ブログもお引越しです

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うんと、ブログも引っ越してみました。


それにしてもずいぶん長く続けたなぁ…

続けたというか、面倒で変えなかっただけだけど

2005年からだもんね。

たった5年とも考えられるけど

いろいろあるようでないようで。

僕、重箱の隅が大好きだから

実はほとんど何もなかったりします。


引越し先は↓です。

http://inoda.seesaa.net/

と、いうことで

いままでありがとうございました。

それから、これからもよろしくお願いします。

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戦時債権を孫に残す。

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祖父母の部屋を整理してたら

昔の記念硬貨がたくさん出てきて

札幌五輪のとか、東京五輪のとか

大阪万博のとか、沖縄のとか


さすがに戦前の

戦前に記念硬貨があったかどうかしらないけれど

そういうのじゃないから、価値のあるものだとは思わなかったけど

ネットで調べてみたら、額面に200円足しくらいで取引されてて

やっぱり、たいしたものじゃなかった。


そのあと、タンスのずっと奥の方から

今にも腐ちそうな布に包まれたものが出てきて

触ると少し湿っていて、なんか不安になったけど

うん。開けた途端に呪いがかかったりしないかと。


でも、中から出てきたのは悪霊なんかじゃなくて

権利書やら借用書やらいろんな証明書。

薄い油紙で、昭和9年とか書いてある。

でも、昔の文章はうまく読めない。

陸軍省から届いてる何かとか

なんかすごくわくわくしてきた。

昔のお金とか入ってないかなぁ…


郵便局の貯金通帳は出てきた。

これってまだ使えるんだろうか?

もし貯金しっぱなしだったら、利息がすごいことになってるかもしれない。

ちょっと調べてみる価値はありそうだ。


そのあと出てきたのは、債権。

債権!

それが何枚もある。

これはお金になるに違いない。

額面では金五円が2枚

十五円が1枚

七円五十銭が2枚

十円が1枚

総額で五十円

五十円!


よくわからないけど、昔の一円って結構な価値だったと聞くから

それこそすごいことになるかもしれない。

いや、どうせならない。なってたらとっくに何かしてる。

今まで残ってるわけないもの。


一番古いので昭和16年の2月

日本勧業銀行が発行した割賦金付報国債券

支那事変報国債券っていう印鑑みたいのが押してあるから

なるほど、支那事変で臨時にお金が必要になったんだな…

債権の下には宝くじみたいのが付いてて

五円券だと一等は五十円になるらしい。

ここにあるってことは、たぶんハズレたんだろう。


それが昭和17年のになると

支那事変から大東亜戦争になってて

勇ましく、戦車や軍艦や戦闘機の絵が描いてある。

名称も変わってて、戦時貯蓄債券と戦時報国債券になってる。

なるほど、支那事変はあくまで紛争

戦争とは違うから、戦時じゃないんだなぁ…


七円五十銭の券のクジの一等は

壱千円と書いてある。

すごい、16年のは5円が50円だから、たったの10倍

今度は七円五十銭が1000円になっちゃう。

でも、二等は50円で、三等はなんと5円。

年末ジャンボだって最低でも300円なのに

額面より貰える金額が少ないなんて…

昭和17年10月は

ミッドウェー海戦から4ヶ月後の南太平洋海戦があったときです。

なるほど、そりゃお金は必要だ。

額面以下でもしかたない。


最後の昭和18年6月のは

額面が15円

やっぱりだんだん額面が大きくなってる。

一等二千円、二等百円、三等五円のくじ付き。

また三等は額面割れてるけど、もうしかたない。

なにせ昭和18年の6月といえば

山本五十六海軍大将が亡くなって数カ月後のことです。

上野動物園の象が殺された話

かわいそうな象は、その数カ月後のことです。

その年の12月には学徒出陣ですから。


なにせ、その戦時債権の価値なんですけど

敗戦したことにより、文字通り紙くずらしいです。残念。


ならば、貴重なものとしてオークションなんかで出せるんじゃないかと

調べてみると、5枚で1000円くらいだそうです。

まぁ、お金になるだけましなのか…


もちろん売りません。とっておきます。

数十年後、僕の子供

いればですけど、その孫が見つけて

たぶん、僕と血がつながってますから

変に興奮したりしちゃって

一生懸命ネットで調べたりしちゃうんだろうと。


そのとき、ここが残ってて、見つけてくれたら楽しいなぁ。

よし、孫のために書いておこう。




そんなバカなこと考えてないで

ちゃんと働きなさい。

あと、これを見つけて次の日までに

仏壇に線香をあげないと呪います。

どうしようかな…

蓄膿症になる呪いをかけます。

おじいちゃんは本気です。

家族だからと甘く見るなよ。やると言ったらやるんだ僕は。

では、頑張って。お空で待ってます。




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孤独ということ

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孤独というものがどういうものなのか

僕にもようやくわかりかけて

少しだけ前よりも

人を愛しく思えるようになった。



人の行動には

それぞれ理由があると思う。

そういうことをあまり考えない人もいるのだろうけど

僕自身が

理由なしの行為、行動が考えられない

頭が先、体が後の人間だから

そんなふうに見えてしまうのかもしれないけど

理由があるようでないような

ひとりの街歩き

ある人は、古本屋で本を選び

家に戻り、その物語の世界をなぞって

閉じた本が何冊か重なると、古本屋に売りに行き

数百円を手にして、また本を買う。




安月給の独り身だとしても

数百円手にすることに、どれほどの意味があるのだろうか。

僕はそういう余暇の過ごし方を聞くと

たぶん、その一連の行為に本質はないのだろうと感じてしまう。

本を買い、本を読むということよりも

孤独からの逃避のように思えてしまう。


もちろん、これは僕の勝手な思い込みというやつで

その人本人は、それを心から楽しんでるのかもしれない。

だけど、僕はそんなふうにどうしても思えないんだ。





この世界にはたくさんの楽しいことがある。

楽しいこともあれば悲しいこともあるし辛いこともある。

だけど、辛くても乗り越える勇気を与えてくれるものもある。

それを守るために身を犠牲にできるものもある。

そんな毎日を積み重ねて

振り返ったときに

達成感や喜びや自信、誇りを抱くこともできる。

そして、その積み重ねてきた日々を

涙を浮かべて感謝してくれる人がいる。

また、その人が自分と同じように大切なものを見つけて

この広い世界を歩き出すのを見守るんだ。


僕はそのある意味当たり前の

だけど手にするのはとても難しい日常を

言い訳なしに人生だと思う。


そうなんだ。

それを手にするのは、本当に難しいことなんだ。


難しい、難しすぎるから

だけど、まだ可能性は残されてるから

諦めきれないから

数百円の本を売り買いしながら過ごしてる。

立ち止まって、それを考えてしまえば

可能性とか希望とか

ひとつひとつ潰してしまうことになるかもしれない。

いや、たぶんそうなってしまうんだ。

20歳だったよりも、30歳の頃よりも

40歳になって、もう絶対にパイロットになる夢は叶わなくなるような

当たり前なことなんだけれど、とても絶望的なこと。


もう望めないこと。無理だということ。

そういうものを目の当たりにして

そんな気持ちなんか想像すらできなかった

小さな頃を思い出して

母親が笑っていて、父親も笑っていて

友達の輪の中に飛び込んでいって

明日とか、明後日とか、来年とか

未来が全然重たくなくて

お正月がすぐにくればいいのになぁ…


そして、手の甲の乾いた皮膚を摘まんで

緩んだおでこの皮を摘まんで

なんでこんなふうになってしまったんだろう…




僕は思うんだ。

そんな胸の痛みと向き合ってしまうのが孤独じゃなくて

気がつけば向きあってしまう、そして痛んでしまう。

そういう想いを意識しながら背を向けているとき

それが孤独なんじゃないかと思う。


もし、誰かが側にいてくれたら

孤独と向き合う切実さが薄まる。

無理に笑顔を作っても

ブックオフへようこそ!だったりするのは

どうしても許せない。


そう、僕はそういうのが許せないんだ。

どうしてたった一度きりの人生なのに

神様はこんなふうにしてしまうんだろう?

もう戻れない今なのに…

努力とか、自業自得だとか

しかたのないことだとか

そんなのどうだっていいんだ。

その人がこれまでどんな人生を歩んできたとしても

怠慢に毎日を過ごしていたのだとしても

ただ、顔が悪いとか口下手だとか

いろんなことを理解するのに時間がかかるとか

そういう先天的な不公平を抱えていたとしても

僕はなんだか許せなくなるんだ。

だから、そんな人をとても愛しく思い尽くしてやる。
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引越し大変

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引越しがこんなに大変だとは…

腰が痛いし、乾燥して顔が痛いし

ホコリなのか黄砂なのか

気分悪くなるし


まず、自分の部屋を…と、はじめたものの

終わる気配すらない。

とりあえず、本を分別してみたけど

いらない本でダンボール6箱

ブックオフとかに買い取ってもらって

ダメなのは処分してもらおうと思ったんだけど

出張引き取りは処分してくれないらしい。


なので、晩ご飯を食べに行きがてら

古本市場においてきた。

そしたら、なんとダンボール6箱分で

驚きの価格、90円でした。




前回、もう何年前だろう?

ダンボール3箱か4箱で1900円くらいになったんだけど

なんでだろ。

面倒くさいし疲れちゃったから90円貰って帰ってきました。

ただ、ダンボール6箱を失ったのは辛い。

さすがにダンボールだけ返してくれとは言えないです。


それにしてもお金かかりますね。

ゴミ袋代がかかります。

大きい袋で800円とかだもの。

もう何千円分も買っちゃったよ。


それから、テレビとかパソコンとか

冷蔵庫も捨てなきゃならないし

昔、タイヤとか鉄くずとか、たくさん持っていってくれた人

連絡してみたら、この電話は使われていません、だってさ。


リサイクル料金とか、やたら高いから

いろいろ調べてみたら、無料どころか買取してくれるところを見つけて

まぁ、買い取ってくれるわけないだろうけど

一応、テレビとパソコン、周辺機器は無料で引きとってくれると書いてある。

もうそれで十分だしね、

片道一時間もかからないから、休みになったら持ち込んでみよう。


あと、家具類は木製ならそのままでいいらしいし

そうじゃないものは粗大ごみで

一回、リサイクル屋さんに来てもらって、

見てもらおうかなぁ…

なんかせっかくお金になるのに捨てちゃうのもあれだし。



ゴミ、ほんとに出ます。

特にプラスチックごみ

袋に詰めるにも、うまくやらないとすぐに一杯。

服なんかも僕だけで大きなビニール3袋分もだし。



まだまだ終わりそうもないです。

僕の部屋が終わっても、次は居間で

次は祖母の部屋で

弟はもう終わるみたいだけど、母親の部屋も残ってるし

あと、誰も使ってない部屋があって

それから台所に脱衣所に風呂

そして物置き。

物置きは怖いです。ものすごく。




なにせ7人で住んでましたし

50年くらい住んでますから

びっくりするくらいものが多いです。

部屋だけじゃなく、車庫とか縁の下とか

自転車置き場とか庭とか

もうなにしろいろんなものがあります。

あと5日

僕がやれるのはあと3日

こんなんで終わるんだろうか…


引越し

テーマ:
引越し先がようやく決まりました。

月末で退去ですから

結構、粘りました。


最初は近所の知り合いのメゾネットだったんですが

ちょっと賃料が高いかなぁ…と。

それでいろいろまわったんですが

安いのはあるにしても、駅からかなり遠かったり

今が駅にかなり近いので

バスとか徒歩15分とか、うまく想像できなくて

10分以内にしても、建物が相当古かったり

京王線の小さな駅とか

それでも安けりゃよかったんですが

それほど変わらなくて。


15分歩くより、遠くの小さな駅だろうが

3分とかの方がずっと楽だと思って

電車は乗っちゃえば速いですから

南平とか結構遠くも考えました。

なんか、南平から安くなるし。


建物が古いと、エアコンの取り付けとか

ネットの環境とかで

初期費用がかさむんで、そのあたりも考えながら

ようやく決めたのは

国立のマンションで

ほぼ谷保ですけど、これから桜も綺麗だろうし

学園通りを歩くのも、なかなか楽しそうだし

子どもがいたら、校長を土下座させるわけにもいかないから

考えるところでしたけど、みんな大人なんで安心です。



次は引越しの業者を選ばなきゃならないんですけど

これがよくわからない。

なにぶん引越しがはじめてなので

ダンボールがいくつとか聞かれても想像もつかなくて

安くて僕たちにあったサービスのあるところ、探したいですけど

少々、面倒くさくもあります。



なにしろ引越しで新しい生活ですから

ブログも引っ越そうかと思ってます。

村落評論家になりたい。

テーマ:
村落とか田舎とか

そんな風景を見ると

なんか心地よくなります。


僕はずっと東京育ちで

東京でも郊外になるから、

新宿とかそっちの方とはぜんぜん違う景色で育ったわけだけど

さすがに田んぼや小川や山々が見える生活というわけでもなく

だから、きっと珍しいということもあるんだと思います。


でも、なんでか

懐かしい気分になるんです。

教室の匂いを嗅いだときのような気分。

これはまったくなんだろうと不思議な気持ちです。



だけど、もっと不思議に思うのは

その感覚や気分が、どうやら多くの人と共感できるものであるらしい…ということで

もしかすると、それほど大げさなものじゃなく

僕のような経験がないけど、懐かしく美しいと思うのはたまたまで

経験のある、もともと田舎で育って都市に出てきた人には

懐かしさは当たり前で、美しさは郷愁的なものかもしれないし

田舎で生活してる人には

当たり前の風景ですから、生活の中での感情も含まれてしまいます。


なんにせよ、このことについては

珍しさ、郷愁、生活

どの立場も公平ではないわけです。




でも、どうも僕には

それだけだとは言い切れない何かがあるように思えるんです。


人間は、経験や教育だけで出来上がってるわけじゃなく

美や懐かしさの共感は

プラトンのイデア論的な

田舎の風景に美や懐かしさの本質が分有されている…のかどうかはわかりません。

伝統・文化・歴史・言語なんかが関係した

地域性とか国民性とか

またはDNAとか、遺伝子的なものなのか

どうあれ、形になり目に見えるようなものではなく

感覚としても両手で砂をすくいあげるような、はっきりとしないもので

証明はとても困難なものです。


なにしろ、僕にはいずれかのようなものがあるに違いないと思ったりしてます。



そういうことで、僕には新しくやりたいことができました。

日本各地の田舎を旅してみたい。

とりあえず、最初は

青梅の奥のほうとか、桧原村の方とか

近場からはじめて

その田舎の風景を紹介したりしてみたいです。


ただ、紹介するだけじゃつまらないので

その小川の曲がり方だとか、山の起伏だとか

橋の架かり方だとか、建物の並び方とか

神社の位置とか、境内への階段とか

村落にもいろいろありますから

農村・漁村・山村

それから、塊村・列村・路村・街村・円村


僕は道路に沿って家が並ぶ路村よりも

自然の、山麓とかに沿って並ぶ列村の方が好きで

最も見たいと思うのは、広場を中心に家が並ぶ円村です。


なんていうのかな、

最近は廃墟好きや工場好きがたくさんいるらしく

DVDも出たりしてますけど、そういう感覚です。

その工場が何を作ってるか関係なく

そこに住む人がどうなのかとはじゃなく

田舎的田舎を訪ね歩く旅です。

いずれは理想的村落に出会えるかもしれない。


そしてこれは爆発的にはならないだろうけど

地味に需要があるに違いない。

実際、僕はそんな雑誌とかあったら買っちゃうもの。

で、そこへ見学に行きたいもの。


それで、全国の田舎好きが集まって

あれがどうだとか、これがどうだとか

これだよこれ!とか言って、わいわい騒ぐ。

村落評論家とか出てきたりするかもしれない。

もしかしたら、僕が気づいてないだけで、もうとっくにあるのかもしれないけど。

3万人の1人

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12年連続で自殺者が3万人を超える。

2009年は32753人

1日で9人が自殺してる。


このあいだ前を通った横浜スタジアムの収容人数が3万人

真夏は横浜港からの潮風と

照明にくっきり浮き上がる黄緑と緑の芝のラインがとてもきれいで

そんなスタジアムに毎日9人ずつ座っていく。

365日で満員になる。


こう考えても、わかるようでわからない数。

多いことは多いし、深刻で切実なんだけど

そういうものなのかもしれない…と、どこかで思ってた。


だけど、スタジアムの観客席に

僕の知ってる人がいた。

3万人のうちの1人

9人のなかの1人

ベンチに、よっこらしょと腰を下ろす

そんな彼の姿を想像してしまう。



何年前だろう?10年は経ってない。

その人は会社の同僚で

10歳くらい年上の、

少し顔色が悪かったけど、体の大きな穏やかな感じの人

何度か一緒に仕事もしたけど

話しやすくて、楽しくて

人の痛みのよくわかる、優しい人だった。



周りからは、エロ専門の人だと思われてた。

僕とは他の話のほうが多かったけど

はじめてエロゲームなるものをやったのも

その人がプレゼントしてくれたからで

なんか喫茶店の女の子が3人出てきて、

物語りもなにもない、ひどいもんだったなぁ…

僕が以前、女の子に調教を求められたとき

困ってアドバイスをもらってたのもその人だった。


同じころ、今、僕が尊敬してるというか

一緒にいるとすごく嬉しくなれる人というか

まぁ、そんな感じの人もいて

3人でお店を開く話もした。

スポーツバーでもやれたらいいなぁ…なんて。


そう、お酒が大好きだったみたい。

僕はお酒が飲めないから、一緒に行ったりはしなかったけど

ものすごくよく飲むと聞いたことがある。

それが原因かどうかわからないけど、

肝臓が悪かったみたい。


僕が移動になって、その人は残って

戻ったときには辞めていた。

聞いたところ、肝臓で入院したんだそうな。

でも、退院して

ときどきその頃の同僚と会ったりしてると聞いたから

いずれ再会できるだろうと思ってた。



そのあと、その人の話を聞いたのは去年で

一度は就職したけど、なかなかうまくいかず

困ってたのを知った同僚が間に入って

またここの会社に戻ることになったんだと。



どういうかたちで辞めたのかわからないし

男だからいろいろ思うところもあるだろうし

だけど、みんなよい人たちばかりだし

僕も含めて、昔の同僚も残ってるから

上司がどうあれ、暖かく迎えられると思った。

でも、その人が戻ったのは

僕たちのいる営業所じゃなく、僕が以前移動になったほうの飯田橋で

残念だったけど、同じ会社にいるんだから

そのうち会えるだろうと思った。




亡くなったと聞いたとき、僕は病気だと思った。

肝臓を病んでたのは聞いてたから、それだと思った。

でも、違った。

それを聞いて、言葉がなくなった。


僕の頭に浮かんだのは

薄暗い和室の部屋で首をくくるその人の姿で

顔は薄暗くてよく見えないけど

そこにはたぶん、僕がまだ知らない本当の絶望があって

うまくいかない仕事と

病気と、その病気を抱えながら生きていく未来と

人を好きになり、その人に愛されて…なんて、

自分の置かれる境遇に、これまでの生き方に

期待なんかできなくなってしまって

友達に迷惑をかけたくないとか、恥ずかしい思いをしたくないとか

勝手な想像だけど

僕ならきっとそんな気持ちになると思う。


昼間どんなに笑っていたって

夜中に突然目が覚めて

静まった部屋に冷蔵庫の音だけ聞こえて

見回せば、昨日着た服、さっき食べた皿

腰掛けていた椅子、テレビのリモコン

丸めたちり紙、飲み残したペットボトル

日々の生活の残骸。それを憎憎しく思うこともある。

情けなく思うこともある。

それは自分を憎むことでもある。

悲しむことでもある。

そんなことは僕にだってあるし、誰にだってあるはずで

たとえ一瞬だろうと、もう終わりにしたいって考えてしまうこともあるはずで。



だから、その人が亡くなったことを悲しいとか寂しいとか思うよりも

その人が、その道を選ばざるを得なくなったことの悲しさよりも

周りがもっと気を使うべきだったとか、僕にも何かできたはずだとか

そういう後悔よりも

なんていうか、悲しいけれど、

スタジアムのベンチに、よっこらしょって腰を下ろして

「でも、なんかホッとしたよ…」って言いそうで

昔、仕事が終わるときの

「お疲れ様です…」って、もちろんたくさん想いはあるけれど

そう伝えたいんだ。


そしたら、「お疲れ!」って、

僕はもうその声を忘れてしまっているけれど

そうだ、あの頃、僕も

たぶんみんなも楽しかったんだよ。









まだ決まらない。

テーマ:
あともう少しで引っ越さなきゃいけないのに

まだ賃貸が決まらない。


あるときから

何かを買ったりするとき

最終的には人で決めることにしてる。


気に入ったというか

この人にお願いしたいと思う人を選んで

あとは全部任せてしまう。

不動産なんかは、

僕なんかでも見れるような物件は

たいがいどこの不動産屋でも頼めるから

自分で気に入ったものを、その人に見せて仲介してもらう。

これは少し失礼だと思うし

ほとんどやらないのだけど

他の不動産屋さんで見せてもらったものも

その人のところへ持っていったりもした。


今日は数件僕が集めたものと

他の不動産屋さんに見せてもらったものと

それを持って行って、見せてもらって

あとは決めるだけ、そんな感じで考えてた。


だけど、第一候補のものは

まだ居住中だとわかって、僕の退去日に間に合わない。

一応、伸ばせるかどうか聞いてみたけど、どうも難しく

そこは諦めることになった。

第二候補は、他の不動産屋さんから紹介してもらったものだけど

どこを調べても出てこなくて

電話で確認しても、「その部屋は居住中です」とのこと。

同じ建物の違う部屋は空いてるけれど

大型犬は駄目だと言う。


まさか両方とも駄目だとは思わなくて

どうにもならなくなって、スゴスゴと帰ってきた。


家に戻って、第二候補を見せてくれた不動産屋に電話したら

じゃあ、明日

部屋を見に行きましょう!と。

なんだかわけのわからないことになってる。


でも、なんとなくだけど

明日、そこへ行っても

今日の午前中に決まってしまいました!とか言われて

賃料が少し高い部屋を勧めるか

近くの違う物件を紹介されるか、どちらかのような気がする。


会って話した感じでは、仕事はできるし、力もあるけど

信用はできないタイプ。

そういう人は平気でそんなことするし

結果的に満足させられるなら、それでOKだと思ってる。

たしかに、満足させられるなら

それは正しいのかもしれない。


だけど、僕はそういう生き方は好まないし

そういう手順を無視したやり方を好まない。


まぁ、まだ無いと決まったわけではないし

もしかしたら、本当にあるかもしれないから

詮索するよりも、行ってみたほうがいい。


もし僕の悪い想像通りだとしたら

たとえ、それがどんなによい物件だとしても

あっさり断る。

そんなことするくらいなら、

お化けが出る家のほうがましだ。

追い焚きできない風呂でもいい。

15分くらい頑張って歩いてやる。


もし本当にあったら、今日の想像を謝る。

僕は疑い深く、臆病で汚い人間なのだ。


横浜で土地探し

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横浜に行ってきた。

母親と弟

家族3人で。


もちろん旅行とかじゃなくて

いくつかのお店の候補を見に行ってきた。


あれ、なんて言ったっけ?

新宿から逗子まで行くやつ。

湘南新宿ライン?

すごく速いね。横浜って通勤圏内だよ。


東戸塚で不動産屋さんと待ち合わせて、車でいくつかまわってもらった。

伊勢佐木モールの近辺をいくつかと桜木町。

それから元町に中華街と横浜スタジアムの間くらいのところと。


伊勢佐木町のところは、モールの通りから少し入ったところだったり

風俗店街の中だったりして

どうも微妙だったけど

桜木町は、古い飲み屋街みたいなところの中で

かなり楽しそうだった。

すごい化粧をした小さな飲み屋やスナックのママが

開店前に寄ったりできるお店なら、なんかいいかも。


元町はさすがに元町で

外人墓地の裏というか、石川町の駅から繋がってるお洒落な道から

少し奥に入った、水の湧き出るところあたりだったんだけど

ちょうどその土地の古屋の前に

怖そうなベンツが止まってて、

黒いスーツの完全に怖い人が見張りをしてて

たぶん、その土地の隣

古い家だけど、親分的な人か、その関係者が住んでるっぽい。


そんな怖いとこ…なんて言ったら

横浜だとよくあることなんだそうな。

あと、寿地区とかいう地域は

車で入ると人がぶつかってくるとかなんとか

繁華街というか、大きな町にはそういうとこはあるものだけど

日本でも有数の日雇い労働者の集まるところらしい。


僕たちが最も気に入ったところは

中華街にある警察署の並びのところで

人通りも、中華街へ行く道だから、そこそこ多いし

スタジアムの側だし

オフィスがたくさんあるというか、官庁街だし

立地的には申し分ないところで

山下公園までも1キロないから、犬の散歩なんかも楽しめそうだし

同じような場所を東京で探したら

絶対、どうにもならないほどの高い値段が付いてるか

一般に出回るわけのない、内々で取引されそうなところ。


もちろんそれには理由があって

マンションを建てるほどのサイズじゃないのと

オフィスビルを建てるには、細長くて間口が狭すぎる。

東京だと結構、そのくらいのは見かけるけれども

今この時期に、リスク背負える人や会社は少ないんだろう。


西荻のよりも大きいけど、考えていた大きさはないから

3階建てで収まるかどうか微妙で

でも、西荻だと容積率の関係で地下に行くしかないところが

ここは容積率が高いから、4階建てもぜんぜん大丈夫。


問題は価格で

想定の土地の予算もオーバーしてるし

防火地域だから、建物もかなりお金がかかる。


とりあえず、相談してる建築士さんのところに弟を派遣して

プランを練ってもらおう。

もし、それで想定内の予算オーバーだったら

交渉しながら土地の値段が下がるのを待つ。そんな感じだろうなぁ…


僕の予想では地価はもう一段下がる。

ただ、この立地で下がるかどうかは微妙。

商業地域は、賃料の相場で

償却の見通しができちゃうから

その地域の体力が影響してくる。

まさか、あの官庁街と中華街の間が

寂れてしまうようなことはないだろうし、人が消えちゃうこともないだろうし。



まぁ、無理だろうとは思うんだけど

横浜はすごくよかったよ。

勇気だけほしい

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どうしようもない会社だから

この時期になると毎年いろいろある。

むしろよく続いたと褒めてあげたいくらい。


駄目になる会社っていうのは

やっぱり理由があって

それもかなり大きな理由があって

しかも、その状態が何年も続いて

そうして終わっていく。


小さな会社というか、お店なんかは

悪くなるとはやいけど

図体がデカイと、さすがに体力はあるらしい。


もともと僕は

仕事が無くなるとか、そういうことで

落ち込んだりしないんだけど

まぁ、面倒くさいなぁ…とは思う。


だけど、家族がある人はそうはいかないし

次を探すのに苦労する50歳とか60歳とか

そのくらいの人もそうはいかない。

若い人だって、困るのは同じだし

たしかに、よい切欠かもしれないけど

そんなのただの考え次第ってやつで

他人がどうこう言えることじゃない。


お金が入ってこないって苦しみは

嫌だってほどわかってるから

僕だって少しは怖いんだ。


でも、僕は他の人より

先が決まってるだけに幸せで

そんな人が残ってしまっていいわけがなくて

まず、最初に切られるべきだとも思う。


以前もそんな理由で、進んで降りたこともあったけど

今回もそんな感じで最初に降りようと思う。


ただそうなると

気が重いのが引越しで

賃料をもう一度考え直す必要も出てきて

住む場所も次の仕事を考慮しなきゃならない。


本当のことを言うと

そんな不安とか思う前に

さびしくなる。ほんとにさみしくなる。

僕はみんなが大好きだった。

だから、ほんとにさみしくなる。


ひとりひとりにお礼が言いたいし

どんなふうに感じてたり、どんなふうに尊敬してたり

どんなふうに好きだったのかを

ひとりひとりに伝えたくなる。

でも、きっと僕は泣いてしまうと思うし

そんなのって少し変だと思うし

だから、一番つらいのは

最後の日とか、お別れをしなきゃいけないときで

それを思うと嫌になる。


きっとこんな僕だから

次はすごく短い期間になると思うけど

一緒に働いてた人たちを

同じように好きになって

同じように別れを惜しむんだと思う。


卒業にしろ、退職にしろ、リストラにしろ

環境を変えるにしろ

そういうとき、必ず別れがあるわけで

僕はそれが悲しくてしかたない。

でも、同じところでずっと同じように生きてくなんてできなくて

そう思うと

やっぱりお店をやるのは、僕にあってるように思える。

だって、僕は待つだけなんだもの。

待つことは慣れてるし、待つほうが悲しくない。



今年はやっぱり何かが変わる。

それも大きく変わる。

あとは、勇気。

ほんと、勇気だけなんだと思う。