2017年04月25日(火)

Sun 170402 イブン・バトゥータ/宿が見つからない/フェズを横断(モロッコ探険記31)

テーマ:ブログ
 こうして片道9時間の列車の旅を終え、夕暮れ迫るフェズの駅に降り立ったのは、すでに16時である。旅の後半、車窓には緑の丘陵が広がり、迷惑顔のヒツジたちや、砂埃の中をゆくロバたちの笑顔を眺めながら、モロッコの旅を満喫した。

 駅舎から外に出てみると、疲労が深いのを感じる。最初から「9時間かかる」という覚悟で9時間かかったのと、「7時間半で着く」と期待していて1時間半遅れたのとでは、やはり心の疲労のレベルが違うのである。何と言っても、カサブランカ ☞ ラバト間の長い徐行にイライラさせられたのが効いた。

 フェズには、たった1晩しか宿泊しない。明日14時の列車でマラケシュに帰る予定なのである。列車の遅れは、そのままフェズでの滞在時間に響いてくる。例え30分でも惜しいのに、90分も遅れてしまうと、フェズに滞在できる時間がたった20時間しかなくなってしまう。
フェズ駅
(フェズに到着)

 ま、とりあえず宿泊先「Riad Ibn Battouta」を探すことにする。「イブン・バトゥータのお宿」。おお、素晴らしいネーミングじゃないか。旅の達人♡イブン・バトゥータになったつもりで、徐行のイライラなんか全て忘れてしまえばいい。

 イブン・バトゥータは、14世紀モロッコのオジサマ。彼の書いた「三大陸周遊記」は、前島信次どんの翻訳で今でも角川文庫で手に入る。文庫版はそんなに分厚くないから、諸君もぜひ近いうちに紐解いてみてくれたまえ。

 1325年、21歳でメッカ巡礼に出発。アレクサンドリア ☞ カイロ ☞ ダマスカス経由でメッカに到達。しばらくバグダッドに滞在、イエメンを旅した後、イラン ☞ シリア ☞ 小アジア☞ コンスタンチノープルを通過。黒海を横断してキプチャク汗国に入った。

 やがて中央アジアから南下、カブールからカイバー峠を経て、インダス川をわたり、インドのデリーに到着。スマトラ島 ☞ ジャワ島を経由して、ついに中国へ。広東・杭州などを通過、長い旅の締めくくりは、元の都・大都であった。

「東方見聞録」のマルコポーロどんがこの世を去ったのが、1324年だ。イブン・バトゥータの旅の始まりが、翌1325年。もちろん偶然だが、何か強烈な運命のつながりを感じるじゃないか。
到着
(9時間の長旅を経て、ついにフェズに到着)

 1349年、故郷モロッコに帰還。しかし彼の旅は終わらない。ジブラルタル海峡をわたって、スペイン・アンダルシア地方へ。グラナダを旅している。さらに東に向かってサハラ砂漠の旅。当時のモロッコの首都フェズに帰ったのは、1354年のことであった。

 マルコポーロが生まれたのが1254年。おお、イブン・バトゥータの旅の終わりは、マルコポーロ生誕のちょうど100年後だったのである。いやはや旅の男たちの因縁、マコトに浅からぬものがある。

 スルタンの命令があって、イブン・ジュザイイというオジサマが、イブン・バトゥータの話を口述筆記。『諸都市の新奇さと 旅の驚異についての 観察者たちへの贈り物』というスーパー長たらしいタイトルの旅行記が完成した。1355年、イブン・バトゥータは51歳になっていた。

 あんまり題名がメンドクサイので、日本ではタイトルを要約して「三大陸周遊記」と呼んでいる。平凡社・東洋文庫版では「大旅行記」。うぉ、もっと無慈悲に要約しちゃった。でも、仕方がないじゃないか。チャンと要約しちゃわないと、世界史を選択した大学受験生が可哀そうだ。
フェズ駅
(モロッコ国鉄フェズ駅。マラケシュに劣らず豪華な駅舎である)


 というわけで、そういう素晴らしい旅行家の名前をつけたお宿も、フェズに存在するわけだ。かく言う今井君も、イブン・バトゥータに憧れないこともない。エクスペディアでこの宿の名前を発見したとき、「よっしゃ、大旅行家にあやかって、フェズの1泊はこのお宿にすんべ」とすぐに決めてしまった。

 ところが諸君、宿の位置がハッキリしない。エクスペディアに掲載されている住所と、宿のHP上の記載とが、全く違っているのである。どっちが正しいんだ?

 とりあえず、エクスペディアに掲載されていた場所が違うことは確かめてみた。しかし宿のHPのほうも、どうも頼りにならない。そのうちに日が暮れていく。どんどん暮れていく。

 入り込んだ街は、世界で一番「迷宮」という名前が相応しい迷宮のど真ん中。入り組んだ細道がクネクネと折れ曲がって、あちらで枝分かれ、こちらでも枝分かれ、おっとここは行き止まり。枝分かれの向こうの薄闇を覗き込むと、おお、ナンボでも悪者が待ち構えていそうな雰囲気である。

 そうやって右往左往していると、いろんな客引きたちの声がマコトに煩わしい。「安いよ」「No 高い」「ガイド必要じゃあーりませんか?」「おいしいよ」「トーキョー?」「オーサカ?」「ジャパン? コリア? チャイナ?」。うーん、そんなことよりとにかく「Riad Ibn Battouta」にたどり着きたいのだが、全く宿の気配もない。
王宮
(フェズ、王宮)

 いきなり向こうから「センセー!!」などという声もかかる。とりあえず今井君も「センセー」のハシクレのそのまたハシクレであって、センセーの樹形図の一番端っこあたりに引っかかっている人間であるから、「センセー!!」と声をかけられれば、振り向かずにはいられない。

 すると、「ワタシは日本の大学で日本語を学びました!!」という青年が笑顔で立っている。おお、よかった。フェズまで来て、「東進でお世話になりました」「代ゼミで習ってました」「駿台で大ファンでした」みたいな生徒と出会うのも、それなりに恥ずかしいじゃないか。

 駅から出て左に曲がり、新市街を5分ほど歩いてまた左に曲がり、ユダヤ人街「メッラハ」を抜けて王宮に至る。王宮を左に見ながら、いくつかの門をくぐり抜けると、フェズの迷宮はますます深く入り組んで、客引きたちが次々と立ちふさがり、ニッチもサッチもいかなくなる。

 やがて「ブー・ジュールド門」を発見。やれやれ、迫る夕闇の中、とうとう自分の位置が明確につかめた。ただし迷宮はここからが本番であって、混沌の迷宮の真っただ中、Riad Ibn Battoutaはちっとも見つかる気配がない。
青門
(夕暮れのブー・ジュールド門)

 それでも、フェズの迷宮はマラケシュよりは若干マシである。マラケシュで悩まされた無数のバイクの騒音は、ここには存在しないのである。幅3メートルもない泥道を、バイクと自転車とロバの荷車が無数に行き交うような混沌に悩まされることは、フェズでは全くないのだった。

 ただしこの夕暮れの中で、サトイモ入道はもう疲労困憊。足は棒であり、腕には「予想の5倍重い鞄」がホントに重くブラさがる。何でこんなに重いかというに、Mac君と充電器とスマホのせいであるが、さすがに21世紀の旅行者は、こう言ふいろんな重荷なしには旅も出来ないのである。

 やがて時計は18時に近づいてきた。初めて訪れた迷宮の街で、この時間帯になっても泊まるお宿が見つからないなんて、ま、ピンチと言えばピンチである。昔の日本語の用法では、こういう場合にこそ「ヤバくね?」「ヤバいんじゃね?」と言ったのである。

 しかしまあいいじゃないか。ワタクシには「エクスペディア」「ホテルズ.com」その他、強い味方がワンサとついている。味方と言えばイヌ♡サル♡キジしかいなかった桃太郎どん、助けたカメしかいなかった浦島太郎どんに比較してみたまえ。

 こんなピンチなんて、ピンチとも言えないレベルじゃないか。そう言い聞かせながら疲労困憊のサトイモは、頭の短い毛をフワフワ風に靡かせながら、フェズの迷宮の薄闇に立ち尽くした。

 だって諸君、この段階で、フェズの街の横断を完全に終了。とっくに歩き尽くして迷宮の向こう側に出たのに、結局Riad Ibn Battoutaは影も形もなかったのである。

1E(Cd) Art Blakey:NIGHT IN TUNISIA
2E(Cd) Walt Dickerson Trio:SERENDIPITY
3E(Cd) Surface:SURFACE
4E(Cd) Surface:2nd WAVE
5E(Cd) Enrico Pieranunzi Trio:THE CHANT OF TIME
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