2009-10-19 22:40:35

大国魂神社について

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今日は大国魂神社。

初詣なんかで何回か行ったことあるので

羊よりもずっと身近。


まず、祭ってある神様は大国魂大神 

出雲の大国主命と同じなんだそうな。


起源は西暦の111年‥ 1900年も昔だ‥

アメノホヒという神様の後裔が国造として任じられて代々続いていたという伝承があるんだそうな。

大化の改新で社内に国府が置かれて、武蔵総社になると。

社伝とはいえ、1900年も前というのはすごい。

大化の改新からだって1400年くらいある。


ちなみに国造だけども

大化の改新の前は、国の長 その国の一番偉い人だったけれど

大化の改新以後は、世襲制の名誉職で、祭祀を司る人。

有名なのは出雲の国造さんで、こちらもアメノホヒという神様の後裔です。

びっくりするのは、今現在も出雲の国造さんは、このアメノホヒの後裔の方が

務めてらっしゃるらしいのです。





本殿は都の重要文化財。

記録では、源頼朝がこの本殿に奉納してるから1180年よりも前からあったと。

その後焼失して、今のかたちになったのが徳川家綱の時代。

昭和40年に台風で倒壊して43年に修復と。


拝殿は明治時代にできた。

他に松尾神社、東照宮、巽神社、住吉神社、大鷲神社、みやのめ神社、神戸稲荷神社、坪宮が

摂末社としてある。


摂末社とは、本社とは別にその神社で管理されてる小規模な神社のことだそうな。

摂社と末社があって、摂社はその神社の神様と縁のある神様で

末社は関係ない神様だそうです。

格式は、本社、摂社、末社の順になってます。

なるほど。


で、大国魂神社の場合

摂社は、みやのめ神社、坪宮の二つで、後は末社なんだそうな。


みやのめ神社に祭られてるのは、アメノウズメという神様で

有名な天岩戸の神話で、岩戸に隠れた天照大神の前でおどりをおどった神様。

笑い声に釣られて出てきちゃったって話の。

そういうことで、芸能の神様として信仰されてる。

それと、安産の神様

どうして安産の神様なのかよくわからないけど、

源頼朝の奥さんの北条政子が安産祈願をここでしたからなのかもしれない。

赤ちゃんを抱いた女性の絵馬が並んでるらしい。

それで願いが叶うと、お礼に底の抜けたひしゃくを贈る風習がある。

どうしてなんだろう?

天岩戸のときに、桶を逆さまにしてその上で踊ったから?


坪宮は、境外摂社で、ちょっと離れたところにあります。

なので、ここは覚えない。




次は末社で

松尾神社は、たぶん京都にある松尾大社からきてるんだろう。

松尾大社に祭られてる神様は

大山咋命と中津島姫命らしいけど、ここでは大山咋命だけみたいだ。

大山咋の咋は杭のことで、大きな山に杭を打つ神、大きな山の所有者の神様ってことらしい。

古事記では、のちの比叡山である日枝山の松尾に鎮座して、鳴鏑を神体とすると記されてるそうな。

鳴鏑(めいてき・なりかぶら)とは、射ると大きな音を出す弓矢のことらしい。

比叡山に延暦寺ができてからは、比叡山の守護として、比叡山の王という意味で山王と呼ばれ

その比叡山、天台宗が興した神道を一派を山王神道と言って

後に南光坊天海が山王一実神道と改めます。

なんで仏教僧が神道を興しちゃうなんて日本の宗教史は複雑です。



あの太田道灌が歓請して東京の有名な日枝神社を建てまして

江戸時代には徳川将軍家の氏神、明治以降は皇居の鎮守とされたそうです。


比叡山の麓の日枝大社が全国の日枝神社の総本社で、後に大物主命が歓請されて

大物主命を大比叡、大山咋命を小比叡と呼び、二神の総称を山王と呼ぶことになりましたと。

~山王とか、ときどき聞くけど、そういう意味だったんだ‥

なにしろ、大物主命ってのは、名のとおり大物なんですね。途中からきたのに大比叡だもの。


で、実はこの大物主の命は、大国主命の別名だとか、大国主命の和魂だとか言われてます。

和魂(にぎみたま)というのは、幸魂(さきみたま)と奇魂(くしみたま)と二つあって

良い運気を運んでくれたり、奇跡で人々を幸せにしたりと、なにしろよい魂のことらしいです。

でもでも、この大物主命は、すごい祟神だったりします。

崇神天皇の時代に疫病を流行らせたりしちゃいます。

その祟りをおさめるために、奈良県の三輪山に大物主命を祀ります。

そうなると

大国主命の和魂だっていうのに、大物主命にも和魂と荒魂(あらみたま)とがあることになります。

どういうことなのか、まったくわかりません。


なにしろ松尾神社の大山咋命と、大国魂神社の大国主命は一応、関係はあるみたいですけど

その程度じゃ末社みたいです。


それと、この大山咋命は、開拓と醸造、お酒とか味噌とかお醤油とかの神様なんだそうです。

大きな山に杭を打つとかあるので、たぶん開拓なんだろうと思います。

醸造は、酒造の技術を伝えた帰化人の秦氏が氏神にしたからで

寛政12年(1800年)江戸時代です。武蔵の国の醸造家が懇請により勧請されたそうです。



巽神社は

これ、たつみ神社って呼びますけど、巽は方角です。辰巳の方角、今でいう南西ですかね

本殿から南西にあるから巽神社で、大阪とか地方にある巽神社からの勧請とかじゃないみたいです。

ここの神様は市杵嶋姫命(いきちしまひめのみこと)

全国の市杵島神社はこの市杵嶋姫命を祀っています。

有名な厳島神社もこの神様です。いちきしまといつくしま。

この神様は水の神様だそうで、後に弁天様、弁才天と習合します。

ちなみに、天のつく仏様、弁才天とか毘沙門天とかはインドからきた神様のことらしいです。


もともと弁天さまも古代インドでは水の神様だったらしいですけど

河を流れる音から連想して、音楽の神様、学芸の神様だったらしく

そんな関係で、弁の才のある神様で弁才天と。

ところが音が似てるので、弁財天にもなって、有名なのは鎌倉の銭洗弁天です。

もうだいぶなんでもありの神様になっちゃいました。

いや、神様なのか仏様なのかもよくわかりません。


実は、松尾神社で書いた松尾大社の中津島姫命は、この市杵嶋姫命の別名らしいです。

異説もあるみたいですけど。

だから松尾神社に中津島姫命がいなかったんですかね?




次は住吉神社と大鷲神社ですが

大国魂神社のHPを見ると、同じところというか1つになってまして

実際、1つなんですかね?というか、神社一緒にしちゃっていいのですかね?

まぁ、神社がそうしてるのだからいいんだろう。



住吉神社は大坂の住吉大社から分霊されたもので

住吉三神といわれる3柱の神様が祀られてます。

中筒男命・底筒男命・表筒男命で三神です。

住吉(すみよし)の吉は、大吉だ末吉だの吉兆を意味するんじゃなく、昔これは(え)だったそうで

すみのえと読んだそうです。澄江、澄んだ入り江のことです。

そういうことで、住吉三神は海の神様、航海の神様なんだそうです。

それと、神様の名前の筒は、星のことらしく

3つの筒はオリオン座の中心の三ツ星のことで、

航海のとき目印にしていたので神格化されたって話もあります。

ちなみに、住吉大社の境内末社に大国主さんが祀られてます。

それと、住吉大社は伊勢神宮みたいに式年遷宮という伝統が残ってます。

今は30年おきに改修するだけみたいですけど。


大鷲神社はおおとり神社と呼ぶのかな

祀られてるのは大鷲大神(おおわしのおおかみ)ですけど

大鳥神社・鷲神社・大鷲神社で(おおとりじんじゃ)ってなってますから

きっとそうなんでしょう。

ヤマトタケルが亡くなった後、白鳥になって飛んでいって最後に降り立ったのが

大坂の大鳥大社で、それと同じだとするなら

大鷲大神はヤマトタケルのことなのかもしれません。よくわかりませんが。



有名な酉の市の行われる神社です。

熊手を買って、手締めとかそういうやつです。

熊手は鷲が獲物を掴むときの手をイメージしてるらしいです。

福徳を鷲づかみにするって意味らしいです。

熊手は年々大きくしていくものらしいので、最初から大きいの買っちゃうと大変です。

買うときは、ちゃんと値切りをして

値切った分をご祝儀としてお店の人に渡す。定価で買うのと同じ分払うことになりますけど

それが通の買い方らしいです。

そのご祝儀をお店側が受け取ると、手締めが発生するのだそうです。

なにしろ、商売繁盛、開運の神様なんだそうです。



東照宮はご存知、徳川家康です。

二代将軍の徳川秀忠によって造営されました。

「八州の鎮守となる」と、家康は遺言してますから、

日本の平和を守る神様ってことになります。


ちなみに市杵嶋姫命が弁才天のように

神様の正体とされる仏様のことを本地仏というらしいですが

徳川家康も神様になって、東照大権現と呼ばれますけど

その東照大権現の本地仏は、薬師如来です。

薬師如来は名前の通り医薬の仏様です。

徳川家康も医薬に通じていて、司馬遼太郎が言うには、

日本ではじめて運動が健康によいと知った人物かもしれない、と。

家来に石鹸を使わせて感染症を予防させたりと、いろいろ逸話はあります。

たぶん、そういうところから薬師如来なんでしょう。


またまた、ちなみに

徳川家康を神様にしたのは、松尾神社のところで出てきた南光坊天海で

山王神道、大山咋命と大物主命・大国主さんの二神をあわせて山王ってやつです。

その山王神道を天海が改めた、山王一実神道により日光東照宮に祭祀されました。

調べてみればなかなか面白い繋がりがあるものです。



最後は、そこらじゅうにある、と言ったら怒られちゃうかもしれませんが

稲荷神社です。

なんと日本で二万社とも三万社とも言われてます。たしかにそこらじゅうにあります。

もちろん総本社はたくさんの鳥居で有名な、京都の伏見稲荷大社です。

僕も行きましたけど、異世界のような雰囲気があって、

結構、惧れを感じたりもします。神秘的ですごく好きな神社です。


祀られてるのはウカノミタマという神様で

穀物の神様だそうです。

ここも秦氏の氏神様。

秦氏は太秦が本家で、伏見稲荷のある深草は分家らしいです。

本家が松尾大社で、分家が稲荷大社なんですね。


江戸時代には「火事 喧嘩 伊勢屋 稲荷に犬の糞」と、言われたくらい

江戸に多いものだったらしいです。

江戸時代は石高制だし、

士農工商ですから、穀物・農業の神様はとても大事にされてたんでしょう。


それと、お稲荷さんは屋敷神でもあります。

デパートの屋上とか、ビルとビルの間とか、お屋敷の敷地内にある神社は

たいがいお稲荷さんらしいです。


ちなみに、伊勢屋が多いのは、それだけ伊勢商人が江戸に流れてきたからで

大きな港があったことと、木綿を手に入れやすい地域だったこととか

いろいろ理由があるそうです。

有名な伊勢屋は、デパートの伊勢屋丹治呉服店、伊勢丹ですけど

創業は明治だったりします。

江戸期の最も有名な伊勢商人は、三井財閥の基盤を築いた三井高利ですけど

屋号は越後屋です。



稲荷神社は狛犬のかわりに狐がいますけど

稲荷の神様のお使いなんだそうです。

大好物は油揚げで、油揚げを使った料理を稲荷と呼ぶのはここからだそうです。

だけども、狐はあくまで稲荷神の使いであって、狐じたいが稲荷神ではありません。


あと、伏見稲荷と同じくらい有名な豊川稲荷ですけど

豊川稲荷は神社じゃなく曹洞宗のお寺です。

祀られてるのは荼吉尼天です。


この荼吉尼天は鎌倉時代の頃に、性愛を司る神様とされまして

真言密教立川流という宗派が祀ったんですが

ドクロを崇めて性交をすることで成仏するという

話もありまして、邪教扱いで弾圧されてしまいます。




性交といいますと、大国魂神社では

くらやみ祭りです。

もちろん、今は普通のお祭りですけど、

その昔、お祭りの期間の夜は

集落一体が火を消して、雨戸を開けっ放しにしておかなきゃいけない。とか。

夜這い祭りとも呼ばれたのだそうです。

司馬遼太郎の燃えよ剣にもでてきます。

ただ、その夜這いのために夜にやってるわけじゃなくて

貴いものを目で見ることは許されないっていうところから、真っ暗な中でやるのだそうです。




あとは、大東亜戦争の忠魂碑や日露戦争の記念碑があります。



馬場大門ケヤキ並木ですが、これは天然記念物に指定されてます。

馬場の馬場は、軍馬を養ったり騎乗の練習をするところのことらしいです。



起源は約1000年前、源頼義・義家父子が1000本を寄進したという話があります。

現存してるケヤキを鑑定したところ

推定で600年以上、ケヤキの成長不良を考えると、900年以上もあり得るそうです。

もしかすると本当に源頼義・義家父子が寄進したものかもしれないです。




最後に、祀られてる大国魂大神、大国主さんですけれども

大国主さんと言えば、出雲大社です。

同じ神様を祀ってるので似てるところも多いです。

国造、宮司さんですけど、アメノホヒの後裔だったり

しめ縄は、太い方が右なんですけど、左が太い方で

逆になってます。

ただ、参拝方法は、二拍手です。

出雲大社は四拍手。


しめ縄が逆なのは、大国魂神社の禰宜さんの話では、社殿が北向きだからだそうですけど

北向きの社殿は、結構珍しいらしいです。

ちなみに出雲大社の社殿は南向きです。


他に北向きというと、伊和神社なんかもそうらしいです。

鶴石の伝説があるので北向きらしいですが

祀られてるのは伊和大神、大己貴神で、大国主と同じらしいです。

大国主の国造りが終わったの、「おわった」が「いわ」になって、いわ神社という説があるらしいです。

調べてみたところ、しめ縄が逆だという話はないです。


他にしめ縄が逆のところを調べると

大神神社なんかもそうです。

大神神社は三輪山をご神体としてるので本殿がありません。

三輪山といえば、大国主さんの和魂だという大物主さんが祀られてるところです。

崇神天皇の頃に疫病を流行らせたりした神様です。


巨大なしめ縄といえば、熊野大社と諏訪大社ですが

熊野大社はスサノオさんです。

スサノオさんは天照大神の弟ですが、子孫が大国主さんです。

諏訪大社は大国主さんの子供のタケミナカタさんです。

国譲りのとき、反対してタケミカヅチさんに諏訪まで追われてしまいました。



しめ縄は、天岩戸が起源だそうで

踊りに釣られて出てきた天照さんが、二度と岩戸に隠れないように

岩戸の入り口を封印するために締めたとか。

神社のしめ縄は、不浄なものが入らないようにするという意味らしいです。

要するに、結界みたいなものなんでしょうか?

すると、よく言われてるように、逆のしめ縄は神様の封印なんでしょうかね。

そうなると、出雲系といわれる神様のしめ縄が大きかったり逆だったり

なんとなくわからなくもないです。


大国魂神社、そんな感じでしょうか。

2009-10-17 21:29:28

ひつじについて

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理由は言わないけど

羊と大国魂神社について調べなければならなくなった。

もちろんその二つの関係ではなく、それぞれ別々に。


調べ物にインターネットはすごく便利だけれども

見るだけじゃ頭に留まらない。

なのでメモ帳代わりにしちゃう。



まず、羊


ウシ科

メスの角は真っ直ぐで、オスの角は曲がってる。

反芻動物

反芻とは、食物を口に入れ咀嚼。そして胃で部分的に消化してもう一度口に戻し咀嚼

また胃へおくる。それを繰り返て消化することを反芻というらしい。

反芻動物の胃は4つもあるんだそうな。なんとなく聞いたことがあるけど。

そしてユダヤ教では、この反芻する動物以外を食べてはいけないという戒律があるのだそうな。


成熟すると歯が32本になる。そのうちの8本が前歯で

その8本は年に2本ずつ増えていく。だから4歳までなら歯で年齢がわかる。


頭を動かさずに後ろが見える。


頭はブタより悪くてウシよりはいいらしい。

なんと、人間の顔を覚える。

他の羊の顔まで覚える。どれも同じ顔をしてるのに、すごい。

しかも何年も記憶できる。

また、表情から気持ちを察することもできるのだそうな。

だとすると、羊にも表情か感情があるんだろうか‥


寝る前の、「羊が一匹‥ 羊が二匹‥」は、

英語で羊のシープと睡眠のスリープをかけたイギリスの駄洒落からきてるんだそうな。

なんかすごい騙された気分だ。


羊の種類は約1000種類。

日本書紀に記述があるけど、輸入されたのは明治

思ったより歴史は浅かった。

そういえば、時代物に羊はでてこないもの‥


でも、十二支のイノシシはもともと豚で

日本には豚がいないから、イノシシになったって話を聞いたけど

なぜ、羊はそのまま羊だったんだろう?

辰と同じで架空の生き物扱いだったのかな?




日本には数種類しかいない。全部で一万頭程度。

思ってた以上に少ないし、数がわかってることじたいすごい。

その一万頭のうち約80%がサフォークという羊で

顔が黒いやつ。食用なんだそうな。


おひつじ座の神話はアルゴナウタイの冒険の話につながるけれど

わけがわからないし、絶対覚えられないので無視する。



あんまりたいしたことわからなかったな‥








2009-10-10 22:04:12

救急車を待つ間に感じたこと

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今日、僕が知ったこと。

本当にちゃんと心をひらくというのは

切実な覚悟が必要で

そうではなく心をひらくとき、それはむしろ心を閉じることに近い。



弟と駅前を歩いていると

紺色の服をきた人が、道の真ん中にうずくまって倒れてた。


そのうずくまった人のすぐ脇を、気にしながらもたくさんの人が通り過ぎていく。

だから、もしかすると浮浪者か、酔っ払いかと思った。


子供は正直だと言うけれど、やっぱりそのとおりで

ひとり男の子が立ち止まって見つめていた。

でも、すぐお母さんに呼ばれて引っ張られて行ってしまった。


僕たちも、気にしながらその横を通り過ぎた。

倒れた人の右手には、買い物のビニール袋からネギが出ていた。

僕は立ち止まることにした。

すると、同じように

犬の散歩中のおばさんが立ち止まって、倒れている人に声をかけた。


おばさんは、倒れた人の側にしゃがみ、「大丈夫ですか?」と、声をかけた。

僕は、おばさんに

救急車呼んだほうがいいですか?と、聞いた。


倒れた人は、ちゃんと意識があって

お願いします。と、こたえてた。

僕はすぐに弟に電話をさせた。





僕が立ち止まれたのは、側に弟がいたからだ。

もし1人だったら、どうしてたかわからない。

僕が立ち止まらなければ、おばさんも立ち止まらなかったかもしれない。


でも、たとえ通り過ぎてしまったとしても

立ち止まった今回と、まったく同じ気持ちにはなっていたと思う。

ただ、行動に移せない。それだけが違っているだけで。


きっと通り過ぎてしまった人たちも、同じ気持ちなんだと思う。

たまたま僕の横には弟がいて、立ち止まり、声をかけやすい環境にあっただけ。


もちろん、二人でいることが

今、このとき、どれほど声をかけやすい環境にあるか

自覚はしているので

そうすべきだという意志で声をかけたわけだけど

僕は人間を、

それほど偉いものだと思ってはいないから

社会的には、当然すぎるくらい当然の行為だろうとも思うけれど

小さな勇気でもあると感じている。


その勇気というものを考えてみると

どうもそれは、心をひらくということじゃないかと思う。

みんな内心では同じように思っている。

その心のうちをひらくということを勇気と呼ぶんじゃないかと思う。



もし、ここが駅前ではなくて、

まったく人通りのない道だったとして

僕が1人だったとしたら、

きっと、声をかけて親身になっていると思う。

それは、もう、しなければならないことで、どうしてもせざるを得ないことだから。


でも、ここは人通りの多い駅前で

そうなると、これが僕でなくてもいいわけで

たとえ、僕たちが通り過ぎてしまったとしても、誰かが声をかけていただろう。

もしかすると、手遅れということもあるのかもしれないし

そのことについては、心を苦しめるけれど

その後のことなんてわからない。

まったく知らない他人なのだから、その先なんてもうないんだ。


やっぱり人間なんてそんなに偉いものじゃないから

そのあと、どれだけ心苦しく思ったとしても、

ご飯を食べ、テレビを見て笑い、そんな苦しみ数時間で忘れてしまう。

親が死んだって、一ヶ月もすれば思い出すのもときどきで

気づけば不在に慣れてしまっている。そういうものだと思う。


面倒を背負い込みたくない。

そういう気持ちを僕はうまく理解できないのだけど

たぶん、そういうこともあるんだろう。

僕にとって、それよりも理解しやすいのは

自分が進んでそれをすることの恥ずかしさ

たくさんの人のいる前で、それをする恥ずかしさが

心をひらくことの歯止めになってしまう。


今回だって、それはとても強く感じていた。

だけども、それらすべてを自覚したうえで

僕は声をかけることにした。

小さな勇気。

ただ、心の全部じゃなく、ある部分までをひらくということは

心を閉じることに近いということを知ることになった。




知るというより、それはようやく自覚したということだろう。

これまでも、そういう経験は多かった。

そのことに目がいかなかった、気がつかなかっただけで。



救急車を呼ぶことはできた。

だけども、その救急車が到着するまでの時間

僕はその倒れた人に、親身に接することができなかった。

声をちゃんとかけてあげることもできなかった。

僕たちが居た位置は、倒れた人の背中側で

居ることすら知らせることもしていない。


もちろん、ちゃんと声をかけ、ときどき手を握ったり

背中を優しくさすって安心させたり

そういうことはおばさんがもうしているので

僕がする必要がなかったということもある。


ただ、あるにしても

それをすることをなんとなく嫌がっている自分も自覚していた。



人に触れるということは、簡単そうに見えて

いや、実際簡単なんだけれども、

触れるか触れないかのその境目は

現実と想像の境目でもあり、それを少しでも意識してしまえば

とても難しいことになる。


こういうとき、僕はいつも痴呆で入院していた祖父の背中に触れたときを思い出す。

それは間違いなく、現実と想像の境目だった。

その背中に触れた瞬間

たとえば、幻視の恐怖やら、今現在をうまく理解できていない不安

どうしてこうなってしまったんだろうという苛立ち、反発

僕が側にいることの安心や、嬉しさや甘えや

受け入れようとする気持ちや、諦め。

70年間のさまざまな記憶、人生から引き出された

今生きる祖父の想い。


たぶん、そういうものなんだろうと想像していたものが

生々しく現実として僕の体に直接伝わってくる。

それもやはり想像で、祖父の現実とはまた違うのかもしれないけれど

その想像に、匂いや味、空気

モノクロの映像がカラーになる、それ以上のリアリティーが押し付けられる。



僕はそれ以来、特に老人を触ることが辛くなってしまっている。

70年、80年、90年、生きたという重みに耐えることができない。

ずっと暮らしてきた祖母にさえそうなのだから、

むしろ他人の方が大丈夫なのかもしれないけれど。



なんにせよ、僕は倒れた人の側で

救急車を待ち続ける仕草をしていた。

ときどきしゃがんで様子を見ながらも、でも、そんなことをしていた。



倒れてる人の側で立っていることだけでも

どうしてか恥じらいを感じている。

そのときに、僕は気がついた。

恥じらいを乗り越えるために、僕は周囲を遮断しようとしてる。

倒れてる人を含めた僕たちへの注目を

遮断するために、その部分についての心を閉ざしていた。


もちろん、分厚いコンクリートで囲んでしまうようなことはできない。

僕がしていたのは、感じながらも感じていないように振舞うことで

いじめっ子に便乗する弱い子のように、無視をしていた。


この気分、もはや気分に近い

それほど重みもない、ある意味よくあることを

まるで政権が交代したくらいの大事のようにしているのは

まさに、それが気分的な、薄っぺらい

気づかなければ一生涯気づかないような、どうでもいいことだからで

その薄い気分的なものを説明しなければならないから

これだけ言葉を費やす必要があるわけで

ここまで読んでくれた人には、とても申し訳ないのだけど

そんな程度のことなんだ。



だけども、倒れた人の側で、声をかけたり

背中をさすったり、親身に接しているおばさんを見ると

しっかりと心をひらけているように感じて、

心から偉いと思った。

いや、もしかすると、また違うかたちで

僕と同じようなことをしているのかもしれない。


ただ、どこかで

これは女性だからできることなのだと

人それぞれなのかもしれないけど、

どうも女性というのは、そういうことができやすい生き物なんだろうと思ってもいる。

いや、逆に

男性はそういうことを苦手にしている生き物なのかもしれない。

どうあれ、経験上、こういうことに女性は強いと思う。




ものごとは関係性によって成り立っているから

1つを徹底することで克服することができる。

僕の持論でしかないけど、そう考える。


心をひらくことも、それ相当の覚悟を持って

徹底してひらかなければ、良い意味でも悪い意味でも、その関係性に取り込まれてしまう。

ひらくことは閉じることでもあり、閉じることはひらくことでもある。

そして、限定的にひらくことは、それ以外を閉じることでもあり

限定的に閉じることは、それ以外をひらくことでもある。


それはあらゆることに対して、

同じ傾向を見ることになるのかもしれない。

はっきりしたことはわからない。

だけど、僕の頭の中にある、さまざまな経験や想像を照らし合わせてみると

そうなんじゃないかと思う。
























2009-10-10 10:19:21

お散歩相手募集

テーマ:ブログ

お城を巡るサークルをつくろうと思ってたんだけど

そこそこ有名なものはずいぶん遠くになってしまうし

気軽にってわけにもいかないので

今度は街を巡る、お散歩サークルをつくろうかと思ってたりします。


基本的に古いものが好きなので

史跡とか神社とかお寺とか、老舗のお店とか、庭園とか

そのへんにおいしい珈琲のカフェとか

一日かけてゆっくり巡る。

よし、今日は人形町周辺で‥とか

きっと楽しいと思うんです。


本当は、ひとりで巡れればいいのだけど

ちょっとお洒落なお店になると、勇気が出せなかったり

写真とりたくても、変に恥ずかしがってしまったり

なにしろ、楽しいことや嬉しいことがあっても

自分の中だけに留めてしまうのが辛いです。

せっかくお腹を抱えるくらい面白いことに出会っても

ひとりで大笑いしてるわけにもいかないし。

なにか聞こうと思って、話かけるにも

僕、ひとりだと、警戒されちゃったり。



それに、結局ひとりだと

なにをしようにも

そのとき聞いたり、見たりすること以外

全部、知ってることになりますから

せいぜい、遠く押し込められた記憶がよみがえるくらいのことで。


だいたい、何かを聞いたり見たりするのは

ある程度、自分の意志なので

すると、知っていることをなぞるだけ、改めて聞くだけ

確認するだけ

そういうことが多くなると思うんです。



それだと、せっかくの時間を

十分に使い尽くせていない気がして

もったいないなぁ‥なんて感じると思うんです。


なにしろ、そんな散策日和なんて

一年、365日

そうはありませんから、

気持ちよく歩ける時期なんて、春や秋くらいで

春もすぐに梅雨になってしまうし、秋はすぐに冬になってしまうし

寒いのはまだしもですけど。



とりあえず、そんなことに興味がある人を集めてみようかと思っています。

僕のほうも、最近いろいろ動き始めてきたし

残された時間も、それほどないと思うので

やれるときにやれることはやっておきたいのです。



と、いうことで

今日は近いところで府中を散策してきます。

前からずっと気になってた、

お寺の側にある竹林の見える喫茶店を中心に

ぽろぽろ歩いてきます。

同伴してくれるのは、

気持ち悪いと言われるほど仲の良い弟です。



2009-10-07 18:44:58

モラトリアム法案のこと

テーマ:政治関係

八ッ場ダムの問題と

亀井さんのモラトリアム法案。

賛否両論の難しい選択だと思います。

だけど、これがまさに選択なんだなぁ‥と、

感じ入ったりもしています。


なにが正しいのか、なにが間違っているのか

どれがより正しいのか

政治に限らず、僕たちはそういう選択を毎日のように繰り返してる。

まるでこの世界に真実というものが敢然と輝いてるかのような錯覚を持って。


これは僕の持論でしかないのだけれど

選択とは、なにが正しくて、なにを間違っているか考えることではなく

なにを前提にするべきかを考えることなんだと思うんです。

要するに、なにを守るべきなのか。ではないかと。

そして、それを見つけたときに選択は自ずと決まっています。


そうなると八ッ場ダムは簡単で、建設中止だと思います。

これは民主党の政治姿勢の象徴的存在になってしまいましたから

その政治姿勢を貫くために、心を鬼にしてでもやらなければならないことです。

住民はまたしても政治に翻弄されるわけで、

もし自分だったら‥と、思うと遣る瀬無いですけど

既にことここにいたってしまったのなら選択の余地は残されていないと思います。


もし、誤りがあるとするなら

この問題を象徴化してしまったことで、

もっと無難な公共事業、誰もが無駄だと言えるようなものを最初に扱えば

中止、続行の選択は残されていたように思います。




亀井さんのモラトリアム法案は

八ッ場ダムよりずっと難しい問題です。

まだ、どこを前提にしてもかまわない。選択の余地が広々と残されています。

そして、必ず、その選択の弊害が訪れます。

何かを選ぶということは、それ以外を捨てるということでもあるのです。


弊害の1つとしてあげられるのが株価の問題。

藤井財務大臣の発言がどうとか、いろいろ言われてますけど

民主党ははじめから内需路線ですから

円高になるのも、株価が下がるのも当然だろうと思います。

グローバル化した経済での外需軽視は、株価に当然響きます。


もう1つが、銀行の貸し渋りの問題。銀行の経営の問題。

これも当然、株価に影響します。

アメリカを見てもわかるとおり、いまだトレンドは金融です。

グローバル経済の核はこの金融で、その他外需は後追いに過ぎないと考えます。


そして、モラルハザードの問題

街の意見でも、「借りたものは返すのが当然」とか、よく聞こえてきます。




だけども、僕はこの亀井さんのモラトリアム法案には賛成です。


これまでも何回か書きましたけど

自民党的な、大企業減税などによる上からの景気回復は

いざなぎ景気越えの好景気ですら、国内に利益が循環しなかったように

うまくはいかなかったわけです。


それで鳩山さんは、下からの景気回復

子ども手当てなどで個人を潤わせ、上に循環させていく

そういう方向を示しましたけど、僕はそれもうまくはいかないと思うのです。


理由として、僕は公共心、共存共栄という考え方を失ったからだと考えました。


「家族間の殺人が増えたのは経団連の責任」と、亀井さんは言いましたけど

実際、どうこう別にしてその気分はとても理解できます。

リストラを敢行するということは、満足な消費者を減らすということです。

たしかに、大企業はコスト削減のほとんどを人件費に求めているように思えますし

当然、身を削ってまでも社員を守ろうなんて考えもしないでしょう。

経団連は派遣の解禁を求めていたし、今なお労働市場の開放を求めています。

要するに、日本国内の消費など眼中にない。

そういうことなんだろうと思います。

もちろん、それはこのグローバル経済というものの中で生き残るために

しかたないことなんだろうと思いますが。


また、個人も同様だろうと思うのです。

潤った財布が、良いもののために開かれるとは思えないのです。

これだけ消費者意識の強い状況で

だれが、生産者と消費者は1つであると考えることができるでしょう?


以前に書いたとおり、僕は自立した個人というものを信用しません。

あらゆるものは関係性によって存在できる。

人と人との関係性によって、ようやく人間は私欲を抑え

公共心を発揮できるのだと僕は思うのです。


亀井さんのモラトリアム法案は

中小零細企業と住宅ローンを三年の期限付きで返済を猶予しようとするものです。

もちろん、中小零細企業にも家族にも

共存共栄や公共心を失っているものもあるでしょうけれど

関係性によって自立させられるのが人間だとするのなら

顔と顔を付き合わせる小さな会社には、ずっと公共心が生まれやすくなります。

社員を家族同然のように守ろうとする

僕もいくつかの小さな会社に勤めましたけど、たしかにそういう気分がありました。

横のつながりについても、

ひどく儲かるわけではありませんし、いつ不況で潰れてしまうかわからない。

そういう不安の中では、昔の長屋住人的な気分が残っているように思えます。


いや、そんなことはどうでもいいのです。

神様と一対一で契約を結ぶこともない、多神教の文明で

自立した個人というものを信じることは難しい。

恥の文化と呼ばれるようなこの国では

人と人との関係によって公共性は担保される。そう考えた方が正しいと僕は思うのです。


そして、経済は貨幣の循環である以上、

資金は循環するところに落とすことが大事で、

その循環が社会のありようを決めるのだとするなら

より公共性のある場所に落とすべきなのだろうと思うのです。

その場所として中傷零細は、個人よりも大企業よりも適切だろうと考えます。




だけども、亀井さんの言うとおり

本来なら、その中傷零細を守るために大企業が犠牲を払うべきで

リストラによるたくさんの人間の血であげた利益なのだから

より多くの公共心を発揮しなければならないはずです。


銀行にしても同様で、これからの貸し渋りや貸しはがしを指摘するなら

これまでの貸し渋りや貸しはがしの責任を取るべきなんだと思います。

たくさんの血が流れたことはたしかなんですから。



そしてモラルハザードだと言うのなら

経済で使われる意味と少し変わってしまいますけど

循環の構造の破綻を公共心の欠如だと言うくらいなのですから

既にモラルなんて壊れている。と、僕は思います。


借りたお金を返済しないわけじゃなく、三年猶予することと

企業が社員を守らないこと、責任を持たないこと。

これだけ雇用の不足がありながら、経団連が外国から安い労働者を入れようとしてること。

社会の一員であるという意識もなく、自分たちが永遠の消費者だと思い込んで

安く大量生産されたものばかり手にしようとすること。


モラトリアム法案がモラルハザードを招くと言うのなら

今あるモラルハザードはどう考えるべきなのでしょう。



もちろん、それをすることで株価が大幅に下落するかもしれないし

世界での競争力を失うかもしれません。

何かを得るにしても、ずいぶんと大きなものを捨てることになります。

僕はそれでも、既存の成長思考を変えるべき時期なんじゃないかと思うのです。



環境を考えれば、当然、経済は停滞します。

25%の二酸化炭素削減を、排出権の購入など数値上で誤魔化すような手段を取らずに

努力と技術力で乗り越えることができれば

大きな利益に繋がるのだろうし、そうじゃなくても新しい価値観をもたらし

尊敬と誇りを勝ち取ることもできます。


この問題もまた同じで

価値観の転換とともに、内需拡大と、公共心の生きた社会ができるかもしれません。


今を犠牲にすることで、未来を生きる人の幸福になるのなら

それは正しいことなんじゃないでしょうか?

もちろん、実際にそうなるとは誰にもわかりませんが。









2009-10-02 23:43:16

俗に言う合コンのこと

テーマ:ブログ

定義がいまいちわからないのだけど

あえて合コンと言いたい。

先日、それに行った。


なんでそんな言い方するかといえば

合コンという言葉で想像できるもの

それをひどく嫌ってるから。



ひどく嫌ってるのに、なんで行ったかと言えば

誘われたから。

誘われたからといって、なんでもほいほいついてくわけじゃなくて

たいがいは断るのだけど

誘ってくれた人が僕は好きなので

断りたくなかった。


好きと言っても、同性だし、そういう好きじゃなくて

なんていうか、落ち着くのです。

安心するっていうのかな、なにしろ面白いし。


最近はっきりわかったんだけど、どうやら僕は

同姓にしろ異性にしろ年上の人と一緒にいるのが好きみたいだ。


そんなことで、そのときのそれは

みんな年上だったので、僕はとても気楽だった。


気楽と言っても

実は、そういうの何年ぶりかもわからないくらい大昔に行ったっきりなので

最初は情けないほど緊張した。

その日は朝から幾分ナーバスになってたかもしれない。


ナーバスになっていたと言っても

特別、なにかを求めてたりもしないし

きっと、くだらないことをひたすら喋る係になるのだろうから

とりあえず、桁外れの美人さんがこないことを祈った。


なんでそんなことを祈るのかと言えば

世の中には桁外れの美人さんがいることを知って

見た目もそうだけど、気高さとか気品とか?

なんかよくわからないすごいのがいる。

普通の美人さんくらいじゃなんともないのだけど

そうなると、頭がまったくまわらなくなる。

僕にとって、頭がまわらないというのは致命的で

熱々のラーメンを素手で食べるくらい困難なこと。

だけど、本当の問題は、そうせざるを得ないと考えてしまい

素手で手を突っ込んでしまうこと。



同じように、尊敬し過ぎてしまう相手もダメで

何十年もファンだった芸能人に向き合うくらい

どうにもならなくなる。

もちろん、そんなときもそうせざるを得ないと

どこか悲壮感を漂わせた、使命感のようなもの

突撃の合図とともに先頭を駆ける下級将校のような気分になってしまう。



幸い、その日は

僕の許容範囲にある、いや、悪い意味でなく

一目見て、綺麗じゃないなんて断じて言えない人たちだったし

ひとりはとても思い遣りがありそうで

ひとりはとても知性的で

ひとりはとても自然なかたちでバイタリティーを持っているように見えた。


もちろん、数時間程度じゃ、なにもわからないのと同じだけど

この先、そのなにかをわかりたいと思える人たちだった。

もし向こうにその気があれば

たぶん、よい友達になれると思う。



なにしろ、そんなふうに思えたくらいだから

それなりに僕は僕の役目を果たせたのだと思う。

きっと楽しんでくれたんじゃないかと思う、ひどく疲れたけど。


ただ、こういう場所では

素敵なものを素敵だと言えない。

言えるのだろうけど、恥ずかしくて言えない。

それが結構、辛かった。

逆に、もしかすると、ここのところ言い過ぎてたのかもしれない。


それにしても、久しぶりのこの時期の夜の新宿は

お酒が入ってたこともあるのかもしれないけど

ひたすら心地よくて、ひしひしと湧いてくる開放感のようなものを

どう扱っていいのか困った。

だけど、どんな関係であれ

こんな空気のこんなところを女の子と歩くというのは

すごく楽しいことなんだと思った。実感を持って。

うん。悪くはない。



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