木村悦子のブログ2013-

ペット好きへ千葉松戸より発信。2025年までに日本から犬猫殺処分をゼロにしよう!o(^▽^)o


テーマ:

 

こんにちは。木村悦子です。(^-^)

すみません我ながら重い内容なんで時間かかっちゃいましたあせる

 

前回の続きです。(↓まだの方は以下からどうぞ)

 

教誨師1  人が救われるとはどういうことか 帰命無量寿如来 南無不可思議光

教誨師2  人が救われるとはどういうことか 帰命無量寿如来 南無不可思議光

 

1 死刑制度の問題(運用と是非)

2 人が救われるとはどういうことか⇐今回ここ

 

(死刑囚を救うはずの)教誨師があべこべに救われていく

 

教誨師教誨師
1,836円
Amazon

 

クローバー死刑囚はどうすれば幸せに生きられるか

 

本書の後半は、崇高な理想に燃えた青年教誨師渡邊が容赦ない現実に疲れ、老い、アルコール依存症で入院、自負も鎧も徹底的に破壊された所で救われます。救ってやろうも諭してやろうも消えたとき、事態が反転する展開が感動的でした。


全体を通して読むと、救われたのは死刑囚ではなく、彼らを救おうとした教誨師の方だったという話です。

 

ここでいう救いは「死刑をまぬがれる」「刑務所から出所する」等の、もっとも死刑囚が望んでいるであろう物理的救いではなく、完全に精神的なものです。

 

 

重罪で服役中、残念ながら今生(こんじょう=今回の人生)シャバに出られそうになく、いつ死刑になるかもしれませんという状況を「すべて喜んで受け容れます」という心をどうやって作れるか。

 

かなりの難事業ですが、苛酷な環境下でいかに最後まで少しでも幸せな人生を送れるか、死刑囚にとっては切実な問いだろうと思います。

 

クローバー内観法

 

この本では死刑囚も渡邊も、自分が犯した罪や愚かさを認めることでむしろ心が楽になって行きます。それを目的に行われるのが内観です。


内観とは、開発者である吉本伊信(僧侶/教誨師)により昭和30年代頃から日本の刑務所で行われた反省の方法です。再犯率低下・更生に大きな効果を上げ、広く普及しました。

 

私はこの内観と不思議な縁があり、34才の時長年の家族との確執が消え人生が変わりました。そのため現在まで自分に重要な行為と捉え、年1度1週間の内観を続けています。

 

Q人は人を救えるのか?⇒A自分を救えるのは自分だけ。他人はサポート程度

 

クローバー自助努力×縁(両方必要)

 

反省や改心は、間違っても他人からの押しつけでは実現しません。自らそうしたいと願い、それを受け入れた時だけです。そういう意味で自分を救えるのは自分だけです。

 

ただしそれを手助けする他人も重要な働きをします。私自身が内観に至った経緯を振り返ると、すべて他人からの指摘や導きでそこへ運ばれていきました。※そういうことを思い出すと、人間は本当に、多くの人の中で生かされている存在と感じます。

 

※ちなみに私の場合僧侶、瞑想の先生など全員仏教関係者でした。それだけでも私は「仏のおしえ」に大恩があります。(→o←)

 

クローバー内観の効果

 

他人から見れば、改心した、良くなった、真人間になった、というような変化が多いです。当人の自覚としては、とにかく生きることが楽になります。私の体験談はここへまとめてあるため今回ふれませんが、つい最近も同じような事が有りました。

 

内観でAC(アダルトチルドレン)・人格障害克服


内観は過去の事実を繰返し思い出す行為なので、時間はかかりますがプロセスは単純です。何かが腑に落ちるまで、与えられた問いを繰り返し自分に問いかけ、記憶を掘り起こせばいいだけです。(経験上、その到達点は必ずあります)

 

 

クローバー内観のやり方


不仲になった人やうまく行っていない相手に対し、3つの質問①自分がしてもらったこと、②して返した事、③迷惑をかけた事を何回も繰り返し思い出します。

 

クローバー内観にかける時間の目安

 

専門の研修所で初めて行う人は丸一日ぶっ通しで1週間。

(1日8時間睡眠として7日間で112時間)


「無意識に固定した思考回路」の修正は時間がかかるが、行うだけの価値はある。その後の人生を根本的に変えることが多いため、実際行うと1週間では短く感じます。

 

チューリップ赤していただいたこと(ご飯を作ってくれたなど)
チューリップ黄してお返ししたこと(肩を揉んであげたなど)
チューリップ紫ご迷惑をおかけしたこと(嘘をついて騙し続けたなど)

 

 

クローバー死刑囚の内観

 

内観の概要は以上ですが、今回思い出さずにいられなかったこと…

私は実在した死刑囚の内観を研修所で聞いたことがあります。研修所では三度の食事中に過去の内観者の肉声が録音されたテープを聴くのですが、これが本当にすごかった。

 

この本を読めば、当日静かに処刑を受け容れられた人間はやはり、そう居ないことが解ります。(当然ですよね)しかしその数少ない一人であろう死刑囚の内観を聴きました。

 

その人は計画的強盗殺人で入所した頃、自殺未遂を企てるほど心が荒く波立っていたそうですが、インタビューに答える声はとても穏やかでした。話の内容は、

 

・私は悪い人間でした
・今生では自分が過去に作った悪業によりこのような巡り合わせになり、被害者とその家族、また自分の家族や世間にもたいへん申し訳ないことをしてしまった…
・来世があるなら、美食も美女もいらない
・一番身分の低い者に生まれ、奉仕の生活をさせてもらいたい…

 

というようなことを、どことなく吹っ切れた明るさすら漂う声で、静かに穏やかに話すのです。

神妙にならざるを得ませんでした。彼は最後まで落ち着いて処刑されたそうで、本当に人間はそこまで(精神的に)行く事ができるんだと驚く内容でした。

 

 

クローバー救い=物事が正しくありのままに見えること

 

何がいいたいかと言うと、これが救いなのだろうということです。救いとは今の自分の境涯すべてを、不満も怒りもなく心からありがたく受け容れられる心境のことだろうと思います。


良い時だけでなく、他人から見て気の毒だなあと思われるような状況でも、どういう時でも、自分の能力、容姿、頭脳程度、収入、財産状況、このような家族の元に生まれたこと、配偶者、子供、近所の人、環境、今いる会社、人生でうまく行かなかった事の数々に

 

「これでよかったのだ。自分はとんでもないことをし続けてきたのに、皆ありがとう、本当にすみません」

 

そういう気持ちになれることだろうなと。


いやっ難しい!そりゃあそうですよ。これはほとんど悟りです。(笑)でも、ここを目指して生きていくと、本当に幸せになれるのだろうと思います。

 

少なくとも、お釈迦様はそうおっしゃっているわけですね。

 

 

他人の過失をみるなかれ。他人のしたことと、しなかったことを見るな。ただ、自分のしたことと、しなかったことだけを見よ。
(岩波文庫/ブッダ真理のことば感興のことば/中村元訳 P.16第4章 花にちなんで)

 

そして、そのため必要なことは、内観だけなのです。

 

Q人間は宗教で救われるのか?⇒A宗教ではなく、内省に伴う罪の自覚で救われる。そのプロセスは死刑囚も教誨師も同じ。罪の自覚のゴールは必ず感謝。

www.joukyouji.com/houwa1003.html

二河白道図。浄土真宗で良く使われる。己の怒りや貪欲に飲まれる危険を冒しつつ、50cm程度しか幅がない細く危険な道を救われようと進んでいく。後方は虎や蛇がひしめき引き返せない。私はこの図が好きで、見るたび昔の人のアイデアに感動してしまう。(内観は浄土真宗の修行にルーツがあります)

 

本のタイトルになっている教誨師とは、死刑囚の精神的救済に尽くす人です。しかし本を読んで一番心に残る事は、人は人を救えない、宗教は人を救えない。 (笑)
でもそこがいいと思いました。リアルだと。

 

正確には自分を助けられるのは自分だけだし、宗教が直接何かを救うわけではなく、それを縁とした深い反省による己の罪の自覚でしか救われないと、私は思います。

 

人が救われるとは(自覚していないものを含め)自分の間違い・愚かさ・嘘、盗み等を心の底から素直に認められることです。

 

自分は悪い奴だった!と全身で解った時、救われている。すなわち、正しく物事が観え、不満と怒りから解放される。

救い(寂静。心の静けさ)に至るプロセス

 

自分は悪くないのに!!という不満に満ち溢れている間、人は苦しい。(こうだったらいいのに=不満)(思い通りにならない=怒り)心中は荒れ狂う嵐の海のイメージ。

 

真剣に過去を振り返るうち事実を思い出し、本当に自分が悪かったことが観え、心からそれを認められれば…

 

他人の立場に立って心から自分の在り方を詫びられた時、内側に人のいない湖のような静けさが広がっていく。

 

その時その人は、仏教で三毒といわれ、死ぬまで続く三大煩悩(貪り、怒り、おろかさ)のすべてから解放されています。

 

 

超越者の視点は無限

thousand_armed_avalokiteshvara__the_bodhisattva_tn28.jpg (521×738)

観音の働きを律儀に図案化するチベット仏画。すべての手に眼があり、あらゆる者の苦しみをそれぞれ見通し承知していることを表す。

 

クローバー観音=観自在(すべての生物の都合が観える人のこと)

 

他人の立場から自分を観る=正しく(客観的に)ものが観えている状態。人間はなかなか己の小さな枠、自分の立場・狭い視点から出ることができません。

 

いま私が札所を巡礼中の観音様は、観世音と親しまれているが、本来の呼び名は観自在だそうです。世のあらゆる者の立場から自在に物事が観えるという意味です。

 

己の都合しか見えない人間に比べ、すべての衆生の都合が観える超越者の視点。これを人間が持つ事はできないが、内観はそれに近づく努力をすること。

 

群盲象を評す - Wikipedia

盲人達に象を触らせ、象とはどのようなものか聞いたところ、鼻に触れた者は蛇のようなものだといい、腹に触れた者はレンガの壁のようなものだと言い争ったという寓話。一部しか観えていない己の狭い知見にこだわると真実(全体像)はつかめない。

 

仏教でいう三毒の「おろかさ」とは己の都合しか見えていないことなのです。他人の立場に立てる人になろうと内観する事は、程度の差はあれ仏に少しずつ近づくことになります。

 

内観とは今の自分に何らかの理由で観えていない、受容れていない事実を認めること。形としてはたいてい、過去に己が犯した罪の自覚になります。それは後退ではなく事実の直視であり、それ自体が進歩・発展です。


これは実感ですが、自分がどれほど汚く醜い人間か解るほど、生産的に生きることができます。(罪の自覚は、必ず感謝に変わっていくため)

教誨師 まとめ 人が救われるとはどういうことか?

 

クローバー救いとは、自分の狭く小さい視野から出られること

 

経験から自分が犯した罪を自覚すると勘違い、不満、怒りが無くなり心がとても穏やかで静かになるので、その状態が一番幸せです。内観して、長い間苦しかったのは、自分の心の中に原因があることが良く解りました。

 

救われるとは、自分の狭い視野から出られることだと私は思います。

 

もし憎しみや不満がどれだけあなたの心を傷つけているか解れば、それを無くすことに真剣になれると思います。止めてみるとタバコが悪臭以外何ものでもないように。

 

 

この本は一見重いテーマですが、生きることがそもそも重苦しいことじゃないですか?読めば死刑囚と自分には大差がないと今更気づかされます。

 

私達は死刑囚ほど真剣に生まれてきた意味を問わずに済むだけで、不満の多い人生になんらかの回答を迫られている状況は同じですから…。

 

人は皆、幸せになりたくて生きていると思うので、どうしたら本当に幸せになれるか考えてみることは無駄ではない。


私達全員死ぬまでこの世に閉じ込められた死刑囚でもあるので、死刑問題に関心のある人だけでなく、救いについて何かしら関心のある人は面白く読めそうです。

個人的なまとめ

 

人は人を救えない⇒ただし相当の手助けはできるし、不可欠。
宗教ではなく、罪の自覚で救われる⇒ただしその縁を宗教が作っている事は多い。
神も仏もいない?⇒います。

 

私自身はというと、今回は只只内観しなくてはと改めて思いました。(ノ_<)

 

▼すでに4年前のデータですが、全国の研修所です。病院で行っている事も多いです。(アルコール依存症専門病院・精神神経科等)リストに無くても近くに必ずできる場所があると思うので、その際はyahooやgoogleで地名+内観で検索して下さい。

 

全国内観研修所リスト(2012版) | 内観でAC・人格障害克服

 

 

教誨師教誨師
1,836円
Amazon

 

▼前回、前々回はこちらです

 

教誨師1  人が救われるとはどういうことか 帰命無量寿如来 南無不可思議光

教誨師2  人が救われるとはどういうことか 帰命無量寿如来 南無不可思議光

 

AD
いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)

木村 悦子さんの読者になろう

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

最近の画像つき記事  もっと見る >>

AD

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

      ブログをはじめる

      たくさんの芸能人・有名人が
      書いているAmebaブログを
      無料で簡単にはじめることができます。

      公式トップブロガーへ応募

      多くの方にご紹介したいブログを
      執筆する方を「公式トップブロガー」
      として認定しております。

      芸能人・有名人ブログを開設

      Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
      ご希望される著名人の方/事務所様を
      随時募集しております。