだよ。

時間は淡々と流れていくんだ。未来はすぐに過去になる。

選択をしないことで選択されていく。

出来ることは追認だけなんだ。



僕たちはいずれ死んでいく。

生きた証がほしかった。

蓄積されていく過去に僕がいないことが悲しかった。

それだけはどうしても諦め切れなかったんだ。


だから、どうしても大きな楔を打ち込みたかった。

そうしないと僕は生きることができないと思った。

そして僕は、ようやくこの「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」という

答えのない世界に、たった一つの大きな楔を打ち込んだんだ。

たくさんのものを諦め、捨てることを覚悟した。

覚悟できるものを、僕は僕の持つすべての知恵と勇気で探し当てたんだ。

これが僕にできる精一杯なんだと。





そうしなければならないものを、そうしただけのこと。

自由は不自由を与え、不自由は自由を与える。

言葉は僕を縛り、僕を解放する。

すべては言葉の世界の出来事。

だから、僕の現実の表層はまったく、まったく何一つ変わらない。

僕の心だけが、大きく、そして小さく変わるだけ。




これで僕には二つの大きな支柱ができた。

伝統は僕と過去を繋ぎ、未来を手繰り寄せてくれた。

そして、手繰り寄せた未来は今、僕と繋がった。

あとは僕が生き切るだけだ。




さて、次は具体的なことを書こう。

どうしてこんな馬鹿なことをしてるかって?

うん。もう少し僕を縛りたいんだよ。

今の覚悟が明日続くと誰が言い切れる?

もちろんそれだけの覚悟はしたつもりだけど

僕はまだ慣れてないんだ。

物事は具体的に進めないと、間違えることも多くなる。

慣れるまではできるだけ間違いたくないんだ。

今はできるだけ自信を失いたくない。


言葉にすると、僕はそのとおりに行動しなきゃならない。

言葉は次ぎの言葉を必要とするからね

新しいアイデアも、正誤の判断も

言葉によって生まれていくし、決められていく。

僕はそうすることしか術を知らないから

きっと性質みたいなものなんだろう。


















2008-07-22 22:47:27

素敵なものをめぐる冒険

テーマ:じぶんのこと
世界には幸福とたくさんの不幸と僕の人生があった。

僕はそこで様々なものを切り離しながら生きてきた。

どこかの国の事情を切り離し、この国の事情を切り離し、世間の事情を切り離し、家の事情を切り離し

臆病な僕がどうにか生きるための努力をし

与えられる課題は流れ作業的に

たくさんの物足りなさに、ときどきの満足

世界がそうであるように、僕は生きてきたんだ。

そしてこれからもそうあり続けると思っていた。あるときまで。



ある日、僕は小さな箱を道で拾った。

誰にも気づかれないように、家に持ち帰って開けてみた。

僕は不用意過ぎたんだ。人生に対して。

そうやって僕は大きな問題を抱えることになった。


「本当にそれでいいの?」

「いったいそれは何のためにしているの?」

「それでどうなるの?」


それ以来、僕はいつも問われ続けた。

なにをしていても、問われ続けた。

誰でもない僕自身に、うんざりするくらい。



そうなると僕にはもう選びようがなかった。

立ち止まるしかなかった。

時間は淡々と過ぎていく。

みんなはどんどん先に進んでいく。

もちろん焦りはあった。人並から外れることは怖かった。

でも、答えのない世界で問われ続けながら生きることができなかった。



答えはどこにでもあった。

だけど、それは帽子選びよりずっと個人的なものだった。

どう生きるべきか?じゃなく、僕がどう生きるべきか?なんだ。

「僕」がなければなんの意味も持たないんだ。



なんどか答えのない世界を生きようとした。

でも、どうしても馴染むことができなかった。

気がつけば、問いかける僕自身は、僕と一体化していて

腑に落ちない苛立ちが僕を悪質なものに変えてしまう。

だから、僕は美しさに逃れるしかなかったんだ。



じたばたしたんだ。

大切な人を失ったり

居場所を自ら放棄したり

後悔したり、希望を持つように努めたり。

無視したり、固執したりした。


なんで僕はもっと自然に

みんなみたいに生きられないんだろう?

どうあっても時間は限られてるというのに。



僕を好きになってくれる人は、僕の生き方を個性的だと褒めてくれる。

だけど僕を愛してくれる人は、僕の生き方を認めてはくれない。

それはしかたのないことだ。

だけど、僕は自分で選んだんじゃないんだ。

偶然、たまたま箱を拾って開けてしまった。

個性的でもなんでもない。

この生き方しかできなくなってしまっただけなんだ。

できることなら、すぐにでも

僕は違う生き方がしたかったんだ。泣きたいくらいに。




そして僕はここで、切り離したものたちを集めて1つにすることにした。

僕と家と世間と国と世界と歴史と思いやりと恋と喜びと悲しみと生と死と

この世界のありったけのものを1つにしようとした。

すべてのカギは関係性だったんだ。

矛盾が僕の中で1つになった。たぶんなった。

すべてが解けたわけじゃない。僕にそんなことはできない。

だけども、僕なりにすべてが2つにも4つにも100にも1000にもなって1つになった。

そう、僕なりに。

「僕」なりに。




僕が誰であるかを僕は知ることができた。

ようやくにして、「僕が」どう生きるべきか?の僕を見つけた。


もちろんそれが揺るぎない真実かどうかはわからない。

ある日突然、また小さな箱がやってくるかもしれない。

でも、僕は揺るぎなくそれを信じることができる。

そう、信じることができるんだ。



僕は素敵なものを探すために生きる。

そして関与する。

旅ではなく冒険だ。

素敵なものをめぐる冒険。

蛇やさそりに襲われたり、野宿したり身包みはがされたり

たくさんの犠牲を覚悟して

生涯を素敵なものをめぐる冒険に費やす。

それが僕の生きる意味だと信じる。どうあれ信じ続けていく。

迷わずに、どうあれ迷わずに。


費やしてきた歳月が、あまりのくだらない答えに笑ってしまうかもしれないけど

僕は今、誰よりもきっと自由になったと思う。

もし、適切に共感してくれるなら嬉しいけど

たぶん、きっと僕にしかこの素晴らしさはわからない。

「他人はどうだっていい」

はじめてそれを言える。言い切れる。


こうして僕は僕を探す旅を終え、ついに冒険に出る。

人生のすべてを懸けて。

これが僕の答え。

30年目にしてようやくたどりついた、僕はどう生きるべきか?の答えだ。





















2008-07-22 16:06:49

はじまりとおわりとはじまり

テーマ:じぶんのこと
近頃、うまく寝れない。

暑さもあるんだろうけど、なにかをしてる最中に寝てしまう。

昨日もあるブログの風景写真を見ながら寝てしまっていたし

今日も本を読みながら寝てしまっていた。


気がつくと午後3時で

今日は大事な契約の日で、その約束も午後3時

とりあえず事なきを得たけど

このままずるずる続けるわけにはいかない。





「はじまり」は突然にやってくる。

だけども、「はじまり」は曖昧になる。

それがこの先の生き方を左右する人生的なものであっても

我が家に子犬がやってくるような明確さはない。

気がつけば、家の隅っこでクンクン鳴いている。

「いったい何時からここに居たんだろう?」


後になってからならいくらでも言える。

「あの日、夕立に濡れる君を見たんだ。そして僕は恋に落ちたんだ。」

明確なはじまりをすべて嘘だとは思わない。

だけど、「はじまり」のほとんどは

「いつからだろう?だけど今、たしかに君に恋をしてるんだ」

恋は恋自体がとても不明確なものだけど。



僕はまだ記憶を手繰り寄せることができた。

「はじまり」を思い返すことができた。

2008年7月20日 午後5時40分ごろ。

特別快速との待ち合わせのため国分寺駅停車中の先頭車両。

僕は壁に体を少し預けながら、ホームに入ってくる電車がゆっくり止まるのを眺めていた。

そして扉が開いて、何人かの乗客が僕の乗る停車中の電車に向かって歩いてくる。

音楽が鳴る。特別快速の扉が閉まる。ガタンガタンと音をたてながら動き出す。

徐々に速度をあげていく。僕の視界から電車が消える。奥のホームが見えた。

そのとき「はじまり」は僕の頭の中に広がった。



僕はその後、その「はじまり」の持つ意味や正確性を吟味し

晩ご飯はハンバーグ的なものじゃないことを確かめた。

「はじまり」は、少しの感動と、決意と覚悟に変わった。




その「はじまり」は、とても普通のことなんだ。

言葉にすれば、愛くらいどこにでもあって、信義に欠けるものなんだ。

だけども、そんなことは僕に一切関係がない。

世の中でその言葉がどう使われていようが、どう意味を持とうが。

ただ、僕にとってそれは

マルコにとっての母親と同じで

日照りや大雨、飢えや渇き、街と荒野、優しさと厳しさ、信頼と裏切り、愛と憎しみ、出会いと別れ

そういう日々の果てにあるものなんだ。

もちろんマルコほどの切迫性はなかったけど。


そして、マルコが母と再会することで新たな人生を得たように

それは僕が抱えてきた大きな問題を解決させ、新たな人生を与えてくれた。国分寺駅で。




これは本当に恥ずかしいことなんだ。

肉体の付きまとう世界では決して口には出せないような恥ずかしいことなんだ。

だけど、これまでもずっと恥ずかしいことを書き続けてきたから

もう少しだけ我慢しようと思う。

だって、そのために僕はずっと続けてきたんだから。

長かったけど、ここに書く意義を全うさせることができた。ようやくにして。

そう、ようやくにして僕は僕を生きることができる。

僕をめぐる旅が終わって、冒険に出るんだ。

僕はある意味、僕のすべてを手に入れたんだよ。


















2008-04-11 10:40:56

前の彼女が結婚するらしい。

テーマ:じぶんのこと
昨日、母親から前の彼女のことを聞かされた。

僕の母と前の彼女は仲がとても良くてね

僕たちが会わなくなってからも

ときどき連絡をし合ってた。



僕は不定期な仕事を辞めて

定期的に働ける以前の会社に戻って

みんな昔と同じように僕を扱ってくれて

僕も相変わらず僕で

なんだか昔に戻ったみたいな気分になって

だけど、土曜日も、日曜日も会うことのない彼女だけが

あの頃と違っていて。


待ち合わせによく使った喫茶店の前を通って

最後に見た階段を登って

小さく手を振り合った向かいのホームを眺めて

僕は毎日を送ってる。

車両が新型に変わっただけ、看板も空も匂いもほとんどあの頃のままだよ。



もう、全部終わったことなんだよね。

僕はそれを言葉にして言えた。

うん。彼女、結婚するかもしれないんだって。

昨日、それを聞いたんだよ。


言葉にすることは簡単さ。

何度でも言えるもの。全部は終わったことだよ。

だけど、やっぱり胸が痛むんだ。

正直、僕にはわからないよ。

想像と現実は似てるようで似ていない。

現実として僕は受け止めていたのだろうか?

本当にわからない。




この際だから全部正直に話しちゃおう。

ここではすべてが想像でしかないからね。

何をどう書いても、現実にある僕自身とは似ているようで似てないからね。



僕はさ、彼女に会わなくなってから今まで

一緒に居た頃とほとんど変わりなく

彼女のことを思ってた。

愛していたとか、そういうことじゃない。

同じくらいの回数、彼女のことを考えていた。

「元気にしてるかなぁ‥」と、声に出すこともあったよ。

寂しいと思うことなんて何度もあった。

誰も居ないからじゃなく、彼女自身が居ないことが寂しいと思った。


もちろん、もう一度やり直すことも考えた。

今までの僕の思いを素直にかたちに、言葉にするとしたら

それが最善だと思った。


そして、彼女もきっとそれを望んでるだろうと思った。

過信じゃなく、僕たちは普通の20代の恋をしたわけじゃないからさ

彼女がどういう気分で、どういう理由で

離れ離れになることを決めたか、僕には手に取るようにわかっていたから。

だからさ、「結婚するかもしれない」と、聞いても喜びきれない。

僕自身の想いが理由じゃなく、彼女が結婚するに至る経緯まで想像できてしまって

なにを考えているかも想像できてしまってさ。


今だって思うよ。彼女の親や姉妹より僕は彼女を理解していたし

彼女の幸せを誰よりも願っていたし

誰と比べてじゃなく、僕の誠心誠意でそれを実現しようとしていたもの。

利用しようとか誤魔化そうとか、そういうものを一切含まず

彼女に向き合っていた。

僕は彼女のためになること以外を考えたことがなかったよ。偽りなく。


もちろん僕に非が無いわけじゃない。

考えれば考えるほど非だらけなんだよ。

彼女の望むものと、僕の想いとは違ったし

だけど、その非を背負えるほど僕は大人じゃなかった。



彼女と会わなくなってから

僕はたくさんのことを想って、経験もして

僕が犯したたくさんの間違いに気がついて

背負うことも出来るようになったと思う。

たぶん、僕は同じ経験をした誰よりも

過去をちゃんと見つめたんだ。

だから、自信もちゃんとある。



でも、僕は切り出せなかったよ。

勇気がなかったわけじゃない。

断るとか受け入れるとか、そういう話じゃなくさ

もっと違うところでね。





もし、もう一度やり直せたら

きっと僕は幸せだったと思う。

彼女もたくさん笑えたと思う。

でも、そのときだけさ。

僕は彼女を理解していても、僕を変えてまで彼女の想いに応えられない。

彼女は僕のことをちゃんと理解できない。

同じ問題をもう一度抱えることになる。

それは間違いなく、そうなるんだ。

1+1が2になるように、そうなるんだ。


それを避けるためには、僕が僕に不誠実になるか

理解した振りを彼女が続けるしかない。

それは絶対にうまくいかない。


未来は誰にもわからない。

僕と彼女の関係も、未来どうなるかわからないよ。

親だろうと姉妹だろうとわからない。

でも、僕だけにはわかるんだ。

僕と彼女の関係の未来だけ、僕にはわかる。




これは過信でも、思い込みでもないよ。

誰もがすぐに忘れてしまう過去を

洗いざらいひっくり返すほど、僕は考えたのさ。

だってさ、僕は誰よりも彼女のことを想っていたから。

本当に、僕にとって掛け替えのない人だったからさ。

だからね、考えるだけで苛立ってしまう。

どうにもならない現実に苛立ってしまうんだ。

愛とか恋とかじゃなく、もっと別なところで。




だけどさ、どこか受け入れ難い気分が残ってたんだろうな。

ちゃんと大切な子を探そうとしなかったことも

部屋に残された彼女の物を捨てていないことも

写真を貼りっぱなしにしてることもね

無頓着だからだと思ってたけど、どこかで残しておきたいと願ってたのかもしれない。

別に、それを見てどうこう思うわけじゃないんだ。

ただ、捨てるのが面倒だから置いておいた。

そういうことだと思ってたし、今でも思ってたりもする。




これは未練なんだと思う。

だけどね、そりゃ未練も残るよ。

僕はそういう人間で、僕はそういう生き方しか出来ないんだもの。


そしてさ、僕は苦しんでないんだ。

未練は未練としてあるけど、

酷く苦しくも、悲しくもない。

絶望的な気分も一切ない。

少し切なくなっただけ。

そのことに対しても、ちゃんと向き合わなきゃ‥と、思っただけ。

1つの区切りがやっと訪れた。そういうことだと思ってる。


ただ、どうしても胸を苦しめるのは

彼女が他の誰かの腕の中に居るってことさ。

これだけは苛立つ。

正直な話、そういうことなんだと思う。

ちょっと情け無い話なんだけどね

でも、僕も男だったんだね。

ちゃんと彼女を女性として想っていたんだろうな。


ずっと考えていたんだよ。

本当に僕は彼女を性的に想えていたのだろうか?とね。

欲望の眼差しを向けることが出来ていたのだろうか?と。


とりあえずさ、その苛立ちを抱えながら当分暮らさなきゃならない。

この際だから、多少、自暴自棄気味に相手を探してみようかな。

そういうことも大事なんじゃないかと、ちゃんと考えてたりもするんだ。



















2008-02-15 10:34:34

ビールの王冠

テーマ:じぶんのこと

机の下に小さな宝石箱を隠しているんだ。

それをときどき取り出して、振ってみるんだよ。

すると、拾い集めたビールの王冠が

ガラガラと鳴るんだ。


これはさ、誰にも見せないものなんだ。

見せてはならないものなんだ。

振って音を聞いて、王冠があることを確認する。

僕は満たされるんだ。

なぜなら、この王冠がなければ僕ではないから

この王冠こそが僕であり、僕が生きていることなんだ。


最近はもうやらないけどね

既にそれは僕の体の一部になってしまったからさ。

確認なんかしなくても、僕が考えるとき、僕が行動するとき

何かに出会ったとき

意識することなく、僕の性格になっている。



ただ、所詮はビールの王冠だよ。

誰かが栓を抜いたんだ

僕がどれだけ必死に悩み、考え、行為し、傷ついて、喜んで、手にしたものだとしても

手垢のついたものなんだ。


だけどさ、僕は誰もいない前人未到を目指して歩いてるわけじゃないもの

より適切なものを捜し歩いてるだけなんだ。



ビールの王冠なんかさ

欲しけりゃスーパーに行けばいいのさ。

でも、僕にはお金が無いんだよ。まったく無いんだ。

だから僕は拾い集めるしかなかった。


それにさ、最初からビールの王冠を集めようと思ってたわけでもないしね

より適切なものが、ビールの王冠だっただけ。


僕にとって大切なものが誰かにとっても大切だとは言えないよ。

そうじゃなきゃ、世の中こんなになるはずないもの。

ただ、誰が見ても綺麗だと思うんじゃないかな。

心ある人なら、綺麗だと思ってくれるんじゃないかな。

そうじゃなきゃ、僕の宝物になるはずもない。

社会に生きてる以上、是認は不可欠だよ。



仮に僕の王冠が、誰にとっても大切なものだとしたらね

僕と誰かの違いは、お金があったかどうかだと思うな。


僕は逆向きに歩くしかないからね

世の中にある現実から、王冠に辿りつく。

だけど、お金があれば、王冠が応用されて現実をつくる。


もちろんさ、買ってもらったものでもね

大切さに気がつくことはできるし、

自分の一部にすることはできるよ。


でも、それはほんの一握り

天才の持つ能力だと思うな。

想像と現実の僅かで極端な違い、普通の人には埋められないよ。



僕は残念ながらそんな能力を持ち合わせてないからね

拾い集める努力をしなきゃならない。

僕は嫉妬もしないよ。王冠は嫉妬なんかさせないものだからさ。



僕以上に、もっとたくさんの、もっと綺麗な王冠を持ってる人もいるよ。

世の中にもっと違うたくさんの王冠が出回ったとしてもね

僕の持つ王冠の価値は下がらないよ。



だって、そうでしょ?

親の遺言は、正しいとか間違ってるとか別に

受け止めてしまうものだし、

愛した人との約束は、正しいとか間違ってるとか別に

守るべきものでしょ?

なにより優先して大事なものになるよ。



より適切なものを探す僕はさ

それさえも投げ捨ててしまうことになるのだけど

すると、心と体が泣くんだよ。

ぬいぐるみを取り上げられてしまった子供みたいにさ。


だから、より王冠が宝物になるのさ

戦争に突き進む軍部の思考のようにね

犠牲を無駄にしないために、死者にとらわれた前進をさ。


でも、僕は幸せだと思うんだ。

矛盾的自己同一

「空」の思想

僕はもっと苦しまず、喜ばず、色もなく、

あらゆるものをあるがままに試行錯誤できるんだよ。


2007-08-25 15:50:22

現実と現実の綱引き

テーマ:じぶんのこと
「普通の高校、普通の大学、普通の会社に勤めます」

聞かれると答えた将来の夢

そして

「普通に結婚して、普通に子供を育てて、たぶん病気で死にます」


照れもあったと思うよ。

クラスで堂々と夢を語ってしまうほど

僕は強くないし、純粋でもなかったから。


でもね、実際聞かれて答えられるような夢はなかった。

今だけを生きるのに精一杯だったこともあるけど。


少しずつ大人になっていく。

夢までの道のりを、現実として歩いていかなきゃならなくなった。

すると、普通の大変さに気がついた。

どれだけ普通が大変なのかを知ったよ。


僕は「普通」に一応は挫折したんだ。

だけどさ、「普通」に挫折するって難しいんだよ。

挫折に悲壮感がないんだ。

むしろね、誇りになる。

「そうだ、僕は普通の人間じゃない!」ってね。



僕は普通を諦めるかたちでね

普通じゃない夢を見ようとした。

普通じゃない夢にはさ

世の中にたくさんの言い訳が転がってるんだ。

打ち破れることも、また誇りになるようなね

現実逃避の癖はこのときからはじまったんだな。



高校に入学した頃

僕はどうかしてたんだろう

妙に自信があったんだ。

普通じゃ考えられないような自信を持ってた。


僕が望みさえすれば、どんなものにもなれると思ってた。

総理大臣だって、ピアニストだって、ウルトラマンにだってなれると思ってたんだ。

本気でロシアや中国と戦争になったら

参謀として活躍しようとまで考えてた。

宇宙人が攻めてきたら、薩長を結んだ坂本竜馬みたいに

世界を東奔西走するんだと思ってた。

相当のバカでしょ?


それが無理でもさ

起業して、金持ちになって

学校を創って理事長になる。そんなことを思ってたよ。


おかしいのはさ、

普通、教育することが好きならば

「教員免許を取って教師になる」って考えるじゃない?

だけど、大学に行く気にはなれない。

手続きが面倒に思ってしまうのね。

挫折知らずのエリートより悲惨でしょ?



他人から見ればさ

今の僕は、挫折後の人間に見えてしまうかもしれないけど

実際、そんな風に思ってもないのね。


決定的な挫折なしに

夢までの道のりを歩もうとしないから

年齢を重ねるごとに夢を少しずつ失っていった。


決定的な挫折を知らないってのは怖ろしいことだよ。

今だって、まだ何者かになれると少しは信じているんだ。



入試も免許も資格もさ

本気で取ろうとして落ちたことがないのね

仕事をするようになっても

自分の能力の足りなさを実感したこともない。


もちろんね

大きな試験も、大きな仕事を任されたこともないから

経験していないだけなんだ。

でも、それにまったく気がつかないで生きてきてしまったんだ。



権威はとっくに失墜してたし

金銭欲もなかった。

それに、人間性ばかりを強調した教育を親から受けたからね

肩書きに畏怖することもなく

金持ちに酷く憧れることもなく

僕が評価するものは個人の資質だけだったから

他人と比べて自信を失うこともなかった。


これもまた経験していないだけなんだろうけどね

本当に一度きりさ

仕事で明らかに敵わないと思ったのは。

こりゃ、努力でどうにかなるもんじゃないな‥と、思ったのはさ。


たしかにね、ひとつひとつの事柄で

敗北を意識することは多いんだよ。

敵わないなこりゃ‥と、思うことは多い。


でもさ、「だけど彼に持ってないものを、僕は持っている」

そう考えてしまうんだ。

「知性で劣るけど、思いやりでは優れている」とかね

都合よく解釈してしまうから、自分が傷つくことがなない。

他人をたくさん羨ましいと思うけど

それが嫉妬にならないんだ。


僻みや嫉妬がないから

たくさん褒めてしまうんだ。

僕はその人を、他の人にたくさん褒めてしまうのね。

すると、その人は喜んでくれて

僕を認めてくれるようになる。


凄い人に認めてもらえるから

僕はまた変に自信をつけてしまう。


まるでそれはさ

株の値段が騰がっていく原理だよ。

売買を繰り返すことで増す付加価値。

気がつくと、実力ではなく

相対的に希少であることが価値になってしまう。

僕は他の誰でもない、そんな僕であるべきだと思い込んでしまう。

そんなもの膨らませてもさ

最後ははじけてしまうものなのにね。


でも、世の中を見ればさ

そういうことが日常的に行われていて

評価と実力とは別物になってる。

この世は劇場さ

観客がすべてを決める。

人間の認識なんて、どうしても不完全なものだからね

虚栄がまかり通るんだ。


評価されない人間や

能力のない人間の行き場がニヒリズムや無常の気分ならさ

罵られても致し方ないけど

僕はそれも含めてね

無常を感じてしまうんだ。


「ちゃんと努力してから言え!」とか

「必死に生活してる人もいるんだ!」とか

「諦めてるだけなんだろう?」とかね


こんな僕が無常なんて語れば

怒られて当然なんだけどさ。


でも、夢なんて欲望の装飾でしかないと考えることもできる。

その努力は夢を追う美しい姿じゃなく

欲望を満たすために髪を振り乱して駆けずり回る、醜い姿だと考えることもできる。

そうすると、僕は巣で煩く鳴くヒナだな。みっともない。

だけど、どこかの哲学者じゃないけどさ

日常を忙しなく生きることは、ただ死からの逃避

現実逃避だと考えることもできてしまう。


僕が幸せだと思うこと。

たしかに僕はたくさんの幸せを知ってるよ。

それは、実感のある確実な幸せと言い切ることもできる。


それでも無常観は拭いきれないんだよね。

幸せを実感したから無常を感じてしまうんだよね。


結局はさ、「なぜ僕は生きているんだろう?」って

本当に確かなものを欲しがってるんだよ。


誰だって一度くらい考えたことがあるでしょ?

確かなものを探したことがあるでしょ?


もし、本当に僕が普通じゃないのなら

その疑問が身近にあり続けていることで

宝探しをやめられないことなんじゃないかな。


今僕はやっとね

先人たちが必死に書き残してくれた

宝の途中までの地図を

なんとなく読み解けるようになってきた気がしてる。

なのに、もう時間切れかもしれないな。


現実が襲って来るんだよ。

僕たちはご飯を食べなきゃいけない。

家もボロボロになってきた。

親を安心させる必要もある。

正直、僕にはどっちが現実逃避なんだかわからなくなってきた。




















2007-08-22 23:53:03

森崎くんの境地

テーマ:じぶんのこと
ふざけて話していれば

楽しそうに笑ってくれるけれども

まじめに話をすると

鼻で笑われてしまう。


わかってはいるけどさ

僕の話は青臭いんだって。


政治好きの友達や、恋をしている友達と話をしても

結局、「でも、現実はそうじゃない‥」と。


親戚の叔父さんたちと話しをしても同じさ

みんなして「現実は甘くない!」って言うんだよ。


まるでね、僕が現実を何も知らないみたいじゃない?

僕だってかなりいい歳だよ、

それなりに経験はしてきたつもりだよ。

なんか、現実を厳しくしたくて仕方がないみたいに聞こえてくる。



そりゃね、今生きてる現状が

とても楽ちんだなんて、自分で言うのも嫌なんだろうけどね

不幸自慢みたいで、どうも気に入らない。


僕から見ればさ

どの人も順風満帆なんだよ。

政治好きの友達は

僕よりもずっと情報を持ってるしね

恋をしてる友達は、容姿も性格も素晴らしいんだ。

安定した仕事も持ってるし

抱える不安なんて微々たるものなんだと思う。

あくまでも、僕と比べてだけどね。


まぁ、人はそれぞれ問題を抱えてるものだからさ

比べたところで仕方のないことだけれども。



でもさ、

彼らの言い分は

全部、枝葉の問題なんだよね


恋のかけ引きも、政治のかけ引きも

技術論の話でさ

恋そのものや、政治そのものではないんだよ。


叔父さんたちの話もね

生活のあり方や、物事の考え方は

幸福の話でも、充実の話でも

人はどう生きるべきかの話でもないんだよ。



正直言えば、あっちいったり、こっちいったり

本筋がまるで見えない。

言葉の関係性、連続性が見あたらなんだ。

結局は、現実に流されてるだけのようにも思えてしまう。



僕にとってはさ

友達の評判も、親戚の評判も

どうでもいい話で

僕が僕をどう評価するかが、一番の問題。


たしかにさ、事の善悪・良し悪しはさ

世間というか社会に依存するものだけども

そんな次元で満足したくはないのさ。


「誰も見ていないから‥」という恥の理由でも

「悪いことは悪いことだ」という罪の理由でもなくね

僕は僕を裏切らないためにだけに

善悪や良し悪しを決めていきたい。



もちろん、己ひとり傲慢に生きていきたいわけじゃないよ。

社会、世間、おおやけ、何でもいいけどさ

突き詰めれば己に行き着くわけさ。

そういうものを経由した己こそが

僕は最も信用できると思うわけさ。



屁理屈だとか、頑固だとか、堅苦しいとかね

そんな話をすれば、たしかに言われるよ。

だけどもね、

同じように理屈が行き着くところはさ

その真逆の穏やかで寛容なね

ある意味、適当な己だったりするのさ。


たぶん、普通に僕と出会ったら

ここで書いているようなものは

いっさい感じないだろうと思うよ。


僕はたくさんのものに期待しすぎたんだ。

自分が偉いとは思わないけどさ

同じものを他人に期待しすぎたんだ。


だけど、あきらめずに期待し続けたらさ

そんなものはどうだっていいと思うようになった。


持て余す感情が足枷になってね

問題が起こるわけだけれど

そこであきらめずに突き詰めていけばさ

ちゃんと納まってしまうものなんだよ。


僕はそうやってね

たくさんのものを過剰に考えてね

自分の中に納めてしまいたいんだ。


要するに、翼君の言うとおり

キーパーにとってもボールは友達なんだよ。

よくわかんないけどさ。


2007-08-11 21:32:10

目も見れず、名前も呼べず

テーマ:じぶんのこと
運転中の会話が好き。

前を向きながら、ときどき相手を見る。

そうやって話してるのが一番好き。


だからだと思う。

誰かの家に行くと

僕は真剣にテレビを見てしまう。

興味ない番組でも、真剣に見てしまう。


会話はテレビを見ながら

ときどき相手を見る。

もちろん、テレビなんかよりもずっと相手のほうが大切だよ。

僕の意識は90%相手の声に集中してる。


相手の目を見ながら話すのが苦手だからね

正直、怖いんだ。

見たくないものを見てしまうかもしれない。

垣間見えた心の裏側に、一々心を揺らしたくないんだ。

どうしたって僕は僕だから

次の会話でそれを補えるはずもない。

それに、一瞬にして変わってしまうのが心だからね

瞬間的な思い込みを相手に、接待するのは馬鹿げてる。

なにしろ

ときどき確認するだけの方が、僕は自然に会話できる。



そんなことで、昨日真剣にNHKの尾崎豊ライブを見た。

「10代のカリスマ」だったらしいけど

僕は小学生だったから、あんまり影響は受けてないんだ。

周りにもいなかったし、たぶん世代が違うんだな。

矢沢栄吉よりかは身近で

名前忘れた、なんだっけ?ピンクスパイダーの人

そのピンクスパイダーさんよりかは理解できる。

同じような扱いすると、怒られるのかな‥



でも、姉がCDを持ってたからね

歌おうと思えば5・6曲くらいは歌えると思う。

僕にとっては当時の流行歌の1つにだったんだ。


それにね

僕は窓ガラス壊してまわるほど行動的な人間じゃなかったし

大人を信じまくってたし

支配されてるなんて思ったこともなかったし

もともと感情が希薄でね

特に「怒り」みたいなものが心の容量を超えてしまうなんて

想像できないんだ。


だから、友達の盗んだ原付を乗り回したり

校舎の裏で煙草をふかした15歳はあったけれど

にらむのは、夏の太陽くらいなもので

学校に行く前、家の玄関を出る前から家に帰りたかったし

やっぱり学校は行くものでしかなくて

学校が帰る場所だと思うメンタリティも理解できなくて

関係ないけど、既に温もりを買うのには10円足りなかった。

たしかに、塾帰り好きな子の家の明かりを見て

「おやすみなさい」と呟いたことはある。恥ずかしいけれども。


17歳になっても

地図に僕の想いは記されてなかったよ。

援助交際というか、ブルセラに不満はあったけど

彼に比べて、僕はまだまだ子供だったからさ。

大人の背中に涙をこぼすこともなく

人並みをかきわける前に、人の多いところには行かなかった。




でもね、

ライブを見て思った。

やっぱ凄い人なんだね。

驚いたよ、19歳のときのライブ映像なんだってさ。

19歳だよ19。

ミツルとわけのわかんないことしてた人たちじゃないよ。

僕はどうも326(ミツル)が嫌いでね

「子供の頃、濁った水溜りをコーヒー牛乳だと思って飲んだ」

そんなエピソードを語ってるのを見て、瞬間的に嫌いになった。

なんか、馬鹿さで特異性を表現しようとする意図が嫌い。

仮にそうでなくても、そう思われる可能性に配慮しないところが嫌い。


そんなことはどうてもいいんだ。

なにしろ凄い、19歳だよ。

輝いてたね、本当に。

「輝く」なんてね、僕は都市伝説みたいなものだと思ってたの。

至る所で冠につけるじゃない?

本当に輝いてる人なんて、見たことなかったしね。


でも、尾崎豊は輝いてたね

それに彼の想いがね

ビシビシ伝わってくるんだよ。

歌詞の内容が、じゃなくて本質的な想いがね


それにね、あれほど優しく呼びかけられる人はいないね

「シェリー」が誰だか知らないけどさ

人間は、誰かをあんなに優しく呼べる生き物なんだね。


そこでね、尾崎豊がシェリーに声をかけるように

僕も会話中、優しく名前を読んでみようと試みた。

どんなことでも、やってやれないことはないでしょ?


うん。当然ダメ

優しく呼ぶ以前の問題。

僕ね、実は恥ずかしくて名前を呼べないんだ。

呼べる人もいるけど、面と向かって呼べない人が多い。

無性に照れるんだよ。

家にお邪魔してる関係でも無理なんだから、どうしても無理だ。






なにしろさ

歌じゃないんだな。

お話なんだよ、たぶん。

たくさんの聴衆がいるわけだけど

一人一人と会話してるみたいに思えるんだ。

僕だけに一生懸命話をしてくれてる、そんな風に感じるんだ。


亡くなった時、泣いたり叫んだりする

ジーンズに白いTシャツを着た男の子を

テレビでたくさん見たけどね

なんとなく気持ちが理解できたよ。


でも、あれは死ぬよね

19歳であれなんだから

26歳だっけ?体も心ももたないだろうな。

成熟だけが人生じゃないね

削って消えてしまう方法もあるみたいだ。


ただ、彼に影響を受けた人たちは

今、どうしてるんだろう?

世俗に揉まれてしまったのか

大切なものを見つけてしまったのか

見ることも聞くこともなくなってしまったよ。

時代は彼を吉田松陰にはしてくれなかったのね。















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