2017年04月01日(土)

Thu 170309 モロッコの床屋と歯医者/ねじり棒/マジョレル庭園(モロッコ探険記17)

テーマ:ブログ
 モロッコで驚くのは、歯医者と床屋の数の多さである。ちょっと歩けば営業中の床屋がナンボでも見つかり、おどろおどろしい歯医者の看板が、それこそギシギシ歯を剥き出しにして迫ってくるのであった。

 もともと歯医者と床屋のルーツは同じだ。いろいろ難しい理屈をこねまわす人も少なくないが、まあ今井君はたいへん平易な性格のサトイモであるから、以下ごくごく普通の定説を書き記しておくことにする。

 ほれ、床屋さんの前には、赤と青と白とのねじり棒が、いつもクルクル回っているじゃないか。あれには一応「サインポール」という名前がついているのであるが、まあ要するにねじり棒である。床屋さんが営業中であることを示す準世界標準のもの。英語圏ではバーバーズ・ポール(Barber's pole)と呼ぶんだそうな。

 その由来は、12世紀のヨーロッパ。当時は床屋さんが外科医も兼ねていた。トンカチやノコギリで、骨や筋肉や虫歯の修理だってした。マコトに乱暴な時代である。

 そういう歴史を経て、ねじり棒の赤は動脈、青は静脈、白は包帯を表しているというわけだ。おお、何が何でも痛そうだ。聞いただけで歯が痛くなってくる。
歯医者
(マラケシュ、歯医者の看板。歯の絵がおどろおどろしい)

 しかし、ここで文句を言う人も登場する。「血管に動脈と静脈の2種類があるのが発見されたのは、17世紀のことだよ♨」と言ってせせら笑い、「12世紀の段階で『動脈が赤、静脈が青』だなんて、そんな区別がついたはずはない」と言うのである。

 イギリスの医師ウィリアム・ハーヴェイが血管に動脈と静脈があることを発表したのは、1628年。そのへんを指摘されれば、納得していたサトイモだって「ガセネタに騙された」と、やっぱり何だかムカついてくる。

 このハーヴェイについての検証から、デカルト「方法序説」が生まれる。いやはや、ねじり棒はデカルトどんにまでつながるわけだ。こりゃどうしてもねじり棒の前に立ち尽くして目をグルグルさせながら、近代哲学の歴史に思いを馳せなきゃいかんね。おお、凡人は目が回ってたいへんだ。

 そこに諸君、沖の方からドンブラコッコ&ドンブラコ、頼もしい助け舟がやってくる。「バーバー・ポールは、もともと中世イギリスのもの。当時の床屋さんが外科医も兼ねていたことから、血液を表す赤と、包帯を表す白の2色でグルグル回りはじめた」とおっしゃるのである。
床屋
(モロッコは床屋さんが多い。男子はみんなごくごく気軽に床屋さんに入るようである)

 じゃ、「いつごろから青が加わって3色ねじり棒になったの?」であるが、ま、そのへんは専門家に任せよう。というか、誰だってカラフルな方が好きだろうし、カラフルなお店がたくさんお客を集めて繁盛すれば、人はみんなマネをする。そんなに正確なルーツにこだわらなくたっていいじゃないか。

 要するに、「中世ヨーロッパの床屋は外科治療や抜歯や瀉血も行っていた」という痛そうな事実だけが重要。瀉血とは、「健康のために悪い血を抜いちゃう」という治療の一種だ。「悪い血」の定義は曖昧だが、あの臭いドス黒いヤツをドロドロ流して捨てちゃえば、健康な気分にはなったに違いない。

 ところが諸君、モロッコの床屋さんには、赤青白の3色ねじり棒なんか、全く見当たらないのである。ロッシーニが「セビリアの理髪師」を大ヒットさせたぐらいだから、イベリア半島は床屋さんが大活躍したお土地柄。それなのにモロッコにねじり棒がない。

 スペイン・ポルトガルとモロッコとは、ジブラルタル海峡をはさんでお隣さん。イベリア半島でねじり棒がグルグル回りつづけているなら、モロッコだって3色ねじり棒が活躍していて然るべきだ。「あれれ、あいつはどこに消えちゃったんだ?」である。
国旗
(静かな国民の祝日、真っ赤な国旗が元気にはためいていた)

 しかも、スペインやポルトガルとは比較にならないぐらい床屋の数が多いのである。マラケシュ旧市街のスークの混沌なんかだと、お店10軒に1軒は床屋さんという感じである。

 フルーツ屋・肉屋・スリッパ屋(正確にはバブーシュ屋)・鞄屋・民族衣装屋(正確にはジュラバ屋)、床屋はその次ぐらいに多く、歯医者はそのまた次ぐらいの頻度で現れる。こりゃたいへんな床屋密度であり、歯医者密度である。

 見たところ、モロッコ人が床屋に行くのは決してハレの舞台ではないようだ。サトイモ入道は、秋田にいたコドモの頃から「床屋は1ヶ月に1回」であって、昭和な男子の長髪にしていた頃は3ヶ月に1回がいいところ。3000円もとられる床屋になんか、そんなに入り浸っていられない。床屋はハレの舞台だったのである。

 ところがモロッコの人は、少なくともマラケシュやフェズの商店街のオシャレ男子は、「毎朝まず床屋」「ハミガキするぐらいの気持ちで床屋」「ブラシやクシや洗顔やヒゲソリみたいな気分で床屋」らしいのである。

 だから、とにかく今井君にも床屋さんから頻繁に誘いの声がかかった。「どうだ、そのヒゲ、キレイにしてやるぞ」「ヒゲを整えなきゃ」「長過ぎるヒゲはカッコ悪いぞ」「ヒゲカット、やってやるぞ」。サトイモ法師の長い人生でも、こんなに床屋に誘われた経験は初めてだ。

 もしかすると、歯医者さんからもバンバン誘いがかかっていたのかもしれない。「歯垢を落としなさいよ」「歯石、バリバリ落としてあげますよ」「ハミガキだってしてあげますよ」「チャンと磨かないと虫歯になりますよ」。客引きの言葉をキチンと聞き分けられていたら、歯医者の忠告も聞こえていたんじゃないのか。
庭園1
(マラケシュ、マジョレル庭園。イブ・サンローランが愛した純和風の庭園で癒される)

 1月11日午後、「モロッコ独立宣言記念日」のおかげで、しつこい客引きの数は圧倒的に少ない。というか、今日はあえて旧市街を避けて、客引きにわずらわされない新市街を闊歩した。

 イブ・サンローランが愛したという「マジョレル庭園」。日本から持参のガイドブックでも、「新市街で見るべきものはマジョレル庭園ぐらいです」と記されている。そりゃ是非とも訪問しておきたいじゃないか。

 若干「治安は大丈夫?」という工事現場の真ん中を突っ切っていかなければならないが、高い入場料を払って庭園に入ると、いきなり深い竹林だ。「こりゃ京都のど真ん中?」と思うほどの静寂に包まれる。マラケシュ旧市街の果てしない喧噪にウンザリした頃、諸君も是非ここで癒されたまえ。

 1920年代、第1次世界大戦後の混乱期に、フランス人画家のジャック・マジョレルが造園。植物収集家でもあったマジョレルどんは、世界各地から多種多様な植物を取り寄せ、異国情緒に溢れる空間を造り上げた。マジョレル氏の死後、1980年代にイヴ・サンローランどんが改修して今に至る。
庭園2
(マラケシュ、マジョレル庭園。サボテンのお庭もある)

 入ってすぐの竹林で、ネコたちもゆったり早春の陽光を満喫している。竹に囲まれた池には、色とりどりの鯉も泳いでいる。真っ青なアフリカの空に向かって高く伸びたサボテンの庭も広がる。庭園の装飾に使われているのは、濃厚なブルーの塗料。「マジョレル・ブルー」と呼ばれるんだそうな。

 言わば、マラケシュのど真ん中にいきなり姿を現した京都である。案の定、欧米の上品なオバサマ&オネーサマたちが集まり、深い安堵の溜め息を漏らしている。さぞかしマラケシュ旧市街の混乱ぶりにウンザリしたところなんだと思われる。

 ここは、異次元空間である。人々はここで心から癒され、爽やかな竹林の風に100%充電されて、騒然としたエネルギーの横溢する旧市街に戻っていく。そうでもしなけりゃ、旧市街のパワーには対抗できないのである。

 今井君はさらに、マジョレル庭園近くの寂れたスーパーに立ち寄ってみた。いやはや、寂れている。こりゃ寂れすぎだ。お茶の葉っぱばかりふんだんに積み上げた店内に、お客なんかちっとも存在しない。

 こりゃいかん。ここまで閑散と寂れた店を訪ねたんじゃ、復活も充電も何もあったものじゃない。国民の祝日の静かな夕暮れの中、急ぎ足でホテルに帰ったサトイモ法師なのであった。

1E(Cd) Lazarev & Bolshoi:KHACHATURIAN/ORCHESTRAL WORKS
2E(Cd) Sinopoli・Jarvi・Pletnev:RUSSIAN FAMOUS ORCHESTRAL WORKS
3E(Cd) Minin & The State Moscow Chamber Choir:RUSSIAN FOLK SONGS
6D(DMv) OCEAN’S TWELVE
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