2010-01-27 18:09:49
ものが売れないと言うけど
テーマ:ブログ
ものが売れないという記事をよく見かける。
不況ということもあるけれど
たいがいそんな記事には
低価格志向だとか、若者の車やブランド品離れとか
文化的な変化があって、
さぁ、どうしたものか…と、
異文化に対する戸惑いというか、世代間格差というか
対応できないことでの不安というか、先行き不透明感。
そんな感じのことが書いてある。
僕もなんとなくだけどわかる気がする。
たしかに、昔よりもずっと若い人は
よく言えば個性的になったし、悪く言えば自閉的になった気がする。
よいものよりも好きなものを大事にする。
自由だし、放蕩かもしれない。
要は、裕福になったということで
悪いことではないのかもしれないけど
使命感のない貴族みたいなもので
関心が散漫で、共に生きるには難しいと思う。
もしかすると結婚離れもそのあたりにあるのかもしれない。
ただ、僕はそういう記事を見るたびに
そういった文化的なもので誤魔化そうとしてるように思える。
あれだけリストラをして、賃金を下げて、下請けを切り捨てて
国内消費が下がるのは当然のことで
経団連の会長とか、そんな偉い人たちが
わからないわけがないから
きっと、騒いでるのは別な人たちだろうと思うけど
もし、本当に驚いたり悩んだりしてるなら
相当な間抜けだから、会社のためにならないので
それこそリストラするべきだと思う。
だけど、そういう議論なんかを聞いてると
どうにか落着させたいのか、安心したいのか分らないけど
結局は「よいものをつくれば売れる」で終わる。
少し前に、
効率化だとか合理化だとか、規制緩和だとか
叫びまくった人たちにかぎって、そういうことを言う。
「よいものをつくれば売れる」
僕もそうあるべきだと思うし、そういうところもあると思う。
だけど、同じ口で言って欲しくはない。
どうせなら、また何とか債権とかよくわからないのをつくって
虚構に虚構を重ねた、巨大な虚構の消費地をつくって
バカバカ売り込んで、その利益で債権を買って…みたいな
要は、竹中さんみたいに
景気対策なんかでお金を使うくらいなら、
アメリカにお金を注ぎ込んで、巨大消費地を復活させて
また危うい虚構の循環で生きてこうって言えば、ずっと一貫性があってわかりやすい。
もちろん、そんなことをまたすれば
労働と賃金のバランスに公平性が欠けて
道徳的な問題が出てくるけど、他国のことだからうまく隠せばいいだろうし。
責任をとりたくないだけかもしれないし
責任というものがあることを知らないのかもしれないけど
自分たちのしてきたことに触れずに
問題をすりかえるようなことは悲しい。
なにしろ、僕はそういう人たちに
「よいものをつくれば売れる」なんて言って欲しくないし
お金を払えば、その分のサービスを受けるのが当然といった
思いやりのない消費者にも言ってもらいたくない。
そういうものごとを一面的にしか捉えられない人が
いったい何が「よいもの」だと判断できるのだろう?
それなら、今の若い人の
「よいもの」よりも「好きなもの」という考えの方が
ずっと好感を持てる。
「よいもの」がわからなければ、最初から考えない。
そっちの方がずっと誠実だと思う。
それに、気持ちとか心とか精神とか
なんでもいいけど、それを合理化して効率化していけば
当然、そうなるに決まってる。
共感の喜びとか、共に生きる喜びとか
それがどれだけ素敵なことだと気づいていても
それをするのはすごく難しいことで
人との関係だから、どれだけ努力しても報われないこともあるわけで
そんな苦労をするくらいなら
好きだと思えるものや、好きなことをして
個人的な満足で十分足りる。
どんなことでも理由はある。
因果の末に今がある。
僕にはなるようになっただけ
なるべくしてなっただけとしか思えない。
不況ということもあるけれど
たいがいそんな記事には
低価格志向だとか、若者の車やブランド品離れとか
文化的な変化があって、
さぁ、どうしたものか…と、
異文化に対する戸惑いというか、世代間格差というか
対応できないことでの不安というか、先行き不透明感。
そんな感じのことが書いてある。
僕もなんとなくだけどわかる気がする。
たしかに、昔よりもずっと若い人は
よく言えば個性的になったし、悪く言えば自閉的になった気がする。
よいものよりも好きなものを大事にする。
自由だし、放蕩かもしれない。
要は、裕福になったということで
悪いことではないのかもしれないけど
使命感のない貴族みたいなもので
関心が散漫で、共に生きるには難しいと思う。
もしかすると結婚離れもそのあたりにあるのかもしれない。
ただ、僕はそういう記事を見るたびに
そういった文化的なもので誤魔化そうとしてるように思える。
あれだけリストラをして、賃金を下げて、下請けを切り捨てて
国内消費が下がるのは当然のことで
経団連の会長とか、そんな偉い人たちが
わからないわけがないから
きっと、騒いでるのは別な人たちだろうと思うけど
もし、本当に驚いたり悩んだりしてるなら
相当な間抜けだから、会社のためにならないので
それこそリストラするべきだと思う。
だけど、そういう議論なんかを聞いてると
どうにか落着させたいのか、安心したいのか分らないけど
結局は「よいものをつくれば売れる」で終わる。
少し前に、
効率化だとか合理化だとか、規制緩和だとか
叫びまくった人たちにかぎって、そういうことを言う。
「よいものをつくれば売れる」
僕もそうあるべきだと思うし、そういうところもあると思う。
だけど、同じ口で言って欲しくはない。
どうせなら、また何とか債権とかよくわからないのをつくって
虚構に虚構を重ねた、巨大な虚構の消費地をつくって
バカバカ売り込んで、その利益で債権を買って…みたいな
要は、竹中さんみたいに
景気対策なんかでお金を使うくらいなら、
アメリカにお金を注ぎ込んで、巨大消費地を復活させて
また危うい虚構の循環で生きてこうって言えば、ずっと一貫性があってわかりやすい。
もちろん、そんなことをまたすれば
労働と賃金のバランスに公平性が欠けて
道徳的な問題が出てくるけど、他国のことだからうまく隠せばいいだろうし。
責任をとりたくないだけかもしれないし
責任というものがあることを知らないのかもしれないけど
自分たちのしてきたことに触れずに
問題をすりかえるようなことは悲しい。
なにしろ、僕はそういう人たちに
「よいものをつくれば売れる」なんて言って欲しくないし
お金を払えば、その分のサービスを受けるのが当然といった
思いやりのない消費者にも言ってもらいたくない。
そういうものごとを一面的にしか捉えられない人が
いったい何が「よいもの」だと判断できるのだろう?
それなら、今の若い人の
「よいもの」よりも「好きなもの」という考えの方が
ずっと好感を持てる。
「よいもの」がわからなければ、最初から考えない。
そっちの方がずっと誠実だと思う。
それに、気持ちとか心とか精神とか
なんでもいいけど、それを合理化して効率化していけば
当然、そうなるに決まってる。
共感の喜びとか、共に生きる喜びとか
それがどれだけ素敵なことだと気づいていても
それをするのはすごく難しいことで
人との関係だから、どれだけ努力しても報われないこともあるわけで
そんな苦労をするくらいなら
好きだと思えるものや、好きなことをして
個人的な満足で十分足りる。
どんなことでも理由はある。
因果の末に今がある。
僕にはなるようになっただけ
なるべくしてなっただけとしか思えない。





