2017年04月17日(月)

Sat 170325 砂浜でヤドカリを発見/ボーシを忘れた/砂漠の満月(モロッコ探険記23)

テーマ:ブログ
 昨日の写真5枚目を、思い出してくれたまえ。あれが大西洋の荒波。オーソン・ウェルズの映画なら、この荒波を越えて名将オセローは戦場からの帰還を果たし、若すぎる妻・デズデモーナの美しい笑顔に迎えられるのである。荒波そのものが、間もなくやってくる大悲劇を予告するわけだ。

 ところがそのエッサウィラで、海の砦や魚市場のある岬をグルリと一回りしてみると、今度はマコトに波の穏やかなビーチがどこまでも広がっているのである。

 目の前には、小さな島も浮かんでいる。風光明媚そのものである。波は「穏やか」というより、ほとんど波を感じないほどである。大きな湖の波ほどもない。2〜3cmにも満たない波が、長い周期でサラサラ&サラサラ、足許を濡らしては引いていく。

 砂浜を訪れたのは午後4時近くだから、夕陽が目の前の島に沈んでいく。海全体が金のさざ波に埋め尽くされて、大正時代の風景画家ならみんな、熱い涙に濡れながら生涯の大作にしたであろう。そういう壮大なスケールの夕景なのであった。
おねえさま
(エッサウィラの砂浜。西アフリカ屈指のリゾートである。自転車のオネーサマが砂浜のヤドカリ君に魅了されていた)

 サトイモ法師は決してひねくれ者ではないから、こういう白樺派的な感懐は大好きである。「西アフリカ屈指のリゾート」☞ エッサウィラの砂浜をどこまでも歩いていった。

 ただし「屈指のリゾート」とは言っても、あくまで「西アフリカで屈指」である。ちょっと地図を開いて、西アフリカとはどのようなところか、確認してくれたまえ。東を向いた巨大な人間の頭部のような形のアフリカ大陸。その後頭部にあたるのが、西アフリカである。

 モーリタニア・ニジェール・マリ・リベリア・シエラレオネ・ナイジェリア。そういう国の名前がズラリと並べば、まさに「思えば遠くに来たもんだ」であって、この後も3時間かけて砂漠を横断しなければ、宿泊しているホテルにすら戻れない。

 砂浜を歩けば、誰だって貝殻を探すものである。出来れば桜貝がいいので、あんまりデカすぎるとせっかくの散策が台無しになる。夕暮れの浜辺で「ハマグリ拾っちゃった」「潮干狩りよろしくアサリをひと山とってきた」というんじゃ、情緒も何もあったものじゃない。

 エッサウィラの海岸は、残念なことにほとんど貝が見つからない。見つかった貝殻も、細かい砂に長時間削られて、ほとんど向こうが透けて見えるほどのペラペラになってしまっている。こんなのをポケットに入れて帰っても、こなごなに砕けてしまうのがオチである。

「どこかにもう少しだけ印象的な貝殻が落ちてないかな」。せっかく西アフリカの夕暮れの海を散策したのなら、貝殻1つぐらい記念に持ち帰りたいのは誰だって同じだろう。人々はみんな下を向いて、貝殻探しに余念がない様子であった。
やどかり
(砂浜のヤドカリ君。沖の小島からやってきたに違いない)

 諸君、まさにその時である。夢ではないか、いきなりワタクシの足許に、巨大なヤドカリ君が出現したのである。どこから来たのか分からない。しかしこんなに巨大に育ったとすれば、西の沖合に浮かんでいるあの小島が故郷に違いない。

「おいおい君、島から流されてきたのかい?」であるが、残念なことにヤドカリ君、とても絵になるような美しいヤツではない。いろんな貝殻が不規則にくっついて、ファッション的には明らかに失敗したヤドカリどんである。ブログに写真を掲載することも、ちょっと逡巡なり躊躇なりを感じざるを得ない。

 しかしさすがに、この砂浜で滅多に見かけない生き物だ。他の人々の注目は集まる。自転車でやってきて、マコトにアンニュイな様子で海を見つめていたオネーサマも、このヤドカリ君にギュッと心をつかまれた様子である。

 サトイモ入道がその場を離れるのを、自転車のハンドルをつかんだまま、オネーサマはじっと待ちつづけている。どうしても至近距離でヤドカリ君を観察したいらしい。目近に見れば、決して美しい生物ではないのだが、「それでも見たいんです」という好奇心の塊になっちゃったらしい。

 もちろんワタクシは意地悪なサトイモではないから、すぐにオネーサマにヤドカリ君を譲ってあげた。どのぐらい気に入っちゃったんだろう。ワタクシがずっと先まで砂浜を散策して、「そろそろ戻らなくちゃな」と考えて同じ場所にきてみると、まだオネーサマはヤドカリ君をじっと見つめたままなのだった。
チケット
(マラケシュ ⇔ エッサウィラ、2nd classの往復バスチケット。マコトにそっけない)

 さて、こうして砂浜の散策を終え、エッサウィラの町に戻ってきた。バスまでまだ時間があったから、有名なお菓子屋でモロッコティーを注文した。裏庭のような寒々としたテーブルで、ゆっくり時間をつぶした。まあこういうのも悪くない。

 その時ふと「あれれ、帽子がないな」と気づいた。気づくのが遅すぎる気がするが、そう言えば帽子は、ネコたちの写真を夢中で撮影しながら町を歩き回っていたころから、サトイモの頭にのっかっていなかった気がする。

 ならば帽子を置き忘れたのは、昼食を楽しんだ「ADWAK」に決まっている。口内炎を克服して久しぶりの固形物を咀嚼した感激のせいで、帽子のことをすっかり失念したに違いない。

 大急ぎで「ADWAK」に走り、ギリギリで間に合った。店のマスターは、ディナーの時間帯に備えていったんお店を閉め、どこかに外出する直前だったのである。「間に合ってよかったですね」「ついさっき発見したばかりです」と、笑顔で帽子を出してくれた。
お茶
(有名菓子店のお茶、これもマコトにそっけない)

 以上が、エッサウィラの1日探険記である。モロッコに来る前は名前さえ知らなかった町であるが、いやはや楽しかった。「また来る」、しかも「1週間以内にもう一度来る」と決意して、帰りのバスに乗り込んだ。マラケシュまで3時間の旅である。

 夕暮れの町を出て、しばらくして陽が沈んだ。往路と同じ町の同じ店でトイレ休憩となったが、近くの路上には無数のお店がまだ営業中。肉を焼く露店に、民族衣装ジュラバの男たちが夕闇からワラワラ集まって、砂漠の町の旺盛な活力を間近に感じるのであった。

 間もなく、砂漠に満月が出た。こんなボヤけた月の写真、ここに掲載するのも憚られるが、これをバスの窓からコンパクトカメラで撮影したワタクシの腕前を認めてくれたまえ。モロッコの満月にも、オモチをつくウサギさんが大活躍しているのであった。
満月
(砂漠の空に満月が出た)

 「砂漠で月」ということになると、ますます大正ロマンが湧き上がるのである。日本人なら多くの人が「月の沙漠」を歌いだす。その場合の「砂漠」は「沙漠」であって、砂漠と沙漠にはキチンとした違いがあるはずだが、諸君、そこはグーグル先生にでも教えてもらってくれたまえ。

 ワタクシとしても、エッサウィラからマラケシュの間を「砂漠」と言い切ることに、若干の躊躇を感じるのである。絵で見るような美しい砂の丘の連続、赤い清潔な砂の嵐、そういうイメージの場所ではない。言わば果てしない荒れ地に過ぎないのである。

 しかしそれでも満月を眺めていると、どうしても「金の鞍には王子様」「銀の鞍にはお姫様」、そういう感慨に胸が熱くなる。荒れ地の空には、まもなく「宵の明星」も出た。低い空にシリウスも確認できた。荒れ地の空気はそれほど澄んでいて、やっぱり「砂漠」という言葉をつかいたくなるのであった。

1E(Cd) Tomomi Nishimoto:TCHAIKOVSKY/THE NUTCRACKER(1)
2E(Cd) Tomomi Nishimoto:TCHAIKOVSKY/THE NUTCRACKER(2)
3E(Cd) Pešek & Czech:SCRIABIN/LE POÈME DE L’EXTASE + PIANO CONCERTO
4E(Cd) Ashkenazy(p) Maazel & London:SCRIABIN/PROMETHEUS + PIANO CONCERTO
5E(Cd) Ashkenazy(p) Müller & Berlin:SCRIABIN SYMPHONIES 1/3
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