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2009年02月03日

かっけぇー!

テーマ:思い出

昨日の記事 にも書いたように、祖父の訃報を受けて福岡に行ってきた。


11月にイトコの結婚式で福岡に帰った けれど、たった3ヶ月でこんな形でまた福岡に帰る事になるとは思いもよらなかった。

今回は上京して初めて、妹と一緒に福岡へ戻った。



亡くなったのは母方の祖父。

要(かなめ)おじいちゃんだ。


福岡市早良区の飯倉に住んでいたので、僕と妹は昔から「飯倉のおじいちゃん」と呼んでいた。

おじいちゃんとは離れて住んでいて、お盆や正月などで年に数回しか会えないのが寂しいくらい、僕と妹はおじいちゃんが大好きだった。

なので悲しさもひとしお。


告別式の会場に着くまで実感が無かった僕と妹は、迎えに来てくれたイトコの航ちゃんと談笑などを交えていたのだけれど、会場に着いた途端に実感が沸いた。

会場にはおじいちゃんの遺影、それから思い出のアルバムが置いてあって、それがまたいい表情で写ってるんだよ、ホント。


魁!タカハシ塾!!blog(仮)-おじいちゃん


ありし日のおじいちゃん。


多分この写真は、戦時中に所属していた高知航空隊の同窓会「よさこい会」の会合での様子じゃないかな。

軍隊の帽子っぽいもんな。

おじいちゃんは中尉で、部下から慕われてたらしい。

こんな写真見たら、泣かずにはいられない。


妹なんか、ストレス発散か!というくらい号泣していた。


飾ってある写真の中に、若い頃のおじいちゃんの姿も。


魁!タカハシ塾!!blog(仮)-おじいちゃん

かっけぇー!!


超カッコイイんですけど!

この要素、俺に遺伝されてねー(^^;


おじいちゃんは税理士で、これはおじいちゃんが開いた事務所の前で撮られたモノのようだ。

話によると昭和30年代半ばに税理士になったとの事だから、きっとその頃。

逆算すると、37~8歳頃かなぁ。


勿論僕は孫なわけで、僕が物心ついた頃・・・っつーか僕が生まれた瞬間におじいちゃんは既におじいちゃんなわけなんだけれども、僕にとっては、将来こんなおじいちゃんになりたい!と思うようなおじいちゃんであった。


とにかく優しくて、怒ったところを一度も観た事がない。

そして行動的でしょっちゅう色んな所に出かけたり旅行したりするし、出先ではかならず色鉛筆でスケッチをする。

しかも画が上手い。


で、何よりも尊敬していたのは、とにかく好奇心旺盛で、向上心を持ち続けていた所だ。


税理士業を引退してから英会話を勉強し始め、ある程度話せるようになると、次は中国語を勉強してた。


英語の勉強をし始めたばかりの頃、まだ全然話せないのに、街中で外国人を見かけると、「ハローハロー」なんつって、すぐ話しかけてたもんな。

そんな所も素晴らしい。


数学のドリルを好んで解いてたのも記憶にある。


いつも本を読んでいたから、勿論部屋の中は本だらけ。

本のジャンルも多岐にわたり、様々な図鑑やリーダーズダイジェスト が沢山あった。


あと、自分が思いついたアイデアや思い出した記憶をすぐ壁に書くクセがあり、トイレの壁は落書きだらけだった。

そんな所が、僕の幼な心にも天才ぽくてカッコイイ!と思っていたのだ。



魁!タカハシ塾!!blog(仮)-落書き

これがおじいちゃんちのトイレの落書き。


ウチのじいちゃん、ガリレオ のモデルじゃね??ww


きっと、おじいちゃんに会った人は誰でもおじいちゃんのことを好きになると思う。

そんな自信がある!

僕が今さらそんな自信を持ってもしょうがないが(^^


告別式の後、親戚みんなで集まって食事をしたんだけども、おじいちゃんの思い出話で盛り上がった。

これが正しいお葬式の日のあり方だよね。



一歩でもおじいちゃんに近づく為に、まずはトイレの落書きから始めてみようかしらん。



=====追記=====


かっけぇー!と言えば、福岡でもう一つかっけぇー物を見た。


それについてはウラジオレンジブログ に同じく「かっけぇー!」 という題名で書いたのでそちらをどうぞ!

2008年10月04日

昔やってたサイトへGO!!

テーマ:思い出

googleの創立10周年のイベントとして、2001年の検索ページと検索結果のキャッシュを公開しているとの事。


MSNニュース:2001年のインターネットにタイムスリップ!


ほうほう、それはなかなか面白い。

記事にはリンク先を表示してないので下に載せておこう。


http://www.google.com/search2001.html



google2001

このデザイン!

確かに当時のグーグルってこんなんやったかも。


このページに語句を入れて検索し、その結果に出てくる


View old version on the Internet Archive


っていう部分をクリックすると、2001年当時のページが見られる仕組み。


2001年当時、僕が運営していたサイトも出てくるのか検索してみたら出てきた。


それが・・・これだ!


PARA=SITE

一部、表示されない部分もあるが、確かに僕の運営していたサイト。

それが今ココに!!


このサイト、すべて僕の手作り。

ドリームウィーバーとファイヤーワークスを駆使して作ったよ・・・。

ロゴはイラストレーターを使った。


まだ通信回線はISDNが全盛で、サイトの作り方を載せた教本には、「トップページは出来るだけ画像を少なめにして、メニューはテーブル+テキスト表示で軽めにする工夫を!」みたいな事が書かれてたっけなぁ。

その言いつけ、ちゃんと守って作ってる当時の自分!


当時、ここまでやってる“風俗店員”は日本広しと言えど僕一人だったんじゃないだろーか(笑



しっかし結構恥ずかしいね、これ。

この手作り感(笑


でもグーグルがキャッシュを公開してる限り、誰でも見れるんだよなー。

ストリートビューに続いてちょいと揉めそうなイベントではあるな(^^;



まあ、見るなら今のうち!

という事で、当時の僕のサイト、覗いてみたい方は↓からどうぞ。


http://web.archive.org/web/20011202075309/www2.ocn.ne.jp/~parasite/



このブログの「転載」 で使ってる記事は、実はこのサイトからの転載なのだ。


当時の風俗店員としての生活っぷりと、今と大して文章力が変わってない点がよく分かります(笑

2008年05月24日

日米親善ギャグ

テーマ:思い出

ウチの妹は昔の事をよく覚えているなと思う。


妹と話していると、たまに昔のエピソードが飛び出し、


「え?俺ってそんな事言ったっけ?」



というような事も少なくない。


よく覚えとるな~という些細な事も覚えていて驚かされる。


この前驚いたのは、僕が昔考えたダジャレでさえ覚えていた事だ。



その名も日米親善ギャグ。


たしか中学生一年生くらいだったと思うが、英単語と日本語を混ぜたダジャレをよく考えていたのだ。

中学一年で英語を習って浮かれてたんだろーなと思う。


その中の代表作・・・



穴をホール(掘る)




・・・こんなのが妹の口から飛び出すのだからそりゃ驚くわ(笑
(掘る)って注釈つけるのも情けない話だ。



他には・・・


サルがそんな事するモンキー!(するもんか)



肩揉んで何ショルダー?(何しよるんだ)



などがある。

ほほえましい(笑




誰かダジャレ界のプリンス、末高斗夢に教えてやってくれ。


末高斗夢

彼の代表作、「おったまげた」


穴をホールといい勝負だ。

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