『古事記』神名

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 縄文時代の命名が考えられる、「嶋、埼」地名群に現われた母音配列の基本パターンは、地名のみならず、わが国の言葉でもっとも歴史が古い「神名」に、同じ様相が見られます。この極めて重要な事柄を、地名と同じ表記を使って、『古事記』上巻・中巻にのる代表的な神名を記してみましょう。




上 巻                          母音音型

 天之御中主神   Ame no Minakanusi no kami.      iaaui

 高御産巣日神   Takamimusupi no kami.         aaiuui

 神産巣日神    Kamimusupi no kami.         aiuui

 宇摩志阿斯訶備比古遅神 Umasi Asikapifikoti no kami.  uai aiaiioi

 天之常立神    Ame no Tokotati no kami.       ooai



 伊邪那岐命    Isanaki no mikoto.          iaai

 伊邪那美命    Isanami no mikoto.          iaai

 天照大御神    Amaterasu Ofomi no kami.       aaeau ooi

 月讀命      Tukuyomi no mikoto.         uuo

 建速須佐之男命  Takefaya Susanowo no mikoto.     aeaa uaoo



 大國主命     Ofokuninusi no mikoto.        oouiui

 大穴牟遲     Ofonamuti.              ooaui

 少名毘古那神   Sukunapikona no kami.        uuaioa

 建御雷神     Take Mikatuti no kami.        ae iaui

 八重事代主神   Yafe Kotosironusi no kami.      ae ooiou

 建御名方神    Take Minakata no kami.        ae iaaa

 天忍穂耳命    Ame no Osifomimi no mikoto.     ae o oioii

 日子番能邇邇藝命 Fiko fono Niniki no mikoto.     io oo iii

 木花之佐久夜毘賣 Konofana no Sakuya fime.       ooaa o aua

 火照命      Foteri no mikoto.          oe

 火須勢理命    Fosuseri no mikoto.         oue

 火遠理命     Fowori no mikoto.          ooi

 日子穂穂手見命  Fiko Fofotemi no mikoto.       io ooe

 豊玉毘賣     Toyotama fime.            ooaa

 日子波限建鵜葺草葺不合命                ioaiaae

     Fiko Nakisatake Ukaya fuki afezu no mikoto.  uaa uiaeu

 玉依毘賣命    Tamayori fime no mikoto.       aaoi

 五瀬命      Ituse no mikoto.           ue

 稲氷命      Inafi no mikoto.           iai

 御毛沼命     Mikenu no mikoto.          eu

 若御毛沼命    Wakamikenu no mikoto.        aaieu



中 巻

 神倭伊波禮毘古命  Kamu Yamato Ifare piko no mikoto. au aao iae

 登美能那賀須泥毘古 Tomi no Nakasune piko.       oi o aaue

 美和大物主神    Miwa no Ofomononusi no kami.    ia o oooou

 勢夜陀多良比賣   Seya Tatara fime.         ea aaa

 富登多多良伊須須岐比賣命 Fototatara Isusuki fime.   ooaaa iuui

  ㊟ アンダーライン部は、地名において使用例の少ない音型(uoを含む)。




 こうして、『古事記』神代にのる神名を、母音だけで表記すると、縄文時代の命名が考えられる「嶋、埼」地名とおなじ、基本パターンを踏襲した姿があざやかに浮かびあがります。この神名のすべてを偶然の所産とすると、4音の言葉ですら625種の母音音型をとりうることから、「a,i」母音を基調にした類型をとる確率は「%.‰(パーミル:千分率)」の表現はとても無理な相談で、天文学的数字の逆数で表現されるでしょう。ここには、命名当初から基本パターンを意識しなければ、到底つくりだせない「法則」が貫かれているのです。

 もちろん、天上の神々にも例外はあって、最初にあげた5柱の神につづく「角杙神:Tunokufi no kami.妹阿夜訶志古泥神:Imo Ayakasikone no kami」という神代七代の二神や、伊邪那美命の娘とされる「大宜都比賣命:Ofoketu fime 」などに、反例が認められます。しかし全体に対する比率は、地名とおなじ程度の低率に収まるのです。

ここでは、「」母音を中心におく基本パターンを主題として考えているために、「」母音を組み合わせた音型を、便宜的に「例外」として扱っています。しかしこの形は単に数が少ないだけで、決して『倭語の例外』でないことを御了解ください。


「月讀(uuo).大國主(oouiui).日子穂穂手見(ioooe).大物主(oooou)」のように、「uu,(ee),oo」の前後に「」母音の異種が接続する形は地名にも常用されていて、「事代主(ooiou).角杙(uou)」のように、韻のふみ方に変化を加えた形も多用されています。



 興味をひくのは、「大國主命、八重事代主神」に、少数音型の「ou」が使われたことです。かつての出雲国(Itumo)の中心地は、意宇郡(Ou.推定起源地;島根県松江市大草町Ofokusa)にあったことや、いまでも「雲州方言」が周辺の言葉とは少し趣をかえ、東北弁に近い方言であるのは『砂の器』〈松本清張〉のトリックに使われて名高く、この辺には、なにか特別な事情があったとも考えられそうです。

 また、高天原の神々の韻のふみ形をみると、「天照大御神、月讀命、建早須佐之男命」の名に、やや作為的な雰囲気が感じられるだけでなく、「天孫降臨」時代から母音音型が乱れ始める様子に興味をひかれます。これを、渡来人が大量移入して言語活動が変化した時代の推移を写しとったと捉えるか、この韻律が忘れ去られた時代(飛鳥~奈良時代)に新名称を作りだした、と採るかの判定は難しいところです。

 しかし、天っ神の男神の母音音型が多少乱れても、国っ神の名を継承したと考えられる「木花之佐久夜毘賣、豊玉毘賣、玉依毘賣命、勢夜陀多良比賣、富登多多良伊須須岐比賣命」など、女神たちの母音が微動だにしないのは面白い現象です。実在が疑問視される神倭伊波禮毘古命〈神武天皇。Ifare(磐余)は奈良県桜井市谷付近の古名〉の后、と記された「富登多多良伊須須岐比賣命:ooaaaiuuiie」は、精錬の具合をみる富登穴が女性器を意味したことを嫌い、「比賣多多良伊須氣餘理比賣:ieaaaiueoiie」に改名したと『古事記』が記すのも、たたら製鉄の女神(弥生~古墳時代)の民間伝承と、飛鳥~奈良時代の言語活動の差異を記録したようにみえます。



 この「韻律の仮説」は、大字・小字名、自然地名など、全ての地名の根幹を成していて、『延喜式』神名帳に記録された2861の神社も、9割以上の神名がこの伝統を遵守しています。国名と郡名も同様で、律令期の662島、591郡の「国、郡」名では、この仮説の少数例(uo型を含む)には、「上下、東西」をのぞいた律令時代の580郡における少数音型の用例は47郡で、これ以外の533郡(91.9%)の名は、すべて「韻律仮説」に基づいて命名した地名を採用したことがわかります。

また662島の国名も「前中後、上下」をはずした58ヶ国中、「陸奥、毛野、攝津、出雲、大隅」をのぞく53国(91.4%)が、これを遵守した史実が浮かびあがります。〈国郡名は、第六巻『律令時代の日本』にて全数のよみ方を提示〉

 ここで、少数音型と名づけた6種類の音型〈ueuoeueoouoe〉の大多数が、地形語では「凹型地形、湿地;FekomiKupomi, Uturo, Feso」などを表現するのが面白いところです。この種の地形は、縄文時代にあまり利用されず、どちらかといえば敬遠(UtomuSute oku)されていた様子を感じとれます。凹地・湿地は、水稲耕作を移入した弥生時代以後に重用された史実も、興味をさそうのです。



 ここまでが研究課題だったのですが、『地名⇔言葉』の密接な関係から、次の章に進むことになりました。



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