吉田裕子BLOG「国語で人生に輝きと潤いを!」 国語講師、古典講座、日本語本

国語を学ぶことで感受性と対話力を磨いたら、人生はもっと楽しいと思う。国語の先生を始めて14年目。(予備校講師、高校教師、カルチャースクール講師(大人向け古典入門講座)、著述家) 東大教養学部・慶應通信(文学部第1類・教職)卒。放送大大学院在学中。

国語講師・著述家の吉田裕子(よしだゆうこ)の最新活動情報をお届けします。著書・講座などのまとまったご案内は、吉田裕子 公式ウェブサイトにございます。

    

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最新刊の見本が、私の手もとに届きました!

 

 

 

表紙デザインを見てお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、7月に発売し、9刷10万部のヒット作となった(ありがとうございます!)、『大人の語彙力が使える順できちんと身につく本』のシリーズ本です。

 

 

 

 

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2冊を並べると、兄弟のようですねニコニコ

 

今回の新刊は、タイトルにもある通り、似たような言葉をどのように使い分けるのか、という言葉えらびをまとめた本です。

 

類義語のニュアンスの違いを実感していただき、耳にしたことがあるという程度の言葉をきちんと使いこなせる言葉に変えていただく。そういう目標のもとに執筆しました。

 

編集担当は、今回で3回目のタッグとなる同世代の敏腕編集者さん(彼女が手がけた本は何冊もベストセラーになっているのです)。

 

彼女と最初に手がけた『美しい女性をつくる言葉のお作法』も、何度も増刷されています。

 

 

 

今回は、我々二人に加え、強力なメンバーが本作りに加わってくださいました。イラストレーターの白井匠さんです。

 

この本で目指した、「一語一語のニュアンスを実感をもって理解する」を叶えてくださったのが白井さんです。

 

それぞれの言葉のニュアンスを把握し、それを表現するのに最適なシチュエーションを考え、分かりやすいイラストにまとめてくださいました。

 

 

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この分かりやすさ!

 

初めてゲラを見たとき、思わず声を上げてしまいました。

 

数百枚ものイラストを描き下ろさなくてはならないわけで、本当に大変だったかと思うのですが、見事な絵を提供してくださいました。

 

文章を読む集中力はない、という日でも、見出しとイラストを見ているだけで学べる、そんな一冊に仕上がりました。

 

前作は大人のビジネスや社交場の言葉遣いに特化していたのですが、今回は「聞いたことはあるけれど、正解に意味が理解できているかといえば、自信がない」というぐらいの表現を身に付けることを主眼としており、中高生の方にも役立つのではないかと考えています。

 

発売は1/24。

 

ご興味のある方は、書店やAmazonで予約してくださると、確実です。待ち切れないという方は、かんき出版のWebサイト「ゲラヨミ!」で1章分試し読みができますよ!

 

2018年の1冊目、どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

 

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2018年センター試験古文漢文現代語訳

 

受験生の皆さん、センター試験の問題にチャレンジした高校生の皆さん、お疲れ様でした。

 

こちらのサイトでは、吉田裕子が個人的に作成した2018年センター試験漢文の現代語訳(現代日本語訳)の速報版を公開しています。復習などにお役立てくださいませ。※古文はこちら

 

【出典】
李燾『続資治通鑑長編(ぞくしじつがんちょうへん)』

【本文書き出し】
嘉祐禹偁子也。……


【書き下し文】
嘉祐は禹偁の子なり。嘉祐は平時は愚騃の若きも、寇準のみ之を知る。準開封府に知(※知事)たりて、一日、嘉祐に問ひて曰はく、「外間準を議すること云何(いかん)」と。嘉祐曰はく、「外人皆丈人旦夕入りて相たらんと云ふ」と。準曰はく、「吾子に於いては意(おも)ふこと何如(いかん)」と。嘉祐曰はく、「愚を以て之を見るに、丈人未だ相と為らざるに若かず。相と為れば即ち誉望損なはれん」と。準曰はく、「何の故ぞ」と。嘉祐曰はく、「古より賢相の能く功業を建て生民を沢(うるほ)す所以は、其の君臣相ひ得ること皆魚の水有るが如ければなり。故に言聴かれ計従はれ、而して功名倶に美なり。今丈人天下の重望を負ひ、相たれば即ち中外太平を以て責(もと)めん。丈人明主に于(お)けるや、能く魚の水有るが若きか。嘉祐の誉望の損なはれんことを恐るる所以なり」と。準喜び、起ちて其の手を執りて曰はく、「元之は文章は天下に冠たりと雖も、深謀遠慮に至りては殆ど吾子に勝る能はざるなり」と。

 

【現代語訳】
嘉祐は禹偁の子である。嘉祐は普段は愚か者のようだが、寇準だけは彼の優秀さを知っている。寇準は開封府の知事を務めていて、ある日、嘉祐に尋ねて言うには、「世間は私のことをどのように言っているか」と。嘉祐が答えるには、「世間の人は皆、あなたがすぐに朝廷に入って宰相の位に就くだろうと噂する」と。寇準は「あなたは寇準のことをどう思うのか」と問うた。嘉祐が言うには、「私の意見としてこのことを考えると、あなたはまだ宰相にならないのが一番だ。宰相となると、名誉や人望が損なわれるだろう」と。寇準が「どうしてだ」と言った。嘉祐は「昔から、賢い宰相が手柄を挙げ、人々に恩恵を施すのは、その君主と家臣(宰相)の関係が極めて良好であったからである。だから宰相の意見が皇帝に聞かれ、宰相の提案する策が皇帝に従われるのであって、それで、功名は両者ともに良いのである。今あなたは天下の重い期待を背負い、宰相となると、天下の太平を求めるだろう。(ただ)あなたと皇帝の関係は、とても親密なものになり得るか。これこそ、私があなたの名誉や人望が損なわれるだろうと恐れる理由である」と。寇準は喜んで、立ち上がって嘉祐の手を取って言ったことには、「あなたの父上は文章は天下一であったと言っても、深謀遠慮に関しては、ほぼあなたに勝てない」。
 

 

※同業者、学校の先生などで、間違いに気づいた方がいらっしゃいましたら、お手数ですが、コメントやメッセージなどでお知らせいただけましたら幸いです。

 

 

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2018年センター試験古文漢文現代語訳

 

受験生の皆さん、センター試験の問題にチャレンジした高校生の皆さん、お疲れ様でした。

 

こちらのサイトでは、吉田裕子が個人的に作成した2018年センター試験古文の現代語訳(現代日本語訳)の速報版を公開しています。復習などにお役立てくださいませ。※漢文はこちら

 

【出典】
『石上私淑言(いそのかみのささめごと)』本居宣長

【本文書き出し】
問ひて云はく、恋の歌の世に多きはいかに。……

【現代語訳】
 質問して言うには、「恋の歌が非常に多いのはどういうことか」。

 (私が)答えて言うには、「まず『古事記』『日本書紀』に見えている、とても大昔の歌などをはじめとして、代々の歌集にも、恋の歌ばかり特に多い中でも、『万葉集』では『相聞』と題しているのが恋の和歌で、全ての歌を雑歌・相聞・挽歌の三種類に分け、八巻・十巻には、四季の雑歌、四季の相聞と分類している。このようにそれ以外を全て『雑』と呼んでいるのであって、歌は恋を第一のものとすることを分からなくてはならない。そもそもどういうわけで、こうであるかというと、恋は全ての情趣にまさって深く人の心に染みて、大変こらえ難い事柄であるからだ。それなので、大変しみじみと趣深いものは恋の歌にこそ多いものだ」。

 質問して言うには、「だいたい、世間の人それぞれが常に心の奥底に深く願うことについては、恋愛を思うよりも、我が身の繁栄を望み、財宝を求める気持ちなどが、ひたむきで抑えがたく見えるのに、どうしてそういうことは歌に詠まないのか」

 (私が)答えて言うには、「『情』と『欲』との区別がある。まず皆人の心にあれこれと浮かぶ思いは、全て情である。その思いの中にも、『そうありたい』『こうありたい』と追い求める気持ちは、欲というものである。それなので、この二つはお互いに離れないものであって、概して言えば、欲も情の中の一種類なのだが、また、特に区別したら、人を素敵だと思ったり愛しいと思ったり、あるいは、辛いとも恨めしいとも思うようなことを『情』とは言った。実際は、その情から生じて欲にも及び、一方では、欲から生じて情にも及んで、その様子は一通りでなく色々であるが、どのようであっても歌は情の方から出てくるものだ。この『情』の方の思いは、物にも感じやすく、しみじみと感慨に耽ることも格別に深いからである。『欲』の方の思いは一筋に願い求める心だけであって、それほど身に染みわたるような濃密で繊細なものでないからだろうか、ちょっとした花や鳥の色や音に涙がこぼれるほどには深くはない。

 あの財宝を貪る類の感情は、この欲というもので、しみじみと趣深い方面とは関係が薄いがために、和歌は出てこないのであろう。恋愛を思うことも、もともとは欲から出るけれど、特に情の方に深く関わる思いであって、生きとし生けるもの皆が免れ得ないものである。まして人間は、特にものの情趣を理解するものであるため、特に深く心に染み入って感慨に堪えられないのは、この恋の感情なのである。それ以外でも、あれにつけ、これにつけ、物のしみじみと趣深いことに関して、歌が出てくるものだと認識する必要がある。

 そうではあるけれど、情の方は、前に述べたように、意気地の弱いことを恥だと思う後々の時代(※古代との対比)の風潮のもとで、隠して我慢することが多いために、かえって(今日の人が)欲よりも浅く(しか情を抱いていないように)見えるのであろう。しかし、この和歌だけは上代の昔の心構えを失わないで、人間の心の真実をありのままに詠んで、女々しく弱々しい部分も決して恥じることがないので、後の時代になって、優美でみずみずしく上品に歌を詠もうとするときには、いっそうしみじみとした趣をだけ大切なものとして、例の欲の方はとにかく嫌ってしまって、歌に詠もうとは思いはしない。
 
 たまにある欲を詠んだ歌でも、『万葉集』の三巻に「酒を誉めた歌」の類である。漢詩ではいつものことで、こうした欲に由来する類ばかり多いけれど、和歌には(欲の類は)とても気に食わないもので、憎らしくまで思わずにはいられなくて、全く心が惹かれない。(そうした欲の歌は)何の見どころもないのであるよ。これは、欲が汚い感情で、しみじみとした情趣がないからである。それなのに、外国(中国)では、しみじみとした情を恥じて隠し、よりにもよって(酒を好むような)汚い欲を立派なもののように言い合っているのは、どういうことなのだ」。

 

※新潮日本古典集成の注釈をもとにしつつ、吉田が取り急ぎ訳したものです。同業者、学校の先生などで、間違いに気づいた方がいらっしゃいましたら、お手数ですが、コメントやメッセージなどでお知らせいただけましたら幸いです。

 

 

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