2009-06-27 23:40:59

赤ちゃんに会った。

テーマ:ブログ

赤ちゃんは子犬じゃなくて子猫だった。

子猫みたいな声で泣くんだ。

生まれて1ヶ月の赤ちゃんは

僕が思ってたよりずっと生まれたてだった。


「男の子なのにこんな声で泣くんだなぁ‥」

なんとなく、そんなことを思ったよ。

もちろん赤ちゃんの泣声くらい聞いたことあるし

よく考えれば当たり前なんだけど。


可愛いとか、そういうことでもなかった。

なんていうか、赤ちゃんは生まれたてだったんだ。

お腹の中の液体がまだ乾いていない。

握られた小さい手の指と指の間に、まだベトベトしたのが残ってそうなくらい。


「可愛いでしょ?」

言われれば、たしかに可愛いと思う。

だけど、それより、

とても大事なもので、どうにか守らなきゃならないものなんだって

なんだか、そんな風に思ったよ。



でも、そんな赤ちゃんなのに

お母さんの方は、ずっと昔からお母さんだったような

一ヶ月前に出産したなんて、まったく思えない様子で

見比べて、僕はなんだか不思議な気分になった。

ほんとに、まるで拾ってきたみたいに

ただ、ずいぶん彼女のお母さんに似てきた。

母親になったからなのか、少し老けたからなのか

その辺はわからないけど。



彼女と赤ちゃんが似てるかどうかはよくわからなかった。

人の話を聞けなさそうな、後ろにくっつきそうな耳と

思ったことをうまく伝えられなさそうな

小さな口は似てると思った。


眠りながらその小さな口を、もぐもぐ動かしてる。

ときどき子猫みたいな声を出す。

まだ何かを認識したり、そういうことは無理なのかな。

たまにひらく真っ直ぐな目で僕を見るけど

なにひとつ表情をかえることもなく

だけど、どうやらお母さんを探してるみたい。それはなんとなくわかったよ。



乳母車?

今はベビーカーか‥

あれをガラガラ押し歩くのは楽しかった。

彼女のマンションが近いから

お台場の海浜公園を歩いたんだけど

なんだろう、すごく楽しかった。


一度くらいはやってみたかったんだ。

もしかすると、もう二度とできないかもしれないし。

僕はまだ自分の子供のことなんて想像できないから。

こういうのって、きっと幸せなんだろうと思う。

僕の子供じゃないのだけれど

1つの幸せを、外面だけでも経験できた。


たぶん、当分のあいだ

めざましテレビの天気予報を見れば

このときのことを思い出すだろうな。

それで、また赤ちゃんに会いたくなる。


実を言うと、昨日別れてから、ずっと会いたい気持ちになってるんだ。

まるで恋でもしたみたいに、思い出すと胸が痛い。切ない。

だけど、会えてよかったと思う。すごく思う。



それにね、彼女

毎日が楽しいって言うんだ。

夜鳴きはするし、寝れないし、旦那さんとは相変わらずだけど

子育ての毎日がすごく楽しいんだって。


それを聞いてさ、僕は泣きそうになったよ。

うん。本当によかった。


妊娠してたときは、酷いことたくさん言われたし

僕も酷いことを言い返したかもしれない。

どうしてなのか携帯電話をいつも慌しくいじってたのを思い出すよ。

人はこんな風に変わってしまうのか‥と、すごく寂しくもなった。


だけど、彼女の状況を考えれば

不安だろうし、間違っていたって自分を肯定しなきゃ堪えられなかったのかもしれない。

妊娠中は神経質になるって聞いたこともあるしね。

それにしても酷かったけどね。


でも、憑き物でも取れたかのように

穏やかですごく自然だった。

本当は、それがなにより嬉しかったんだ。


お店でご飯を食べたときも

前はずっと携帯を気にして

忙しなく画面を覗いていたけど

もう気になるのは赤ちゃんの様子だけみたい。

とても穏やかで、優しそうな顔をして

当たり前だけど、彼女は赤ちゃんをとても愛してる。

ちゃんと母親なんだね。

よかった。ほんとによかったよ。



残念なのは、僕に赤ちゃんを触らせてくれなかったこと。

「あんたの手は汚い」と、触らせてくれないんだ。

ぷくぷくのほっぺも、ふにゃふにゃな手も握ってみたかったのに。

でも、ベビーカーで寝てる赤ちゃんの横に

僕のあげたクマさんが座ってた。

いつかそれを掴んで振り回してくれる。そんなときがはやくきてほしいと思った。










2009-06-25 22:16:46

赤ちゃんに会う

テーマ:ブログ

前の彼女から、赤ちゃんの写真が届いた。

まんまるの顔で

目もまんまるで、口もまんまるにひらいてた。

それよりも、かえるさんがたくさんの服を着ていた。

泣きそうになるくらい可愛かった。


僕にとっての赤ちゃんは

可愛いと言われてるものでしかなく

実際に可愛いものじゃなかった。


いや、たしかに可愛くはあるけれども

子犬の方がずっと可愛いと思えたし

小熊の方がもっと可愛いと思えたし

成犬だって、人間の赤ちゃんよりかは可愛いと思ってた。



それに、僕にとっての「可愛い」は

赤ちゃんやキティーちゃんやワンちゃんよりも

もちろん、エビちゃんや、めざましの愛ちゃんでもなく

ダチョウの竜ちゃんだったりするから

普通の可愛らしさを、瞬間的に捉えることが難しい。




なにしろ、僕は生まれてはじめて

赤ちゃんを可愛いと思った。心から思った。


でも、どうして突然、そんなふうに思うようになったかは

よくわからない。


もしかすると、彼女の子供だからなのか

それとも、まだ体もろくにできてない

お腹の中の写真を見たからか

かえるさんがたくさんの服が可愛いだけなのか

どれもよく考えたみたけど、正しそうな答えは出ない。



明日、僕はその赤ちゃんに会いに行く。

本当は、彼女とはもう会わないつもりだったけど

赤ちゃんがあまりにも可愛くて、

あの膨らんだやわらかそうな頬を

どうしても指先で突付いてみたくて

独特の優しい匂いを嗅いでみたかった。



もしかしたら、ただの気まぐれで

実際、会ってみれば

たいした感動もなく、

やっぱり僕にとっての「可愛らしさ」は

ダチョウの竜ちゃんなのかもしれない。


とりあえず、僕がどう感じるのか

どういう気持ちになるのか、すごく楽しみだ。


あしたのために、風邪もなおしたし

オーガニックコットンのクマの人形も買った。


きっと手もまんまるなんだろう。

その手で僕のあげるクマを掴んでくれるかな?

これまでいろんなものをさわり続けてきた

この決して清潔とは言えない僕の人差し指を

小さなまんまるの手で握ってくれるかな?


でも、どうしてそんなことを期待しちゃうんだろう?

もし握ってくれたら、僕は泣いてしまいそうな気がする。




2009-06-23 23:59:39

教育関係者はきっとマゾだ

テーマ:ブログ

京都教育大学の集団暴行事件?

居酒屋で強姦したとかしないとか、それね。


示談だとか起訴猶予だとからしいけど

正直、もう教壇に立ってほしくはないよね。

僕が親だったら嫌だよ。


まぁ、1人の女の子をどうこうしちゃうような奴らはさ

罪や罰がどうあろうが嫌だけどね。

罪を憎んで人を憎まず、なんていうけどさ

たぶん、そんな人たちに出会ったら白い目で見ます。

社会的にじゃなく、個人的にだから問題ないわけだし。




僕はさ、自分で言うのもなんだけど

結構、寛容なほうだと思うんだ。

わりあい公平な方だと思ってる。


だけどさ、学生さんくらいの年代のさ

俗に言う、ノリって奴?

あれがとても嫌いなんだよね。

ノリって言葉も嫌いだから使いたくないんだけどさ。


このノリとかさ、事件のあった追い出しコンパ?

なんだろうね?

気持ち悪いんだよね、言葉が。


追い出しコンパなんてさ

意味はわかるよ。

卒業生を送るとか、そういうことの言い換えなわけでしょ?

全然、面白くも洒落てもないけどさ

その発想が気持ち悪いんだよね。


なんだろ、はじめて使った人の様子まで想像できる。


そういう気持ち悪い言葉をさ

平然とみんな使うわけだよ。

ちょっと前だと、KYとかね、イケメンとかもそうだよ。

まぁ、使い方にもよるんだけどさ。



なんだろうね、この気持ちの悪さ。恥ずかしさ。

僕が過敏なだけなのかな?

これは僕個人の感情だからさ、どうでもいいんだけど。




なにしろさ、学校は教育的配慮もいいけどさ

関係した学生は退学にした方がいいよ。

そうじゃなきゃ、他の学生や卒業生たちが迷惑する。


ちゃんとさ、こんな奴らは特別なんだってことにしないとさ

そのまま受け入れて、普通に過ごさせたら

学校中がそういうところだと誤解されかねないしさ

それこそ配慮だと思うんだけどね。



大丈夫さ、大学を退学になったくらいじゃ

人生は終わらないよ。

それを教えるのも教育だよ。



まぁ、今のままでいくならさ

自分の学校が京都教育大学ってだけで

白い目で見られることを

学生や卒業生たちに覚悟させる必要があるね。

こうなったら全部を守ることは難しいよ。

法律的にどうこうじゃなく、

世間を納得させる筋が見当たらないもの。




でもさ、今回の件で

また縁故採用の問題も出てさ

なにせ、学校の処分が出てるのに、

なんでそうなったかも聞かずに採用しちゃうところもあるわけで

親が教育委員会だからだとかさ

信じられないよ、まったく。


大分の試験の事件もあったけど

教育界ってのは、ほんと酷いところだよ。

こうなると、ほんと救いようがないよ。



もうさ、職業が教師って聞くだけで、

変態なのかな?とかさ、ろくでもない奴だと思っちゃうよ。

そして、たぶん実際そうなのかもしれないと思い始めてる。


でも、それも仕方ないよね。

そうさせないための組織は機能不全で

縁故採用とか平気で認めちゃってるわけだし

賄賂もらって点数改竄とかしてるわけだからね。


いつまでたっても変わらないみたいだからさ

もういいんじゃないかな?


悪い先生もいれば良い先生もいる。

そういう考え方は、しなくていいんだと思う。


先生はみんな変態で、不正な試験で採用されてて

ろくでもない奴ばかりで、だから親は先生の言うことなんか

いちいち配慮しない方がいいよ。


子供もさ、言うことなんか聞かなくていいよ。

宿題だってしなくていいしさ、怒られたら適当にあしらえばいいんだ。

カンニングなんかいくらやったって大丈夫さ。

最悪、お金持っていけば、点数だって改竄してくれるよ。

たださ、裸見せろとか、触らせろとか写真撮らせろとか

たぶん言われるから、その辺だけ気をつければさ。


そう思われるようなことをしてきて、

なにひとつ改善させられないんだから、

責任を持たないんだから

こう思われてもしかたないしさ、

いや、むしろ、そう思わせたいんじゃないかな?

僕にはそうとしか思えない。


きっとね、教育関係者ってのはみんなマゾなんだよ。

白い目で見られるとゾクゾクしちゃうんだな。
2009-06-14 20:28:01

鳩山さんの辞任について

テーマ:政治関係

日本郵政の問題で

鳩山さんが辞任して、一応は決着みたいだけど

どうなんだろうね?


僕はきっと両成敗的に

鳩山さんも辞任して、西川社長も辞任して

それで決着だと思ってた。


そのあとの人事で、郵政改革に対する麻生さん

今の自民党の姿勢が見えるんだろうと考えてたよ。


鳩山さんは言ってたからね

郵政改革に反対するわけじゃないってさ。

かんぽの宿の件やダイレクトメールの責任の問題だってさ。


だったらさ、西川社長を辞任させて

また郵政改革推進派の人に社長を任せればよかったわけじゃない?

なのに、そうしないのはさ

どうしても西川社長じゃなきゃいけない理由があったんだろうね。


なんていうの?疑獄事件?

民営化ってのには利権が付き物らしくてさ

黒田清隆と五代才助の北海道開拓史の事件が思い浮かぶけど。




ただね、

僕はこの問題の処理のしかた

麻生さんのやり方は大失敗だと思うな。

次の選挙を戦うって意味ではね。


特にいけないのは、西川社長に土下座させて鳩山さん留任ってやつね

これは最悪だよ。

鳩山さんが怒るのも無理はない。


どこに根ざすものであれ、鳩山さんは信念の問題だと言ってたよ。

正義って言葉は、薄ら寒く聴こえるけど

信念ってのはさ、そんなことで収めちゃいけないものだからさ

そんなんで逆に留任しようもんなら

鳩山さんの政治生命は終わりだよ。


と、ほんとうはなるはずなんだけどね。

ここが日本の政治の変なところ、というか

日本社会のおかしなところでさ

政治信念を曲げてまで守らなきゃならないものがあると考えられてる。


それは組織への忠誠だったり

よく言うじゃない?失言で辞任する人はさ

「国会運営の妨げになるため辞任します」みたいなね。

政治信念よりも国会をすみやかに進めるほうが優先される。

ときには、それが国民の意思だと言ってね

政治信念を評価されて国会に選ばれてるはずなのにさ。


そういう場合はさ、罷免されなきゃダメなんだよ。

更迭されなきゃダメなんだ。


今回の鳩山さんの場合は、一応は辞任だけども

実際は更迭だよね。

更迭にまでもっていかなかったのは

仮にも盟友と言われた麻生さんの立場を考えてなのかな。

逆じゃないよ。

鳩山さん的には更迭されたほうがよかったんだよ。



まぁ、これも信念なら

構造改革を未だに推進しようとする人も信念なんだろうな。


アメリカもオバマさんにかわって

方針転換をして

それでもまだ新自由主義に期待するってのは、

もし、それが本当にこの国を導くものだと考えてるなら

それもそれで信念なんだろう。


だけど、それも次の選挙を考えるとどうなんだろうね?

国民の支持はもう小泉構造改革にはないと思うよ。

前の選挙が郵政選挙って呼ばれて

たしかに今の議席があるわけだから

構造改革の肝だとされた郵政改革を阻もうとすることは

国民への背信行為だって意見も、一応は理屈だけれど

そこに問題があったから、今の状況があるわけで

もし、選挙に勝つつもりだったら

鳩山さんの方に乗っかって

たとえ、自民党が分裂しようとも

覚悟を持って突っ走った方がよかったと思うけどね。

もう厳しいところまで追い込まれてるんだからさ。










2009-06-05 22:31:13

高校講座を見る

テーマ:ブログ

教育テレビの深夜の

高校講座をときどき見るんだけど

あれはなかなか勉強になる。


もしかすると、みんな普通に知ってることで

僕に学がないだけかもしれないけど

はじめて知ることが多くて面白い。


ただ、次の日になると忘れてる。

結構、いろいろ見たけど、ほとんど覚えてない。

手元に残ってるのは、「へー そうなんだ」ってことだけ。


その高校講座で一番、面白かったのは

星とか宇宙のやつ。

先生がすごく丁寧に説明してくれるんだけど

全然、言ってることわからない。

僕にも問題があるとは思うけど

説明にまったく根拠が語られなくて

僕は、どうしてなのか?が知りたいのに

「そういうものなんだ」で済まされちゃう。


たぶん、根拠はあって、説明もできるのだろうけど

時間の関係とか、いろいろあるんだろう。

でも、消化不良なんだよなぁ‥


ただ、それで宇宙のことや星のこと、なんか興味が沸いてきて

今、すごくプラネタリウムに行きたい。


小学生の頃、学校で行ったっきりで

あのときは、全然、何も感じなかったけど

今ならちゃんと感動できる気がする。


修学旅行の京都と、大人になってから行く京都が違うのと同じように

プラネタリウムも水族館も動物園も

きっと何か違う感動が得られると思うんだ。




大人になると、いろんなことに気づく。

「なるほど、こういうことだったのか‥」ってことは多い。


僕はそういう経験を何度も繰り返して

やっぱり子供は子供なんだな‥って思ったし

あの頃、見えていた世界なんてすごく限られたものだったんだな‥って思うし

それなら、今だって同じこと。

まだまだ知らないことがたくさんあるんだろうって思う。


だから、決め付けはよくないなぁ‥とか、どんなものにも可能性はあるんだ‥とか

限られた世界を自覚してる。

これはきっと悪いことじゃないと思う。


だけど、大人になることで

気づけなくなったり、見えなくなったりすることもある。

僕はそれも自覚してないとダメなんだろうと思う。


歳を重ねて、さまざまな経験をして

世界はあきらかに広がってるけど

少なからず見失ってるものがある。


そして、そこにどんな意味があって、

どんな効果があって

どんな気持ちがあるのか

ちゃんとたしかめて

あえて、見て見ぬふりをしたり

見えないものを見えるように振舞ったり

そういうのも大事なんだろうと思う。


「あること」と「あるべきこと」

現実と理想と

両方をわかったうえで

どこに身を置くべきか、ちゃんと考えて

時と場合、正誤の問題は「何に対して」っていう前提があって

はじめて分けられるものだしね。


それができて、ようやく成熟したと言えるのかな。

そうなると、成熟のある一面は子供っぽさでもあるんだな。

僕にはまだ

その一見矛盾するものたちの整理がうまくつけられないんだけど

いずれできるようになりたいね。

もう胸には抱えてるわけだから、あとは言葉にしていく作業。

もう少し勉強しておけばよかったよ‥

だから、きっと高校講座なのかな。






2009-06-03 21:38:47

可能性と現実について

テーマ:ブログ

体操服がまぶしいのは

光の反射なのか、彼らの有り余る可能性なのか。


すると、可能性は日々失われていくものなんだろうか。

だけど、それはたぶん悲しんだりしなくてもいいのだと思う。

可能性が失われていくぶんだけ

過去を背負い、両手で現実を抱えていくんだ。



たしかに、もう僕が大金持ちになるには

宝くじを当てるくらいの可能性しかないのかもしれない。


校庭を走り回ってた頃なら

進学校に進み、一流の大学に入って

大企業に就職して、出世競争を勝ち抜き、

会社の幹部になる。

そんな夢も描けた。

これまで一度も描いたことがないけど。



グラミー賞を獲得するようなミュージシャンでもいいし

ベネチアやカンヌで表彰される俳優でもいいし

F1レーサーでもいいし

今なら、わけのわからない禿げた企業が

ちょっと面白いビデオを撮るだけで、1000万円くれたりもする。

そういう芸人さんだっていいのかもしれない。


だけど、もうそんな夢は描けない。

たしかに可能性は驚くほど失われている。



だけど、もしパティシエになりたかったとして

どこかのお店で修行を積んで

おいしいお菓子を焼けるようになって

そのとき、F1レーサーの可能性は消えてしまってるけど

確実にパティシエの可能性は高まってる。

夢は現実に近づいてる。

校庭を走り回ってる頃よりずっと

夢は現実に近づいてる。




何かを得れば、必ず何かを失う。

それはもうこの世界の定理なんじゃないか。

だけども、何かを失えば、必ず何かを得られるのか?

たしかにそのとおりだとも言える。

ただ、それは

仕事を失って、自由な時間を得るような

なんていうか、とても消極的で、結果的な

慰めのようなものか

恋人を失って、喪失感を得るような

なんていうか、情緒的で詩的な

概念上の問題というか、言葉の問題。


どちらにせよ、何かを失うことで得るものは

校庭を走り回る彼らと同じ

可能性なんだと思う。


有り余る時間は、なにかを得られるかもしれない可能性。

新しい恋人を得られる可能性。

ただ、それが眩しいかどうかはわからない。

「絶対じゃない」というだけの

1%の悲しい可能性かもしれない。


現実が希望になり、希望が夢になり

そして夢は塵になる

なんどもなんども、情けなくなるくらい繰り返してきた

慎ましく人間らしい時間の泳ぎ方。



あれだけ眩しい可能性が

ただの慰めや逃げ場になることもある。

それと同じように

現実もまた、慰めや逃げ場になることもある。


逃げることや、慰めを求めることは

決して悪いことだとは思わない。

それはきっと、酸素や水と同じように

僕たちには欠かせないものなんだと思う。

好む好まざるを関係なく。


だけど、水平線しか見えない大海原を漂うわけにはいかないし

それはあまりにも情けないから

自分で決めたことだけは、どんなことになっても

守りたいなぁ‥と、思う。







2009-06-01 19:28:42

結婚について

テーマ:ブログ

この歳になると、そろそろ結婚なんて話も聞かなきゃならない。

まぁ、僕をよく知ってる人は

あえて触れたりしないのだけど、なにせ甲斐性ないし。


だけど、

僕が女性だとして、普通に考えて

僕は明らかに無しだと思う。

結婚相手の条件とか、そういう感じで相手を探してるなら

間違いなく、僕は無しだ。



僕自身、結婚願望はなくて

無理してしたいとは思わない。


やっぱり、ずっと一緒にいたいと思う相手がいて

それから結婚だろうと思うんだ。

婚活とか最近言われてるけど、

本末転倒だと思う。

僕はそういうの気持ち悪く感じちゃうから、

お金を貯めることを目的にして働く。みたいなさ。





だけど

この歳になって、相手も同じ歳くらいだと

そういうことも考えてお付き合いをしなきゃならないわけで

二の足を踏むというか、なんというか

まぁ、そういうこともなくはない。


若い頃なら、気軽にお付き合いをはじめて

そのうち結婚も考えるようになった。

そういうことも当然あるわけで、いいのかもしれないけど

最初からその辺を想定しなきゃならなくなると

二の足を踏みたくもなる。


それに、僕は他の人と比べて

ゆっくり時間が過ぎてるみたいで

数ヶ月くらいじゃ、なにもわかりあえないだろうと思うのに

見切られたりしちゃうと、ちょっと辛い。




一応、僕にも

少ないけれど、その辺の経験もあって

真剣交際っていうの?

よくわからないけど。


1つ、覚えたことは

懸ける値する相手に懸けるってこと。


心から愛したり、そういうことはさ

ちゃんと理解してくれる相手にするべきだと思うよ。

人生を懸けてもいいと思う相手にね。


そんな人にめぐり合えることも、なかなか無いのかもしれない。

僕もたった一度だけだよ。そう思える人に出会えたのはさ。


これはすごいことなんだと思うんだ。

だってさ、もしそんな人に受け入れてもらえたら

僕は世界中で一番幸せな人間になれるんだから。


とりあえず、僕は今、

世界中、60億人の中で最も幸せな気持ちになれる

その候補者であるわけだよ。

それだけでも、僕はすごい幸運に恵まれてると思うよ。


これってさ、誰にでも可能性はあるんだけど

たぶん、そんな風に考える人はあまりいなくて

そんな風に思える相手に出会えることも珍しくて

そして、それが

普遍的な価値の基で、実際そのとおりだろうと

太陽が東から昇るようにね、誰もが知ってること

世界で二番があること、五番があって、40番があって、2345番があって‥

徒競走みたいに、あからさまな順位がそこにある。

そんな風に考えることのできる

世界で一番の幸せだってことを、実感を持って思えること。

すごく素敵なことなんだと思う。


なんだかよくわからなくなったけど、

懸けるべき相手に懸けること。


実際問題、愛情ってさ

大きさとか重さとか深さじゃなく、形だからさ

相手に沿えばそれが一番だよ。

適当にしてもらいたい人には適当にしてあげないといけないわけでさ

その辺の器用さが、女性の扱いとか、そういう話なんだろうと思うけどね。

でも、想いがむなしく通り過ぎていくのを見るのは寂しいものだ。

悔しいものだよ。



たださ、そういう人に一度でも出会っちゃえばさ

もう終わりは終わりだよね。

同じくらい思える人がゴロゴロいたら

それも問題だし、次なんか見当たらないよ、たぶん。


残されたのは妥協しかない。

人生がとっても空しいものになるよ。


だから、そんな人を前にして

怖くて立ち竦んでしまうのも

当然といえば当然なんだろうね。



























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