【DVD】Saawariya

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【素人あらすじ】



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どこの街ともいえないあるところ。



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他の街からやってきたミュージシャン、ラージ(ランビール・カプール)は娼婦のグラービー(ラーニー・ムカルジー)に出会う。


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悲しみに暮れたほかの娼婦たちに笑いを取り戻し、ひょうひょうとしたラージを気にいったグラービーは、バーで歌い生計を立て、老婆リリアン(ゾーラー・セヘガル)の家に住むように紹介した。



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リリアンははじめはあらだたしくラージを追い払おうとしたが、ラージがその女性のかたくなな心を開くと、彼女は息子への思いを秘め悲しみに暮れていた。



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ラージは息子に代わって自分を抱擁することに身をささげ、リリアンの心は明るさと活気を取り戻し、ラージはそこに住むことになった。



ある日、夜中の待ちをラージが歩いていると、橋の上で雨も降らないのに傘を差して待つ女性を見つけた。



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夜道の柄の悪い男たちに覚え、逃げ出した彼女を安心させようと声をかけたラージは、



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ショールの落ちた彼女の美しさに見とれ、一目で恋に落ちた。


しかし、彼女は心を開かず、なんとか偶然にも彼女の家のものが呼んだその声で、サキーナ(ソーナム・カプール)という名前を知ることだけ出来た。



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数日後、彼女が雨の日も、風の日も夜な夜なその橋に出かけ、そこで待つことを知った。



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何回か会ううちに、少しずつ心を開き始め、笑顔を見せるようになってきたサキーナは、

とうとうその夜の待ち人について語りだした。



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それはある雨の日、突然やってきて部屋を貸してほしいという男イマーン(サルマン・カーン)のことだった。



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イマーンとサキーナはすぐに恋に落ちたが、イマーンは必ず戻ってくるとだけ言って家を出てしまった。
それからサキーナは毎日彼を待ちわびる生活をしているのだという。


ラージはその話を聞いて愕然とするが、それでも尚彼女を愛し続ける。



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するとサキーナがイマーンに手紙を届けてほしいと言い出したが、ラージは嫉妬し、その手紙を燃やしてしまう。


ラージはその罪悪感から、せめて伝言をしようとサキーナが書いた宛名の家に向かうが、そこにはイマーンはいなかった。




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イマーンがいないとわかると、意気揚々とラージはサキーナにポロポーズした。


しかしサキーナはラージの言うことを真剣には受け止めなかったが、次第に心は開くようになる。


ますます絶好調のラージだったが、サキーナの心はまだイマーンを追い求めていた。



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そのショックからラージはグラーブの家に行き、慰めを期待したが、自分は娼婦であるということと、目の前にいるラージが求める自分への慰めに、悲しみと怒りでラージを家から追い出す。



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ラージは警備員に殴られボロボロになっていた。




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そこへサキーナと再び出くわすと彼女は、そんなラージを愛することにしようと決めたことを告げる。



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幸せの絶頂だったラージだったが、サキーナの様子がかわる。



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いつも待っていた橋の上にイマーンが姿を現す。



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喜びもつかの間、サキーナはラージに詫び、



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イマーンのもとへ走り出し、二人は消えていく。



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ラージは涙をためながらも笑顔で送り出し、サキーナの傘をさして一人雪の中へ消える。



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ラージを失い、また孤独になったリリアンは暗い部屋で遠く外を見つめる。



この映画!なんで早く見なかったのだろう!!(いや、実際見たくても見れなかったのですが)


私が愛するイスラムの美が誇張されて見られる映画です!


そういう意味では必見でしたが。。。


しかし、今回はヒンディだというのはわかるのですが、どうも耳に音が入りにくかった。


台詞全然理解できてません。何か詞的な言葉遣いなのだろうか。


全部見終わった後、サブタイトル付けて見ればよかったと少々後悔。肝心なキーワードを拾えてないので、


あらすじもちょっと大雑把です。。。



全体の感想としましては


非常~~~~に難しい!



実はこの感想、何度も書き直しています。


順番を変えたり、書き足したり、引いたり。。。


キャプションして何度も画面を見直すと新しい発見があって、新たに見方が変わったりします。


じわじわと違った側面が自分の中から浮き上がってくるような気がします。


なので、この後に続く感想はあくまでも、一瞬のもの。


どうか、この作品はご自分でみて、深く考えて、感じてほしいなぁと思います。




以下、この瞬間の感想。


黒はすべてを覆い隠す。


いとしい人を失い、空虚になった心は暗闇だろうか。


心はいつも誰かを求めている。


その暗闇に一瞬でも誰かとすれ違い、光がもたらされたなら、


かすかな光でも、淡い色合いを感じさせてくれるでしょう。。。


闇は光の影です。


光あるからこそ生まれるものです。


一歩隣を見たら、そこには限りなく明るい世界が待ってるかもしれません。。。





【素人感想】


私は見てない映画のストーリーや背景などを先に調べるということをほとんどしないので、
よっぽど評判が公表されていない限り知ることはありません。
この映画はまったく内容を知りませんでした。


ただ単に監督がHum Dil De Chuke Sanam, Devdas, Blackなどアートセンスと独特の世界観をもつサンジャイ・リ

ーラ・バンサリであることが大きく期待をさせていたことと、以前ご紹介したBachuna ae Haseenoの主演、リシ・

カプールの息子でもあるランビール・カプールのデビュー作であること、そしてヒロインがアニール・カプールの

娘で彼女にとってもデビュー作であること、などが話題になっていたことだけは確かです。


Diwaliの公開作品ということで、2007年はシャールク・カーンと新人ディーピカーが共演するOM SHANTI OMとこのSAAWARIYAの2大対決と言われていましたが、12月に入ってからインドに戻った私は、そのとき既に上映が終わっていたSAAWARIYAは見逃したというわけです。
OM SHANTI OMも最終週でしたが、そちらはロングランで見ることが出来ました。


見終わった感想として、どっちが勝ったのかというのは、まぁ、一般論でいったらOM SHANTI OMなのでしょうね。
あちらはすべての面で万人の心を動かす作品で、バランスの取れた最高の正統娯楽作品でした。
私も何度見ても最高だと思います。


それに比べるとこちらは、私にとってはアートセンスとして部門別で最高点をあげたいくらいの作品でした。
何せイスラムセンス色の濃いこと濃いこと!ただし舞台部門って感じですが。
舞台演劇ってかなり誇張するでしょ、セットも。


私はイスラムアートや建築、インテリアが大好きで、本当に美しいそれらを見ていると、胸が苦しくなるくらい魂

が呼び起こされる感覚があります。
きっといつの時代か、イスラムのお姫さまでもしてたんでしょうかぁ~。きらびやかで美しく、それでいてシック

なセンスがすばらしく大好きなのです。


アイシュが主演したリメイク作品Umrao Jaanのセットもそれはそれは美しかったですし、リティック&アイシュの

主演のJhoder Akbarも本当にうっとりするようなイスラム装飾でした。


それに比べると、Saawariyaのセットはわざとセット風に仕上げてあるといいますか、街そのものを大掛かりにス

タジオセットにしてるのでやはり舞台作品を意識しているかのように、架空の街というコンセプトが伝わってくる

、どこか現実味のない「装飾」でした。本当に世界観を作り上げています。


それはそれで、夢心地といいますか、何か独特の架空の世界観があって良かったのですが。。。


本物嗜好といよりは本当に舞台演劇を作り上げる「セット」でした。なので感想の冒頭に「誇張」という言葉を使

いました。ある意味わざとらしいといいますか。。。


そして今回の作品の色は青と緑がメインカラーでした。まるで海の底にいるようで、
かすかな光でかろうじて見える青や緑。地球に生命が生まれるときに、はじめて光が降りてきたような色です。
ターコイズのように混ざり合ったり、ゴールドや光をイメージする色もそのひとつかな。
途中鮮やかに黒に映える赤がインパクトとしてあります。


サンジャイ監督の近年の作品はいつもメインカラーがあります。
記憶に新しい「Black」はまったくインド色のない映画でしたが、それは黒と青。
「devdas」の赤もよかったですが、Saawariyaのカラーには何かその2つの作品が混ざって、どこか違う街にトリ

ップしたような感じがあります。


街にはムスクが立ち並び、クルアーンが聞こえる。街中に入るとサリーを着た娼婦がいながらも、電飾はまるでムーランルージュ張りの西洋スタイル。街の壁にはウルドゥの看板がさがり、たまに見え隠れする細密画に蓮に乗った神様画、そして十字架、ブッダの頭像。基本的に街はムスリム街をイメージさせる。
それでいて、ベニスをイメージさせる運河や石造りの橋。


作品の冒頭では「どこでもない街」とナレーターが言っているけど、本当にどこにもなさそう。
トルコとかどうなんだろうか。。。こんな感じ。行ったことがないけど。


ヒロインのサキーナはムスリムの娘、ラージに部屋を貸す老婆はクリスチャン、街の売春婦のグラーブジーはヒンドゥ、ラージは一体何教徒だったのか定かでない。
その中間位置というか、どっちつかずなのが、また彼のキャラクターでもあるように思うし、
作者の何かしらの意図やメッセージだったのかもとも思う。



私はなんでも受容的に見てしまう方なので、この映画に対してもある意味そういう見方がある。


作品自体はものすごく凝っているわりには、ストーリーは一見シンプルで恋した相手には好きな人がいて、
葛藤しながらも愛しながら、最後は相手の幸せを尊重し後姿を見守る男。

サンジャイ監督のHum Dil De Chuke Sanamに通じながら愛する人の気持ちを尊重しつつ、最後はそのままやん!という感じもいなめない、言ってみれば落ちのない展開なのだけど、実際の生活ってそんなものかもとも思う。


ある種、何もメッセージなく、ただ単に自分の世界観を表現する。文学としてはそういう道もあるかもしれない。
こういう人がいましたとさ。。。みたいなネタでね。


そういう意味ではインド文学のdevdasも主人公デーヴダースの人生を描いていて、一人の人の人生というそのことをサンジャイは一貫して描いたのかもしれない。


今までの作品は長すぎるほどに一人の人生をひっぱって、ひっぱって、意外な展開して、最後に落としどころをもっていたけど、saawariyaは人生の一部を切り取ったものだった。それゆえに、不完全な感じも受けるけど、それは主人公の若さゆえか?


まぁ、このことは賛否両論、受け取り方自由って感じで、きっとはがゆく感じる人も多いだろう。

悪く見れば、監督のアート表現の場であって、観客を楽しませるためのものではないし、文学的ともいいがたいよ

うな気もする。


彼の独特の世界観は、セットを見てもわかるとおり本当に中世の文学の舞台を見ているようでもある。
ストーリーの展開の仕方としてもそうで、彼は舞台の監督になってもいいのでは、、、とも思ったりもする。
彼はよくも悪くも中世西洋文学の影響を大きく受けていて、それにインドの色を融合しようとしているのはわかる


しかしそれは舞台や概観、雰囲気を西洋にして、言葉と宗教をインドにしただけのようなとってつけたような感じ

もうけ、インドそのものの文化やエネルギーは置き去りになっているような気もするのです。
まぁ、リアリティがなさすぎるということですかね。


それも映画のひとつの特徴として割り切って見ることが出来れば、舞台鑑賞したような気分で見れる映画ではないでしょうか。


しかし私は、こんな風にも感じることができました。


主人公としておいたランビールの存在感として、若いうちってこういう葛藤と苦しみと、
はちゃめちゃで意味のないような出来事を通して、成長していくパワーがある。
若さを光輝くなんて表現することもありますが、まさにそれ。
彼の光を失うことなく、闇の中にあるものすらも照らし続けることができるか?
そんな疑問も投げかけられているような気もします。


そして、光と影はいつも共存している。
そのことは永遠に変化することがないような。。。


少なくともラージの来るところ光に照らされる。それだけに暗闇に隠されていたものもさらけ出される。
老婆にも、娼婦たちにも、そしてサキーナにも笑顔を引き出し、彼女もその光に手を伸ばそうとしたが、最後は表

情のない影のある男と、彼女にとっての光とともに暗闇の中に消えて行くのです。
グラーブジの暗闇にあったものすら、照らして傷つけてしまう。


そして光に満ち、光の方向へ向かっていたラージも自分の光を失いかけ影を知る。
最後は悲しみを光に照らされそうで、サキーナの傘をさして明るく歩いていく。
光と影に葛藤している何かを感じるのは私だけでしょうか。。。


光と影は戦うのではなく、共存する。
何かマトリックス的なものを受け取ってしまいましたが。。。


もっと言えば、saawariya(いとしい人)というタイトルは誰のことなのか?と考えると、すべての登場人物にそ

のいとしい人は存在していて、誰もがその光を追い求め、そのむなしさが埋まらないことに闇を作る。


心を堅くし、隠し、黒く塗りつぶす。老婆ははじめのシーンで黒い服を着ていました。その後ラージに会ってから

はどんなに濃い色でも濃紺で、ラージが旅立った後はまた黒の服を着ていました。


せっかく生活を明るくしてくれるいとしい人が現れたけど、彼が去るとまた暗闇になった。思い出を追う生活。

監督のメッセージが果たしてあるのかないのかはわからないけれど、私にはそうも見えなくはない。



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それは前作「Black」の名シーン。雪が降ったときにラーニーちゃんが喜んで手を広げるシーンと、とてもよく似

てる場面がこの作品の中にもあるのを見て思った。
監督の中では、まだblackの世界観が続いている。。。って。


ランビールのキャラクターはBachna ae Haseenoを見ても思うが、若さ!という青年の勢いやがむしゃらや、間違

いを恐れない純粋でまっすぐ、自分を突き進む光のようなイメージを受ける。


それはデビュー時のリティックにも感じることがあったけど、時代的なギャップもあるがリティックは清純イメー

ジが強い。あの時代まではあれが良かったのだけども、時代は変わったのね。。。と思わずにはいられない。
ランビールの場合は現代の若者の象徴的な人気を得るだけあり、やはりどこかスマートできれいなだけではない、いまどきの若者のいい感じの軽さとユーモアがある。


まだいきがってるようなところもありそうだけども、それもまた若さたるものですなぁ~。ははは


そして色に関して、もう少し思うのは、最後のラージがサキーナにプロポーズするシーンの衣装。
白と黒だった二人に赤い色が差し込みます。
これはきっと情熱。
二人の間に炎という激しい光を差し込むはずだった。。。
しかし、その赤は、、、実は木炭にくすぶった火種のようなものになってしまった。
暗闇に赤々とくすぶる火種。。。そして、その火種はまた炎を灯してしまった。。。
うううう。。。(涙)


そんな風に見るのは私の勝手な空想です。
本当に見方によってどんな風にも見える映画でした。


ランビールの2作を見て、私の感想は彼は人気があるだけあるなぁ~って感じです。
写真でみるより、動いている彼は数段魅力的で、結構癖になります。


以前は髭が気になって仕方がありませんでした。この作品の中でもオープニングのsaawariyaという曲でははじめにつった顔と曲が終わった後の顔では髭の濃さが違うのに驚きました。1曲でこの濃さ!って。。。(笑)
まだ演技の幅が見えないけれど、若いうちは、この感じで突っ走っていけるかなって感じですね。
ロマンスだけでなく、違った役柄を演じるのが見てみたいです。
どこかリティックをダブルところもあるのだけど、リティックほどの繊細さは感じない、ハラの座った感じがある


同世代のイムラン・カーンの次回作はちょっとアクションサスペンス的な雰囲気だし、Jaane tu...Ya jaane naの

甘い感じとって変わっての演技が見ものだし、ランビール君にもがんばってほしいところです。


ヒロインのソナムはアニールの娘とは思えないほどの(笑)美貌。
でも、まだ美貌だけで演技はノーコメント。笑う・泣くの演技を覚えました。。。って感じですかね。
微妙な表情や演技はなく、ダンスも1曲ほんのちょっと踊った程度。
脚本のせいなのか、彼女の演技力のせいなのか、ソナム演じるサキーナはいまいち心理が作中で見えてこないところがもどかしく、作品の質を落としているかのようにも感じる。

もう少し心中の光と影をしっかり演じてほしかったな。いまいちヒロインの人格が見えてこない。

お披露目映画といってもいいかな。せっかくの美貌なので、このオーラを磨いてほしいところ。
次回作、どんな作品を演じるかで結構印象が決まるかな。


オープニングでスペシャルサンクス、サルマン・カーン&ラーニー・ムカルジーと出るので、どんな役柄かと思え

ば、ラーニーちゃんはまたしても娼婦。ここのところキャラクターは違えど、この役が立て続けだ。
今回のラーニーちゃんは貫禄あって、娼婦としてはいい感じの演技だったが、若者に挟まれたせいか、ちょっとお

ばちゃんっぽかった。しかたないか、実際の年齢を考えれば。。。


私はラーニーちゃんのこの手の大げさな演技はあまり好きではない。監督の作風である舞台風を汲み取れば、ここまで大げさなものを求められるのかもしれないけど、根がこういう質を持っていないせいか、私がラニーちゃんに昔ながらの清純を求めているせいかはわからないけど、何か役柄がなじんでいない気がする。私はラーニーちゃんはやっぱしストーリー性のある展開の作品で微妙な感情を演じているのが好きだ。


サルマンは驚くほどに、サルマンカラーを消されていた。
無表情で、派手なアクションすることもなく、静かで暗く、どこか影のあるムスリムの旅人を演じていた。
あのサルマンにも影が及ぶというのは、やはりラージとの比較において影の力を感じるのでした。


そして一番の役者はHum dil de chuke sanamでも盲目のおばあちゃん役を演じていたゾーラー・セヘガル。
御歳95歳というのに、本当に元気でチャーミングなおばあちゃんだ。
サンジャイの作品はどこか必ず年配の人の存在感をさりげなく置いている。
devdasでもやはりおばあちゃんが唯一の影ながらの応援者だった。


大家族で住むことの多いインドだけれども、そんな中でも年配者のアドバイスや意見は聞き入れられ、
年長者がゆえの体験的な大きく暖かいメッセージを含んでいることが多い。
大概は若い者と、老人というのは打ち解けるパターンが多い。そこまで行く熟年期というのがもっとも人生におい

て、苦労の多い時期なのかな。
老人は自分の子育ての荷を降ろすと、急に軽くなる。子育ての義務感を持つというのは人間を重くするものだとつくづく思う。しかし彼女は重苦しい影をラージに開放され、光で満ち溢れる。


この作品の中で若く明るくエネルギーにあふれるラージに、自分のかたくなな心を開くシーン、そしてその後息子

や孫のようにラージに接する老婆の位置づけは、この作品の中で唯一人間味のある暖かなシーンではないだろうか。


はじめのシーンは黒い服を着ていたが、心を開いてから青や赤などを着るようになっている。
老婆とのシーンには必ずキャンドルやライト、時には珍しく昼間のシーンもあり、何か光に満ちている。
やはり人間として、こういう生命感を感じさせるシーンがあるとホッとするものです。


全体を通してみると、かなわぬ恋をする男のよかったり悪かったりを外から見守る女性がいた、そしてかなわぬ恋に踊っただけで終わってしまった。。。という感じの話。

簡略化して解説すると面白みもない話のようだ。

もちろん、その影にはいろいろな描写があるのだろうけども、もうちょっとストーリーにもわかりやすさ、もしくは何かしら感じ入るものがほしかったというのが正直なところでもある。


メッセージがもしあるのだとしたら、もう少しわかりやすいシーン、もしくは台詞が必要だったと、言葉の理解が

薄い私ではありますが、そう思う作品でした。


しかし、またしても違う説も思い浮かびます。

HDDCSもそうだし、devdasにしてもそう、何か共通の人への愛への形のようなものが根底のテーマで、
ここにある今を愛する人、思い出を愛する人、待ちわびて得る人、見守って敗れる人、、、いろんな人がいます。
いとしいと思う気持ちは一緒でも、結果はそれぞれ、、、

私はこの作品に答えはいらないのかも、、とも思いはじめました。

こうやって考えること、いとしい人とはなんなのか、誰なのか、そういうことを、ふと考える、思う時間を持つことで、それだけでいいんじゃないかなって思ったりもします。
これはサンジャイ監督のプレゼントかもしれません。
もしくは問いかけなのかもしれません。


とにかくこの映画の見所はセットと衣装と独特の世界観につきますね。
物語を読んでいるような、空想的な世界を感じたい方はぜひ見てみてください。
そしてこの作品に何を感じたか、教えてください。


この映画の素敵なセットや衣装、シーンの画像もアップしたかったけど、
あまりに長い。。。
また日を改めて、それだけでアップしますね。



日本での入手はこちら⇒ティラキタ


インドの風  sameera hindustani http://sameera.jp/-saawariya

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