ガネーシュ信仰の街に見る

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昨日の新聞の記事によく目を通すと、こんな記事が載ってました。




ガネーシュ祭


ガネーシュ神のプージャにムスリムとクリスチャンが参加したという記事です。


実はこのようなことはマハーラシュトラーでは珍しいことではありません。


商業地としては国内一でもあるムンバイーを中心に、州をあげて盛大に商売繁盛、障害除去の神様

ガネーシュ神を祭って盛り上がるわけです。


そしてムンバイーはボリウッド映画の本拠地でもあるのですが、ここでは大きなプージャがテレビで放映され、


ファイナルなどは川や海にガネーシュ神のご神体が流されるまで、まるで除夜の鐘のように


延々専門チャンネルになるそうです。


そして今年のプージャにはゴーヴィンダなどの元政治家俳優に並んで、なんとそのカーンという名前があらわす


ようにイスラム教であるサルマン・カーンも一緒に参加していたのだそうです。



まさにこの日は宗教を超え、州全体がひとつになって発展を祈願する日になっているのです。




実は先日プネーの商業地区、ラクシュミーエリアに行ったとき、盛り上がる街を無作為に撮りまくっていた中に、


このような写真も見つけました。



ガネーシュ祭



先日のイスラムの布屋さんとの会話もあったので、この写真を載せるかどうかも迷いましたが、


実際街でもこのように祭りに関連してあわただしく働き、少なくとも恩恵を受けているムスリムの方をたくさん


見かけ、心の中で、ガネーシュ神は心が広いのだなぁ~と思っていました。


(おじさん、ごめんなさいね。一応心ばかりですがお顔隠しました)



この祭りがあることで、この街はみんなが潤います。



それは経済的にも、精神的にも、肉体的にもです。


どういう形であれ、すべての人に祝福があるのです。


私もリクシャの運転手に多めに料金を祝儀としてあげたり、ちょっとしたかかわりのある人たちにも祝福を


自分のできる形でするように心がけます。


そうすることで、すべてがスムーズに流れるように思います。



そう思うと、ガネーシュ神が災いを取り除く、障害になることを取り除く神様だということが


少し体感できるような気がします。




私がインドでいつも思うことがあります。



誰の言葉だったか。。。



「私にとって、たったの1ルピーでも


その1ルピーが100人の手を通れば100ルピーの価値になり


1000人の手を通れば1000ルピーの価値になる。


それが通貨と呼ばれるいわれだ。。。」



この祭りでこの言葉がなぜ浮かぶか、何連付けるのはかなり遠回りになりますが、


こういう祭りで回りまわってすべての人が潤う、そしてその豊かさが次なる発展になる。


そんなことを感じずにはいられません。


お金に限らず、


本当の祝福は姿あるものに固執するのではなく、


そこにあるものを受け取ることから始まるような気がします。




あああ、いい祭りだ。




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