2017年04月19日(水)

Mon 170327 小首かしげて/悩みなさんな/フナ広場のクスクス(モロッコ探険記25)

テーマ:ブログ
 こんなふうにして人々は、せっかくモロッコ18世紀の大宮殿を見に来たのに(スミマセン、昨日の続きです)、結局みんな巨大なコウノトリたちの姿を見てニコニコするばかりなのである。大型の鳥というものは、マコトに微笑ましい。

 夏の田んぼをカッポする白鷺ほど微笑ましい存在はないじゃないか。戦後の日本で、高田浩吉という歌手のオジサマが「白鷺三味線」をヒットさせた。「大江戸出世小唄」と並ぶ、彼の2大ヒット曲である。

「白鷺は 小首かしげて水の中。オマエとワタシも そーれそれそれ そじゃないか。それピーチクパーチク 深い中」。おお、このユルさはいったい何なんだ?

 若い諸君も、ぜひYouTubeでどうぞ。つまらん悩みもみんな一気に吹き飛ぶユルさである。入社して2週間。入学式が終わって1週間。クラス替えがあって3週間。みんなそろそろ重く濃厚な悩みを感じだす頃だ。「白鷺三味線」でも聞いて、少しなごんだ方がいい。
エルバディ1
(エルバディ宮殿。コウノトリの笑い声が響いていた 1)

 とにかく、そんなに悩みなさんな。
「私はこんな大学に来るはずじゃなかった」
「毎日こんなことをするためにこの会社に入ったんだろうか」
「せっかく浪人を許してもらったのに、なかなか本気になれない」
その種の悩みは、ゆったり放置して流れに身を任せれば、3ヶ月も経たないうちにその存在さえ忘れてしまう。

 もちろん、「流れに身を任せる」「その存在さえ忘れてしまう」などという無責任な生き方じゃいけないのかもしれない。しかしそんなら、ずっと暗く重たくドンヨリ悩みつづけて、生き方の大きな変更や変革ばかり夢見ていれば、それが前進につながるものだろうか。

 それより何より、白鷺どんたちみたいに「小首かしげて水の中」でいいような気がするのだ。小首かしげて、今日も今日とて今日の餌を水の中に探して過ごす。それを1年5年10年継続するうちに、トテツもない前進を遂げているかもしれない。それがいいじゃないか。

 というか、「それじゃダメだ」「それじゃイヤだ」という発想自体が、実は大きなワガママと傲慢の表出なのではないか。自分だけは別だ、自分は他者と同じではイヤだ。小首なんかかしげてはいられない。自分だけ、他者には得られない大きな前進を遂げたい。やっぱりただの傲慢にしか思えない。
エルバディ2
(エルバディ宮殿。コウノトリの笑い声が響いていた 2)

 そんなのより、「小首かしげて」がいいじゃないか。つねに「小首かしげて」生き抜きたまえ。「どうもおかしいな」「このままじゃいけないんじゃないかな」。日々そうやって小さな疑問に小首をかしげて生きるうち、気がつけば「おやおや、ずいぶん頑張ってきたんだな」と実感する。

 今からもう30年以上も昔、若かった「タモリ」という人もこの「白鷺三味線」に着目。「小首かしげて水の中」の生き方にずいぶん賛同しておられた。諸君、常に小首をかしげながら、目の前の生活にピーチクパーチク深く夢中になっていきたまえ。

 広大なエルバディ宮殿をあちらへふらり、こちらへふらり、2時間にもわたってウロウロしながら、サトイモ入道の頭に去来していた思いとは、その程度のことである。

 ワタクシは、白鷺が好き。青鷺は、もっと好きだ。もう3年も前のこと、アムステルダムの公園の片隅で、巨大な青鷺君(ないし青鷺サン)と至近距離でばったり遭遇。どちらも後に引けない気持ちで、夢中で睨みあったことがある。春の日曜日のことだった。

 駝鳥やエミューも好き。大型の鳥類ほどホッとさせてくれる生物は、なかなか考えられない。草を踏むサクサク&ドサドサした音に、「懸命に、しかも暢気に生きてます」という彼ら彼女らの告白を感じるのである。
クスクス
(マラケシュ・フナ広場のクスクス。うぉ、ニンジンだ)

 宮殿に住む大勢のコウノトリたちに別れを告げたあと、まだ元気だったサトイモ法師は、マラケシュの迷宮♨スークを横切って、ジャマ・エル・フナ広場に向かった。

 昨日はエッサウィラで久しぶりの固形物を咀嚼&嚥下し、すっかり自信を取り戻した。胃袋に落ちていくクスクスがあんまり旨かったから、今日も今日とて小首をかしげながら、フナ広場のクスクスを味わってみたかったのである。

 選んだのは、フナ広場に面した観光客相手のお店。メッタヤタラに客引きがうるさいあたりで、おそらく客引きの数の方が観光客の数よりもずっと多い。大袈裟でも何でもなくて、3秒に1度は声がかかる。

 客引きの誘いを断るのがメンドーで、完全に辟易する日々が続いた。「コニチハ!!」と言われて断ると、「ニーハオ?」と続き、それを無視すると「コリア?」と続く。後ろから熱心についてきて、「安いよ」「高くない」「見るだけ」「No 高い」「東京?」「大阪?」「高田馬場?」「アキハバラ?」、ハッキリ言って際限がないのである。
ミントティー
(モロッコティー。おいしゅーございました)

 しかしそんなに熱心なのに、いったん「この店!!」と決めてしまうと、おや、これはどうしたことだ。あとはほぼ放置されるのである。

 さぞかしキレイな席まで案内されて、徹頭徹尾ていねいな扱いを受けそうな期待をいだくけれども、それはあくまで錯覚。「この店の客」と決まった瞬間、もうどうでもいいのだ。

 1階は、何となく清潔感に欠けるから、通過する。2階は、もっと清潔感がないし、厨房とか会計とかで人の行き来が忙しすぎる。3階まで上がり、さらに工事中のハシゴ段を上がって4階の屋上に出る。

 息を切らしながら上がった屋上も、やっぱりどうしても清潔感に欠ける。テーブルにもイスにも砂埃がたまって、テーブルに置かれたメニューにベトベト感が拭えない。

 屋上だから、アフリカの強烈な直射日光もガマンしなければならない。砂埃とベトベト感と直射日光に耐えながら、昼下がりのクスクスを胃袋に送り込むことになるわけだが、そのクスクスを運んでくるウェイター諸君の表情にも、ほとんど笑顔がない。客引きの熱心さは、あれはいったい何だったんだ?
アンテナ
(4階屋上からのジャマ・エル・フナ広場。パラボラアンテナの大洪水である)

 しかしその場合も、やっぱり大切なのは「小首かしげて」である。こういうところで怒り心頭に発し、「マズかったです」「最低最悪でした」みたいに陰口をたたくようじゃいかんのだ。「おやおや」「こりゃこりゃ」とニタニタ笑いながら、このシチュエーションを満喫すればいい。

 もちろん、アルコールはなし。真っ昼間のイスラム圏で、大っぴらに人前でアルコールは、さすがに許されない。コーラやら炭酸水やらで、お世辞にも美しいとは言えないフナ広場の全景を見下ろしながら、ニンジンだらけのクスクスをションボリ飲み下す。

 昨日のエッサウィラで余りに旨いクスクスに感激した身としては、このクスクスはハッキリ言って別種の食べ物である。そういう時は「これは別の食べ物だ」と考えればいいだけのことであって、原作と映画を比べて「原作と違う!!」と激怒するようなのは間違いなのだ。

 それにしてもマラケシュ旧市街、ホントにパラボラアンテナの洪水である。見渡すかぎりのパラボラアンテナ。迷い込んだらなかなか出口の見つからない奥深い迷宮として世界にその名を轟かせているマラケシュのスークは、上空から眺めれば、無数のパラボラアンテナに支配されたマコトに21世紀的な迷宮なのであった。

1E(Cd) Jarvi & Goteborg:GRIEG/PEER GYNT 2/2
2E(Cd) Lanchbery & The Philharmonia:MUSIC OF KETELBEY
3E(Cd) Lazarev & Bolshoi:KHACHATURIAN/ORCHESTRAL WORKS
4E(Cd) Sinopoli・Jarvi・Pletnev:RUSSIAN FAMOUS ORCHESTRAL WORKS
5E(Cd) Minin & The State Moscow Chamber Choir:RUSSIAN FOLK SONGS
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