2016年08月29日(月)

Fri 160805 珍味がキライ/フォアグラがキライ/自らフォアグラに(ボルドー春紀行23)

テーマ:ブログ
 ワタクシは、食べ物や飲みものに異様な高いカネを払って鼻を膨らませる趣味の持ち主ではない。1本のワインに50万円とか70万円とか平気で支払って、「うーん」とか「うぉーん」とか意味不明のウメキを漏らすほどの大富豪ではないのである。

 では万が一何かのハズミで大富豪♡今井君が誕生したとして、その場合に「うーん」や「うぉーん」をやるかと言えば、それもまた可能性は極めて低そうである。ワタクシが好きなワインは、1本につき5000円から6000円が限度だ。

 それ以上だと目ん玉が飛びだしてしまうので、あんまり贅沢していると、目ん玉がいくらあっても足りなくなる。神様は人間社会をあくまで平等に作ったので、目ん玉はマキシマムで2個。誰でも2個しかないものを、毎日毎日「とびだしちゃう」をやっていたら、人生の楽しさは返って減退する。

(サルラの家鴨たち 1)

 だから今井君は「珍味」なんてのもイヤである。「珍味」とは、「マコトに珍しい味」ということであって、要するにあんまり旨くもないものをヤセ我慢してやっと飲み下し、「旨くはないが、滅多にない味ですな」とウメキなりタメイキなりを漏らしたにすぎない。

 ウメキやタメイキというものは、激しい満足や快感を感じた時にも同じように漏れだすものであるから、勘違いした周囲のヒトビトは「よほど旨かったんだな」「オレも一度でいいから食べてみたい」と、羨望のカタマリになり、羨望はやがて憧れに姿をかえ、珍味は世界中の憧れの対象になっていく。

 高貴な人から快感のウメキやタメイキが漏れたほどの食品、長年の羨望と憧憬の対象についに口にして、まさか「うげ」「マズい」「よくこんなもの食えるな」「あほちゃうか」と絶叫するわけにもいかない。

 だから世界の珍味は、王族から貴族へ、貴族からカネモチへ、カネモチから一般庶民へ、500年も300年も100年もかけて、ちょうど谷の小川が中流へ、中流から下流へ、やがて大海に流れ込むように、少しずつ少しずつ下に向かって広がり続けたのである。

 ま、それを素直に「むしろマズい」「大したことねぇ」「こんなものに大金出すって、あほちゃうか?」とマコトに正直にホンネを漏らす人もいる。川のたとえなら、流れの中のゴツい岩であるが、どんなにゴツい大岩でも、やがて流れに砕かれて、浜のマサゴに姿を変える。

(サルラの家鴨たち 2)

 話が「キャビア」ということになると、「同じ重さの貴金属より、もっと高価なんじゃあるまいか」とビックリ仰天、気の弱い今井君なんかは缶入りのキャビアを見ただけでギュッとサイフを握りしめ、サイフから大事なオカネが逃げ出していかないように手に汗を握ったりするのである。

「トリュフ」なんてのも、要するにイヤである。あんなおかしな色のものが料理の上でヒラヒラしただけで、同しテーブルの仲間たちはいきなり身を捩らせ、「うーん」「うぉーん」と鼻をピクピクし始める。マタタビの存在を感じたニャゴだって、あんなにみっともなく身構えたりしない。

 そもそもボクは、トリュフ君がジャマなのだ。あんなに薄っぺらくヒラヒラされたら、せっかくの料理を貪る時に、鼻の穴にヒラヒラ&ムズムズして食べにくい。「食材本来の味をストレートに味わいたい」という豪放磊落さを奪われたような、イヤな感じが拭えない。

 昔から一番イヤだったのが「フォアグラ」である。むかしむかし、まだ30歳代前半の今井君のテーブルに、何かの間違いでボンと出されたのが、フォアグラとの出会いである。

 冷たいままの巨大なフォアグラ君に面食らい、ひと切れ口に運んで「ウゲ」、もうほと切れ口に突っ込んで「ウゲ&ウゲ」。丸い不気味な物体の1/4も食べきれずに、そのまま引っ込めてもらった。

 うーん、生まれながらに相性が悪かったというのか、そもそもその作り方がイヤじゃないか。ガチョウさんや家鴨さんに「強制給餌」といって、つまりむりやりにでも豪華なエサを大量に与えて肝臓を太らせる。

(サルラは家鴨でいっぱいだ)

 肝臓はやがてブヨブヨやわらかく膨張し、それを人が「やわらかーい♡」「噛まなくてもとけちゃったぁ」、とグルメ番組よろしくみっともない嬌声を発しながら嚥下し、余りの旨さに転げ回るという設定である。

 さすがのMac君も「強制給餌」という手法の奇怪さに、ゾッと震えたようである。「嬌声給仕」。なんという奇抜な変換だろう。嬌声をあげながら給仕してまわるウェイター、ウェイターの嬌声に嬌声で答える客。農場でも、家鴨やガチョウが旨すぎるエサに嬌声を上げ続けている。

 もちろん、反論も多い。「もともと渡り鳥というものは、渡りの長旅に備えて、たくさんのエサを食べまくり、栄養分をタップリと体内に貯め込む習性があるのだ。フォアグラはその習性を利用したものに過ぎない」。そうおっしゃるのである。

 しかし諸君、どう反論されても好きなものは好き、キライなものはキライ。今井君の素直な心が、反論で動かされることはない、酢・マヨネーズ・トマト。ついでにアワビにアレルギーまである。いやはや、好きキライのカタマリであって、ずいぶん叱られたものである。

 しかし、高価な珍味に関する好きキライということになると、あまり叱られることがない。「フォアグラがキライ」と発言して叱られたことは、長い人生でただの一度もない。

(なかなか家鴨だけの絵にならない)

 そもそも我々中年男というものは、「自分自身がフォアグラになりかけてんじゃないか?」と、ゾッとすることが少なくない。例えば久しぶりで大昔の友人3人が集まったとする。午後3時から寿司屋の個室を予約したのに、集合が1時。「どうだい、蕎麦屋で軽く1杯」なんてことになって当然だ。

「軽く」も何も、2時間も蕎麦屋で座っていれば、その後の寿司屋のことなんかキレイサッパリ忘れ去って飲みまくる。一人当たりビール1杯、日本酒3合。よせばいいのにツマミも好き放題に注文する。いわゆる「オトナ買い」というヤツだ。

 3時、すでにほとんど満腹した状況で、「おお、オレたちは寿司屋にいくはずだったんじゃないか?」と気づいて茫然とする。いま東京で最も評判の高い寿司屋のうちの1軒であって、しかも予約したのが「離れの個室」という豪華版。まさかシカトするわけにもいかない。

 そこで午後3時から5時まで、中年フォアグラ君3名は、自らのフォアグラ化をマコトに如実に感じつつ、寿司にツマミを満喫、日本酒もまた1人3合も4合も痛飲して、このあたりから記憶も曖昧になる。

 寿司屋を出て夕暮れの雨の中、「もう1軒寄ってくか?」となるのもまた当然、その「もう1軒」で日本酒また2合。フォアグラ化は、まさにとどまる所を知らないのである。

(洞窟のある古いレストランでフォエグラを貪る。詳細は明日の記事で)

 そのフォアグラ君が、高級レストランに入ってまでフォアグラを貪ったりすれば、それは「共食い」というヤツであって、そういえば数年前に芥川賞を受賞した直後に「まあもらっといてやる」とスゴんだ作家も、確か受賞作は「共食い」というタイトルだった。

 しかし諸君、いま今井君が旅しているフランス南西部は、そのフォアグラの名産地であって、今日訪ねた中世の町サルラは、そのまた中心地なのである。土曜日には大きな市が立ち、野菜や肉や魚とともに、フォアグラも盛んに売買される。

 そういう町だから、家鴨さん3羽の銅像が町の真ん中に立っている。まさにお写真スポットであって、サルラを訪れるヒトで家鴨とともに写真を撮らないという変わり者はまずいない。小学生も中学生も、オトナもコドモも家鴨に夢中。なかなか家鴨さんだけの写真を取るチャンスはやってこないのであった。

1E(Cd) Chailly & RSO Berlin:ORFF/CARMINA BURANA
2E(Cd) Pickett & New London Consort:CARMINA BURANA vol.2
3E(Cd) Menuhin & Bath Festival:HÄNDEL/WASSERMUSIK
4E(Cd) Diaz & Soriano:RODRIGO/CONCIERTO DE ARANJUEZ
5E(Cd) Cluytens & Conservatoire:RAVEL/DAPHNIS ET CHLOÉ
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