2009-12-26 22:58:11

駄目なクリスマス

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今年も僕は勝手に消防士気分で

行き交うクリスマスを眺めてたけど

まったくよくもあんなに嬉しそうな顔ができるものだと

なんていうか、人間ってすごいなぁ…って感心しちゃいました。

でも、どうしてこの日だけで

いつもの平日にこんなふうに歩けないんだろう?

もしかしたら僕が気づいてないだけで

毎日どこかに布団をかぶりたくなるくらいの嬉しそうな顔が

あるのかもしれない。


24日の昼間に、犬の散歩をしていたのだけど

近所の高校の門の前に

違う制服を着た男の子が落ち着きなさそうに立ってて

たぶん胸に抱えてるバックの中に

プレゼントを隠してたりするのかなぁ…と。


生徒が目の前を通り過ぎるたびに

もじもじ俯いて、せわしなく体を動かして

「おい、しっかりするんだ!」と、声をかけてあげたくなった。


僕が通り過ぎたときには

小さな深呼吸を繰り返してたよ。

あの様子だと、彼女を待ってるってわけじゃないんだろうな。


その後、男の子がどうなったかはわからない。

もしかしたら、昔の僕みたいに

お目当ての子はもう帰っていて、夕日を呆然と浴びてたりするかもしれないし

怖くなって逃げちゃったかもしれない。

あっさり断られちゃったりね。


勇気のなさを後悔するのか、勇気を出したことを後悔するのか

どうあれ、大事な経験だと思うんだ。


でもさ、なんか最近の子は

そういうのが逆に出ちゃったりするみたいだし

よくわかんないけどね、人生なんてうまくいかないのが当たり前。

期待は必ず裏切られるものです。



そんなこと言っちゃうとさ、

なんでも「どうせ駄目なんだから…」みたいに悲観的なね

裏切られたくないから期待しない。みたいなさ。

世の中を全部斜めから見ちゃうようなのってあるけれど

そういうこと言う人はさ

本当に駄目だと思ってないんだよ。

駄目なのに駄目だと思ってない。まだ信じてるからそんなこと言えちゃう。


駄目だってはっきり受け入れればさ

最後で運に頼るようなことはしなくなるんだ。

1+1を重ねていくように、目的地に行くんだよ。

それでもね、最後は運に頼らなきゃならないときもある。

だけどさ、駄目だって自覚してればさ

深い傷にはならないよ。

駄目なんだから駄目にならないように頭を使うんだ。

ちゃんと徹底すれば、なんとか克服できるもだよ。たぶん。


僕なんか使い方が足りないのか

やっぱり駄目だけどね。
2009-12-21 17:16:49

結婚活動

テーマ:ブログ
僕のように考える人は

あまりいないだろうけど

結婚とは世界を支配することだと思います。

もちろん、漫画やゲームの大魔王が

言うような意味じゃなく。



僕もけっこういい歳ですから

そういうことも考えないわけじゃありません。

だけど、基本的には、たぶん、一人でいるんじゃないかな…なんて思ってます。


そう簡単に結婚したいと思うような相手にめぐり合えるとは思えません。

仮に見つけたとしても、その人の気持ちもある。

そうなると、すごく難しい、宝くじに当たるくらいのことのように思えちゃいます。

世の中にはすごくたくさんの夫婦がいますけど

ちょっと考えられないんですよね。

「この人なら結婚できる」と、思うわけですよね?

適当に決めてるのか、どうしてもしなきゃならない理由があるのか

その程度のものだと思い定めてるのか

もし、そうじゃなきゃ、ものすごく世界はよくできている。

感心しちゃいます。




誰かを好きになることは、そんなに難しくないです。

たいがいの人なら好きになれます。

僕はわりと人の良いところを見つけるのが得意なので

多少の性格の悪さも、可愛げだと思えるし

僕の生き方に対して一方的に口を挟むとか

お金にうるさいとか、欲の塊だとか、

その辺は無理ですけど。


見た目だって、僕は美しいものがものすごく好きで

崇拝に近い気分になるくらいですから

逆に、美しくなくて当たり前。

一神教みたいなものです。

神様だけが特別で、多少の差はあるにせよ、人間なんてみんな同じ。

ただ、怠慢は嫌です。

僕は努力の健気さを愛します。


だけど、結婚の相手と考えると簡単じゃありません。

僕が結婚を決めるときは

その相手に僕の人生のすべてを賭けてもいいと思えないと無理です。

仮にそうしたことで、世間的には人生が台無しになってしまったとしても

構わないと思えなきゃだめです。


命をかけることとは違います。

そんなものは、恋をすればたいがい思うことです。

実際、どうあれ、思いはするもんです。

結婚は、その人のために生き続けることだと考えます。

でも、これはすごく難しいことだと思うんです。



人の心は間違いなく変わります。

当然、僕の気持ちも変わります。

だから、いずれはそんな気持ちもさめます。

もしかしたら、当初の目論見と違って、嫌いになってしまうかもしれないし

もっと素敵な人と出会ってしまうかもしれない。

なんだかんだと言ったって

老いていく相手よりも、若い子を求めてしまう。

それもあって当然だとも思います。


どんなに格好のよいことを言ったって

人間なんてその程度のものなんだと思います。


そして、その気持ちを実行に移すための

大義名分、言い訳も

世の中にはたくさん転がってます。

愛は貫くべきだとか、自分の気持ちには正直であるべきだとか

嘘はついちゃいけないとか

相手の気持ちを裏切りながら生きることはできない。とか。

まだまだあるでしょう。

言い訳なんてものは行動の後には必ずついてくるものです。

是認を得れるかどうかが違うだけで。


それに開き直っちゃうことだってできるし、馬鹿のふりをすることもできます。

そうなると、もうお手上げです。

なにを言ってもどうにもならない。悲しくなるだけです。


僕は人間なんてそんな程度の低いものだと思ってます。

気持ちはコロコロ変わるし、我侭や欲望を繕って通しちゃうこともする。

相手が泣こうが喚こうが、自殺しようが押し通しちゃうこともする。

どんなに傷つけても、あっさり忘れることもできる。

原因なんか無視して憎むことだってする。



人生をかけるというのは、

僕の心が変わってしまうことも、そういう酷いことも考えるだろうと覚悟して

そういうことは絶対にしないと決めることです。

たとえ好きじゃなくなっても、好きだと言い続けます。

自分に嘘をつき続けます。気持ちを押し殺します。

相手が僕を嫌いになるまで、死ぬまで演じきります。


覚悟して決意したということ一つで

僕に関わってくる魅力的なさまざまなものや

僕の欲望を支配するわけです。


なので、その覚悟と決意ができる相手じゃなきゃできません。

適当に選んだら、大変なことになってしまいます。



僕は結婚することで幸せになるとは思いません。

幸せの条件は、愛がどうだとかそういう話でもないような気がします。

愛情の大きさや深さが、相手をつなぎとめることや

相手を振り向かせることに、ほどんど意味を成さないように

鞭で引っ叩かれたり、引っ叩いたりすることで喜ぶ人がいるように

相手が幸せだと感じられるものを与えられるかどうか、それだけだと思います。


だから、僕が結婚したいと思う相手を具体的に言えば

僕の愛情のかたちを理解してくれる人で

結婚が幸せにするわけじゃなく、

その覚悟と決意がその相手だけを幸せにする。

そういうことなのだと思います。


相手の愛とか気持ちは考慮に入れません。

お土産みたいなものです。

そんなふうに考えるのは、僕が根底では人を信じないからかもしれないし

諦めてるからかもしれないし

それに、善意に見返りを求めるのは不徳というものです。
2009-12-19 00:01:31

不公平なのは気持ちが悪い。

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子供手当ての所得制限で揉めてるけど

僕は無しなら無しでいいと思ってました。


根付くのかどうか疑問だけども

子供は社会で育てていくって考え方が

悪いとは思えないし

そりゃね、お金持ちまで貰うのは不公平だって意見もわかるけれど

目的が救済とかそういうのじゃなく

社会のあり方ってことだから、一律じゃないと意味がなくなっちゃうもの。



もし、そうなればさ

今度は子育てが家庭だけの問題だと言えなくなって

いろいろ口を挟むこともできるわけで

世の中にはひどい親もいるからね

親のほうもその責任を感じたりしてさ

子供も大きくなったら、社会に貢献するのが当然。みたいな感じでね。

まぁ、そんなにうまくはいかないと思うけど

うまく循環すれば、よいことだってたくさんある。

子育てが私から公になっていくわけだから。


僕は、なんていうか

私から公へ、個人から集団、共同体 なんでもいいけどさ

そういう方向を好ましく思うから

悪くないかなぁ…と、感じてたんだけど。

社会っていうと大きすぎるからね

大きすぎるのもどうかと思うけど。



結局さ、問われてるのはそういうことなんじゃないのかな。

私から公へ、とか個から集へ なんていうのは

これまでとは間逆だしね

反発だって多いと思うんだけど

でも、全然そういうところからの反対意見とか聞こえてこないよね。


誰が損で誰が得するとか

政治家まで貰っていいのか!とかね

まぁ、そういう話なんだろうね。



なんていうかさ、ほんと不公平だと思います。

鳩山さんのことなんかさ

毎月1500万も母親から貰ってて、9億のことは気がつかなくて

慈しみだとかなんだとか言っちゃって

すごい食事をしてたりもして、サラリーマンが給料減ってるって話したら

「1000万くらいになっちゃったの?」なんて聞き返してたなんて話もあるし

麻生さんのときはさ、魚がどうだとか

ホテルのバーでお酒飲んだとかさ

すごい言われようだったのにね。


友愛だってさ、よくわからないくせに

「理念があっていい、政治家は理念を語るべきだ!」なんて言っちゃってね

アベさんのときの美しい国は

具体的じゃないとか、ひどく言ってたのに。


別に、自民党が好きで民主党が嫌いなわけじゃないけどさ

こういうの不公平だと思います。


僕、すごく気持ちが悪いんですよ。

人それぞれ、どんな思想を持ってたって構わないし

新聞社にしろテレビ局にしろ個人にしろ

持ってたっていいわけなんだけど

自分の好みじゃないからって、否定して

好みなら黙ってたり、無理やり賛同したり

気持ち悪いんです。そういうの。


それしちゃうとさ、結局、その大事にしてる自分の思想とか理念とかね

それも嘘になっちゃうじゃない?

まあ、それでいいみたいだから、嘘なんだろうけどさ。

そんな時と場合で変わっちゃうようなヘンテコなもので

世の中振り回すんだから、酷いもんです。

言葉にする責任とか考えないんだろうなぁ。

なのでマスコミ全般、大嫌いです。



鳩山さんも鳩山さんで、友愛どこかにいっちゃってるし

まぁね、わからなくもないです。

だってさ、馬鹿なやつなんかマニフェストを理念だとか言っちゃうし

そんなのいちいち答えてられないのもわかります。

そんなのに振り回されてたら、そうなっちゃいます。

別に擁護するわけじゃないけどさ

もう少しがんばって

本質的なところで破綻してほしかった。

3ヶ月で道に迷っちゃうなんてさ

目的地がどうのとか、地図がどうのって話じゃないよ。

素足で藪を歩いたら血も出るし

半そで短パンでホッキョクグマに会いに行ったみたいなものだよ。


なんかさ、野党のとき、きれいごとで責めてたのにね

結局、ただ責めたかっただけってことだものね。

なんでもよかったんだ。責められさえすればさ

子供だって、身を振り返って口喧嘩しますよ。

とりあえず、自分に傷のあるところは責めない。

言ったてまえってのは無いのかね。

そうなると、もう羞恥心の欠如とかさ

欠陥だよ。人としての。

病院とかって話だと思います。

夫婦そろってだもんね。


なにしろ、自分で口にした責任とかさ

そういうのも不公平だと思うし

それしちゃうと、これまで言ってきた全部の言葉が疑問視される。

信用はなくなっちゃうよ。


マスコミもだけど、政治家もね

言葉の職業なんだからさ

なおさら大事にしなきゃいけないのにね。


でも、そんな評論化とかコメンテーターとかの話を聞いて

そのまま受け取っちゃったりする人も多いわけで

なにせこの間まで支持率70%だものね。

だから、もうそんなこともどうでもいいんじゃないかな。

子供手当てはさ、国民の平均所得の少し上くらいで制限しちゃえば

きっとみんな喜ぶよ。

デフレだって万歳じゃない?

みんなであのよくわからんジーンズをはいちゃえばいいんだ。

色とかかたちとか生地とか、結局、そういうことだもの。

誰も、なんでジーンズをはくのか考えない。

まぁ、普通は考えないか…

2009-12-16 17:09:48

たい焼き器

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ようやく南部鉄器のたい焼き器が届いた。

アマゾンで4000円くらい。

本と一緒に5000円くらい。



もうずいぶん前だけど

大好きな人がたい焼きを好きだと言ったんだ。

だから、おいしいたい焼きを食べさせてあげたくなった。

おいしいたい焼きやを探すのもいいけど

餡子から自分でつくってみたくなった。

結構、不安だけど。



おいしく焼けるかどうかだけが不安だったら

すごく幸せなことだと思った。

喜んでくれるかどうかが不安だなんて

やっぱり、そういうことは何度も経験してるけど

切ないものだと思う。


でも、もしかしたら

餡子の甘さとか、生地のぱりぱり感とか

焦げ目の香ばしさとか

そんなことより、心を込めるということが

どんなふうに伝わるのか、本当に伝わるのか

そのあたりが知りたい。

逃げなのかもしれないけど、実験でもあります。





2009-12-12 15:19:02

契約がまとまった

テーマ:ブログ
今日、無事に契約は終わりました。

「おめでとうございます」と、言われたけれど

いったい、なんのことやら

やっぱりよくわかりません。



でも、何かが終わって、何かがはじまった。

いやおうなく始まってしまった。と、感じます。

判子をつく前と後

現実が大きく変わったわけですが

その境目で、何かを思ったり感じたりしたわけじゃなく

それはもうずいぶん前から

ひしひしと近づいてきていて

目視できるくらいの距離にいた。そんな感じです。


ただ、手付金を目の前にしたとき

あぁ、大きなものを失ったんだな…とは、思いました。


たぶん、本当に

なにかが変わったと、そこにある想いに気づくのは

建物が取り壊されるとき、そんな気がします。

結局、なにを考えたって

そうなることを知ってたって

そんなものなんだろうと思います。

死んで逝く人を見おくるときと同じです。





ただ、感傷的になったり、未来だけを見ていたりして

今ある現実を見失うわけにもいきませんから

今日まで、何度も不動産屋さんに通って

話を聞いたり、いろいろしてきました。

損をすることよりも、悪く言えば騙される

それがなにより嫌ですから。


僕はよく騙されやすいタイプだと言われます。

ただ、自分ではかなり疑い深い人間じゃないかと思ってるんですが

それが人と比べてどれくらいにせよ

そういう自分を嫌になることもあるのです。


でも、僕の中では

たとえ詐欺師でも、詐欺を行うまでは

たとえば、判子をついてしまうまでは

仲のよい友達だったり、恋人だったり、信頼してる人だったりするわけで

その部分さえ間違えなければ、なんでもいいのだと思ってたりもしていて

ある意味、自信過剰なところもあるのかもしれません。


そして、策士策におぼれるという言葉のとおり

策を用いる人間は、その策が見破られたとき

逆に策に落ちるものです。


ですから、考えるのは

その策を見破ることで、そういう策を用いることもあるだろうと想像することで

そのあと、どう対処すればいいのか。です。


そこさえ抑えておけば、騙されることもなく

騙されたふりをして逆に騙すこともできるわけです。


今度の不動産屋さんとのことでも

一ヶ所だけ腑に落ちないことがあって

税金のことなんですけど、ここが間違えば大きく変わってくる。

そういう部分がありました。


なので、もし想定と違うことになってしまったとしても

どうにか損失が補えるように

僕だけが間違いを飲むようなかたちにはならないように

いろいろと考えました。


とりあえず、そこをおさえることができたので

今日、契約ということになったわけです。



買主さんとはじめて顔をあわせたわけですが

正直、すごく好感を持ちました。

特にだんなさんが大人しそうで穏やかそうで

それだけで、なんだか正しいことをしたような気持ちになれました。


契約書に一生懸命目を通して、わからないことを聞いて

ただ、その言葉のやりとりにせっかちさや警戒心を感じましたけど

高い買い物をするわけですから、そのくらいは当然なんだろうと思います。

そう思うと、僕だけが警戒して慎重になってるわけじゃないんだと

安心することもできました。


僕は好感を持つことができましたけど

買主さんの方はどうだったんでしょう?

こんな風貌ですから、たぶんあまりよくはないと思いますけど

これから何度か顔をあわせることになりますから

打ち解けていけたらいいなぁ…と、思ってます。

まぁ、あまり意味のないことかもしれないけど。



なにしろ、はじまってしまいました。

あと半分、今度はだいぶ交渉力を失ったかたちで

いろいろなものを決めていかなければなりません。

正直、不安ばっかりです。

大人がそばにいてくれたらな…と、

もうずいぶん歳なのに思ってしまいます。
2009-12-06 22:33:47

保留

テーマ:ブログ

本来なら土曜日に契約の予定だったけど

双方の事情で次回ということになった。

残念なことだと言われるけれど

僕は幾分、ほっとしてる。

流されていく。そんな感じを強くうけていたから。



もちろん、相手の人と顔を合わせて決裂したわけじゃなく

前日に、それは決まった。


古い土地は、たいがい登記されてる面積よりも大きくなるらしい。

うちの場合は測量すら済んでないから、ざっと周りを不動産屋が測ってくれたのだけど

どうやら2坪とちょっと大きいらしい。

面積が変われば、もちろん売価も変わるので

その上積み分を足してしまうと、予算を超えてしまう。

だから、その上積み分を含めて、当初の金額で…とのこと。


僕は僕の方で

その上積み分を含めて考えていたし

それを含めてですら、確実にお店ができると思える金額ではなかったので

少しでも売り出し価格と提示された価格の溝を埋めてもらえるように頼んでた。



昨日の時点で、双方の金額の誤差は200万から400万になった。

あとは、妥協点の探りあいだけど

言い分としては相手側の方が理解しやすく

間をとるようなことは難しい。

話を聞けば、余力も相手のほうがある。

現状、このご時勢、引き手数多というわけにはならないので

立場的にも相手側が有利だと思う。

ただ、僕はここで10年耐える覚悟がある。

仮に、これが決裂したとしても、僕はまだ耐えられる。気持ちは折れない。



姑息なやり方はしたくない。

だけど、あっさり妥協するつもりもない。

お店ができるかどうか?

最初からこれで、これ以外のことは考えない。


希望を抱えて生きてくことと

現実を歩むことと

どちらかを選べと言われれば

僕は希望を抱いて生きていくことをとる。

それは逃げなのかもしれないとも思う。

希望だけ見ていれば、苦しい現実から目を背けることも簡単だ。

なにより確実に、絶望しない。

僕はまだ絶望したことなどないけど、絶望的だったことはある。

もう二度とあんな気持ちにはなりたくない。




今日もその続きで、不動産屋さんと話し合いをしたのだけれど

今度はまた別な問題が起きた。

隣の家が、その上積み分とあと少しの土地を購入したいのだと。


うちの隣の家は、公道に接してる敷地が基準に足らず

再建築ができない。

そうなると、土地の価格は相場の3割にも満たなくなってしまう。

その基準を確保するために、その上積み分と、あと少しを購入したいらしい。



実は、僕もそのあたりの事情から

今回の売却益を利用して、隣の土地を購入し

再建築できる普通の状態で売りに出して儲けてやろうかと考えたこともあった。

住み替えというわけじゃない土地の売買だから

結構、税金がかかって、どの程度の利益になるのかわからないけど

もちろん、考えるだけで

そうしようとは思ってない。


リスクの問題よりも、節度の問題として

そういうことはしない。


でも、もし隣の家が買ってくれるなら、

交渉してる相手は、面積が少し小さくなることで予算内におさまるし

僕も無理なく希望の金額に近づけることができるし、上積み分の土地も無駄にならない。

隣の家は、再建築が可能になって、相場の値段で売ることもできるようになるわけだから

もっとも利益が大きい。

僕ならかき集めてでも、土下座してでも買うだろうけど、どうなんだろう。



なにしろ、そのあたりのところを見極めなければ

話は進められないわけで

まだ少し時間はかかりそうだ。


お金は年月と忍耐力さえあれば、稼ぐことはできるけれども

そこで稼いだ100万円も、ここで粘って得られる100万円も

同じだけのものとしか交換できない。

なら、やれるだけやるべきだと思う。

とりあえず、猶予された時間で、心と頭を一致させて

自信と確信を持って挑めるようにしたい。




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