2009-04-29 22:06:51

あしたの次はあさってだってこと。

テーマ:ブログ

「同じ川に二度入ることはできない」

せっせとせせらぐ小川を見ると

そんなことを思う。


河口近くの大きな川はダメだ。

その水の量に圧倒されて、怖くなるんだ。

「同じ川に二度入ることはできない」

だって、一度目で溺れ死んでしまいそうだもの。



なんであれ、絶え間のない流れに「時間」を感じてしまう。

または「時間」を想うと

僕は小さな川の流れを想像してしまう。



万物は流転する。

留まることなんかできない。

僕が変わった?

誰がどうとか関係ないよ。

それは全部速度の問題さ。

ゆっくり変わる方が、それより少しだけはやく変わるものを

変わった!変わった!と騒ぐだけ。


人の気持ちも変わる。

人の気持ちこそ、ころころ変わる。

そして、その気まぐれな心変わりに

右へ左へ振り回される。

目に見えるものよりも、目に見えないものの変化の方が

ずっと心を悩ませるよね。

とても切迫した現実を突きつけられる。

気質の問題もあるんだろうけどさ

どうにか解決したい。

落としどころを必要とする人には、ずいぶんと辛いことだよ。


でも、振り回されたいって人もいるからね

そのへんはきっと人それぞれなんだろう。



本当に万物は流転するのか?

あらゆるものは変化し続けるのか?

僕はね、たぶん違うと思う。

変わらないものをあるよ。きっと。


僕にはその見つけ方だってわかる。

コンクリートでカチカチに固めたってダメだよ。

そういうことじゃない。たとえこの先すごい発明があって

永久という言葉どおりのモノが生まれたとしてもね

そういうことじゃない。


そこに留まりたかったさ

たえず変化し続けるんだよ。

徹底して変化するんだ。

不変と変化の闘争

そこに本当の変化と、本当の不変がある。


対立する概念はさ、実際は同じものなんだ。

僕の目にはそう映る。

うまく言葉じゃ説明できないけどさ

世界は絶えず変化している。だからまったく変化していない。そういうこと。


川は流れる。流れることで留まる。

言葉遊びに過ぎない?

さぁどうだろう。

言葉遊びで済ませられない

ものすごく大きな何かがあるような気がするんだよね。
2009-04-28 22:33:19

それでもそうしていくこと

テーマ:ブログ

「だから言わんこっちゃない」

耳の後ろから聞こえてくるよ。


現実が希望になり、そして夢になり奇跡になり塵になる。




ある程度なら、その仕組だってわかる。

誰かへの想いは

誰かと一緒にいるときじゃなく

1人で想うとき募るもの、膨らむものさ。


今日も青空、雲は白く、緑はとても綺麗だ。

風に揺れる木々、木漏れ日

なんて綺麗なんだろう‥

そんなとき、想いは膨らむもんさ。


どこかに穴をあけとかないと

抱えきれなくなって潰れてしまう。

立場が悪くなればなるだけ希望は輝いて見える。

言い訳なんかスラスラ出てくる。

賭けるに値するものだと信じる。

実際そうであろうとなかろうと

賭けを重ねて負け続ければ

毒を食らわば皿までと

本末転倒、最低最悪の状況に絶望する。


そしてまた空を見て

もう少しだけ頑張ろう‥なんて思うんだ。




そういうことを繰り返して大人になっていくのだから

さまざまなものに、だんだん真剣でいられなくなる。

わかりきった傷を負うなんて馬鹿げてるもの。

逃げ道を用意して

罠がないか疑って

一塁ランナーがスタートだけきって、ピッチャーを揺さぶるみたいに

そして未練が残る前に

諦め時が肝心と、さっさと舞台から降りてしまう。

それが大人のやり方だって、どこか自慢げに。



できないわけじゃない。

できなくて苛立ってるわけじゃない。

僕はそんなこと子供のうちからしていたんだ。

誰も傷つかないように、誰も傷つけないように

なにより僕が傷つかないように。


そういうの、うんざりなんだよ。

その先になにがあろうと、今の気持ちを喜んで

嬉しくてはしゃいで

来るべき挫折に、落ち込んで、嘆いて


最初から期待しなきゃいいのに

たしかにその通り

だけど、そんなのうんざりなんだ。


そうなることなんか

自分が一番わかってる。

だってもう何十年も、僕はこの僕と付き合い続けてるんだから。

わかりながらさ

それでもちゃんと期待して

喜怒哀楽を体でちゃんと感じてさ

また同じように、いつか期待する。


その繰り返しにうんざりして、人は大人になるのかもしれないけど

そうしないことの方に、ずっと僕はうんざりしちゃうんだ。


どうせそのうち素敵な現実が訪れる。

そして、それが希望になり、夢になり奇跡になり

塵になって飛んでいく。

たぶん、10年後も30年後もそうしてる。

2009-04-25 20:53:08

値下げが不安

テーマ:ブログ

最近、どこも値下げだよね。

ニトリに西友にヨーカドー

あんまり行かないけどね、なんかすごいらしいね。

コンビニも290円でパスタが食べれたりする。


いっとき、原油や食糧の高騰でさ

どうなることかと思ったけど、こんどは不況。

まったく困ったもんだよ。


たしかにさ、値下げされれば嬉しいけどね

給付金支給されるのと同じでさ

次の展開に不安を感じるよ。


産業革命で労働が分担されてさ

今じゃ、大半がサラリーマンだよ。

便宜上、わけられていた生産者と消費者

その言葉がさ、一人歩きして

もう、生産者という人間と消費者という人間が別に生きてるような錯覚。

そりゃね、ひたすら値下げは喜ばれるよ。

その陰で誰かの血が流れてる。

たまたま自分じゃないだけで、たまたま夫じゃないだけで、たまたま息子じゃないだけだよ。

まぁね、労働者が分担してそれを背負えば

多少、収入が減るだけで

かすり傷くらいにしか思ってないのかもしれない。

値下げだけが悪いわけじゃないけどさ

自分もまた生産者だってこと、もう少し考えなきゃいけない気がするんだよね。









2009-04-24 13:13:28

チョナンカン容疑者は可愛いと思う。

テーマ:ブログ

僕、わりと好きだった。

チョナンカン容疑者。

チョ・ナンカンなのかな? チョナン・カンなのかな?

実は昔から疑問だったんだ。


なんかさ、事件のあらましを聞くとさ

ちょっと可愛いよね。

全裸で正座とかさ、シンゴーって叫んでたとかさ。


たしかに犯罪なのかもしれないけどさ

僕としては好感度アップだな。


はじめはさ、最近流行の大麻とか覚せい剤とかね

そんなのかなぁ‥と、思ってたんだけど

そういった意味じゃ、尿検査とか家宅捜索もさ

よかったんじゃないかな。

ただ、酒に溺れて全裸になって公園を走り回ったりしただけだもの。

暴れて警察官に面倒をかけたみたいだけど

全裸で走り回るくらいなんだから、むしろ大人しくなる方が変だと思うし。


地デジ関係で大変らしいけどね

僕、あのCMどれも好きじゃなかったから。

「ぼく、つよし」の奴ね。あれはひどかったもん。

あれ見て、地デジいらないって決めたし。


あと、お婆ちゃん説得するCMもね

なんかあれ見るとさ、リフォーム詐欺見てるみたいな気持ちになった。

なにもわからない年寄りに「白蟻が!」みたいなこと言って騙すやつ。

実際、そうじゃないわけだけどさ

なんていうかね、雰囲気が。



でも、すごい大事になっちゃってるね。

稲垣メンバーの方がずっと問題だったような気もするけど。

どうして今回はチョナンメンバーじゃないのかな。

僕、どっち選ぶ?って聞かれたら

チョナンメンバーの方を選ぶけどね。

なんか、男としてさ、そっちのほうが潔くていいじゃない?

あとで、たくさん言い訳できるし。



とりあえず、僕ならね

謝罪会見をもうろうとするね。

すげー謝りながら、シャツのボタン外していく。

もちろん、隣にシンゴーを置いてさ

すごくいい友達なのかな?よくわかんないけど、なんか微笑ましく思う。


もしかすると、僕、お酒に甘いのかな。

中川さんのときも、全然嫌じゃなかったし。

言い訳が残念だったけどさ

「飲んじゃった!」って言っておけばいいのに‥と。


なんかさ、そのくらい突き抜けてた方が期待できる気がするんだけどね。

麻生さんもさ、あの口調だったから人気だったわけで

変に大人しくなっちゃってさ。

だって、みんな閉塞感だなんだと言ってたじゃない?

福田さんのとき、もうみんなそっぽ向いちゃってさ

どうしたって自民党は勝てないって思ってさ

だから、麻生さんじゃなかったのかね。

どうせさ、内容なんか誰も見ちゃいないんだし

それは小泉さんのときで証明されたわけでしょ?

一発逆転ならさ、もうろう会見どころかさ、となりの日本銀行の人殴っちゃうくらいのさ

酒乱会見の方がよかったと思うよ。

でさ、潔く「ごめんなさい。飲んじゃいました!だって大好きなんだもん」と、言っておけばいいのさ。


なんかさ、僕、お酒全然飲めないんだけどね。

だから、酔う気持ちよさとかわからないんだけどね

大麻とか覚せい剤じゃなきゃさ

僕としては全然気にしないけどね。むしろ可愛いと思うし。
2009-04-21 19:23:39

どうにもならないこと。

テーマ:ブログ

ずっと書いてなかったけど

妊娠してる前の彼女ね。

来月出産なんだけどさ。


病院には付き添ったよ。

もう、一月以上前のことだけど。


ひどい言われようだった。

未来なんかもうないのにさ、どうしてここまで言われなきゃならないんだろう‥って。

彼女は僕を心配してるんだと言うけど

実際は違う。違うことくらい誰だってすぐにわかる。

僕の価値観をどうしても否定したいらしいんだ。


辛かったよ。それをずっと聞いてなきゃならないのは辛かった。

もし、昔の僕なら怒ってたと思う。

彼女に少しでも期待してれば、怒ってたと思う。



僕を否定することは、反対の生き方を選んだ彼女にとって

彼女自身を肯定することになるのだから

それは必死なんだと思う。


苦しいのはさ、黙っていることさ。

僕にはある程度、彼女の気持ちがわかる。

だけど、それを突きつけることは

彼女を傷つけるだけ。

徹底的に言葉が通じないんだ。

たぶん、そのあと僕が何を言っても届かない。

ただ、彼女を傷つけるだけになってしまうんだ。



僕は生まれてはじめて諦めたよ。

理解し合うこと。妥協しあうこと。許しあうこと。

全部、諦めた。

「もう、やめてよ、聞きたくないんだ」

こんなとき、こんな言葉、はじめて使った。



いつか伝わるときがくる?

できることなら、きてほしくないよ。

だって、そのときは

彼女が僕の言葉に耳を傾け、ちゃんと受け止めようとするときは

彼女がどうにもならないところまで堕ちたときだよ。




彼女の気持ちが、どのようなかたちで、どこへ向かっているのか

僕にはなんとなくわかる。

わかりながら、そしてその先に待ち受けてるものが

たぶん、不幸なんだろうと知りながら

僕はそれを見過ごすんだ。

そう、人生は一度きり、僕も彼女も、それなのにね。









2009-04-04 19:04:55

コミュニタリアイズムという希望

テーマ:政治関係
最近、身近なことや気持ちのことばかりだったから

少し大きなことを書きたいと思います。

少しどころじゃないな‥ すごく大きなこと。


僕が想像する、この世界の現実的?な未来について。




もう既に大勢は決していると思う。

サブプライムローンの破綻。

それは体制の、システムの、思想の破綻だと思う。

そしてアメリカの経済政策の変換。

新自由主義・ネオリベラリズム

名前はどうあれ、1つのイデオロギーが終わったんだと思う。



オバマ大統領の選出が、それを裏付けるものかどうかはわからない。

どのような思想を掲げ、オバマ大統領がアメリカを動かしていくのか

僕にはよくわからない。

だけど、あの大統領選の熱狂は

黒人初の大統領ってだけじゃないと思う。


アメリカ人が何かを変えたいと願っていた。

今のままではいけないと思っていた。

たしかにチェンジを望んでいたんじゃないかな?



だけど、アメリカの動向は世界を変える。

サッチャー・レーガンから続いた新自由主義の流れも

ブッシュ政権のネオコンと呼ばれる人たちが

急速に舵を切った。僕はそう思う。

そして、それが世界を変えていった。

日本も変わった。

今になれば、嫌というほどわかるはずだよ。


僕は新自由主義を保守的な立場から批判してきたつもりだけど

いちいち、その功罪を並べることはしないよ。

それはもうしてきたことだし、もう終わったことさ。



なにしろ、アメリカの動向には注目せざるを得ない。

オバマ大統領がなにをしようとしてるのかをね。


その辺についてはいろいろ聞くこともある。

「共感」という言葉を用いて

相対主義的な立場で取るとかね

だけど、僕にはわからない。

相対主義は価値相対主義のことで

価値を相対化することでどのように人々を束ねていくのだろう?

もし、人々を束ねないやり方があるとするなら

僕には未知の世界だよ。

僕の考える政治とは、結局、人を何でどう束ねるのか?ということだと思うから。

束ねないことで束ねる。徹底して克服する?

徹底するということはある価値に徹底することだから

相対化という価値があるということになるのだろうか?

やっぱり僕には難し過ぎる。



僕はやっぱり新しい価値で束ねるべきだと思う。

新自由主義によって生まれた問題を克服するための

新しい主義、イデオロギーを探すべきだと思う。


もちろん、僕にはそれが何であるか確信を持って言えない。

ただ、なんとなく流れを感じてる。

すごく感覚的で、多少願望も含まれてるけど

それは、コミュニタリズムじゃないかと思う。



コミュニタリズムは、保守主義者からは進歩的だと批判され

進歩主義者からは保守的だと批判され

とても微妙な位置にある立場だけど

僕の認識では、人々の共有する「善」を基盤にした共同体による運営とでもいうのかな。

正直、すごく複雑でうまく理解できてないんだ。

その共有する「善」による社会こそが人をより生きやすくできる。

共有する価値観、その「善」は、まさに伝統によって齎されるものだと僕は思うし

その先はもっと勉強が必要だから、論理的に説明することはその後にするけど

その「善」を基盤に一貫させて様々な問題に向き合えば

克服できると思えるんだ。



とりあえず僕はこのコミュニタリズムというものを勉強してみるよ。

さらっと見ただけだけど

なんとなく現実と理想がうまく結びついた世界ができるような気がするんだ。


僕は思うよ。

今必要なものは、現状を変えるための政策ではなく

希望じゃないかな。

まず目的地を見つけるべきで、そこへ向かうための手段を考える。

そこにさまざまな政策が生まれる。

まずは希望、目的地だよ。

政治とは、希望の下に人々を束ねることだと思う。














2009-04-03 20:48:17

明日東京に雨が降るくらいの偶然

テーマ:ブログ

桜を見るたびに

「もう少しだけ待って」と、願い

天気予報が気になって、気になってしかたなくて

今どき子供だってやらない、照る照る坊主をぶら下げようかと

本気で考えて

だけど、そういう日々はどこかへ行った。




他の気持ちはまったくなくて、ただ残念。

もしかすると、生まれてはじめてなのかもしれない。

僕は純粋に、不純物が1つも混ざってない残念を経験してる。

それはちょっと感動的でさえある。

僕にもそういうことが起こるんだな。

ただ、当分、複雑な気持ちで天気予報を見るんだろう。

今日の朝、そうだったみたいに。


条件付の約束は、その条件によってたいがい果たされないもの。

それを悲しめるほど若くない。

さまざまな運命が交じり合ってここにいるのだから

僕のいるここも

綱渡りくらい危うくて、金魚すくいのモナカくらい脆い。

それが偶然なんだと思う。小さな必然を集めた偶然なんだと思う。

きっとそれを運命と呼ぶんだろう。

その運命がまたこの世界のいたるところで交わる。

1人を感じているとき

たとえば、テレビのCMのとき

ベットに沈めて、目を閉じて眠るまで

想いが膨らみ、またはしぼみ

それぞれ決めた行き先まで

夜の街を駆け抜けて、ずっとずっと遠くまで

こうして運命は交じり合うんだろう。

夢の中を自由に走り回れないのは

きっとそういうことだから。

パジャマで学校へ行ってしまうのもね。


たぶん

口をあんぐりあけて、空に浮かぶ白い雲を追いかけてれば

どこかで頭と頭がぶつかって

挨拶くらいはできると思う。


たとえ、夜にお月さまを追う人にでも

地球を何周か歩けば

そう、23周目くらいにね

頭と頭がぶつかって、挨拶くらいはできると思う。


僕は照る照る坊主を吊るそうかと思う。

23周目の偶然なのか、

挨拶した後、一緒に珈琲を飲むためか

あるいは桜を見るためか

それとも、それとも。



どの願いまでこめてもいいのかな?

偶然、挨拶できたら

そのあと聞いてみよう。

僕はどこまで希望を持つことが許されるのでしょう?って。






2009-04-03 08:30:04

お金持ちの教養

テーマ:ブログ

「自分の家がお金持ちだったらな‥」

そんなこと思う人、きっと多いと思う。

僕なんか大人になった今でも思うよ。

もしかすると、生まれてから最初に思う

世の中の不公平かもしれない。


わかりやすいからね。なにしろわかりやすい。

容姿とお金

生まれたときに既に決められてると感じてしまう。


だから、機会の平等を語るとき

必ず出てくるのが、相続の問題だったりする。


相続税・贈与税

相続税で何も残らないよ‥なんて、話も聞くけど

実体はどうなんだろうね?

うちは全然かからなかったよ。

相続する人が4人もいたし、普通のサラリーマンだからね。


だけど、税金対策で生前贈与とか、そんな話も聞くよ。

知り合いに貯金が5000万もあるって人もいる。

まだ20歳そこそこなんだけどね、生前贈与なんだって。


今、その贈与税が減免されるかもしれないって話がある。

追加経済対策のひとつなんだと。

なるほど。景気対策には良いのかもしれない。

お金を持ってる老人が使わないから経済が動かない。そんな話も聞くしね。

そして、お金が必要なのは若い人さ。

絶対に若い人のほうがお金を使う機会が多い。


もちろん、批判もあるみたいだよ。

税の公平性って観点からね。


そりゃね、贈与税の減免なんて、お金持ちしか得しないしね

この日本の社会には、お金持ちを好ましく思わない空気がある。

相続による財産の引継ぎが少なからず不公平だと感じている。



そして、お金持ちも

その空気に、あるところでは肩身を狭くしてるし

裏返しに優越感を抱いてる。

陰湿な事情があるような気がする。

僕はその空気がどうしても健全だとは思えない。



僕にもね、何人かお金持ちの親を持つ友達がいる。

共通してるのは、やっぱりみんなが想像するような

お金持ちの家の子の欠陥?

スポイルされてきた。そんな感じのね。それはあると思う。

だけど、それよりね

親がお金持ちなだけで、自分は違うっていう姿勢。

自分の力でなにかを成そうとしてる。

それはお金持ちじゃない普通の家庭の友達より、ずっと強く感じるよ。


僕はそれも美徳だと思う。あるべき姿なのかもしれないと思う。

でも、少し残念にも思うんだ。

正直、それはこの世界にとって、大きな意味を成さないと思う。


お金さえあれば‥って事情は多いよ。

多すぎるくらい多い。

技術も心も持ち合わせていて、それをすればきっと誰かのためになる。

でも、お金がなくて出来ない。そういうことは多い。

これは社会的な損失だと思うんだ。

心と技術の損失だよ。


それと、もっと人のために何かをしたいのに、生活に追われてできないこともある。

お店なんか特にそうだよね。

もっと社会に貢献したい。でも、余裕がないってね。


だからさ、お金を使える人が

お金を引き出すことのできる人がね

みんなと同じように生きる必要はないんだ。


自分のしたいことを、ちゃんと社会に貢献できるかたちにして

たとえ、不公平だって罵られてもさ

実際、人を救うことができるのは、人を救おうとする人だけなんだから。

幸せにできる人は、幸せにしようとする人だけだよ。

世の中に価値あるものを提供してほしいんだ。



人はさ、みんなと同じように努力することより

できることをした方がいいと思うんだ。

お金持ちの子供に生まれたことも

速く走れるような才能と同じように考えてさ。


才能を効率よく世の中に還元していく。

僕はずっとそっちの方が世の中のためだし、自分のためになるような気がするんだよね。

あるものを使わないのは、やっぱり怠慢じゃないのかな?



ただ、1つ考えてもらいたいこともある。

相続っていうのはさ、財産だけじゃないんだよ。

財産は結果にすぎないのさ。その過程の相続こそが相続の本質だと思うのね。

その過程を、努力をちゃんと受け止める、汲み取る心が必要だと思う。

要するに、伝統の継承なんだよ。

そこに誇りが生まれる。

その誇りを継承することで、より大きな人間になるんだ。


僕はその相続の、継承されるさまざまな感情が

理解できない人は相続するべきじゃないと思う。

散財するか、ただ溜め込むだけか

人を見下すか、そういうこになるくらいなら全部なくしてしまった方がいい。


お金持ちの家に生まれたなら、それだけの余裕があるはずなんだ。

本質を見抜く目くらい当然養うべきで

それが教養と呼ばれるものだと思うのね。





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