2009-08-31 23:27:35

のみこまれていくこと。

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大事なのは

自分自身の力で難局を乗り越えること。

知恵や勇気や、信頼関係

頼りになるのはそれだけだと思う。



抵抗するのは、首を絞められたときじゃない。

首を絞められそうになったとき

その首に巻きついたロープが、目の前に置かれたときだよ。



この変化を、自分たちの選んだものだと思っちゃいけない。

すでにそれは、決定されていたものなんだ。

ものごとが表面化したとき、

そのときが変化だと考えてしまうけれど

変化というものは

もっとずっと前にはじまっていて

決定されて、もう動かしようがないときに表面化する。


もちろん、だから選択が無意味だとは言えない。

この選択が、未来に訪れる「決定された」選択の

はじまりになる。または、決定の過程かもしれない。





この4年間で痛みを伴い理解したことは

個人がどうあろうが関係なく

津波のようにそれはやってきて

のみこんでいく。

引きずられていく。


どこが勝ったとか負けたとかどうでもいいんだ。

そんなのは関係ない。どうだっていいんだ、どちらにせよだもの。

僕は正直、のみこまれたくない。ひきずられたくない。

巻き込まれたくないんだ。

だけど、それはどうにもならないことなんだよね。


こんなこと言うのは傲慢だと思う。

すごく卑怯なことかもしれないし、不快にさせることなのかもしれない。

なにを言われてもしかたないし、僕が何かを言う資格もない。

だけどさ、

投票所に並んだ人を眺めてたら

なんだか嫌になっちゃったんだ。


2009-08-29 20:28:10

総選挙のこと。

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こんな僕でも、明日が総選挙だってことくらいわかっています。

ニュースはたいがい酒井法子と総選挙で

実はとてもうんざりしています。



なんとなく感じるのですが

よく叫ばれる「国民にわかりやすい政治」が

政治そのものをわかり難くしてしまったんだろうと。


どのマニフェストも

倒産前のデパートみたいで

ある意味、必死さは伝わってきますけど

その先に一体どんな社会ができあがるのか

ぜんぜんわかりません。


自民党は政権選択じゃなく、政策選択だとか言ってます。

なんていう名前か忘れたけれど

政策を表にして、どの党の政策がより良いか簡単に見比べることができる。

そんなものもあります。

もちろん、それも大事なのかもしれないけれど

その党の政策を縦に見て、いったいこの国をどうしようとしているのか

確認するのも大事なことだと思います。


ところが、残念ながら

なんとなくその未来図を想像できるのは共産党くらいで

やっぱり、倒産前のデパートのチラシみたいに必死なだけで

組み立てることで未来図が見える、そんなものじゃありませんでした。



制度が疲弊してることはなんとなく理解できます。

それを変えなきゃいけない。それもわかります。

ただ、その制度は最初から間違っていたのか?

それとも、あるときまで上手くいっていて、あるときから間違ったのか?

もし、そうなら

どのような理由で、何が原因で、間違った方向に進んだのか?

誰も何も話してくれません。


僕はやっぱり物事には手順があると思いますし

原因を突き止めないで、全部が悪だとして処理してしまうようなやり方は

また次に同じことを繰り返すことになる。

そして、全部を悪としてしまうことで

失われる善が必ずあります。

そして、その失われた善は、容易に取り戻せるものじゃない。

それはこの四年で十分過ぎるほど、痛みを伴って感じたことでもあります。

ものごとはそんな単純じゃないと思うのです。



責任力とはいったいなんなのか?

本来、とるべき責任を

とるべき人がとらず、下の者にまわしてきた

そんな社会を作り上げたのも、自分たちだろうに‥と。


政治とは、経済を経て

僕たちの心の問題

良し悪しの基準にさえ踏み込みます。

そこまでの責任を感じている政党があるのか疑わしいし

僕たち自身、その覚悟で投票してるのか疑わしい。



もし、その覚悟があるのなら

あんなどこに行くか定かじゃない、マニフェストで

何かを決めることなんてできやしない。と、僕は思うのです。



明日選ぶ政治家は

僕たちを代表して議論をし未来を決めていくわけです。

その代表の行う政治がどうしようもないのは

僕たち自身がどうしようもないからで

最近の世襲批判もそうですけど

あれだって、自分たちが選んでるんだからしかたない。

二代目だから、三代目だからダメだ。なんてのはまったく僕には理解できない。

老舗には老舗のよいところがあり、新しいものには新しいもののよいところがある。

もちろん、よいところがあれば、悪いところもある。

どんなことであれ、それは変わらないことだと思うのです。




それにしても、事前調査で

ここまで民主党が優勢だとは思いませんでした。

積極的に民主党に入れる理由とはなんでしょう?

民意、民意と持ち上げて

民衆がその気になって

政治があらぬ方向に進んでいく。



本来、政治は水のように

なければ大変だけど、あることを誰も感謝しない。

そういう存在であるべきだと言われますが

民主主義というのはどうやら違うみたいです。


毎日の仕事と、家族のことで精一杯の人や

異性と遊んだり、ファッションに気を使ったり

毎日忙しい若い人や

のんびり水戸黄門を見てるおじいさんに

政治がどうあるべきか、必死に考えなさいと言う。

何が正しく、何が間違ってるのか決めなさいと。


もちろん不満が生まれ、政治が表舞台に立ってしまった時点で

水のようであるという理想は破綻してますけど

だけど、そんな人たちに

正しい選択なんかできるはずがないと思うのです。

逆に、それで正しいものが選べるなら、国会なんて必要なくなります。


要するに、選挙とは

責任の分担のことではないでしょうか?

自身の選択に、その結果訪れる未来に

責任を持つこと。

もっと言えば、不満を封じ込める制度でしかない。

自分たちが選んだ結果なのだからしかたない‥と。


だからこそ、とりあえず

ものごとには表裏があり

何かを悪として、そのすべてを捨ててしまうような

愚かなことはしないようにしたいと思います。



どうあれ、選択とはとても難しいことです。

何かを選ぶということは何かを選ばないということ。

ものごとには表裏があり

何が悪で何が善かを決めるのはとてもとても難しいことです。

それでも、なんとか覚悟して

何かを掴む、もしくは捨てることを選択と言うのだと思います。



ですから、選挙に行くのは大事なことだと思いますけど

ニュースの最後にアナウンサーが適当に言えるほど

気軽なものじゃないのだと思います。




2009-08-18 19:35:56

夜目を鍛えること

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さいきん、たくさん本を読んでます。

小説や歴史の本や解説書や

読んでないものなら何でもよくて

少しでも身につけたい。そういう気分です。


だけど、必ずしもうまくはいきません。

これまでもそういう気分のときはあったけれど、

たくさん身に付いたと大きく実感できるときもあれば

まったく身に付かないこともあります。

読んだのかどうかも覚えてない。そういうこともあります。



それを考えると

どうやら僕は、これまでもずっとこんな風でした。



小さな積み重ねで得たものは、ほとんどないような気がします。

いや、実際は

小さな積み重ね。蓄積されたものが基になっているのでしょうが

確信めいた何か、そういったものは

大きな衝撃の後の粉塵の中にあるような気がしています。



僕にはたくさんの欠陥があって

その1つ

去年の僕を今に導いたもの

別に、10年前でも生まれたときでもいいのですけど

それがこの感じ方にあるような気がします。


具体的に言えば、たぶん僕は努力の仕方をしらない。そういうことだと思います。

努力の先にある栄光のようなものを1つも得ることなく、

次々と場所を、舞台を変えて

突き詰めることなく、ほどほどに

ある程度のところで満たされてしまう。飽きてしまう。


努力や蓄積を軽視してるつもりはありません。

それはとても大切なことで

苦労の多いことで

栄光にしろ、挫折にしろ

結果にいたるまでのプロセスに

たくさんの感動を受け止めることができるし

もっと言えば

人生は結果でなく過程にあると言い切ることもできます。


人生の終わりが死であるなら

大事なのは死に方で、それは同時に生き方でもあります。

ですから、人生の途中にある結果は

結果のようなものでしかありません。


優しく言えば、生きている限り何度でもやり直せるという話で

自然数の終わりを求めるようなもので

終わり+1とか、終わり+10とか

子供みたいですけど、そういう言い方ができてしまう以上、きっとそれはあるのだと思います。


なんだかよくわからなくなってきましたが

無限とは数をかぞえたずっと先にあるものじゃなく

ずっと先まで続いていくことを指すのであって

僕たちが普通に使う結果には、ちゃんと+1や+10があって‥

だめだ、やっぱりなんだかわかりません‥



なにしろ僕は過程にこそすべてがあると思うくらいなのです。


ところが、僕自身のことになると

そうはいかなくて

瞬間的なものばかり求めているような気がします。


粉塵の中から何かを探し得るには

よい目や勘が必要なのだと思います。



昔の駆逐艦の海兵さんは

夜になると敵艦のレーダーよりも先に艦影を発見し

魚雷を打ち込んだそうで

日ごろの訓練とビタミンAをたくさん摂取したからだと聞きました。


劣ったところを努力で埋める。

それは不変のものかもしれません。

たとえ結果がどうあろうと、

僕はそんな海兵さんたちをとても尊敬してますから、

その尊敬もまた結果の1つだと思うのです。







2009-08-15 22:07:31

さぼってました

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すっごくさぼってました。

なんていうか、1つボタンを掛け違えちゃった。

それで全部が面倒?面倒とは違うな‥

怠慢になった。

たぶん、自分に対しても。



毎日、暑いです。

僕だけじゃなくて、みんな暑いだろうけど

だから夏は嫌いです。いや、嫌いでした。


ずっと嫌いだと思ってたけど

最近、もしかしたら好きなんじゃないかと思いました。


夏の空は春や冬や秋の空より綺麗だと思います。

夏の夜のお祭りや、花火大会も好きです。

若い子が少しそわそわしてるのを見るのも嫌いじゃないです。

エアコンの匂いも好きです。

蝉の声も好きです。

岩に染み入るとは、まったく素晴らしい表現だと思います。

芭蕉はすごいです。


ひぐらしは特に好きです。

よくもまぁ、ひぐらしなんて名前を付けたものだと感心します。


最近は、ゲームとか殺人事件とかで言われたりするけれど

ひぐらしは尖らせちゃいけません。

ひぐらしを尖らせて言った途端、それはひぐらしではなくなるのです。

そこにある郷愁的な気分が消えてしまうのです。

たぶん、尖らせるという表現がわからないだろうと思いますけど

ひぐらしは、少し涼しくなった夕方に

聴こえるものだけがひぐらしであって欲しいと強く願います。



夏はとてもノスタルジアだと思います。

いや、夏はノスタルジアで出来てるんじゃないかと思うくらいです。


今年はどうにか田舎に行こうと思ってます。

裏の山の急な階段を登ったところにある小さな神社のお祭りとか、

青い田んぼのすぐ横に小川が流れていて

小さな橋が架かっていて

空は青くて、雲が白くて

そんな田舎に行こうと思っています。



田舎と言っても、お婆ちゃんが住んでるわけではなくて

僕の家には田舎がありませんから

都会ではない場所という意味で

なんていうか、僕が思う夏の象徴的な場所に行きたいだけです。

それが、急な階段の先にある薄暗い神社だったり

青い田んぼの隣を流れる小川に沿った小道で見上げる空だったり

夕方、ピンク色になった空とひぐらしの声だったり

太陽が反射してギラギラしてるプールサイドと塩素の匂いでもいいんですが

それは少し現実的すぎて、夏と僕の関与が薄い気がしてつまりません。

なんていうか、監視員以上に

夏のプールというものに対して部外者的な感じがしてしまいます。



まぁなんであれ、ずいぶんさぼってました。

もしかすると、他のところでもっと手軽なのに変えようかと思ったりもしてます。

実を言うと、これまでのものがずいぶん恥ずかしく感じているのです。




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