2017年04月16日(日)

Fri 170324 ネコだらけ/ネコたちの幸福/パラッツォ・デズデモーナ(モロッコ探険記22)

テーマ:ブログ
 こうして1月12日午後(スミマセン、昨日の続きです)、モロッコスープとクスクスに満腹したワタクシは、悠然とエッサウィラの町の散策に出た。

 心の中は、クスクスを完食(ニンジンを除く)した勝利の記憶でポッカポカ。もちろん久しぶりの固形物の栄養が、デカい肉体に回りはじめたおかげでポッカポカ。自信と栄養、そして「どうやら口内炎はピークを過ぎた」という安堵感、ポッカポカになるのも当たり前だろう。

 するとごく自然に、町に溢れるネコたちに視線が向くのである。マラケシュの旧市街もネコだらけだったが、エッサウィラもまたネコまみれ。2匹のネコと14年も暮らしてきたワタクシとしては、ネコたちのことが心配でならないのである。

 町の人々はみんな、ネコを大切にしていて、じゃれつくネコを無慈悲に追い払いような人は滅多に見ない。しかし犬には追いかけられている。野良でも放し飼いでも、やっぱり犬もいるのである。

 犬以上に心配なのが、行き交うバイクと小型車と荷車である。エッサウィラはさすがに静かな海岸の地方都市だから、クルマの行き来はマラケシュほどではない。しかしそれでも、バイクに跳ねられ荷車と壁にはさまれるネコは少なくないだろう。
ねこ1
(モロッコ・エッサウィラ、スカラ通りのネコたち)

 だから、「ネコだらけ」「ネコまみれ」などといえば、この国はネコ天国なんじゃないか、ネコはみんな幸福に暮らしているんじゃないか、そんなふうに思うけれども、詳しく観察してみると、痛い思いをせずに生きてきた無傷のネコは余り見かけないのである。

 中でも痛々しいのは、お耳とシッポである。ニャゴロワも故ナデシコも、お耳とシッポについては、ほぼカンペキに幸福な2匹。ケガなんか1度もしたことがない。

 そういう2匹と14年も暮らした後で、耳がちぎれたりシッポが無惨な形に曲がっちゃったネコたちと出会うと、「どんなに痛かったか」「今もどんなに痛いか」「このまま痛いまま生きていかなきゃいけないのか」と、熱い涙がこみあげてくる。

 エッサウィラの旧市街は、縦横それぞれ250メートルの正方形の中に収まりきるぐらいの、ごく小さな町である。旨い昼食でほぼ満腹したサトイモ法師は、まず町を東方向に向かって横断。「ムハンマド・ベン・アブダラー通り」である。

 ガイドブックによれば、「総菜屋・八百屋・カセットショップ・美容院などがあるおもしろ通り」ということになっている。「カセットショップ」という言葉にもビックリだが、「おもしろ通り」もまたなかなかスゴい表現だ。

 この「おもしろ通り」、2軒に1軒の割合でネコがいる。「飼っている」というほどの付き合いではなくて、「店に居着いている」「いそうろう」という感じ。赤トラ・鯖がら・三毛・黒など、あらゆる柄のネコたちが闊歩する。
ねこ2
(モロッコ・エッサウィラ、陶器屋の前を闊歩する黒猫)

 どういうわけか、日がな1日(だろうと思う)狭い荷車の中に横たわって過ごしているオジーチャンにも出会う。オジーチャンにビックリしていると、床屋の店先から「どうだ、ヒゲを整えていかないか?」という声もかかる。さすがに「おもしろ通り」である。

 海岸沿いに18世紀の城塞があって、城塞の内側には若い職人たちの工房が続く。工房は、陶器類・寄木細工・ジュータン・絵画や彫刻などいろいろ。特に陶器におもしろいデザインの物が並んでいる。「スカラ通り」という呼び名である。

 ワタクシの見たところ、「スカラ通り」のネコたちのほうが幸福度が高そうだ。何しろ工房ばかりだから、バイクやクルマが際限なく駆け回るということもない。落ち着いて昼寝もできるだろうし、道を気ままに横断するのもOK。昼下がりの時間帯、ゆっくり午睡を楽しんでいる様子だった。

 町を実にゆっくり、ほとんど「牛歩」という言葉が当てはまるほどゆっくり2周して、それでも帰りのバスにはまだ時間がある。バスは17時発。しかし時計はまだ15時を過ぎるか過ぎないかである。
ねこ3
(カフェでくつろぐネコ。ネコに占領されたカフェもある)

 港のすぐ前、町の中心ムーレイ・エル・ハッサン通りには、同じようなカフェが数軒立ち並んでいる。南欧の田舎町にどこでも見かけるようなカフェばかりである。ごくありふれた風景だ。

 しかし諸君、午後のこの時間帯、こういうカフェのほぼ全席を、ネコたちが占拠しているのである。しかも賢いネコたちじゃないか、テーブルクロスの陰に隠れてアフリカの日差しを防ぎ、ゆっくり毛づくろいしながら、夕暮れの涼しい風が吹き始めるのを待っている。

 そのムーレイ・エル・ハッサン通りの向こうに、キレイな白い漆喰づくりのプチホテルを発見。窓枠を濃いブルーに塗って、1階はギャラリーや店舗、ホテルの客室は2階と3階、なかなか瀟洒な作りである。

 ホテルの名は「パラッツォ・デズデモーナ」。パラッツォ ☞ 宮殿を名乗るのはさすがにおこがましい気もするが、こんなプチホテルで1泊するのも悪くない。もしも日程がうまく空いたら、モロッコ最終日かその前日あたりに、ここをまた訪れてみたい。
パラッツォ
(エッサウィラ、パラッツォ・デズデモーナ)

 オセローのヒロイン・デズデモーナの名前がついているのは、オーソン・ウェルズの1949年作品「オセロー」の冒頭が、この町の海で撮影されたからである。

 シェイクスピアの原作ではキプロスだが、後の大悲劇を予告するには、海の荒々しさからも、カモメたちの獰猛さからも言っても、エッサウィラのほうが相応しい。

 小さな町に脚光があたったその映画にちなんで、こんなプチホテルの名前も「パラッツォ・デズデモーナ」。1階部分に「ギャラリー」があるのも、映画のスティル写真や当時のスナップ写真などを展示しているのである。

 パラッツォ・デズデモーナに宿泊するのが「最終日かその前日」ということになれば、エッサウィラ再訪はこの日からちょうど1週間後。この1週間のワタクシを徹底的に悩ませてきた口内炎も、そのころにはほぼ完治しているだろう。
大西洋
(夕暮れ、大西洋の波が高くなってきた)

 ということは、肉体を完全修復した上で、もう一度「ADWAK」を訪問できるわけだ。さっきのクスクス、ホントに絶品だった。ただ1つ、ナッツ風味が利いていただけあって、クスクスの中に砕いたナッツがたくさん入っていたのである。

 諸君、激しい口内炎と砕いたナッツの相性を考えてくれたまえ、砕けたナッツの鋭角的な断面が、まるで無数の歩兵隊のように、傷ついた粘膜の城壁に襲いかかる。うぉ、ついさっきのADWAKでは、歴史に残る大激戦が繰り広げられたことになる。

 しかしこれからさらに1週間後なら、城壁の修復はほぼ完了。歩兵隊の短剣なんか、一切気にすることなくバリバリ噛み砕き、胃袋の熱く酸っぱい胃液地獄の中に送り込んでくれる。

 今井君は1週間後の大攻勢に向けて、今からエッサウィラ再訪が楽しみでならない。例の「ヤギの成る樹」だって、その時に徹底的に撮影しまくればいいことじゃないか。

 帰りのバスまで残り1時間半。ワタクシは再び海岸に出た。さすが大西洋、その波は夕暮れが迫るに連れてますます激しさを増してくる。イスラム圏の西端では、こんな荒々しい海を眺めながら、1000年を超える戦いが続けられてきたのだ。

1E(Cd) Haydon Trio Eisenstadt:JOSEPH HAYDN:SCOTTISH SONGS 18/18
2E(Cd) Mehta&London:BERLIOZ/SYMPHONIE FANTASTIQUE
3E(Cd) SCHUBERT:ERLKONIG SUNG BY 18 FAMOUS SINGERS
4E(Cd) TOSHIYUKI KAMIOKA&WUPPERTAL:SCHUMANN/SINFONIE Nr.4
5E(Cd) Walton, Marriner:RICHARD Ⅲ
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