2016年09月18日(日)

Thu 160825 昭和東京のコーヒー店文化/モンパルナスのカフェ文化(ボルドー春紀行40)

テーマ:ブログ
 パリのカフェ文化ほどではないにしても、むかしの日本にも「純喫茶文化」と言ふ奥ゆかしくも古色蒼然としたシロモノがあって、授業をサボっては3時間でも4時間でも「コーヒー1杯でネバる」というマコトにムダな午後を連日過ごしたものである。

 今では「何でもかんでもスタバ」であって、万が一スタバがなければ「タリーズ」、それもなければ「エクセルシオール」、「まあドトールでガマン」「ヴェローチェでも仕方ないよな」。要するに全国一律、「その街にいかなきゃダメ」というカフェの名店はなかなか見つからない。

 ということは諸君、東大生も京大生も、早稲田も慶応も関関同立も、九大も北大も阪大も名大も、みんながみんな「スタバな4年間」なのであって、我々の世代から見るとマコトに無個性というか没個性というか、母校感覚なカフェがないのは可哀そうである。

 例えば1980年代の早稲田なら、大隈通りに「エトランゼ」「フランセ」、西早稲田には「ル・プティ・ニ」という名の名店があり、「高田馬場で終電が行っちゃった」「夜明かしか」「オールすっかね」という事態になっても、「白ゆり」で朝まで語り尽くすことができた。

 同じような店は東大生にも慶大生にももちろんあったはずで、「教室やセミ室で過ごす時間より喫茶店で過ごす時間のほうが圧倒的に長い」「図書館には行ったことがないが、入ったことのない喫茶店はほぼゼロ」という怠け者はワンサと存在した。今井君なんかはまさにその代表格である。
モンパルナス駅
(パリ地下鉄、「モンパルナス・ビアンブニュ」駅。「ようこそ、モンパルナスへ」みたいな世界でござるね)

 もっともワタクシの青年時代は、喫茶店よりもむしろ「蕎麦屋」「居酒屋」で過ごす時間が長かったので、図書館や教室からはさらに足が遠のくことになる。

「教室にいなければあの蕎麦屋にいるに違いない」
「図書館で見つからなければあの居酒屋にいるはず」
そうやって目星をつけて探しにやってくる悪いヤツもいた。怠け者♡イマイの面目躍如であって、まあいかにも昭和の早稲田独特な世界である。

 パリ・モンパルナスには今もなおカフェ文化が健在であって、マクドナルドだのスタバだのを寄せつけない意気軒昂な世界が、天然記念物的に保護されているんじゃなくて、堂々と今も現役で息づいている。

 椅子と椅子、テーブルとテーブルが、「これでもか!?」というぐらいギューギューに並べられているのがいい。ウェイターが通る通路さえほとんどナシ。空間がちょっとでも空いていれば、ここぞとばかりテーブルと椅子が運び込まれる。
券売機
(国鉄のキップ自動販売機。さすがに日本のものほどではないにしても、新型はグッと性能がよくなった)

 その椅子密度・テーブル密度は、ほとんど朝の山手線を凌駕するほどに暑苦しいけれども、それでもウェイターたちは自らの進路を見つけ出して、見事に仕事をこなし続ける。むかしは「ギャルソン」と呼んだが、彼らの鮮やかな身のこなしは確かにギャルソンなイメージである。

 一見、無愛想。しかしこれほどギュッと詰め込まれた客1人1人の注文を決して忘れず、しかもパリの客は「メニューにないものでも遠慮なしに注文」「ビールの銘柄にも徹底的にこだわる」というワガママを平気でやるのだが、その全てにキチンと対応するのである。

 お勘定なんかも、鮮やかにこなす。チップとして小銭を置いていく客、置いていかない客、さまざまであるが、そのことで対応に分け隔てもない。テーブルに残された小銭を回収する動作も、いやはや、いつの間に回収したのかサッパリ分からないほどの鮮やかさである。

 どうしてパリのカフェの客は、あれほどお互いに接近したがるんだろう。あんなにギューギューに固まって座っちゃったら、もうプライバシーも何もない。

 お互いの会話は筒抜けだし、どこまでがどのグループのテーブルなのか、誰が誰の彼氏で、誰が誰の彼女か、デート中だって曖昧になりそうだ。もしかしたら、パリのカフェ文化が健在な理由は、あのギューヅメの混沌にあるのかもしれない。
ロトンド
(モンパルナス4大カフェの代表格「ラ・ロトンド」の大盛況)

 東京だと、なかなかあんなふうにはいかないのである。テーブルがくっつきすぎれば互いに不快を感じ、椅子がくっつきすぎれば会話の筒抜けを恐れ、オジサンの体臭やクチャクチャ響く咀嚼音も気になる。

 鼻をすする音、貧乏ゆすり。コーヒーをすすってはジュッペ&ジュッペうるさい人もいる。会話の最中にピーピー鼻の鳴る人もいるし、ツマヨージを使いつつシーハー&シーハー ☞ チュッチュ ☞ ゴクリ、何だか不潔な音を立てているオジサマも少なくない。

 その辺をいろいろ考えすぎて、日本のコーヒー店は出来るだけ混沌を排除した。若い諸君もタマには「ルノアール」に入ってみたまえ。パリのカフェのギューギューぶりとは明らかに違う、変に高級ぶった世界が広がっている。

 シーハーやチュッチュやジュッペ音が聞こえないように、昭和のコーヒー店は「名曲喫茶」「ジャズ喫茶」と言ふものを開発した。クラシックなりジャズなりのレコードが驚くほどのボリュームで再生され、会話なんか最初から不可能なのである。
ルセレクト
(モンパルナス4大カフェの一角、ル・セレクト)

 しかもその音楽は「神聖♡おかすべからざるもの」と考えられているので、会話もシーハーも、チュッチュやジュッペも、音楽に対する許されない冒涜と見なされる。コーヒーを前に、2時間でも3時間でも、150%の強烈な沈黙を強いられる。

 その結果、日本のコーヒー店は沈黙の場と化した。モンパルナスがカオスと喧噪を全て許容したのと正反対である。カオスと喧噪の中に個性豊かな芸術家のタマゴが集結し、飛び回るギャルソンを無視しながら、思いつく全てをナンボでも語り合った。

 モンパルナスの4大名店は、今も健在である。何と言っても「ラ・ロトンド」。続いて「ル・セレクト」「ラ・クポール」「ル・ドム・モンパルナス」ということらしいが、4月14日、2週間のフランス滞在最終日にワタクシが訪れた時も、4店とも全て超満員の盛況であった。

 フランス語のスペルなら、それぞれLa Rotonde・Le Select・La Coupole・Le Dome Montparnasse。諸君もパリに出かけたら、エッフェル塔と凱旋門、ルーブルとオルセーの後に、ぜひモンパルナスを訪ねてみたまえ。
シャルトル
(4月14日午後、締めくくりにシャルトルへ出かけた)

 こんな混沌の中でも、パリの人は平気で生牡蠣を貪るのである。隣りの人とヒジがぶつかるような狭苦しいテーブルで、ある者は生牡蠣、ある者はコーヒー、ある者はサラダ+エスカルゴ、またある者はタバコ吸い放題。これをカオスと呼ばずにいられるだろうか。

 こういう場所に、かつてはゴッホにモーパッサン、セザンヌにドビュッシー、ラベルにゾラにバルザック、ピカソにサルトルにモディリアーニ、古今の悪くてスゲーヤツらが集結したのだ。

 そしてもちろん、ヘミングウェイのオジサマも来た。このオジサマの異様な積極性にはまさに舌を巻く。ある時はマドリードの豚肉屋、ある時はコモ湖畔やマッジョーレ湖畔の高級ホテルのバー、シチリアでワインと思えば、キューバのバーで葉巻とくる。そしてこうしてモンパルナスのカフェにも出没する。

「日本には、こういうオカタはいないのか?」であるが、諸君、「大町桂月先生」を知っているかね。21世紀の若者で大町桂月をご存知の人は極めて少ないだろうが、このオジサマ、あくまで日本国内に限定するが、ヘミングウェイ先生並みにそこいら中に出没しては、名句や名言を残している。

 しかし諸君、ここでもやっぱり盛者必衰なのである。名句や名言は石碑や銅像の土台に刻まれ、苔むした岩の間に20世紀前半の奥ゆかしいセリフを残しているが、かつての超有名人もいつの間にか人々の記憶から消えていく。果たしてヘミングウェイ先生、いつまでモンパルナスの記憶に残ることであろうか。

1E(Cd) Fischer & Budapest:BRAHMS/HUNGARIAN DANCES
2E(Cd) Harnoncourt & Chamber:BEETHOVEN/OVERTURES
3E(Cd) Böhm & Berlin:MOZART 46 SYMPHONIEN③
4E(Cd) Böhm & Berlin:MOZART 46 SYMPHONIEN④
5E(Cd) Joe Sample:Rainbow Seeker
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