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2008-09-30 23:15:57

最近、仕事が忙しい。

テーマ:じぶんのこと
一連の金融不安と、中間決算が重なって

なかば無理やりやらされてる仕事が忙しくなり

しかも、報酬は下がるという

今の経済事情そのままの展開に苦しんでいます。


こんなもの放り出しちゃえばいいのですけど

どうやら雇い主は僕の扱いを心得てしまったらしく

ときどき褒めたり、筋論で攻めたりと

言行一致を守りたいと願う僕の気持ちは変えられませんから

なんとなく続けてしまっています。




経済に関してもですが

僕はまったくの素人で、ほんとに

大学で経済学を学んだりとか、独自に勉強したりとか

そんなことは一切してません。

むしろ、お金のことを考えるのは大嫌いで

損得勘定が不愉快で、「清貧」にこそ心を惹かれるのです。


僕はいつも欲望をなくしたいと思っています。

物欲も名誉欲も性欲も食欲も、欲と付くものはすべてなくしたい。

その結果、傍目ではどうしようもなくツマラナイ人生だと思われても

それはそれで構わないと思うのです。


そんな僕ですから

この少子高齢化と官僚の問題を含めた政治不信と

医療年金・食糧などの生活不安で

どうにも先行き不透明の日本経済がどうなろうと一大事だとは思えません。

衰退するなら衰退すればいいのです。

ただ、そのとき僕たちが衰退していく経済と共に沈んでいくことは納得できません。

失うものがあれば手に入れるものもある。

いや、失うものがあるならば必ずそのとき何かを手に入れるべきなのです。

その手に入れるものが、きっと経済的裕福さとは違う、精神的裕福さであって欲しいと願います。

伝統に裏付けられた価値観の共有

道徳や倫理観、思いやりや節度

身の丈にあった欲をちゃんと管理できる人が増えてくれることを期待します。


逆に、それを手に入れることができるのなら

経済成長なんか捨ててしまっても構わないと思うのです。

正直、僕は今までの世の中が、特に構造改革による規制緩和

それに伴う、人間性の規制緩和、多様性の氾濫

縛るものを法律のみに求める、短絡的な合理主義

安定よりも飛躍を求める思考

夢という言葉に酔いしれた身の程を弁えない人々

本音偏重、民間偏重、現在偏重、

僕はそういうものが仮に成長をもたらしたとしても

大嫌いなのです。




たぶん、そんな僕だからそんな仕事をさせるんでしょう。

他人の評価は別にして

一応、僕なりに一貫した世界観のようなものをつくりあげてきたと自信はあります。

そのための努力はしてきたつもりです。

その過程でさまざまな誘惑に負けない精神を養ってこれたのではないかと思います。

どうあれ、僕が僕である理由は手中におさめつつあると感じているのです。

もし、そこを買ってくれているなら

僕はその期待に応えなきゃなりません。


そして、もう1つ自信を持っているのが「鼻」です。

もちろんジミー画伯のような、臭いに過敏なわけではなく

でも、僕は処女喪失後まもなくの女性が匂いでわかるという特技があるのですが

まったく利用価値のない、意味のない特技なので

誰かうまい使い方を教えてください。

いや、そういうことではなくて

雰囲気を察知するという意味での「鼻」に、わりと自信があるのです。


たぶんそれは、僕の過剰な臆病さが結果的に鍛えたのだと思いますけど

微妙な心の変化や微妙な状況の変化がなんとなく少しだけ人より早く察知できるのです。

いや、できてるのかな?

まだよくわかりませんけど。

とりあえず、空気を読めずに失敗した経験は‥少しありました。


うん。あることはあるのです。

僕は僕自身が実際行動するとき、どうもそういう感覚が消えてしまうのです。

たとえば、恋をしたとき

こうなるともうダメです。全然状況が把握できなくなります。


株をはじめたときも、わりとパーフェクトに近いタイミングで

ほぼ思った通りの展開で騰がっていきましたけど

いざ、買うとき、個別銘柄の選択を誤ります。


ですから、こうして客観的に情報を集めて送る作業は

僕に向いてるのだろうと思うのです。

それに結果は偉い人たちが出すのだし

間違えようが正しかろうが僕に責任はありませんから。






2008-09-28 21:04:24

小旅行のお仕事が終わってしまった。

テーマ:ブログ
えっと、昨日のお嬢様は

なんのことはない、芸能人だったそうで

そういうことなら、用務員さんがピリピリしてるのも納得。

天才テレビくんに出てる子らしいです。




大好きだった小旅行のお仕事が

本日終了してしまいました。

なんだ入札で落とせなかったんだって。


でもさ、今日なんか

朝の7時半から夜の7時半だよ。

12時間も働いた。

もうお父さんだよ。

時給換算したら1000円きるし

体もヘトヘトだしさ、最後の最後でハズレを引いたよ。

まぁ、普通か。

こんなご時世だし、小旅行もできるんだから満足しないとね。







なんか生憎の曇りでね

しょせん携帯のカメラだし、うまく撮れてないけど

手前は麦で、奥が稲

黄色の稲はとても綺麗だったよ。





会津ほどじゃないけど、

山も見れたし

家族みんなで刈り入れしてるところも見れたし

いたるところで農家の煙があがってて

なんというか、牧歌的

場所は秦野という神奈川県の西の方。

こんな景色でお昼ご飯を食べました。








秦野の駅前を流れる川沿いに提灯が並んでて

すっごくたくさんの人がお祭りを楽しんでた。

いったいどこから出てきたんだろうってくらい人だらけ






なんのお祭りかな?と、眺めてたら

第61回たばこ祭り。

おやおや、なんて今のご時世に合わない

反社会的なお祭りなんだ。


たばこ祭りと題するものの、どうせなんか違う意味があるんだろうと調べたら

やっぱりそのまま、火をつけて吸うたばこのお祭りだった。

どうもこの秦野は日本で有数のタバコの葉の産地だったらしい。

今年からメインのフロートパレードが中止。

でも、僕にはフロートパレードがどういうものなのかわからない。

ディズニーランドのエレクトリカルパレードが検索の最初に出るから

きっと似たようなものなんだろう。

すごいな秦野。


いくらたばこ祭りとはいえ

路上喫煙はやっぱり禁止なんだろうな。

でも、愛煙家の僕としてはわくわくするお祭りだ。

たぶん、神田川先生や服部さんがたばこを使った新しいレシピを教えてくれたり

マルボロマンとハーレーダビッドソンが上映されてたり

北朝鮮の兵隊にセブンスターが買い占められたり

誰が一番ダンディにたばこが吸えるか競争したり

ベストタバコ二ストやタバコ美女コンテストや

副流煙競争とか

ニコチンやタールの量の階級制で

タバコ吸い競争が行われてるはず。

ときには行き過ぎて嫌煙家を吊るし上げ

禁煙協会を罵倒する。

毎年恒例のたばこ喰い競争で倒れる人続出。

根性焼き合戦で負傷者続出。


うん。なんかその禁煙協会から祭りの名称変更を求められてるらしい。

僕はそういうのやり過ぎだと思うな。

なにせ第61回だからね、61年も続いているわけだし。






そして平塚の平塚八幡宮。

ここはただ通り過ぎただけ。


僕たちは秦野から茅ヶ崎へ向かいました。




茅ヶ崎で2件仕事をこなし

もう時間は夕方の4時。

仕事は5時までだから、もう戻ろうと思ってたら

本社の方から電話がかかってきて

これから小田原へ行ってくれと。

しかも5時までに。


悩んだけど、電話のおばさんが

「これはみんなの願いなの!」と、よくわからないことを叫び出し

他の偉い人からも、「どうかお願いします!」と、言われちゃったから

しかたなく出発。


海沿いの134号線を西に走り、西湘バイパスへ

でも、もう時間は4時30分をまわってて

「たぶん無理です‥」と、電話を入れると

またしても、「わたしたちみんなの願いなの!」と、よくわからない答えを貰う。


僕たちは呆れながら

その誰だかわからないみんなの願い、夢を乗せてひたすらバイパスを西に向かいました。








車ガラガラ、そりゃそうだよね、もう夕方だもの。

でも、左を見ればずっと海

海はやっぱり広いよね。













なにしろ海を見ながら走りに走って

どうにか4時50分に小田原の手前、国府津で降りる。


そこからまた急いで57分に到着。

右折禁止の入り口で、警備員さんに頼んで無理やり入れてもらって

59分に現場到着。

僕のものすごいテクニックで1分で終わらしてちょうど5時

電話で報告してると、電気が落ちて終了。

もう信号1つ分の差で間に合ったよ。


僕と同僚のおじさんは肩をたたきあって喜んで

ものすごく褒められるんじゃないかと、ドキドキして連絡したら

すごくあっさり、普通どおり

「お疲れ様でしたー」と、それだけ。

ぶん殴ってやろうかと思った。


僕たちはそこから2時間半

東京まで愚痴を言い合いながら、ときに疲れて無言になりながら

会社に戻りました。

残業代くださいと頼んだけど、それもあっさり断られて

「最後、いい想い出ができてよかったじゃない?」と。

仕方ないから「うん!できた!」と、元気よく

ものすごく馬鹿っぽく答えておきました。


来週からは平日の出勤を一日増やして、日曜出勤をやめようかと思ってます。

許されるならだけど。






2008-09-27 17:49:58

運動会のお嬢様。

テーマ:ブログ
朝、さむくてどうしようかと思ったけど

甥っ子の運動会を見に行きました。






なんか、昔と違って地味でした。

万国旗もないし、見にきてる人も僕らのときよりか少ない気がします。

きっと少子化というやつなんでしょう。

クラスも3組までしかないらしいし。



でも、低学年の子たちの玉入れや徒競走を見てると

なんだか、かわいいなぁ‥と、思っちゃリしちゃって

ちょっと複雑な気分です。


その玉入れなんですけど

どうしてか、玉入れ前に子供たちが踊りまして

まぁ、それがかわいいのですが

そうこうしてると、突然、唐突に玉を投げ始めます。

踊りから玉入れへ移行する切欠がわかりません。

だから、唐突に玉を投げ出し、唐突に踊りだします。

それを3回繰り返して終わりなんですが

最後まで切欠がわからずじまい。

どこかの深い森の奥に住む、先住民の儀式みたいです。

最後、「わー!」っと叫びながら柱だけの門に消えていきました。



肝心の甥っ子なんですが

棒倒しをしたみたいですけど、どこにいるのかまったくわからず

徒競走はよく見えたのですが

ビックリするくらい足が遅くて笑いました。

コーナーのある80メートル走だったのですけど

スタートからわずか10メートルくらいでビリになってました。


昔は事前にタイムを計って、時計の近い子と走ったと思うのですけど

今はどうも違うらしく、遅い子はずいぶん引き離されてビリになってたり

なんだか少しかわいそうな気もします。



甥っ子の出番も終わって

暇になってしまったので、入れる限りで学校探索をしました。

僕も弟も姉も、父親もこの学校を卒業してまして

それぞれにたくさんの思い出がある校舎です。


昇降口はとても懐かしい匂いで

廊下を歩けば、廊下の匂い

教室に入れば教室の匂いがします。

トイレがすごく綺麗になってて驚いたけど

他は20年前とほとんど変わりません。


僕が使ってた下駄箱はこの辺りかなぁ‥と、

なんとなく箱の中に手を差し入れて見ると

爪の中に砂が入ってきて

あぁ、そういえばこんなんだった‥と、あの時はただ不快でしたけど

今はその不快な気分もなんだか楽しく思えます。






これ、弟なんですけど

このあと、懐かしさのあまり

勝手に教室に入り込み、用務員さんに連れてかれてしまいました。

もちろん僕はそのまま放っておくことにして

姉のもとに戻りました。


後から聞くと、どうも変な人がウロウロしてたらしく

こんなご時世ですから

念のためらしいです。

まったく弟はツマラナイ奴です。

連れて行かれ方も、言い訳のしかたも、連れて行かれた事情も

全然なってないません。




席に戻って競技を見てると

子供たちの座ってる席の前を悠々と歩く

女の子を見ました。

もう1人小さな女の子を従えて

まったく付き人のように従えて歩いていました。

それも、よくある力関係の問題で付き添っているのではなく

媚を売ろうとしてるわけでもなく

自ら進んでその位置を小さな子は選んだような

なんていうか、お嬢様と執事みたいな様子でした。


そのお嬢様らしき女の子は

長い髪を少し茶色く染め、ゆったりと垂らし

しぐさも妙に大人っぽく

明らかに他の生徒とは違う様子でした。


とりあえず、そのお嬢様を赤坂さんと呼ぶことにしました。

なんとなく、赤坂のマンションの未解決事件を思わせたからです。

稲城さんでもよかったけど、その未解決事件を外してでも

赤坂の方がずっとそれらしいと思えたからです。



その赤坂さんは、応援団でもないのに

赤い扇を手に持って、六年生の座る席から

一年生の座っている席の前まで

ゆったりと優雅に歩いています。

ときどき声をかけられたり、声をかけたり

その様子は下々の者を慰撫するかのような

慈しみと高貴さを存分に振りまいてました。


そのあと、気になって六年生の競技を見ているとき

赤坂さんを探してみたのですが、どこにも見当たりません。

もしかして5年生なのかと思ったけれど、そこにもいません。

だから、きっと赤坂さんは特別席のようなものを与えられていて

そこで優雅に下々の運動会なるものをご観覧なされてるのではないでしょうか。

もしくは、ランチに出かけているか。



なんにせよ、運動会は無事に終わり

赤坂さんを擁する、甥っ子の赤組は負けてしまいました。

たぶん、今頃

赤坂さんの教室では、たくさんの言い訳が飛び交っていることでしょう。

責任転嫁や言い訳を繰り返す男子や、ふがいなさに涙し慰めあう女子を

穏やかに笑って眺めていることでしょう。

「いったいみなさんどうしたのかしら?」と、スポイルされたというか

別次元で生きている故の無理解を抱えて

だけど、「みなさん、がんばりましたわよ」と、一言で

教室の雰囲気を一変させられることをよく知りながら

あえて穏やかに笑い続ける、他愛のない意地悪をするのです。


もし、赤坂さんが二流のお嬢様なら

「みなさんがんばりましたから‥」と、言って

教室の注目をすべて集め、救いを与えたかと思いきや

「でも‥残念でしたわ‥」と、救いきらないことを言って

こうしてみんなを自分に引き摺ってしまうのです。


どちらにせよ、下々の者は嘆くことしかできないのです。





2008-09-26 10:15:21

ある人たちの代弁

テーマ:ブログ
心ってどんなものだと思います?

僕は竹で編んだ鞠のようなものだと思います。



そんなことって、できるだけ考えない方がいいと思うんです。

そういう機会はできるだけ避けた方がいいと思うんです。

僕だって、楽しいとき

たとえば友達と遊んでるときには

そんなこと思いもしません。


集中してるとき、

必死に仕事してるとき、大ピンチのとき

思うこともありません。



だけど、ときどき向き合わなきゃいけないことがあります。

ありますけど、でも頻繁にあってはいけないことだと思います。

あくまでも、ときどきなんです。ときどきじゃなきゃいけないと思います。



一吹きの風で転がってしまうくらい軽くて

だから、そのままどこかへ行ってくれたらいいのだけど‥と、思うこともありました。

でも、竹ひごですから見失うほど遠くまではいけません。

僕の見える範囲で、コロコロと揺れて止まってしまうのです。

そしてそれを拾いに行くのはとても不愉快なんです。


ぎゅうぎゅうと握って潰してしまいたくなる衝動に駆られるときもあります。

力を入れて握ると、みしみしきしんで

僕は急に不安になります。

でも、潰してしまいたい衝動は残りますから

ギリギリのところを探って力を込めます。

すると、不意にピシッと竹の割れたような音がして怖くなります。

それでも惰性で弱く握っていますけど、そのうち飽きます。

なんでこんな無意味な自傷行為のようなものをするのだろう?と、呆れます。



そういうときはどうにもならないときなんです。

どうにかなることなら、そんなことしません。

どうにもならないから、自傷気味なことをして逃げるのだと思います。

逃げることが嫌なわけじゃないんです。

僕は既にたくさんのことから逃げてますし

逃げられるならいくらでも逃げます。

どうせこの世にあるたいがいの事情は僕に追いつけやしないのですから。



きっと答えを求めすぎるのかもしれませんね。

気がつけば弄び過ぎたのか

竹はささくれだって

昔ほど転がることもできません。

痛くて強くも握れません。


たぶん、心は鑑賞するためにあるんじゃないでしょうか。

ときには観賞し、ときには観照する必要もあるでしょう。

そして誰かと感賞し合うことができたら、それは素敵なことだと思います。


自分のであれ、他人のであれ

決して弄んではいけません。

弄んではいけないと思うのですが

たいがいのそれは気づかぬところで罪なくはじまってしまうものです。

むしろ自分から弄ばれることを望んでいるように思えてならないときもあります。

ですから、うまく恨むことも憎むこともできず

ただ、ただ悔しがるだけなのです。

きっとそれは喜びとか嬉しさとか

小さな幸せと一緒にやってくるものだからなのでしょう。


もし、出来ることなら

そういう気分が、心のあり方があることを

どうにか理解してほしいと思うのです。

もちろん僕は幸せです。

きっとかなり幸せな人生を歩んでると思います。

たぶん、誰よりもずっと僕なりの幸せを。

ただ、幸せにもさまざまなかたちがあります。

普遍的な、人々の願う平和的で健全な幸せを生きてる人への願いです。

これは僕の主張ではなく

代弁だと思ってほしいのです。

僭越のそしりを受ける覚悟を持って。














2008-09-25 19:56:54

9月も終わろうとしてます。

テーマ:ブログ
もう9月も終わるんだね。

また冬がやってくるんだね。


どうにも進まない。

不動産不況の煽りなのか

もっと別な原因があるのか

このどうにもならない状態に徐々に慣れてきた。

もう惰性で生活してる。



勉強しようと思っても

気持ちが入らないよ。

僕はある出来事があって、もう原因は特定されてるのだけど

それ以来、頭がうまく働かないというか、心がうまく落ち着かないというか

だいぶキリキリしてる。

思いもしないところで、思いもしないような言葉を使ってしまうし

思いもしないような安易な間違いを犯す。


ある程度のことじゃもう心は乱されないと思っていたけど

世の中にはある程度で済まないこともあるみたいで

たぶん、それは素敵なことで

たぶん、それは大きな過ち。



もう一度自分を立て直さなきゃならない。

そのために何をすべきかのかは、なんとなくわかってる。


それでもときどき思うんだ。

空が落ちてきて、ぺしゃんこになりたい。

雨にそのまま海まで流されてみたい。

死に物狂いの蝉に空へ連れて行かれたい。

奥歯に雷を落としたい。


知ってた?

さびしいと犬はクンクンなくけど

お年寄りもさみしいとクンクンなくんだ。

うちの祖母だけかもしれないけど。


ちょっと暗すぎるな、これ。

今日、ちょっと楽しくてはしゃぎすぎたからだと思う。


2008-09-22 21:10:49

薦められたものたち。

テーマ:ブログ
僕はよく人から聞いたものを

見たり聴いたりする。

これが良いと薦められればできる限り従うことにしてる。


それは僕が

この世界のあらゆる感動を知りたいと願うからでもあるし

知らないままに消えていくのを怖れてるからかもしれないし

人間ひとりの認識なんて

どうにもならないくらい狭いものだと思うからかもしれない。


だけど、そういった小難しいものじゃなく

薦められたそのもの自体の感動と

共有や共感の感動と

二つを同時に得ることができる。

それって本当に素晴らしいことだと思うんだ。



僕はそういう経験を何度か経て

「薦められたものには、とりあえず従うべき」という、

人生哲学のようなものを得ることができた。

別に、それを誰かに薦めることはしないけど。



もちろんそんなことは稀にしかない。

薦めてくれたもの、そのほとんどは

「僕の心は揺さぶらないけど、薦める理由はわかる」で、

この作業に徹すれば

ほぼすべてがその繰り返しだとも言える。


だけど、それを僕は決して無駄だとか残念だとか思わない。

少しでも相手を理解できるかもしれないし、心のあり方が見えてくるかもしれない。

なにより、今、僕が感動できないだけで、いずれその時が来れば

同じように感動できるようになるかもしれない。

もちろん、その時が来るかもしれないし、来ないかもしれない。

だけど、直ちに評価してしまえば、来るかもしれない時を逃すことになる。

それでは何のためにそれをしてるのかわからなくなってしまう。


ただ、本当に稀に

稀になんだけれども、どうにもならないものもある。

僕個人の趣味の問題だとも言えるけれども

そうだとも言い切れない。

たとえば、最近だと青山テルマとか。

 
これまで何度も歌詞が泣けるんだと薦められたけど

どうも興味が沸かなくて見送ってきた。

たぶん、それは正しかったんだと思う。

僕には正直どうにもならない。

気持ちは微かに理解できるのだけど、これである必要はないし

気持ちを理解するために、

相撲の決まり手のうっちゃりみたいな言葉を受け止めていく労力を考えると

ちょっと僕の忍耐では無理だ。



「僕は揺さぶられないけど、薦める気持ちはわかる」の

最近の代表例は、バンプオブチキン

これはもっと前から、ずいぶん前から薦められてた。

ようやくにしてゆっくり聴く機会を得たのだけど

ちょっと僕には理解しにくい。


なんだか歌詞を見てると

どうも世の中、僕の知らない間にずいぶん大変なことになってるな‥と。

すごく気持ちはわかるんだけど

その叫びを届ける相手がいることが不思議で

たぶん僕は健全過ぎるのかもしれないし

素直すぎるのかもしれない。

どうやったらそんなに人は傷つくことができるんだろう?と

どうやったらそんなに人は嫌われることができるんだろう?と

人間だからそうなることもあるのだろうし

そうなってしまうこともできるのだろうと思うのだけど

この人たちの叫びを待つ人がいることに

僕は酷く切なくなってしまう。


黒猫とかライオンの話も聴いたけど

なんか僕には過剰すぎる。

だって一生懸命手紙を届けてる黒猫をいじめようなんて

誰も思わないでしょ?

普通は一心不乱に何かに向かってるものを見たら

人はいじめることよりも、感動するんじゃないかな?

だからどうしても素直に受け止められない。

やっぱり僕は素直すぎるんだろうか。

それとも幸せに育ちすぎたんだろうか。



ただ、なんとなく現代を見た気がした。

そこに表現されてる苦しみとか悲しみじゃなくて

僅か数分の曲に詰め込むことで

どうしても過剰になってしまう物語。

きっと現代に生きる人々には時間が足りないのだろう。

映画の2時間半や、1日僅かな時間を継続する読書とか

本当に時間が足りないのか、忍耐力を失ったのか

強迫観念のように無駄を嫌うのか

情報を集めるだけに捉われてしまうのか

効率的で合理的なものを好む風潮か

その辺はよくわからないけど、現代病の1つの症状のように思えた。

たぶん、こう言うと怒られるだろうけど

携帯小説的な、新しい時代の新しい表現で

実体は昔からあるものを過剰演出しただけだったりするけど

受信する側の「求める」ということの構造が似てるような気がする。


どちらも気持ちはわかるんだ。

薦めてくれた人の気持ちも、そのもの自体も

ただ、きっと使われてる言葉が僕には適切じゃなかった。

たぶん、そういうことなのかもしれない。

それだけのことかもしれない。


まぁ、ようやくにして

僕は好きなものと嫌いなものがわかるようになってきたから

こういう風に考えてしまうのかもしれない。









2008-09-22 00:07:46

眉毛と心の躍る日曜日のこと。

テーマ:ブログ
小田原や江ノ島や茅ヶ崎

あげく津久井湖まで

なんだかわからないけど神奈川の旅をしてるわけなんですが

どうしてだか日曜日は雨降りが多い。

こっちは日中どうだったかわからないけど

海沿いの134号線を走ってるときは

酷い豪雨で、せっかくの海も灰色の空と雨で区別がつかず

わずかに潮だけが白く、砂浜だけが茶色で

サーファーだけが黒く

びしょ濡れで雨宿りしてる子供みたいな恋人同士は

悲しくなるくらい手を繋いでいて

たぶん、この雨は彼らを良い方向に流してくれると

僕は変な確信を持って笑顔で見送りました。

非常に、勝手に。



雨もだいぶ落ち着くと

どこからか人がわらわら出てきて

駅前は人で一杯。


車を路肩に止めると、前の白いステーションワゴンから

なぜか頭にサングラスをした男の子が降りてきて

トランクから、これもなぜかスケートボードを取り出して

駅前の歩道をコロコロ。

行ったり来たりで、たぶん人を待ってるんでしょう。

キョロキョロと周りを見回し

その表情にはまったく表情というものがなく

描かれた眉毛だけが跳ねるように踊っていて

ちょっとこの人危ういんじゃないかと、不安になります。


水色のポロシャツ、膝までのジーンズ、ビーチサンダル。

もう9月も終わるのに‥と、思ってたら

今日はほとんどの人が半袖で

もしかすると神奈川の夏は長いのかもしれません。

すると、彼はそのままスケボーを転がし、どこかへ行ってしまいました。


そのあと、数分して彼のいた場所に

ちょっと格好のよい男の子が二人女の子を連れキョロキョロしてます。

「ちょっと!ちゃんと電話に出てくださいよ!」

突然男の子が叫んだかと思うと

やってきたのは頭にサングラススケボーの彼でした。

また、そのときの女の子二人の表情も

何一つ変わらず、逆にそれが

彼女たちの戸惑いを表していました。


もちろん、その状況は僕にもすぐ飲み込めます。

たぶん、サングラスの彼と二人の女の子は初対面

格好のいい男の子は彼の後輩かなにかなのでしょう。


あ、なんか楽しそうだな‥これから海にでも行くのかな‥と。

でも、サングラスの彼

全然そういった高揚を感じさせません。

まるで表情が変わらない。なんかとぼけた様な驚いたような、

ただ、眉毛だけが踊りだしそうで

やっぱりなんだか危うい感じがするのです。

どうしたらあれほどのポーカーフェイスを取得できるのだろう?

石造のような彼、型の方を間違えて首の上に乗せてるんじゃないかと思えます。



そのあと、一人増え、二人増え、5人増えたところで

また雨が降り出し、

休みの商店で雨宿りしながら、たくさんの緊張を抑え、たくさんの打算を抑え

たくさんの色気と、たくさんの期待と不安とを抑えた

なんともいえない雰囲気に包まれました。


だけど、その輪には既にサングラスの彼はいません。

1人コロコロとスケボーを転がし

雨の中、彼らの前を行ったり来たり

誰かに与えられた使命を淡々とこなすように

工場の流れ作業的に

無表情で行ったり来たり。

ただ、描かれた眉毛だけが踊りだしそうで、それがすごく寂しそうで

彼もきっとたくさんの努力をしたはずです。

明日を期待して寝たはずです。

ただ、方向が間違ったのです。たぶんそれは致命的に。

もし、もっと酷く雨が降り、彼の踊りだしそうな眉を洗い流してくれたら‥と、思いました。

非常に、勝手に。






そんなことで、雨の日曜日は終わったのですけど

実は今日仕事でした。

これが僕の今日の仕事でした。

もちろん、勤務時間のある一部を抜き出して書いてるわけで

サングラスの彼を見張る仕事をしてたわけじゃないです。

そんなんじゃお金なんか貰えませんから。


会社に戻ると、とても嬉しいことがありました。

交通事故に遭った同僚の様態がよくなってきてることと

久しぶりに祝日が休みになってたことです。

明日行ったら、また明後日休めます。


ここ数ヶ月、ずっと日曜祝日は仕事だったので

いったい何をしようか、祝日や日曜にしかできないことはなんだったっけ?と

変に気分があがってます。

見つからず終わってしまわなきゃいいのですけど。

2008-09-21 21:00:24

よくわからない経済について

テーマ:政治関係
不良資産を買取を決めたアメリカ。

準備した75兆円が多いのか少ないのか

その辺はよくわからない。

だけど、日本と比べその対応のはやさに

さすがはアメリカだと思った。

もしかすると、これなら僅かな時間で健全化するかもしれない。


日本はといえば、この金融システム崩壊の危機に

政治の空白をつくって総裁選

そして総選挙だと。

なんだか悲しくなってくる。



ただ、この公的資金の投入が

仮に少しでも決定的な金融システムの破綻を遅らせるものになる

もしくは、危機を救うものだとしても

市場がその手法を称え続けることはないと思う。

まったくの平等を市場に求める投資家や投機家や機関は

彼らに都合の良い、グローバルスタンダード

新自由主義がアメリカによって世界に広がり

世界が1つの価値観で動いていくなどということをもう期待しないだろう。

経済によって世界を支配する試みは潰えたと思う。


公的資金の投入はアメリカ自身が政治指導の経済を選んだことを意味するのだと思う。

もし、それでも世界を1つにしたいと言うなら

経済は政治や軍事に追従するしかない。

米国債の発行でその75兆円を賄うなら

もしかすると、たぶん

アメリカは戦争をする気なんじゃないだろうか?

1つの選択肢として自国の経済のための戦争を視野に入れてるんじゃないか。



そしてアメリカは

この不良資産買い取り案に、他の国も協調行動を取るべきだと言う。

実際問題として、もうアメリカだけの問題では済まない。

世界経済の危機として認識すべきだと思うし

たぶん、みんなそう思ってる。

ただ、それを当事者のアメリカが言うのはどうかと思う。

とても感情的な考え方だろうけど。


要は、アメリカがグローバル化の名のもとに

世界中にばら撒いた債権を保有してる企業の

尻拭いを国単位でしろと。そういうことなんだと思う。

ああ、これがリスクの細分化か‥と。

一体、こねくり回してるうちに出たその利益はどこへ行ったのやら。

まったく感心してしまうよ。

これもさすがはアメリカと言いたい。


なにしろ、戦争があるのかもしれない。

弱い国が奪われ、弱い国の弱い人たちが苦しむ。

ああ、これもまた格差社会

固定化された最悪の格差社会だよ。


だけども、日本もまた利益を得るものとしての位置に立ち

弱い国や弱い人々の苦しみの上で経済を動かし

食べたいものを食べ、行きたいところに行き、欲しいものを買う。


ときには、強者のかげに隠れ、そのお零れを与り

ときには、強者によって奪われる弱者になる。

いったいいつまでこんなことを続けるんだろう?

いったいいつまでこんなことを続けようとするのだろう?

世界がどうなろうと、その代案は実行されない。

僕たちはいつでも幸福でありたいと願い続けるのだから。





2008-09-20 23:48:58

爽やかな土曜日

テーマ:ブログ
大人が雁首揃えて何やってるんだか

今日は土曜日だよ。

もしかしたら素敵な人とデートできたかもしれない

初秋の爽やかな土曜日だよ。



うん。過去はなんだって言える。

大金を掴むかもしれなかったし、交通事故に遭うかもしれなかった。

なんにせよ、さまざまな可能性の中にあったように思える。

だけど今、たった今

この現在というものに向き合う自分には

どれほどの可能性があるというのか。

あとは寝るだけの今、これから交通事故に遭う確立はたぶん1%もないだろうし

大金を掴むこともないだろう。


ただ、台風が通り過ぎた初秋の今日は

とても空や雲が鮮やかで爽やかだった。

そんな日に僕はなんともいえない呆れた出来事に巻き込まれた。



一昨日から言われてた。

土曜日に祖父のところに行くからと。

どうしようか悩んだけど、特別予定があるわけじゃないし

なんか切迫した事情があるみたいだし。

うん、聞いてはいたんだ。

どうやら落ち着いていた痴呆がまた出てきたらしい。


そして渋滞を経て祖父の施設へと。

前に話したことがある介護の責任者みたいなおばさんと

新しく変わった担当の介護士さん。

もう、はじめから母親の言葉にはトゲがあった。

敵意のようなものが感じられた。


僕は事情を全然知らなくて

話を聞いてみると

どうも痴呆がまたはじまった原因を

母親は介護の仕方の問題だと思ってるみたいだ。


母親の妹二人が以前祖父を見舞ったとき

1人でご飯を食べていたとか

向かいの人と揉めていたとか

そんなことがあったらしく

たぶん、3人で話をしてるうちに介護に問題があるんじゃないかと

そしてそれが痴呆の原因になってるのだろうと

まぁ、そんなところだと思う。


そして、昔を思い出して

また同じような状態になるのを恐れて

どうしてだか、それが介護士さんたちへの怒りに変わって

トゲのある言葉を吐いてるみたい。



正直、僕は隣で聞いていて、頭を抱えた。

母親と二人の妹は

いったいこれまで何を見て、何を考えてきたのだろう?

そして、どういうつもりで、どういう覚悟で祖父を施設に預けたのだろう?


痴呆は治らないと、あれほど聞いたにも関わらず

施設に預けてからずっと落ち着いてたからと

痴呆が治ったと勘違いしてる。


そして、再発したのには原因があると。

その原因が介護のやり方だと言いたいみたいだ。


痴呆の原因?

いったいそんなもの僕たちにどうわかると言うのか?

回転寿司でイカのあとにマグロが流れてきて痴呆の症状があからさまになった。

仮にイカの後がマグロでなくカツオだったら症状は隠れたままだった。

僕の知るかぎりでは、教えてもらった限りでは

こういうことなんだと思う。

それは僕たちにどうしようもないことで

一度はじまった痴呆は

治る治らないじゃなく

症状が見えるか見えないかで

僕たちのわからないところで、誰の目にも映らないところで

それは進行したり落ち着いたりしているものなんじゃないのか?



切欠とか原因とか

勝手に推理して憶測で話をする。

たしかに物事には原因と結果があるのだと思うけど

原因を探っても無意味なことが現実にはたくさんある。

どうしようもない、僕たちの手の届かないところで生まれる原因もある。



もし、仮に

介護士さんの言葉や実質的な暴力のようなものがあったとしたら

それは問題だし、責めることもあるだろう。

だけども、そうじゃないこと

施設の方針や、介護の方針について

家族が介護士さんたちを責めることなんかできない。


たくさんの老人がいて、その中に酷い痴呆の人もいて

全員の生活を守らなきゃならない。

そのつど、個人の自由や個人の意思が通らないこともあるだろうし

家族の願いが届かないこともあるだろう。

それは仕方のないことなんだ。

施設に預けるとはそういうことなんだと思う。


結局、わかりやすいところに原因を求めて安心したいだけなのかもしれない。

そして、そうだからと言って

祖父を引き取ることもできない。

でも、痴呆が進んでいく祖父を見るのは辛いし、なにかしなければと胸を痛める。

贖罪意識がたぶんそうさせるのか。

これを僕は我侭だと思う。



母親の話が終わるまで、僕は隣でずっと頭を抱えていて

なんとか誤解が解けたからなのか

介護士さんたちと会話することで安心したからか

うまく話は終わったけど

とりあえず僕は謝ったよ。

そして、「これからは僕が話を聞いてからここに連れてきます」と、言っておいた。


自分の親をこんな風に言うのはどうかと思うけど

50歳過ぎた人間が

三人も集まって

こんな間抜けな、馬鹿げたことしか頭に浮かばないのだとしたら

もうどうしようもないから、みんなに迷惑をかける前に

それこそ施設にでも入れてしまおうかと思ったよ。



なにしろそんなことで日が暮れて

爽やかな土曜日は終わっていった。

夜、美しく削られた月を見た。

一応、それで元が取れたような気分になった。






2008-09-18 22:15:28

大変なことが起きた。

テーマ:ブログ
大変なことが起きた。

親しくしていた同僚の交通事故。



会社に行くと

雰囲気が暗くて、どうしたんだろう?と、思ってたら

どこからか聴こえてきた交通事故の話。

はじめはうまく飲み込めなかったけど

所長の沈痛な面持ちに

なんだかとても不安になった。


誰に聞いても詳しいことがわからなくて

高速道路で撥ねられたと、よく意味のわからないことを言ってた。

高速道路で撥ねられる?

もし、仮に撥ねられたとしたら

時速100キロは出てるはずだから‥


だけど、命には別状がないと言う。

とても暗い雰囲気

少し脅えたような上司たち。

なにかを隠してるんじゃないかと疑ったよ。



僕はその人と約束をしてた。

これから一緒に面白いことをしようと考えてた。

僕の構想を楽しそうに聞いてくれたし

少しは期待してくれていたのかもしれない。

そして、それはもうはじまっていたのに。


ようやく材料を揃えることができた。

昨日やっと入手できた。なのにこんなことになるなんて‥


だけど、終礼で聞いた症状は

肋骨が肺に刺さって空気が抜けてしまっていると。

足を骨折していると。

だけど意識ははっきりしていて

やっぱり命には別状がないらしいけど

集中治療室にいるのだと。

お見舞いはまだ行けないとのこと。


その後聞いた、本社の人からの情報だと

停止していた車にトラックが追突し、その勢いで車がその人に突っ込んだんだと。

よかったよ。本当によかった。

高速を普通に走ってる車じゃなくて。



とりあえず、面会が許されたら

すぐに行こうと思う。

後遺症もなく、無事戻ってきてくれるといいんだけど‥

なにしろ、ここ数日は様態の変化とかあるのかもしれないから

平穏に過ぎてくれることを祈ろう。




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