2017年01月11日(水)

Mon 161219 平成があと2年/昔のシドニー/中国系の奔流(シドニー夏のクリスマス2)

テーマ:ブログ
「平成が、あと2年で終わっちゃう」。このコトバに誰よりショックを受けたのは、「平成生まれではあるが20世紀生まれ」の人たちではないか。

 今や、16歳17歳の若者たちまでが21世紀生まれ。19XX年生まれなんてのは、若々しい諸君から「ええっ、19XXですかぁ?」と噴き出されかねない。

 1988年から1999年までの約12年間に生まれた、そういう谷間の人々が、純粋な昭和世代に向かって唯一ニヤニヤ笑顔でいられたのが「でもワタクシたちは平成生まれです」の一言。その平成が、あと2年で終わっちゃう。

 ということは諸君、役所とか学校とかの書類の「明・大・昭・平」みたいな欄にも、もう1つ新しい漢字が参入するということ。「M・T・S・H」の方も同様で、新しいアルファベットをもう1つ追加しなければならない。

 我々の職場は「教育支援業」であるから、「そろそろ書類から19XXを削除しなければいけませんね」という話題が盛り上がりつつあった。ホンの十年前まで、「もう書類に『昭和』という欄はいりませんね」と言っているところだったのに、まさに光陰矢の如し、隔世の感がある。
ダブルベイ
(シドニー・ダブルベイの船着き場。真夏とはいえ、海の風は心地よい)

 もっとも世の中の興味はもっともっと芸能界に向いていて、いきなり話題が盛り上がったのは「Hey!Say!Jumpのオニーサンたちが、このままの名前で活動を続けるんだろうか?」だったらしい。検索ランキングなんかでも、きっとググッと上位に前進しているはずだ。

 確かに諸君、そのままのネーミングじゃ「昭和ジャンプ」というか「Sho!Wa!Jump」みたいなもんじゃないか。お名前を変えないと、何となく時代錯誤な感が拭えない。

 もちろん他にも、「平成」の一言を屋号に掲げた塾・予備校・高校・大学・企業も少なくないだろう。もちろんそのままガンコに頑張れば、いずれは昭和大学・大正大学・明治大学・慶応義塾大学みたいになれるかもしれない。屋号の変更か、ガンコに貫くか、ここは悩むところだ。

 つまり諸君、100年頑張れば「Meiji!Jump」であり、150年頑張れば「Keio!Jump」なわけである。今井君は、ガンコ派。平成という30年に深い愛着を居抱く以上、誰が何と言おうとガンコに生き方を貫いて、次の年号がどう定まろうと、我々はいつまでも激しく熱くJumpし続けたいのである。
リース1
(さすが夏のクリスマス。青葉の中のクリスマスリースが美しい)

 さてと、この旅行記はいまオーストラリアのシドニーで始まったばかりであるから、平成が始まった頃のオーストラリアについて、ちょっと思い出しておきたい。

 今井君が幼い頃に使っていた教科書には、「白豪主義」というコトバがまだ印刷されていたような気がする。教科書ではなくて、何かドリルか学習事典のようなものだったかもしれない。豪州すなわちオーストラリアは、白人最優先の国だったのである。

 それは1973年まで続いた。多民族を排斥して、白人の利益を優先する。南アフリカのアパルトヘイトほどではないにしても、先生方はみんな厳しい表情で白豪主義を非難した。そりゃもちろん当たり前だ。

 もっとも、その「先生方」の授業がオーストラリアに触れることはほとんどなかった。だって、昔の先生方の授業進度はきわめてゆっくりであって、教科書なんか半分も終わればいい方だった。
リース2
(窓に1つずつのクリスマスリース。ダブルベイには、こんな邸宅がズラリと並んでいる)

 高校なら当時の「地理B」は「世界地誌」であって、世界各地の地形や産業や問題点を1つずつ論じていく。東アジアから始まって、南アジア・中東・アフリカ・ヨーロッパと進み、北米&南米を経て、オセアニアは最後の最後。そこまで進んでくれる地理の先生なんか、稀有な存在だった。

 昭和の終わりごろは、まだ冷戦の真っただ中。冷戦の真っただ中には、社会科の先生方にはまだ「社会主義こそパラダイス」という人が少なくなくて、中国の「人民公社」と言ふものと、ソ連の「コルホーズ」「ソフホーズ」と言ふものについて、メッタヤタラに時間を割いた。そういう時代である。

 中学1年の地理の時間も、日本の「4大工業地帯」が終わったあたりで、秋の文化祭と体育祭がきてしまった。そのあと人民公社の話で2週間、コルホーズとソフホーズで2週間。それで地理はおしまい。ありゃりゃ、オセアニアはおろか、アメリカ大陸まで行かないうちに、中学地理は終わりになっちゃった。

 だから今井君のオセアニアは、学習事典か参考書の記述の中に「白豪主義」の文字が古めかしいゴシック体で印刷されているのを、ふと眺めた程度なのである。
くちばし鳥
(クチバシの目立つ鳥さん。そこいら中の広場にたくさんいる)

 いやはや、1973年にイギリスがECに加盟して、その後は世界情勢が一気に転換、白豪主義はナリをひそめて、オーストラリアは「アジアの一員として生きていく方針にかわった」なんてのは、少なくとも授業でキチンと習った人は少ないんじゃあるまいか。

 今やシドニーに一歩入っただけで、誰でも強烈に実感するはずだが、ここにはもう白豪主義の「白」の文字も、「は」の字の存在さえ感ずることはできない。10年に一度ぐらいの頻度で、極右政党の台頭が伝えられるとしても、それは全世界共通の現象。何もオーストラリアに限った話ではない。

 諸君、ぜひ1度シドニーに来てみたまえ。すでにしっかりシドニーの街に溶け込んだ中国の人々の数に、茫然とするはずだ。観光客ももちろん多い。それは福岡や大阪を席巻した「爆買い」の光景で十分に我々も慣れている。

 しかしいま我々を茫然とさせるのは、とっくにシドニー人としてここに生活の基盤を築ききった中国の人々が、どれほど多く存在するかである。

 古くさい白豪主義の空気が、1980年代まで残っていたこの国を、これほど急速に、これほどエネルギッシュに、ほんの30年の間に席巻してしまうその奔流のパワーは、まさに驚異の対象である。
地下鉄
(シドニー地下鉄。すべて2階建て、マコトに快適である)

 地下鉄に乗ってみたまえ。シドニーの地下鉄はすべて2階建て、いつでも必ずゆっくり座れる快適な地下鉄である。車内を見回せば、中国系の人々が半分以上を占めている。

 観光客ないし爆買いの人かと思えば、決してそうではない。ネイティブのオーストラリア人なのである。コトバもネイティブ、学校も職場も家族も友人も、「全てパーフェクトにシドニー」な人々であって、昭和の教科書にゴシック体で示されていた「華僑」という感覚は一切ない。

 もちろん、そうは行かない部分もあるだろう。たとえば「クリケット」がそうである。日本の野球、南米や南ヨーロッパのサッカーなみに、オーストラリアは何が何でもクリケット。他にも「オージーボウル」や「13人制ラグビー」なんてのもあるが、この世界はまだ中国系のパワーが席巻するところまで至っていない。

 テレビをつければ、クリケット。街のポスターにはラグビーのスター選手。夏の広場の木漏れ日の中、地元の少年たちが興じているのは、やっぱりクリケットなのである。

 クリケットのあの複雑怪奇なルールを、小学校低学年のコドモたちがみんなキチンと理解し、四角いバットを片手にグラウンドを駆け回る姿を眺めていると、「おお、やっぱりオセアニアに来たんだな」の感が深い。そういう旅の初日であった。

1E(Cd) John Coltrane:SUN SHIP
2E(Cd) John Coltrane:JUPITER VARIATION
3E(Cd) John Coltrane:AFRICA/BRASS
4E(Cd) Candy Dulfer:LIVE IN AMSTERDAM
5E(Cd) Hungarian Quartet:BRAHMS/CLARINET QUARTET・PIANO QUINTET
total m95 y2116 d19821
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